59 エルザ / 夕食会(女性陣編)
「姫様。お加減はいかがでしょうか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
エルザは領主の館の客室にあるベッドの上で、エルフニアへ向かう旅に同行していたメイドに対して返答する。
「賢者様がご訪問して下さった事もあるので、ブノワ伯爵様がパーティーを催すと仰っておりましたが如何なさいますか?」
「体調もマシになったし、出席するわ。お姉様達にも挨拶したいし」
エルザが出席の意志を告げると、メイドはかしこまりました、と礼をして退出する。
「賢者様にも挨拶しなきゃ……」
エルザは溜息を零す。
自分の犯してしまう態度を見て、賢者を不快な思いにさせてしまうのでは、と思うと気が重い。
「でも、良い人そうだったなぁ」
城壁の上から眺めていた賢者の戦いぶり。正に英雄譚から飛び出してきたかのような戦いだった。
あれを見れば、誰もが彼は賢者であると認めるだろう。エルザも秋斗を賢者だと認めているし、リリとソフィアが言う事を信じている。
しかし、エルザはトラウマのせいで初対面の男性を基本的には信用できない。それは賢者に対しても同様と思っていた。
なのに、御影秋斗という人物の印象が「良い人そう」というもの。これは、エルザにとっては珍しい印象の持ち方だった。
特に戦闘終了後の態度がエルザの心を迷わせる。
3ヶ国の王家が跪けば、東側の頂点にいる存在だというのに顔には困惑を浮かべ、街へ凱旋する前に行っていた雑事にも簡単に手を貸す。
特に、戦死者の遺体を回収する際には服が汚れると慌てる騎士達を他所に、誰よりも丁寧で真摯な対応をしていた。
その姿を見たから、尊敬する姉2人の婚約者だから、英雄譚を読んでいるから、魔獣の群れから多くの人を助けてもらったから、理由を挙げればキリが無く、どれが正解なのかは解らない。
それでも男性を見るとゾワリと這い上がるような嫌悪感を感じなかった。今まで学園の同級生や国内の貴族であっても、少なからず嫌悪感を抱いたエルザにとってこの点は大きい。
「とにかく、リリお姉さまとソフィーお姉さまに会わなきゃ」
エルザはベッドから立ち上がり、身支度を始めた。
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「本日は北街を守って頂き、誠にありがとうございました。乾杯!」
ブノワ伯爵による亡くなった者達への追悼、3ヶ国に対してへの感謝と救援に来た賢者への感謝を述べた後にパーティーが開催される。
戦闘後の後処理に追われていた者達や生き残った騎士団員達も出席し、グラスを掲げて乾杯した後は亡くなった戦友達の思い出話があちこちで呟かれる。
そんな中、エルザは各国の姫や王妃に囲まれていた。
「エルザ、大丈夫?」
「はい。リリお姉様。少し横になっていたら楽になりました」
リリは相変わらずマイペースに、パーティーで出された料理を山盛りに載せた皿を持ちながらエルザに声を掛けた。
エルザや他の皆も、そんなリリの様子は昔から通常通りといったところなので特に気にしていない。
一方のエルザはパーティーが始まってからあまり顔色が良くないし、グラスを持った手も少し震えている。
「エルザ。秋斗様には伝えておきましたから緊張しないでね」
ソフィアはエルザの背中を優しく摩りながら慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「あ、あの。賢者様はなんと……?」
ソフィアの表情から、何となく秋斗が怒ったり不愉快になったりしていないのは推測出来たが、やはり口に出してしっかりと感想を聞かないと安心できないものだろう。
「ふふ。秋斗様はエルザの事を気にかけていましたし、本当に大丈夫ですよ」
「うん。きっかけになったヴェルダを滅ぼしそうな顔してたけど問題無い」
「いえ、それもどうかと……」
リリの余計で物騒な言葉にエルザは苦笑いを浮かべるが、エルザは自分に対しては悪い印象を受けているようではないので安堵する。
「じゃあ、挨拶に行きましょうか。私達が傍にいるので安心してね」
「は、はい」
その後、エルザは緊張しながら秋斗と挨拶を交わすのだが、秋斗が事前に受けていた説明と挨拶の仕方で無事に終了する。
エルザも挨拶を終えると、ホッと胸を撫で下ろしながらリリとソフィアと共に元の場所へと戻った。
秋斗との挨拶は、本当に気を遣ってくれているんだな、という感想だった。
強く、気さくで優しい方。
ケリーが監修したという英雄譚の登場人物そのもの。 自分の抱いていたネガティブな人物像とはまるで正反対。
自分の思い描いていた正義のヒーローが自分の想像通りだった事への安心感。それに加え、再び対面しても嫌悪感が這い上がってこない事への安堵。
良かった、というホッとする気持ちがエルザの心に充満する。
「大丈夫だったでしょう?」
安心して緊張を解したエルザの顔を見て、ソフィアは笑顔で問いかける。
「はい。本当に英雄譚に出てくる御方なのですね」
「そう。秋斗は強くて優しい……もぎゅもぎゅ」
リリはいつの間にか補充してきた山盛りのパスタを口いっぱいに頬張りながら頷く。
「確かに。賢者様が戦う姿は物語と同じだったな」
オリビアも目を瞑って、今日起きた戦闘を思い出しながら頷く。
脳裏に思い浮かべるのは、最前線で戦っていた自分達の間に高速で割り込み、一瞬で周りの魔獣を倒していく姿。
「どんな感じだったのかしら? なんだかスゴい大きな音と煙が立ち上がるのは見えたのだけど」
「あうー?」
北門に避難していて秋斗の戦闘を見ていないカーラと抱かれているクラリッサは揃って首を傾げた。
「すごかったぞ! 私が魔獣にやられそうになった時、ズババッ! と現れてズドーン! と周りの魔獣を一瞬で倒してしまったのだ! 残っている魔獣もまとめてドドドドーンと消し飛ばしてしまうし、本当に物語そのものだ!!」
オリビアが大興奮しながら、身振り手振りと擬音満載での説明をカーラは「擬音以外のとこ合ってる?」と言わんばかりにリリへ顔を向ける。
「大体あってる」
カーラの無言の問いに頷くリリ。
「でも、何だかあの時の賢者様を思い出すとモヤモヤするんだ」
秋斗の戦いを語り終えたオリビアは、パタパタ振っていた尻尾をダランと垂らし眉間に皺を寄せて悩んでいるようだった。
その表情を見たリリとソフィアはおや? と互いに視線を合わせる。
「しかし、賢者様と手合わせすれば晴れるだろう! ふふ。明日の朝にまたお誘いしよう」
悩んでいるような表情から一変。オリビアは腕を組み、ふんすと気合を入れて宣誓した。
目の前で見せつけられた強さ。
あの身震いするような強さを持った者と戦える。それだけでも心がピョンピョンしてしまう女なのだ。
それが全ガートゥナ女子の憧れ、ガートゥナの姫騎士なのだ。
そんなオリビアを見つめるリリとソフィアは、少し離れた場所でコソコソと密かに今後の計画について話し合っていた。
「エルザちゃんはどうなの?」
カーラは3人のやり取りを静かに見守っていたエルザへ問いかける。
男性不信であるエルザが、初めて会った男の中でも特殊なカテゴリに入るであろう秋斗への印象が気になる。
御影秋斗という男は英雄譚から飛び出してきた人そのものではあるが、物語では語られない賢者の恋愛部分としての印象は受身寄りの人なのだろうとカーラは見抜いていた。
となれば、エルザにその気があるのなら彼女からアプローチしなければならない。
「……わかりません。でも、あの御方を見てもいつもみたいに気持ち悪くはならないんです。それは偉大な方だから尊敬の念が強いのだと思います」
結局のところ、エルザは嫌悪感を抱かない理由を皆が尊敬するケリーのような人物だから、という事で落ち着かせたようだ。
「そう。でも、それなら友好を深めておくのは悪いわけじゃないわ。積極的に、とはいかなくてもこれからもお話をしてみたらどう?」
「はい。そうします」
これはいけるか? と読んだカーラは、さり気無いアシストを決める。
恋愛に発展すれば良し、発展しなくてもエルザのトラウマ解消のきっかけ、もしくは気軽に話せる異性の人が出来れば良し。
どちらに転んでも悪くはならないだろう。
(それに、何か運命めいたモノを感じるのよね)
トラウマを抱えた1国の姫が結婚相手を作らず、何千年もの長い年月を経て目覚めた賢者と出会う。
それは、賢者と一緒になるために。
偶然ではなく必然にトラウマという恋の障害を抱えてしまったような。
ありきたりな恋愛物語のような筋書きであるが、そのありきたりなモノが運命に感じてしまう。
もしも、運命であるならばエルザという少女が幸せになってほしいとカーラは願う。




