55 エルフニア北街防衛戦4
エルフニア王国北街。
エリザベスと別れ、中間地点で前線を抜けた魔獣を処理していたイザークは剣を振るって次々と屠っていくが現在の状況は最悪の状況と言っていいだろう。
イザークが前線を抜けた魔獣を処理している間に、前線にA等級以上の魔獣が数体現れた事によって前線の防衛ラインは完全に崩壊してしまった。
中間地点だった場所には、A等級魔獣のような強力な魔獣はいないが前線から雪崩込んで来る魔獣を処理しきれず未だに混戦状態。
前線で戦っていた騎士や傭兵達は防衛ライン崩壊と共に徐々に後退しつつあったが、前から迫り来る魔獣と中間地点へ流れた魔獣に挟まれ負傷者を多く出してしまう。
「クソッ!」
この状況に、さすがのイザークも焦りを募らせていた。
中間地点にB等級以上の魔獣がいない事から、それらは前線のエリザベス達が足止めしているのだろう。
しかし、この混戦状態では傷を負ってしまっても後方へ引く事も出来ないのでは、と考えが過ぎると彼の中に渦巻く焦りは一層強くなる。
目の前にいる魔獣を剣で斬り裂きながら、背後にチラリと視線を向けて城壁の上にいるエリオットとエルザを見やる。
2人も前線を支援する為に戦闘開始から絶え間なく魔法を撃ち続けているが、限界は近いだろう。
城壁上から放たれる魔法の攻撃支援はエリオットとエルザの2名が辛うじて行っているのみ。
イザークの周囲で戦う者達の中でも、未だ無傷か軽症で戦えているのは護衛騎士の中でも隊長格のみ。既に騎士や傭兵の何名かが息絶え、入場門前まで後退した者の中には片腕を失った者も少なくはない。
「だが、引くわけにはいかないッ!」
イザークは弱気になった自分に活を入れ、最前線で戦っているであろう仲間達の為に剣を握り直して再び魔獣に向かって剣を振るう。
「ハァ……ハァ……。エ、エルザ。大丈夫かい?」
一方、城壁の上で魔法を撃って前線を支援していたエリオットも絶え間なく続けた魔法行使により肩で息をしながら精神力の限界を迎えそうな状況だった。
「は、はい……」
第一世代型マナデバイスの補助があるエルザも魔法の撃ちすぎによる頭痛を引き起こして、しゃがみこみながらエリオットに答えていた。
城壁の上にいたブノワ伯爵含め、魔法使い達のほとんどが魔力切れと呼ばれる精神力のオーバーヒートで倒れている。
弓兵は矢を撃ち尽くしてからは城壁を降り剣を抜いてイザークの援護に向かって行ったがほとんどが戦闘不能に陥ってしまった。
エリオットは城壁の上から戦場を見渡し、現在の状況に唇を噛み締めながら状況を打破する策を模索していた。
(最悪だ。オリビア達は孤立、イザークも押し込まれるのは時間の問題だ)
入場門へ近づけさせないよう懸命に戦うイザークと数名の騎士達。もはや1人で魔獣3匹を同時に相手するような状況まで追い込まれ、いくら精鋭と呼ばれる彼らでも地に倒れるのは時間の問題だろう。
もっと深刻な状況なのは最前線で戦うオリビア、ヨーゼフ、エリザベスの3名だった。
横一列で戦っていた騎士と傭兵達のほとんどは戦死するか、戦闘の継続が出来ないくらいに負傷してしまい、後方へと下がるしかなかった。
その彼らを後方へ下げる為に支援するように戦っていた3名は、崩壊した前線に取り残されて孤立してしまう。
3人は背中を合わせあい、全方位から攻撃してくる魔獣を倒しながら徐々に後方へ下がってはいるが魔獣に囲まれてしまって、未だ持ち応えられているのが奇跡と言えるくらいの絶望的な状況だった。
誰がどう見ても、このまま粘ったとしても全滅するのは目に見えている。
入場門前には負傷した者達が何とか回復と怪我の治療に勤め、再び戦線に復帰しようとしているがそれでも魔獣の群れを撃退するには足りない。
エリオットは3ヶ国の王家と、生き残っている者達全員で時間を稼いでいる間に北門へ避難している住民をレオンガルド領内へ逃がすしかないと判断した。
自分や他の王家の者達の命と愛すべき民達の命。どちらが重いかをエリオットはよく理解している。
己に流れる血が最後の一滴になるまで民の前に立ち戦い続ける。それこそ東側に存在する王家が共通して胸に抱く誇りと義務。
最初の5人という賢者の従者に導かれ、敬愛する賢者の知恵を借りて国を作り、愛すべき民を守ってきた祖先達の誇りを受け継いで来たエリオット達。
その教えを継承し続ける王家へ剣を捧げた騎士達。王家へ剣を捧げずとも、別の立ち位置から民を守る傭兵達。
民の為に戦う彼らだけ戦場に残し、王家だけが逃げるなどあり得ない。この想いを抱いているのはエリオットだけでは無い。
しかし、出来る事ならば自分1人の犠牲で治まるのが最良。この状況で、それは無理だと解っていても尚、友と呼べるべき者達を道連れにし、大切な部下達の死を自らが祖国で称えてやれない事がエリオットは悔しくてたまらなかった。
(北門に避難している住民達を逃がさなくては)
エリオットは悔しさに唇を噛み締め、予め決めていた撤退の合図を北門へ向けようとした時――
轟音を撒き散らし、城壁に沿って土煙を上げながら猛スピードでやってくる黒い影。
(あれは何だ……)
エリオットは魔法の撃ちすぎで起きた頭痛を堪えながら、こちらへ近づいて来るモノを見つめる。
魔獣でもなく、馬でもなく、馬車でもない。見た事も無い黒い物体が、エリオット達がいる戦闘エリア目掛けてやって来た。
その物体は負傷者達が回復に勤しむ場所の近くで停止する。
バシュッという音と共にドアが開かれ、中から出て来たのは黒髪の男性。
そして、エリオットのよく知る女性2人だった。
「聞きなさい! 戦士達よ!」
ダークエルフ族の女性と共に並びながらエルフ族の女性は大きな声で叫ぶ。
「目覚めた賢者様が皆を助けに参りました! 負傷している者は我々が支援します! 後方へ下がりなさい!」
エルフ族の王女、ソフィアが戦っている者達に聞こえるよう、リリが発動した風の魔法に声を乗せて戦場に響き渡らせる。
「負傷している者は入場門へ後退しなさい! 負傷者は私達と賢者様の作りし魔道具が守護します!」
2人は何かを空中へ放り投げると、空中でカチャカチャと変形して蜂のような形へとなり、投げた2人の女性の斜め上で待機させながら宣言した。
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王都からやって来た秋斗達が北街へ到着したのは南門方向からだった。
そこからぐるりと戦闘を行っている東門の前へ向けて城壁を沿って移動を開始する。東門が視界に入ると溢れかえった魔獣とそれに反抗する人々の激しい戦いが見えてきた。
「状況はヤバそうだ。門の横で停止するからリリとソフィアは入場門付近でシールドマシンを展開して待機してろよ。魔獣が近づいてきたらマナデバイスを使え」
秋斗はアクセルペダルをベタ踏みしつつ、後部座席に座る2人へ指示を出す。
「わかった」
「わかりました」
後部座席に座る2人に声を掛けながらもアクセルを踏む足の力は緩めない。
東門へと近づけば、勢い良くドリフトさせながら停車させる。
秋斗が運転席から外に出ると同時に、後部座席からリリとソフィアも外に出て入場門前で傷を癒す負傷兵達のもとへと向かって行った。
城壁付近で傷を癒す者達の視線を受ける中、秋斗は目の先で戦う者達を見ながら足元にいるハナコへと視線を向ける。
「ハナ。混戦状態だが、人を傷つけずに魔獣だけ倒せるか?」
「キャウ!」
ダメなら2人と一緒に入場門で待っていて欲しい、と付け加えながら問いかけるとハナコは尻尾をふりふりしながら大丈夫と言いたげに1つ吼える。
吼えた後、ててて、と少しだけ前に行くとキャウ! と鳴き声を上げてから体毛をブモモッと膨らませた。
「キャウウウン!」
ハナコが雄叫びのように鳴き声を上げると、ハナコの膨らんだ体毛がバチバチと音を鳴らした後、ハナコの周囲に帯電していた雷が魔獣に向かって放たれた。
魔獣に到達した雷は近くで騎士や傭兵と戦っていた魔獣に連鎖していき、どれも同じように黒コゲにして命を刈り取る。
「キャウ?」
どう? と言いたげに秋斗へ振り返るハナコ。
「うん。よくやった。偉いぞ。じゃあ、俺と一緒に戦おうな」
ワシャワシャとハナコを撫で回していると、入場門に向かったソフィアの声が戦場へと響き渡る。
ハナコの雷によって魔獣が倒れたのをきっかけに、何人かは後方へと下がっていく。
「さて、やるか」
秋斗は車のトランクからガントレットの入ったケースを取り出して右腕にガントレットを装着。
左手にはハンドガンタイプの魔法銃。
「起動」
秋斗がポツリと呟けば、主人の命令を受けた生体マナデバイスは本来の役割を遂行する為の準備に入る。
< Demon System 起動中..... 体内へ魔素の流入を開始..... >
AR上に文字が表示されると同時に、秋斗の体の周りではパチパチと静電気のような音が鳴り始めた。
そして、戦闘という行為を明確に行おうとする秋斗からは周囲を圧倒するような殺意が滲み出ている。
秋斗から放たれる殺気はS等級魔獣であるハナコでさえ身震いし、周囲にいた騎士や傭兵達は尻餅をつきながらゴクリと喉を鳴らす。
< Demon system の起動を確認 >
AR上に起動完了の文字が浮かべば、秋斗の黒かった右の瞳は紅に染まる。
エルフ狩りを葬った時と同じように。リリの言う魔工師の本来の姿。それは、己の身に埋め込まれたマナデバイスが戦闘モードに切り替わった合図であった。
賢者と呼ばれ、英雄譚でも語られるように数多くの戦争を生き抜いた秋斗だが、その身はただの脆弱な人間の身体である。
単純に身体の出来で語れば、現代に生きる獣人や魔人族の者達に劣る身体だ。
何故、御影秋斗という男が苛烈な賢者時代の戦争を生き残れたのか。何故、凶悪な現代の魔獣を相手に戦えるのか。
それは魔工師の生み出した、非常識の塊でもある生体マナデバイスを身に埋め込み、己の手足となる無数の戦闘兵器があるからだろう。
右目は視界内に補足している敵の情報を絶え間なく表示し、右目から体内に流し込まれた魔素が身体能力と反応速度を化け物染みたモノへと昇華させる。
それに加え、秋斗の履くブーツの2重構造になっている靴底に刻まれた術式効果によって高速移動が可能。魔素を体の中に流し込み、身体能力の向上を図ることでブーツで上昇した速度による身体的影響も制御する。
莫大な量の魔素を使用するが予め充填されている魔素と、周囲に漂う魔素を静電気のような音を鳴らしながら高速充填する事によって右目が紅に染まり、魔素をエネルギー化させる現象が紅色の目を強く光らせ、秋斗の動きに軌跡を残す。
以前にリリの言っていた『赤いやつ』とはこの現象を指していたのだろう。
身体能力の向上と魔素の高速充填に加え、連動する右手の生体デバイス強化、左手に握る魔法銃やシェオールに格納された未だ秋斗が使っていない戦闘用マナマシンとの火器管制を行う。
パイルバンカーの反動制御、魔法銃の残弾状況のAR表示、シールドマシンやガンマシンなどの自立機動兵器への命令と制御まで、全てを身一つで行う。
これが『 Demon System 』と名付けられ、秋斗の戦闘モード。そして、生き残ってきた理由。
欠点を挙げるとすれば、体内に流し込まれた魔素の影響で戦いの高揚感や残虐性を引き上げてしまう事だろうか。
普段は理性的な性格であるが『敵はどんな相手でも一切容赦しない』という秋斗の心情が前面に押し出される。
その結果、相手を倒すのが、相手を殺すのが、楽しくて楽しくてしょうがなくなるような、心の底に眠る黒いモノが這い上がってきてしまう。
それは秋斗自身にも止められない、地獄を経験した秋斗の中に生まれた本能。
敵を蹂躙したい、目の前にいる敵を殺さなければいけないという心からの渇望。
「さぁ、蹂躙してやる」
戦場に視線を向ける賢者は、口元に死神のような三日月を浮かべながら魔獣達へ死の宣告を下す。
読んで下さりありがとうございます。




