57 北街凱旋
北街の防衛を無事に成功させた秋斗達は街の中へと凱旋した。
避難していた住民達や、彼らを護衛していた者達へ防衛成功の知らせと共に、賢者が救援にやって来たという事を伝えると領主の館まで続く大きな通りには人が左右に並び立って秋斗達を出迎える。
戦いに出た家族や友人を生還を喜ぶ者、助かった事への感謝を叫ぶ者、救援に来た賢者を称える者。凱旋した者達の中に、自分が待つ人物がいなかった事に泣き崩れる者など、反応は様々。
生き残った騎士や傭兵達が誇らしげに胸を張って歩き、リリとソフィアを加えた4ヶ国の王家を囲む。
そして、その王家に囲まれながら歩く秋斗。
「街の中に被害が出なくて良かった」
秋斗が石畳の大通りを歩きながら、綺麗に建て揃っているレンガの家を見回しながら呟く。
犠牲者、負傷者は出たが戦いには少なからず犠牲が出る事は皆十分理解している。犠牲者達への悲しみと敬意も大切であるが、守った物へ前向きに目を向ける事もまた大切な事だろう。
「そうですね。賢者様が来なければ、我々は全滅。街にも被害が出ていたでしょう」
秋斗の横に並んで歩くエリオットが疲労感に染まった顔で、秋斗の呟きに答えた。
北街の大通りを歩き、領主の館に到着すると住民を護衛していた騎士や彼らを指揮していたダリオとカール、エリオットの妻であるカーラと娘のクラリッサに出迎えられる。
「賢者様。お会いできて光栄です。そして、この度の救援、誠にありがとうございます」
全員が片膝立ちで秋斗へ頭を下げる中、ダリオが代表して秋斗へ挨拶と礼を述べると他の者達もそれに続いて礼を述べていく。
秋斗もいつものように返答し、その後一番に秋斗が声を掛けた相手はもちろん、ケリーの子孫であるカールだった。
「貴方がケリーの子孫か?」
「は、はいッ!! オルソン家当主、カール・オルソンでありますッ!!」
秋斗に声を掛けられたカールは、片膝立ちで頭を下げていたがシュバッと土下座状態へと移行して地にめり込むんじゃないか、というくらい頭を地面へ擦り付ける。
「お、おう……。とりあえず、立とう」
「ハッ!!」
土下座状態からシュババッと直立状態へ。
カールは伝説の賢者であり、初代当主ケリーの仲間でもある秋斗に対して顔中汗まみれにしながら緊張していた。
今にも緊張のメーターが振り切れそうで、汗というよりも脂汗を流すくらいに。
「……うん。確かに、ケリーの面影がある」
秋斗はカールの顔を見つめ、かつての友人の面影を感じ取ると笑みを浮かべながらカールへ手を差し出す。
「ケリーの遺言とやらをずっと守ってくれていたと聞いた。ありがとう。俺がここにいるのは、アイツの遺言を何年も守ってくれた君達のおかげだ」
カールは秋斗の言葉を聞きながらも、少しきょとんとした後、顔をくしゃくしゃに歪めながら涙を流した。
「と、とんでもございません。我らがオルソン家、初代様の残したモノを守るのが使命にございます……。初代様のご友人であらせられる秋斗様を私の代でお迎えできた事、嬉しく思いますッ!!」
カールは秋斗の手を両手で握り、ポタポタと涙で地面を濡らす。
「やる事が済んだらケリーの墓参りに行くよ。その時は案内してほしい」
「もちろんにございます……! もちろんにございますッ!」
2人のやり取りを周囲で見守る他の者達も、歴史的な出会いに涙を流しながら微笑を浮かべていた。
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カールとの出会いを済ませた秋斗は領主の館で1泊して翌日に王都へ戻る事になった。
王都と東街には既に連絡員が走ってくれており、エルフニア国民であるブノワ伯爵とソフィアは北街の被害や戦いで亡くなった者達の確認などで忙しく動き回っている。
他の国の王も事後処理や騎士達への指示をするべく慌しい。
そんな中、秋斗とリリはエリザベスの紹介でラドール魔人王国の王であるエリオット夫妻と対面していた。
魔法の撃ちすぎでフラフラしていたエリオットは、今回の旅路に帯同していた優秀な部下達に休んでほしいと言われて仕事を取り上げられてしまう。
しかし、客室で妻と娘と共に休んでいたところをエリザベスに声をかけられ、秋斗へ紹介して貰える事となった。
いち早く賢者への挨拶の場を持てたエリオットは優秀な部下へ感謝しつつ、やや緊張しながら秋斗の対面にあるソファーへ腰を下ろしてエリザベスからの紹介を待つ。
「こちらはラドール魔人王国のエリオット陛下と王妃様であるカーラ様。お2人の娘であるクラリッサ様よン」
「改めて、お会いできて光栄です。賢者、秋斗様」
「夫の命を救って頂きありがとうございます」
「いやいや、間に合って良かった。まぁ、賢者とは言われているが、気軽に接してくれると嬉しい」
秋斗の言葉の後、エリオットはチラリとエリザベスに視線を送ると彼女は頷きで返す。
2人は昨晩パーティーで交わした賢者の友人となってほしい、という件の確認を視線で行っていた。
「わかりました。お互い歳も近いようですし、私の事はエリオットと呼んで下さい。私も公式の場以外ではアキトさんと呼ばせてもらいます」
敬語はクセなのでやめられませんが、と付け足しながらニコリと笑みを浮かべてエリザベスとの約束を果たす。
言った後に、婚約者であるリリへ視線を向けるのも忘れない。
エリオットとエリザベス両名に視線を送られたリリも、それで全てを把握して頷きを返す。
「おお! 是非、そうしてくれ!」
何も知らない秋斗は「ようやく同性で気軽に接してくれる人が!」と嬉しそうだった。
事情を知る者達は秋斗の態度を見てホッと胸を撫で下ろす。
エリオットも一緒に胸を撫で下ろす。偉大な賢者に対して馴れ馴れしいだろうか、という気持ちが少なからずあったが秋斗の喜びようと、英雄譚に出てくる伝説の賢者と友人になれるのは素直に嬉しい。
「エリオットの妻、カーラと申します。秋斗様、改めて夫の窮地を救ってくれた事、感謝致します。こちらは娘のクラリッサです」
「あう」
「うん。よろしくな」
そんな和やかなムードで挨拶を終えると、カーラに抱かれたクラリッサはじぃぃっと秋斗を黙って見つめていた。
「ん?」
幼女の視線に気付いた秋斗も、じっと見つめてくる瞳を見つめる。
瞳を見つめながらポケットに手を突っ込んで、金貨を一枚取り出す。
クラリッサ以外が秋斗の行動に首を傾げている中、取り出した金貨をクラリッサに見せ付けた後に手の中でぎゅっと握る。
秋斗が金貨を握り締めて10秒程した後、クラリッサの目の前で手を開けば、握っていた金貨が花の形をした金の髪飾りへ変貌していた。
手品のような出来事に、クラリッサは目を見開いて驚いた後、キャッキャッと喜んで手を叩いて拍手する。
「ほら、これをあげよう」
「ありやと!」
秋斗から花の髪飾りを受け取ったクラリッサは嬉しそうに母であるカーラへ見せつけた。
「あら~。良かったわね~」
手で握り締めただけで髪飾りになった事も驚いていたが、嬉しそうな娘の笑顔に表情をデレっと崩すカーラ。
「ははは。全く、アキトさんは本当にすごいなぁ」
同じく驚愕の表情を浮かべた後に、娘の可愛らしい姿を見てデレェと目を蕩けさせるエリオット。娘ラブの似た者夫婦だった。
クラリッサの可愛らしい反応に、秋斗もノックダウン。姪っ子に何でも買ってあげちゃうオジサンのような心境が芽生えてしまった。
「天使かよ」
「わかりますか」
秋斗とエリオットが友達となった瞬間である。
その後も和やか~な雰囲気で会話していると、ズドンと扉が吹き飛ぶかのように開かれた。
何事かと開かれた扉に注目すると、そこには獣人女性とドワーフの男性が押し合うように部屋へ入ってくるところだった。
「賢者様! 私と戦ってくれ!!」
「賢者様! ワシに賢者時代の技術を教えてくれ!!」
「「 私 (ワシ) が先だ!!」」
怒涛の勢いで扉を突き破り、それぞれの要望を話した後は胸倉を掴み合うように睨み合う。
2人は秋斗に何やら言ったにも拘らず、入り口付近でギャアギャアと騒ぎ始めてしまった。
「な、なんなんだ……」
秋斗が唖然とし、エリオットは2人の行動に頭を抱えている中、2人の背後からヒョコッと顔を出したイザーク。
「賢者様。申し訳ありません。あの2人はいつもあんな感じなので気にしないで下さい」
騒ぐ2人を追い抜いて、苦笑いを浮かべながら秋斗の傍へと歩み寄る。
「改めまして。僕はレオンガルド王国第一王子であります、イザーク・レオンガルドです」
「ああ、御影 秋斗だ。よろしく。賢者なんて言われているが、気軽に接してほしい」
秋斗も立ち上がり、イザークと握手を交わす。
そしてエリオット同様、イザークも秋斗の言葉に隠された意味を読み取る。
「はい。……僕は王子であまり友達がいないんです。秋斗様は歳も近いようですし、僕と友達になってくれませんか?」
なんという気の遣いよう。
相手を立てつつ、相手の望む要望にしっかりと応える。イザークは顔もイケメンだが、心もイケメンだった。
「ああッ! 是非、なろう! 様付けはいらないぞ!」
「では、アキト、と。僕の事もイザークと呼んで下さい」
秋斗はなんて嬉しい日なんだ、と感動で胸がいっぱいだった。
今日で気軽に名を呼んでくれる友達が2人もできたのだ。
対等に接してくれる者は、今までリリとソフィアしかいなかった。
最近になってエリザベスという友達が出来たが、次に気軽に接してくれるような人物が現れるのはもっと先の事だと思っていたところへのサプライズ。
むしろ友達は1人しかいないが婚約者が2人もいるなんて、とんだハーレム野郎だと賢者時代のヤツからはボコボコにされそうだが。
純粋に喜ぶ秋斗にイザークも嬉しそうに微笑む。
小さい頃から尊敬する賢者に対してエリオットと同じように素直に友達になれたという事は嬉しく、光栄な出来事だ。
秋斗のリアクションにエリザベス、エリオット、イザークの3人は顔を見合わせて嬉しそうに頷く。
特にエリザベスは尊敬する友が喜ぶ姿を見て、目尻に少し涙が浮かんでしまう。
「あ、皆さんここでしたか……って姉さん。ヨーゼフおじさん。賢者様の前で何をしているんですか!」
秋斗のリアクションにほっこりしていると、次に現れたのはダリオ。
どうやら仕事は終えたようで、皆と合流するべくやって来たようだが、身内である姉とドワーフの長が睨み合う姿を見て一喝。
幼いながらも政治に携わる彼は、見事な手腕で2人を正座させて説教を開始。
反論させぬ超ド正論で2人を土下座に追い込んだ。
「本当に申し訳ありません! 本当に申し訳ありません!」
2人を背後で土下座させながらも、ダリオはペコペコと秋斗に頭を下げる。
「い、いや。気にしてないからさ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼の一連の様子から「ああ、苦労しているんだなぁ」と秋斗もダリオを温かい目で見てしまう。
「君は本当にいい子だね」
「へっ?」
エリオットに温かい目でポンと肩に手を置かれ、皆からも温かい目で見つめられる。
ダリオにとって2人の問題児を説教するのは日常茶飯事なので、皆の様子に困惑しながら首を傾げる。
頬に指を当てて、ん~? と首を傾げる仕草もショタっぷりが滲み出てあざとい。ダリオを客室へ案内しつつ、お茶の用意をしにやって来たメイドさんがその仕草を見てキュンとしていた。
「ははっ」
賑やかな室内に秋斗の笑い声が零れる。
こんなに楽しい日常は、いつ以来だろうか。
「秋斗、良かったね」
「キャウ!」
楽しそうな秋斗に笑顔を向けるリリと、リリに抱かれたハナコ。
「ああ」
ワイワイと楽しく賑わう中で、秋斗は横に座るリリへ嬉しそうに言葉を返した。




