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56 エルフニア北街防衛戦5


 ――ああ、楽しい。


 右腕を振るえば目の前にいた獣の肉は飛び散り、骨は粉砕される。

 左腕に握っている物を獣に向けて引き金を軽く引けば、急所には穴が開いて血が噴出して自身の頬を濡らす。


「ヒヒヒッ、ハハハッ」


 御影秋斗は心底楽しそうに笑いながら、流れるように次々と肉の塊を量産していく。

 

(ああ、楽しい。楽しい。楽しい。楽しい)


 拳で頭を潰された魔獣の返り血を浴びながら、次の獲物を魔法銃で仕留める。その次はパイルバンカーで2匹を同時に串刺しに。

 口元に三日月を浮かべる秋斗は一歩も足を止めず、己の渇望のままに腕を振るう。

 他の魔獣を処理している間を狙い、果敢にも秋斗の体に噛み付こうと迫る魔獣もいるが、攻撃を避けられて数秒放置された後に殺されるかカウンターの蹴りを喰らってそのまま絶命するかの二択であった。 


(ああ、やっぱり生きてる。俺は生きてるなぁ)


 生きている実感を確かめる行為を嬉しそうに続ける。

 秋斗の殺気や軽々と同類を屠る姿を目にした知恵ある魔獣は前線方向へ逃げようと背を向けるが、死神の鎌からは逃げられない。

 爛々と輝く紅の瞳が秋斗の人間離れした動きに軌跡を残しながら、向かってくるAA等級魔獣も戦意喪失した魔獣も怯えて縮こまる魔獣も全て等しく殺す。


「ハハハッ」


 秋斗以外の者へ迫っていた魔獣の首を掴んで握り潰し、銃で胴を打ち抜いて動かなくなった魔獣は足で頭部を踏み潰す。

 戦場にいる者達の目線など気にせず次へ次へと、武術のような綺麗な型がある訳がない。

 ただただ、ひたすらに相手を圧倒する暴力を魔獣へと振るって行く。


 そして、秋斗が戦場に出て数十分後、中間地点に存在した魔獣の姿既に無く魔獣だった物が転がっていた。

 この惨状を作り上げた張本人は魔獣の赤い血に染まった地面を歩きながら周囲を見渡す。

 中間地点に魔獣がいない事を確認しつつ歩いていると、血溜まりの中に身を沈め、虫の息で秋斗を見つめる魔獣が目に留まる。

 秋斗はソレを一瞥した後に左手に持った魔法銃で容赦無くトドメを刺しながら、己の中にある黒いモノへ意識を向けた。


(一応満たされはしたが、物足りないなぁ。やっぱり人間(・・)じゃないと物足りない。)

 

 心一杯に満足感が満たされたか、と言われれば否である。食べたい物が売り切れで、仕方なく別の物で腹を満たしたような気分。

 しかし、視線の先にはまだまだ獲物は数多く存在する。


(もうちょっと殺せば足りるかな)


 最前線と呼ばれた地点に目を向けながら、秋斗は再び口元に三日月を浮かべながら走り出す。



 

 一方で、一切容赦が無く、目にも留まらぬスピードで動く秋斗を眺めるイザークはゴクリと喉を鳴らしてただ見続けることしか出来ていなかった。


(これが伝説の賢者様……)


 彼の心には助かったという安心感と目の前で地獄が作られていく恐怖感が渦を巻いて交じり合っていく。

 王家の人間で、幾度と無く騎士団と共に魔獣狩りへ赴いた事もあるがここまで圧倒的な恐怖を感じる相手に未だ嘗て出会った事が無かった。

 

 確かに目の前に広がる地獄を見れば、怖いという気持ちはある。

 だが、周囲に目を向ければ秋斗が戦場に出て以降、仲間達への被害は全く無い。


 そこでイザークは思い出す。


 御影秋斗というアークマスターに備わった、英雄たる力は味方さえも畏怖させる――


 豊穣の賢者ケリーの監修した英雄譚に書かれていた一文を。


(畏怖、正しくそうだ。だからこそ、あの御方は賢者で、英雄なのだ……)


 絶対的な力があるからこそ謳われ、畏怖される。

 西の侵攻を幾度と無く食い止め、国内からは英雄王と呼ばれ、国外からは鬼人と呼ばれた初代レオンガルド王がそうだったように。

 英雄とはそういうモノだと強く理解したと同時に、イザークの心からは恐怖心が消える代わりに悔しさが込み上げる。


(自分はあの御方の隣に並び立てるのだろうか)


 初代王と同じように、賢者様と肩を並べられるよう強くあれ。

 物心ついた頃から父から言われていた言葉。そして、イザークが目指し思い描く理想の王の姿。

 それを目標に掲げながら、いざ目の前にすれば恐怖を抱くなど愚の骨頂であると歯を強く噛み締める。


(必ず……必ずあの御方に並び立つ!)


 己の理想であり、圧倒的な高みを見つめながらイザークは悔しそうに地面の土を握り締めた。





 北街東門城壁の上。

 イザークとは別に秋斗の戦闘を見ていた2人がいた。


「何なんだあれは……」


 エリオットは城壁の上から驚愕に顔を染めながら呟きを漏らす。


「あれが伝説の賢者様……」


 エリオットの隣にいるエルザも同様。

 

 戦場全体をよく見渡せる城壁の上からは、開戦時に広がっていた絶望的な景色は既に存在していない。

 あるのは1人の黒髪の男と、男に従う1匹の魔獣による蹂躙劇。


 前線の防衛を抜けて、入場門へ迫ろうとしていた魔獣の姿は既に無く。

 等しく肉片になって地面に転がる魔獣だったモノ(・・・・・・・)があるだけ。

 

 小型の魔獣も大型も魔獣も、E等級の魔獣もA等級の魔獣も。

 黒髪の男が紅色の軌跡を残して、全て等しく1撃で葬っていった。


「ははは……」


 エリオットは思わず笑ってしまった。

 今まで自分達が苦戦していた魔獣達の群れを、容易く葬る男の姿に。

 目の前の光景を見て、エリオットの心に渦巻いていた焦燥感や、玉砕を覚悟していた気持ちも一瞬で消え失せていた。

 

(これ程までに安堵した気持ちを抱いたのはいつ以来だろうか……)


 妻が無事に娘を出産した時だろうか。


「正しく伝説。英雄譚そのものじゃないか」


 イザークとは違い、ただ単純に賢者の目覚めを実感する。

 彼は己の力をよく理解している。自分がいくら努力したとしても、賢者と同じ高みへは並び立てない。


(ふふ。イザークは今頃悔しがっているのだろう)


 イザークが掲げる目標は知っているし理解している。だが、自分もそうなろうとは思わない。

 諦めた、と言われたくもないし認めたくもない、という男っぽい感情はあるがイザーク程に強い思いという訳ではない。

 それに、エリオットはこの世に完璧な人が存在するとも思っていない。それはきっと賢者にも該当すると思っていた。

 賢者が完璧な人ならば、アークマスターが5人存在するわけがないからだ。

 ならば、別の高さから支えれば良い事だと、常々思っていた。


(私は私の得意とする事で必ず賢者様を支える)


 エリオットは疲れた体を癒すべく、笑みを浮かべながら座り込んだ。



-----



 最前線に取り残されたオリビア、ヨーゼフ、エリザベスの3人はお互いに背を合わせながら迫り来る魔獣を退けていた。

 もはや全てを倒しきる事は出来ず、魔獣の攻撃を防御して押し返すくらいしかできていない。

 後方へ下がろうとも、エサを求める魔獣達はエサが逃げるのを許すはずもなく次々と襲い掛かる。


「ハァァァッ!!」


 オリビア達も果敢に反撃をしながら隙を見つけてはジリジリと後方へ向かって下がるが状況は最悪。


「シャオラァァァッ!! うっとおしいのよォォンッ!!」


 エリザベスも閃光のような拳速で迫り来る魔獣を殴り飛ばす。

 しかし、既に3人の気力も限界に近い。

 肩で息をしながら、疲労感で視界も狭まり魔獣の攻撃を防御しきれなくなっていた。


「はぁ……はぁ……ぐッ」


 持ち応えられているのは、後方の仲間を信じる気持ちと自分達がやられれば街に被害が出てしまうという使命感があるからだった。

 しかし、凶悪な魔獣相手に気持ちだけで対処できるなど夢物語もいいところだろう。


「オリビアッ!! 右だ!!」


 必死に抵抗するオリビアを嘲笑うかのように、魔獣の凶悪な爪が迫り来る。

 気力と気持ちでのみで持ち応えていたオリビアは目の前の魔獣に対応する事が精一杯で、横から攻撃を仕掛ける魔獣に気付くのが遅れてしまった。


「まずっ……」


 オリビアの握る双剣は目の前にいるA等級魔獣の牙を防いでしまっていて、横から迫り来る魔獣の攻撃には対応する手立てが無い。

 もはや致命傷を負うのは避けられないか、とオリビアが覚悟した瞬間――


 オリビアの横から迫り来る魔獣はバギャッという肉と骨が粉砕する音と共に吹き飛んでいった。


 黒髪を風に揺らし、右腕に装着されたガントレットからは白煙を噴出させながら、口元に三日月を浮かべる1人の男がオリビアの横を通り過ぎた。

 瞬間、オリビアが双剣で突進を押さえていた魔獣も紅に光る瞳が軌跡を残す男の一撃で頭が無くなり、ヨーゼフが弾き返した魔獣は左手に持ったナニカから放たれた魔法で頭に穴が開いて息絶えた。

 3人の目の前に躍り出た男は、そのまま3人を捕食しようとしていた魔獣を次々と肉片へ変えていく。

 オリビアは突然の出来事に反応する事が出来ず、現れた男の表情を見ることしか出来なかった。


(笑っている……)


 こんな魔獣達で溢れかえる最前線に、まるで命を刈り取るのを楽しむ死神のような笑みを浮かべて現れた1人の男。

 

「ハハハッ」


 紅の軌跡を残しながら、心底楽しそうに。

 

「何なのだ……」


 黒い魔獣の波を押し返すかの如く、自分達の周囲にいた魔獣を次々と屠っていく黒髪の男にヨーゼフも大槌を構えながら唖然と呟いた。

 背中からは死神を幻視させるような殺気を滲ませ、流れるように魔獣の命を刈り取る右腕は死神の鎌を連想させる。

 

 気付けばオリビア達を取り囲んでいた魔獣の姿は既に無く、立っているのは自分達のみ。

 あれだけ自分達を食い殺そうと突っ込んで来ていた目の前の魔獣達は、現れた黒髪の男が放つ殺気に後ずさりするかのように距離を取っていた。


「アキト……」


 エリザベスが男の後姿を見つめながら呟くと、後方からキャウ! と鳴き声が掛けられる。


「あ、あら? ハナコちゃんも来たのン?」


 エリザベスの呟きと、その後の言葉を聞いたオリビアが後ろを振り返れば、パタパタと尻尾を振る1匹の魔獣。


「ガ、ガルム!?」


「ああ、大丈夫よン。この子は昨日話したアキトのペットのハナコちゃん」


 オリビアはS等級魔獣であるハナコに驚くが、エリザベスの言葉を聞いて昨晩の話を思い出した。


「という事は、あの御方は」


 オリビアが視線を向ければ、体から殺気を滲ませながら魔獣を威圧する男。


「そうよン。賢者様よン」


 はぁ~助かったわねン、とその場に座り込むエリザベスと賢者に熱い視線を送るヨーゼフ。


「あの御方が……」


 オリビアはそう呟きながら、紅の毛で覆われた尻尾をピンッと伸ばした。




 一方で秋斗は衛星画像を見ながら自分の前方に人がいないのを確認している最中だった。

 

 混戦状態では味方を巻き込んでしまうので、得意の範囲殲滅を行えずにいた秋斗。

 ハナコの紫電が上手くカバーしてくれていたのでガントレットと魔法銃で処理していたのだが、味方が巻き込まれない状況ならば遠慮は無い。

 己の心を満たすのも、ここまで来る間に十分楽しめた(・・・・・・)から。


 魔獣達が秋斗の殺気に足止めされている中、本人はシェオールに指令を送って1つのコンテナを降下させた。


 降下してきたコンテナは魔獣達の遥か上空で壁をパージ。30発の小型ミサイルが収納されている筒が3つとシールドマシン5機が姿を見せる。

 シールドマシンは空中で本体の起動を完了させて秋斗の目の前に飛んで来ると、5機は一定間隔で広がってシールドを起動。起動されたシールドは連結されて、広範囲の防御壁となった。


 その後、遅れて空を自由落下している筒からはボボボボッと心地よい音と共に小型ミサイルが真下にいる魔獣達目掛けて発射される。

 ミサイルなんて物を知らないオリビア達が頭に疑問符を浮かべながら眺めていれば地上は派手に爆発して火の海となった。

 それを3回。

 計90発の小型ミサイルが魔獣達へ降り注ぎ、数秒前には黒い波のように蠢いていた魔獣達が肉片1つ残す事無く消し飛ぶ。

 シールドマシンによるシールドで秋斗達には余波による被害は皆無だが、シールドを通過して届けられた少しの熱気と目の前に広がる光景が威力の程を知らしめる。

 誰がどう見てもオーバーキル状態だった。


「「「…………」」」


 まさに地獄のような光景を見ていた者は皆口を開けて唖然。

 エリザベスも秋斗が救援に来た事で助かったと安堵の表情を浮かべていたが、予想を遥かに超える範囲殲滅に笑顔を浮かべながらも口元が引き攣っていた。


「うん。終わったか」


 秋斗は戦場を見渡して魔獣が生き残っていない事を確認すると、瞳の色を黒に戻して滲み出ていた殺気は霧散した。

 少しばかり地面が抉れて地形は変わっているが秋斗的には問題無い範囲。


「とんでもないな……」


「正に英雄譚通りじゃわい……」


 3人は英雄譚で描かれる賢者の力そのものを目の当たりにして驚愕を通り越し、乾いた笑いを零しながら灰になった魔獣の成れの果てを見つめていた。

 伝説の賢者にかかれば、魔獣の群れなどこんなアッサリと始末できるのかというのが最前線で戦っていた3人の抱いた感想だった。


-----



「こちらは魔工師の秋斗」


「「「ははーッ!!」」」


 戦闘が終わり、最前線に取り残されていた3人と共に街の入場門へ戻ると秋斗を待っていたのはイザークとエリオットを筆頭に平伏する騎士と傭兵達。

 そこに前線から戻って来た人達も加わって、リリによる秋斗の紹介を行えばこの有様である。

 先程の死神めいた雰囲気から打って変わって、秋斗は医療院の時と同じように口元をヒクつかせながら立ち尽くしていた。


「魔工師、御影秋斗様。この度の救援、誠に感謝申し上げます」


 王家の者達からは今回の件に対する感謝を言われた後、首輪の件についてもお礼を言われた。

 しかも、首輪の件については改めて場を整えてお礼させて頂きますと言われてしまった。

 

「ああ、気にしないで。さぁ、全員立ち上がろう!」


 もう早々に終わらせたい。早々に終わらせて王城の自室に引き篭もりたい。

 そんな気持ちが秋斗の心に充満し、急かすように声を張り上げた。


 王家の後ろに控える者達からは


「さすが賢者様。街を救うのなんて朝飯前なんだ」「見ろ。あの神々しい聖獣を従える姿を」「あの死神みたいなお姿はなんだったんだ」


 と、ヒソヒソ声が聞こえるが全部スルーした。


「じ、じゃあ俺達は王都に帰ろう――」


「お待ち下さい! どうか一目だけでも北街の住民にお姿をお見せ下さい!」


 城壁の上でエリオットと共に魔法を撃っていたブノワ伯爵。

 撃ちすぎでオーバーヒートして倒れていたが、戦闘終了時にはなんとか起き上がれるくらいには回復していて、秋斗の救援があったことを知ると涙を流して真っ先に平伏した者の1人だった。

 そして賢者教の狂信者でもある彼は、神々しい賢者の姿(ブノワには後光が差すように見えている)を住人に見せたい一心でのお願いだった。


「そうですね。秋斗様、住民にも姿をお見せして住民達を安心させましょう」


「お、おう……」


 必死に拝む中年エルフと愛する婚約者に言われては仕方が無い。

 秋斗は全てを諦めて承諾した。


 その後、街は魔獣に襲われたにも拘らず、大フィーバー状態になった。

読んで下さりありがとうございます。

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