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53 エルフニア北街防衛戦2


 北街に魔獣の波が押し寄せた当日の朝。

 王都にいる秋斗は首輪を解錠して以来、2度目となる医療院へ足を運んでいた。


 被害者達の首輪を解錠してから数週間経ったが、ようやく症状が重かった者達が話せるまで回復したとの報告を朝食の後に受けたのがきっかけだった。

 症状が軽かった者達もあと1週間程度入院すれば退院となるらしい。

 そんな嬉しい報告と同時に彼らから直接お礼を伝えたい、と院長であるラウロが強く懇願されているらしく見舞いも兼ねて医療院を訪れた。

 和やかな雰囲気で彼らとお茶を楽しみ、子供達とキャッキャウフフと遊ぶだけかと想像していたが秋斗の考えは甘かった。


「賢者様。我々を助けて頂き、誠にありがとうございます。助けて頂いたこの命、賢者様の為に捧げます」


 まさかの子供達以外、全員土下座。さらには命まで捧げちゃうらしい。

 最近ようやく自分の立場に慣れて、様付けや街のお年寄りから祈られるのを軽く対処できるようになってきたのに。

 ヒクヒクと口を引き攣らせながらラウロを見れば、彼も困ったように眉を下げて秋斗に苦笑いを向けていた。


「い、いや。とにかく、まだ体調がよくない人もいるんだろう? 頭を上げて楽になろう。座ろう。そうしよう」


「「「「 ははー! 」」」


 ようやく頭を上げてくれた被害者や被害者家族達。

 小さい子供達は大人達が何をしているのか理解していない子が多く、リリとソフィアにじゃれついていた。


「どうしてこうなったんだ……」


「いえ、彼らがどうしても、と。止められませんでした……」


 どこか遠くを見ながら呟く秋斗にラウロは恐縮しながら答えを告げる。


「まぁ、これで気が済んでくれればいいか」


 ふう、と溜息を零した時、てててーと1人の小さな女の子が秋斗へ近づいて来た。


「おにいちゃん。終わったの? あそべる?」


「こら、アン!」


 秋斗に近づいて来たのは、アンと呼ばれた少女。秋斗が首輪を解錠した時に最後の組にいた少女だった。

 あの時と同じように、姉から注意されるがアンは構わず秋斗へ抱きつく。


「アン、元気になったよ? 前みたいにお話してくれる?」


「おお、いいぞ~」


 アンを抱っこしながら、すみませんすみません、とペコペコ頭を下げる姉に気にしないよう告げて椅子に座る。

 自身の膝にアンを乗せてやると、他の子達も秋斗へ寄って来た。

 首輪を嵌められていた子供達は全員でアンを含めて3人。寄って来た子供達全員を膝の上に乗せたり、抱っこで迎えてやるが子供の親達は不敬な態度にならないかとガクブルだった。


「ふふふ。秋斗様はお優しいですから。気にしないで下さいね」


 ソフィアはニコニコと聖女のような笑みを浮かべながら、子供の親達へフォローを入れる。


「アンね。おにいちゃんのお話が聞きたい!」


「ぼくも!」


「私もききたーい!」


 子供達が元気に手を上げながら催促してくる様子に秋斗も釣られて笑みを浮かべた。

 

「大人の皆様も秋斗様のお話が聞きたいでしょうし、本日は秋斗様のお話を聞きましょうか?」


「秋斗が目覚めた時の話とか聞く?」


 ソフィアとリリが提案すると、大人達も子供達も元気よく返事して目を輝かせていた。

 

「じゃあ俺が目覚めた頃から話そうか」


 皆の前で目覚めてからの事を語れば、子供達にとっては大冒険のように思えたらしく目をキラキラさせていた。

 特にリリを助けたところでは、リリが実際に首輪を嵌められていた部分はぼかしたものの、大人達からは安堵の溜息が漏れる。子供からはリリの語った秋斗の戦闘模様を聞いては腕をぶんぶん暴れさせて大興奮。

 S等級魔獣ガルムであるハナコとの出会いを聞けば、子供達はハナコ目掛けてダッシュ。ハナコを捕まえて揉みくちゃにしていた。

 秋斗がチラリとハナコを見れば、ハナコが諦めたような目をしているのが印象的だった。

 

 秋斗の話が終わると、休憩も兼ねてお茶とお菓子を楽しみながらのんびりタイムになった。

 彼らに話す事でこれまでの出来事を思い返せば、眠る前の時代では体験できない濃厚なイベントが盛り沢山だった。そもそも世界がガラリと変わってしまったというのもあるし、自分に嫁が2人もできるなんて想像できるわけがない。

 

 エルフニア王国へ来てもうすぐ1ヶ月。

 今まではエルフニア王国内でゆっくりしている事が多かったが、そろそろ他国の王族もやって来る。

 他国の王族が到着すれば様々な事が進展する。そうすれば、アン達のような無邪気な子供達と遊ぶ機会も少なくなるだろう。

 時間が経つのが早く感じるほど忙しくなるぞ、と秋斗は心に思いながら遊びまわる子供達とソフィアやリリと談笑する大人達を見つめていた。



-----



 医療院でアン達と別れ、庭を通るルートで王城に戻ると騎士達が慌しく動き回っていた。

 また何かあったのかな? と3人で話しながら王城内へ入ろうとしていると、偶然通りかかったジェシカが秋斗達を見つける。

 今回の医療院へ行くには護衛無しという事で、訓練に参加すると言っていた彼女だがいつもの鎧と剣を装備して腰に予備の剣まで腰に挿している外見は戦いへ赴くような様子だった。


「皆様。丁度、医療院へお迎えに行こうと思っていたところでした」


 どうやらタイミングが良かったようで、彼女の手間を省けたようだ。

 周囲の緊迫した空気の中、真剣な表情を浮かべているジェシカへソフィアが代表するかのように問いかける。


「ジェシカ。何かあったのですか?」


「王都北東で魔獣のスタンピードが発生しました。魔獣達は北街と王都へ別れて侵攻し、総数は300以上だと報告が入りました」


「なんですって!?」


 ソフィアが叫ぶのも無理無い。

 本能で餌を求め、人を襲う魔獣は対峙する数が増えるほど相手するだけ難しくなる。そんな魔獣が群れを成し、数の暴力をもって街に襲い掛かれば、その先は簡単に想像できるだろう。

 しかも、その数は300以上。半数の150が相手だとしても1つの街にある防衛組織のみでは対応できず、あっという間に街が消えて無くなる。


「現在、北街にはこちらに来る予定の3ヶ国の王家がいます。北街への救援と王都の防衛準備、どちらも早急に準備している状況です」


「わかったわ。秋斗様、お父様のところへ行きましょう」


 秋斗はソフィアの意見にすぐさま賛成すると、3人はジェシカの先導でルクスがいる大会議室へ案内された。

 ソフィアはノックもせずに大会議室の扉を開け放ち、ルクスの顔を見つけると叫ぶように声を掛ける。


「お父様!」


「秋斗様、2人とも。状況は聞いたかね?」


 ルクスの顔にはいつもの穏やかな表情は消えて、今は焦りのような表情を浮かべていた。

 秋斗達は大会議室の椅子に座り、ルクス達の会話へ加わる。


「ジェシカから少しだけ。現在の状況はわかりますか?」


「うむ。魔獣のほとんどは北街方向へ向かっている。王都方向には50程度。こちらは王都なら対応できる数だ」


「王都方面の魔獣は騎士団の先発隊と傭兵達が足止めしている。こちらに向かっている中にB等級以上の魔獣がいないのが不幸中の幸いだろう」


 ルクスが苦々しく現状報告をすると、近くに座っていたロイドが付け足す。


 王都にある戦力でB等級までの魔獣を50を相手にするとしても、王都に魔獣を向かわせないよう対応するならば、王都防衛に騎士団の8割を当てなければならない。

 残りの2割は万が一に備えて王都の警備に充てる。

 つまりは、すぐさま王都の騎士団を北街へ援軍として送れないという状況だった。

 

「北街には3ヶ国の王家が到着したと昨日の夜に連絡が入った。向こうで応戦しているのは北街の騎士団と傭兵達、3ヶ国一団を守る護衛騎士達だ」


「東街はどうなのですか?」


 ソフィアがルクスへ問いかけるが、ルクスは首を横に振る。


「まだ東街からは連絡が来ていない。王都からも連絡員を出したが分かるまでに時間が掛かるだろう」


 ソフィア達が話し合う中、秋斗は静かに宙を見つめていた。

 

(ここが王都……。北街はこれか?) 


 秋斗の目の前に表示されるのは、シェオールから送られてきたエルフニア王国周辺上空の衛星画像。

 AR上に表示された画像で王都より北にある北街周辺に目を向ければ、街の周辺に人らしき黒い点と群れを成す魔獣が真っ黒い波のように映し出されていた。

 そんな状況の北街から南、北街と王都の中間よりも王都寄りの場所で魔獣の群れと交戦状態らしきモノも映し出される。

 王都の防衛状況としては王都から続々と騎士団員が増援に走っている様子も映し出されているので、ルクスの言う通り対応は可能なのだろう。


 先程話題になっていた東街には極少数向かった魔獣がいたようで、東街から少し離れた場所に向かって来る魔獣よりも多くの人が防衛展開している。この様子ならば東街の防衛は増援無しでも可能だろう。

 しかし、東街へ向かっている魔獣もいるのだから東街の戦力も街を守る為に防衛しなければならない。したがって、東街も北街への救援には時間は掛かる。

 

 秋斗はもう一度北街へ視線を戻す。王都と東街の防衛後に北街へ増援を送ったのでは間に合わないのは断言できる。

 この波のような魔獣の数では北街が飲み込まれるのも時間の問題だろう。

 敵の戦力が2分され、現在は奮闘しているようではあるが救援が早いことに越した事はないだろう。


 こうなった原因も気になるが今は考えている場合ではない、と頭の片隅に追いやった。


「俺は北街へ向かう。ハナ、一緒に行くぞ」


 今まで黙って衛星画像を見ながら状況を調べていた秋斗は、そう宣言して椅子から立ち上がった。

 秋斗の椅子の横で大人しくお座りしていたハナコも主人である秋斗の呼び声に応えるように立ち上がる。


「秋斗様!」


 ルクスが叫び、隣にいるロイドも反対意見を言い出そうとしているのが判った秋斗は、彼らが口を開く前に話し始める。

 ここでAR上に表示されている画像を皆に見せる事が出来れば細かい説明と説得も可能だが見せられない以上、無理に押し通すしかない。


「王都の防衛は現状戦力で可能ならば、俺は北街に向かった方が良い。俺ならばマナマシンですぐに向かえるし、殲滅できる戦力も用意できる」


「た、確かにそうかもしれませんが……。しかし、S等級魔獣を相手するよりも今回は危険です! 秋斗様に何かあれば!」


 今回は数の暴力であり、群れの中にA等級以上の魔獣が複数いたとしたらS等級魔獣と同等、もしくはそれ以上の危険度だろう。

 しかし、そんな事はハナコの時と同じように秋斗にとって関係無い。


「ルクス王。エルフニア王国には感謝しているんだ。だからこそ、国の危機に対して傍観者でいるなどあり得ない」


 同僚のケリーが関わった国を助けないなどあり得ない。彼の技術を大切に継承してくれる人達を見捨てるなどあり得ない。

 目覚めて様変わりした世界に戸惑っていた自分を、人の暮らすもとへ連れて来てくれた恩人達の国に対して傍観など出来るわけがない。

 創造の力を持って全ての理不尽を殲滅する。それが、魔工師の称号を持つ者の誓いなのだから。

 

「王都は王都の防衛に専念して、北街は俺に任せてくれ」


 視線を向ける皆にくるりと背を向けるようとすると、横に座っていたリリとソフィアも立ち上がる。


「秋斗。私も行く」


「今回は私も同行します。秋斗様が戦っている間に、北街のブノワ領主とも話さなければいけませんし、他国の王家とのやりとりもしないといけませんから」


「俺が言うのもなんだが、危険だぞ?」


「大丈夫。秋斗に貰ったコレで魔法撃てるから」


「私もリリから教わって攻撃魔法はいくつか作りましたから大丈夫です。秋斗様から頂いたシールドマシンもありますしね」


 ふふん、と自慢気に腕に装着した腕輪を見せつけるリリと、ニコニコと笑うソフィア。2人もどうやら引く気はないらしい。


「前線には行かせない。2人は後方にいること」


 秋斗が、いいか? と2人の顔を見つめれば2人も頷いて了承する。

 3人のやりとりを見つめるルクスとロイドも自分の娘が戦場に向かうのは反対だが、親の自分達が何か言ったところで引きはしないだろうと既に諦めていた。

 それに、賢者である秋斗の傍にいるのなら万が一も無いだろう、と秋斗への信頼度も高いので止める事はしなかった。


 2人の嫁と話がまとまった秋斗はルクス達に背を向けて、会議室内にいる全員の視線を背中に受けながら振り向かずに宣言する。


「向こうの魔獣は1匹残らず殲滅する」


「ハッ! 無事のお帰りをお待ちしております!」


 コツコツと靴を鳴らしながら扉へ歩いて行く秋斗に対し、会議室内の全員が立ち上がって深々と頭を下げ続けた。

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