54 エルフニア北街防衛戦3
「またバイクで行くの?」
秋斗とリリとソフィアの3人は王城の廊下に出てから、北街へと向かう手段について話し合い始める。
「いや、バイクは2人乗りだから今回は別のを使う。準備をしたら王都の外へ行くぞ」
また新しい乗り物を空から落とすのか、と婚約者2人は思い、それがどんな物なのかを考えながら部屋に戻って装備の準備を急いだ。
王城を出て大通りへと足を進めれば、王都にいる傭兵達や補給物資を積んだ馬車を操作する騎士達が慌しく入場門から外へ出て行く姿がいくつも見える。
ハナコの時と同じように緊急事態ではあるが、今回王都側に限っては北東からやって来た魔獣の群れはそこまで多くはなくA等級以上の魔獣の姿も見えない。C等級、強くてB等級程度の魔獣が50体程度の数であり、王都に存在する戦力で十分対処可能である。
さらには北街へ馬で向かおうとしていた傭兵が早期に発見し、王都へ知らせた事もあって防御柵などの防衛手段の展開も迅速に済ませられた。
既に騎士団の大半が現場で魔獣の群れを駆逐している段階であり、王都の精鋭達による戦闘能力をもってすれば後方にある王都に魔獣を抜けさせるような心配も皆無。
したがって、今回も緊急事態ではあるが王都に済む住民を全て避難させる程ではなく、入場門の警備と城壁の上に配置された人員を増やすだけ。
むしろ王都の騎士団にとっては、王都に向かって来た魔獣の群れを倒し北街へ救援に向かってからが本番と言える。
「さて、呼ぶぞ」
マナバイクをシェオールから呼んだ時と同じように、リリとハナコを抱いたソフィアは秋斗の後方に下がる。
秋斗も同様に右目の機能を使って目的の物を呼び寄せる。そして、3分もしない間に空からは巨大なコンテナが雲を切り裂いて落ちてきた。
「こうやって呼ぶのですね……」
バイクを呼び寄せた時の光景を見ていなかったソフィアは、空から巨大な箱が落ちてくるという非常識な光景を見て放心してしまう。
ソフィアに抱かれていたハナコは尻尾をぶんぶん振りながら、落ちてくるコンテナを見て何故か遠吠えしまくっていた。
地上に降ろされたコンテナは、バイクの時と同じように中に収められた物を自動で外へと排出。
コンテナから出て来たのは車であり、車種の中で分類されるとしたら装甲車だ。
全体のカラーは黒色。車高は低くシャープなフォルムであるが、車体全体を強化装甲で覆い、悪路を走るために装着されたタイヤは大きく太い。
バイクよりも大型のリアクターを搭載して化け物じみた馬力と機動力を併せ持ち、重厚な装甲で体当たりも攻撃手段として可能にする。
車体前方に2門の魔法機関銃。車体後方にあるトランク部分には小型ミサイルを搭載。
かと言って、人の座る座席は革張りで座り心地の良い物となっていて快適な空間を演出する。完全に戦闘能力重視という訳でもなく乗り心地も追求するのが秋斗の作るマナマシンらしさだろうか。
「先に乗っててくれ」
秋斗はガルウィングドアを開けて、リリとソフィアを後部座席に座るよう促す。
リリとハナコを抱いたソフィアは恐る恐る後部座席に着席し、秋斗は助手席にガントレットの入ったケースを乗せたり車体後方でゴソゴソしたりと出発準備を進めていた。
準備の整った秋斗は手に1つのハンドガンタイプの銃を持って運転席に座る。持っていたハンドガンをダッシュボードに置いてから装甲車を起動させた。
装甲車の起動時は、ヴゥゥゥ……という重低音とリアクター起動時の軽い振動はするがバイク程に薄い装甲ではないので、アイドリング中の振動は軽く音もあまり外へ漏れ出ない。
「バイクみたいに速いから、慣れるまではドア……横についてる持ち手か座席を握ってるんだぞ」
魔素エネルギーによって進化した車は旧時代のガソリン車に比べて格段に安全性も増しているので、後部座席にはシートベルトがついていない。
物理法則なんてねぇ! と言わんばかりの魔法によって衝撃を緩和し、乗用車で正面衝突しても人がフロントガラスを飛び出して死亡なんて事も無くなった。しかも、今回乗っているのは装甲車なのでこちらは傷1つ付かないくらいには頑丈である。
走行中の揺れも少ないが、リリがバイクの時に口からキラキラを吐き出す事もあったので一応声を掛けた。
「じゃあ、出発」
重い車体がゆっくりと走り出し、街道の脇の草原を走り出す。
街道は補給物資を積んだ馬車が走っている可能性もあるし、バイクよりも横幅があって大きい車なので街道を走ると街道を行く人達の邪魔になる。衝突事故も避けるべく今回は街道の脇を走っていく予定だ。
秋斗はアクセルペダルを徐々に踏み込みながら加速していく。
街道脇は草原が続き、街道よりも整備された道ではないのにもかかわらず、装甲車に取り付けられた大きなタイヤが物ともせずに突き進む。
「大丈夫か?」
秋斗は後部座席に座る2人に声を掛け、乗り心地を確認。
「バイクほどじゃない。大丈夫」
「馬車よりも速く、快適って凄いですね」
「キャウ」
2人の感想と、それに同意するように一鳴きするハナコ。
「じゃあ急ぐぞ」
それを聞いて秋斗はさらにアクセルペダルを強く踏み込んだ。
秋斗がアクセルを踏み込むと、今まで小さかったリアクター音が一気に大きくなる。
鳴り響く重低音と共に一気に加速。窓から見える景色は一瞬で過ぎ去っていく。
「ちょ、ちょ!!」
瞬間的に加速した事に焦りながらも、秋斗に言われたドアの持ち手に掴まるリリ。
「すっごい速いです! リリ、外の景色が一瞬で流れていきます!」
速さにあまり抵抗の無いソフィアは笑顔で窓の外を指差しながら、リリの肩をぽんぽんと叩く。
「な、なんでソフィーはそんなに余裕なのぉ!?」
「え? 乗り物楽しいですよ? もっと速くても良いくらい!」
加速に顔を青くするリリと余裕綽々な表情を浮かべてスピード狂の気質が溢れ出すソフィア。
秋斗は2人のやり取りをバックミラーでチラチラ確認しながら運転していると、王都の騎士団が戦っている現場付近まであっという間に近づいていた。
AR上に送られてくる衛星画像ではまだ戦闘は継続中のようだ。
北街に行くには、丁度現場を通るので秋斗は通過する際に少し手伝おうと思っていた。
「そろそろ王都の騎士団が戦っている場所に着くから、通り過ぎる時に少し魔獣を倒していくよ」
前を向いて運転しながら、後部座席にいる2人へ向かって話しかける。
「ん? 止まらないの?」
「ああ、通り過ぎながら倒す」
「どうやってですか?」
リリとソフィアの問いに答えようとした時、タイミングよく戦闘中の騎士団が前方に見えてきた。
秋斗は運転席の窓を開けつつ、ダッシュボードに置いてあったハンドガンを右手で取る。
そして、街道脇を突き進む速度のまま、騎士団が戦う戦闘エリアの真横を通り過ぎる時――
ダンダンダンダン! とすれ違い様にハンドガンから魔法弾を発射させる。
「こうやって」
戦闘エリアを通り過ぎた後、窓の外から出していた腕を車内に引っ込めて、再びハンドガンをダッシュボードに置いた。
「それって何?」
「ハンドガンっていう魔法銃なんだが……。遠距離武器だな。弓の進化した物と言えばいいか。攻撃魔法の塊みたいなモノを相手に撃って貫通させるんだ」
賢者時代での戦闘では広く使われていた『魔法銃』という物を2人に解り易いよう簡単に説明する。
正確には旧時代の物理弾を飛ばしていた銃と同じように、魔法銃の内部で魔素によって生成される銃弾を発射する。
魔素エネルギーの進化によって、物理弾から魔法弾に変わった事で『弾切れ』がほぼ無くなった。銃内部の充填貯蔵ユニットから生成されるエネルギーが連射速度を上回らない限りは弾切れが起きない。
さらには、魔素エネルギーが貯蔵された外部エネルギーユニットを装着させる事によって弾持ちを補助している。
これらが尽きれば弾切れは起こすのだが、賢者時代の戦争では弾切れという概念がほぼ無くなっていたに等しい。
ただ、シールドマシンのような防御面の発達もあったので弾切れしない魔法銃があれば全て解決という訳でもなかったのだが。
「すごい。本で秋斗が使ってたやつの実物だ」
「そうですね。秋斗様や賢者時代の人々が戦争で使っていたと書かれていました」
どうやらケリー監修の英雄譚にも登場しているようで、2人は魔法銃という単語を聞いてどういう物なのかはある程度知っているようだ。
「秋斗の使う魔法銃は特別って書かれてた」
リリの言う通り、秋斗の使う魔法銃は性能自体も優れているがもっとも違うのは見た目だろう。賢者時代の軍隊が使っていた魔法銃は昔で言うSFチックな外見だ。
旧時代の金属製の丸い銃弾に合わせて銃口が丸いのではなく、銃口は四角い状態で全体的な外見は重厚感のないペラペラな感じ。レトロ趣味、旧時代のデザインが好みだというのもあってか、とにかく秋斗の感性では嫌な形だった。
こんなもの使いたくねぇ! と床に叩きつけた秋斗は自分の趣味全開の外見で自分専用の魔法銃を一から作り上げた。
そして出来上がったのが古き良き時代に生まれた『H&K USP』の外見を少し変えた魔法銃。
アタッチメントやらカスタマイズという言葉に弱い秋斗は、専用サプレッサーや拡張マガジンタイプの外部エネルギーユニットなど作り上げて使っている。
今回ダッシュボードに置かれている銃も同じ物で、他にも使っている銃器は旧時代の外見を模した物が多い。
「アークエルの戦い下巻でも魔法銃を持って敵軍へ飛び込んで行くシーンがありましたね」
「一番カッコイイシーン」
後部座席では英雄譚で秋斗が銃を持って戦うシーンについて盛り上がっていた。
2人の話すシーンを聞きながら運転している秋斗は、そんな事したっけ、と苦笑いを浮かべていた。
そして、しばらく装甲車を運転していると遠目には北街の城壁が見え始める。
「そろそろ北街に到着するぞ」
英雄譚で魔法銃の登場シーンについて盛り上がる後部座席に声を掛ける。
秋斗の言葉を聞いた2人は盛り上がっていた話を中断して気を引き締め直した。
一方、王都付近で魔獣の群れと戦っていた騎士団は順調に魔獣を倒し続けていた。
最初から前線で戦い続けた騎士達は遅れて到着した騎士達と交代し、後方で疲れや傷を癒す。
戦いの中、ひと時の休憩中に話す話題は1つだ。
「なんか途中、とんでもなく速い物体が通り過ぎて魔獣の頭を吹き飛ばしていったよな」
「ああ、ありゃなんだったんだ?」
全体の指揮を執るべく後方に控えていたアンドリューは腕を組みながら騎士達の雑談に耳を傾けながら「また賢者様か」と静かに冷や汗を流していた。
読んで下さりありがとうございます。




