50 騒動の兆し
「どうだ?」
「もう少しだ」
暗い洞窟の中に人影が2つ。
1人は洞窟の外の方向へ体を向けながら、背後で作業をする男へ顔を向けずに声をかけた。
もう1人の男はチョークのような物で地面に円と文字で構成された魔法陣を書いていく。
「よし、魔法陣は出来た。魔石をくれ」
光の届かない暗い洞窟の中で、地面に描かれた魔法陣は薄く黄金色に発光していた。
背中を向けている男が振り返り、握り拳サイズの魔石を手渡す。
受け取った男は魔法陣の中心に魔石を置くと、薄く発光していた黄金の光は徐々に輝きを増していき、黄金から白銀へと変わっていく。
「完了だ。帰還しよう」
「結果は見ていかないのか? 効果はすぐ現れるんだろ?」
「ダメだ。影潜みの宝玉はこれで最後。欲張って死ぬなんて、私はゴメンだ」
「チッ。わかったよ」
輝きを増す魔方陣の横で、男は懐から水晶のように透き通った玉を取り出す。もう1人の男も水晶を持った男へ近づく。
「精々足掻くが良い。家畜共」
男は呟いて水晶を地面に叩きつける。
砕け散った水晶の破片が地面の上で霧散すると、2人の男達の姿も消えていた。
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「はい。これ」
「なんですか? これ?」
秋斗はソフィアへ腕輪を渡す。
「リリと同じやつ。第3世代型マナデバイスだよ。欲しがっていただろ?」
リリの腕に装着されたマナデバイスを羨ましそうに見ていたソフィアを秋斗は忘れてはいなかった。
ここ最近はハナコの件や魔石研究などもあって先送りにしてしまっていたが、空いた時間に少しずつ作り始めてたった今完成したばかりの物。
「覚えていて下さったんですね!」
「もちろん。少しずつ作ってはいたんだが……最近色々あったからな。遅れてすまない」
「そんな! 嬉しいです!」
ソフィアは腕輪を抱きしめて満面の笑みを秋斗へ向ける。何度も見ているが、その美しくも可愛らしい笑みに毎回ドキリとしてしまう。
「じゃあ、使用者登録をしようか」
秋斗はリリの時と同じように使用者の登録を始めて、一通り使い方を教える。
その後、既に使い慣れているリリに色々聞いて魔法を試してみたら? とススメれば、ソフィアはさっそくリリを捕まえて質問を始めた。
「作った魔法を撃ちにいきましょう!」
ワイワイと楽しそうに話し合う2人を微笑ましく見守っていると、魔法創造を試したソフィアはリリの腕を捕まえて訓練場へ向かう。
秋斗も誘われたが、今後作るマナマシンの仕様書を書いていたので遠慮した。
しばらく机に向かって作業をしていると、部屋のドアがノックされてアレクサが対応しに向かう。
「秋斗様。エリザベス様がいらっしゃいました」
「ああ、通してくれ」
中に招き入れるよう伝えれば、アレクサがドアを開いてエリザベスが入室してくる。
相変わらず筋肉ムキムキのオネエはアレクサに礼を言った後、秋斗へと片手を上げて挨拶した。
「ハァ~イ☆」
「おう。今日はどうしたんだ?」
出会って以来、秋斗とエリザベスは頻繁に会っている。
秋斗にとっては現代で気軽に話せる友人であるし、エリザベスも尊敬する男の友人になれた事が嬉しい。それに自分の奇抜な容姿や態度を気にせず話してくれるのだから。
それに、賢者時代の洋服について秋斗から話題として提供してくれて、エリザベスの服飾研究話を応援してくれる秋斗はかけがえのない友人に上り詰めていた。
「そろそろ、アキトに会いに各国の王様や王族が来るじゃな~い? その一団の護衛としてエルフニア王国の北街へ向かう事になったのよ~ン! 出発前の挨拶と、しばらく会えなくなるからお茶会をしようと思ってねン」
エリザベスは秋斗の対面に座りながら、バチコーンとウインクして告げる。
「そうなのか。なんか悪いな」
自分に会いに来る相手の護衛となれば、秋斗は手間を掛けさせてしまっている立場である。
こっちから会いに行こうか? と気を使って言った事もあるがルクス王に断られてしまっている以上無理は言えない。
しかし、よく知る相手に手間をかけさせてしまったのは心苦しい。
「アキトは気にしないでいいのよン! 北街までは1日で行ける距離だし、報酬も良いし特にキツイ仕事じゃないわン。護衛する相手も知らない仲じゃないから~」
「そうなのか?」
「ええ。ワタクシ、こう見えても各国の王族の洋服を手掛けているのよ~ン! だから、王家にもご贔屓さんがいるのよン!」
秋斗はさすがエリーだと素直に納得する。これまで自分の洋服を作ってくれた彼の腕は確かに凄腕で、作ってくれた洋服はどれも着やすく肌触りは良く、おしゃれで機能性も素晴らしい物ばかりだ。
嫁2人の着る洋服もエリーの作った服で、どれも2人の魅力を1段も2段も上げている。
腕も良く、賢者時代の服を精力的に研究して再現させる彼の事を、他国の王家が知らないはずが無い。
「エルフニア以外の国の王家ってどんな人がいるんだ?」
「みんな良い人よ~ン? どの王様も民の為を一番に考えてるしィ、王子様やお姫様もねン。きっとアキトも仲良くなれるわ~ン」
秋斗が目覚め、エルフニア王都に来てから出会った人達は善良な人間がほとんどだ。
街を歩いている時に、何度か傭兵ギルドの傭兵達が喧嘩や住民に対して問題を起こしている場面を見かけた事はあるが大きな犯罪というわけでもない。
若者がヤンチャして捕まった、という印象くらいだ。
「レオンガルドの王子様や魔人王国の陛下はアキトと年齢が近いし仲良くなれるんじゃないかしら~ン?」
「そっか。気軽に話せる相手が増えるなら良いな」
どこか寂しそうに呟く秋斗を見て、エリザベスは常々思っていた秋斗の心境を確かなモノにする。
賢者である秋斗は王よりも上位の存在であり人々から敬われる人物。そんな秋斗と対等に位置する者は、他の賢者以外存在しないだろう。
現在、秋斗にはほぼ嫁と言っても過言ではない2人の婚約者がいるが、秋斗という存在に寄り添えるのは彼女達くらいだろう。
ルクスやロイドは、婚約者の親という立場があるので対等とは言い辛い。
それでは、あまりにも少ない。
だからこそ、秋斗はもっと対等に話せる人物を欲する。対等でなくとも、気軽に、気心知れた相手を欲するのだろう。
秋斗の友人となったエリザベスはリリとソフィアからもこの件で既に相談を受けていたのもあり、秋斗には友達と呼ばれる存在が必要だ、とエリザベスは秋斗を見て思う。
(エリオット陛下やイザーク様ならアキトとお友達になっても違和感無いしねン)
今回、護衛の仕事を傭兵ギルドから請けたのもそんな秋斗への思いがあったからだった。
友達になってあげて、と言うのも変かもしれないがお節介を焼きたくなってしまった。それ程までにエリザベスは秋斗という男を良く思っている。
「ところで、思い出せる賢者時代の洋服を書いたんだけど見るか?」
「見るわよォォン!!」
エリザベスが秋斗について思っていれば、秋斗のステキな提案によって思考は中断される。
秋斗の手によってテーブルの上に置かれた数枚の紙には、秋斗がうろ憶えながらも服の形を絵に描いた物。
エリザベスに教える際は、絵で洋服全体のイメージを教えつつ口頭で補足するような形式にしている。因みに秋斗の画力はそこまで上手くない。
「思いついたのをいくつか書いてみた」
エリザベスに教えたのは制服シリーズ。
学生用の制服とナース服など。ナース服はネタ枠、というか職業別に制服が存在していたのを教える為に付け加えたのだが意外にもエリザベスへの感触は良かった。
「なるほどネェ。職業によって制服を支給するのはいいかもしれないわネ。服装を見ればその人の身分や職業が判断できるのはアリかもォ。ナース服も医療関係者って判れば、事故が起きた時に声を掛けやすいかもしれないわねン」
次にドレス系などの女性モノ。
昔にあった伝統的なドレスや、映画女優が何かの授賞式で着ていた気がするミニスカートタイプで背中がガッツリ出ているキワドイタイプ。
後は童貞を殺す服だ。あの前面を最低限の布のみで隠し、ハイテナイをも演出するアレである。防御力と肌を包むという洋服の機能を最低限にした全男子憧れのアレだ。
その他にも縦セーターと言われた冬用セーターやどこかのファミレスで採用されていた乳袋洋服の絵も用意してある。
決して秋斗の趣味ではないのだ。違うのだ。
「この背中の開いたドレスは似たのが既にあるわネン。この童貞を殺す服っていうのは……もう服じゃないけどセクスィーである意味オッケー!」
縦セーターと乳袋服は普段着のデザインとして即採用された。夢が広がる。
色々なデザインを目にしてほくほく顔のエリザベスは最後の紙を手に取って、頭に疑問符を浮かべながら秋斗へ問いかける。
「アキト~? これって何かしらン? 男性用シャツ?」
「ああ、それ。Tシャツっていうのでな。男女どちらも着れるシャツなんだ。格安シャツ? っていうのかな。安く提供して作業用にも使える感じの服だな」
現代のシャツはYシャツのようなボタンで留めるタイプの物が一般的でTシャツのように、頭から被って着るタイプは普及していない。
エリザベスが作業場を借りている服飾店でもTシャツは置いてなかったし、王族貴族向けの服はほとんどがオーダーメイド品だった。
一般向けに売っている量産品と呼ばれるシャツは使われる材料の品質を落して、ボタンの数が少なかったりする簡単に作られた物が一般的なので、格安で買えるカテゴリの物として汎用性の高いTシャツという物をエリザベスに提案してみたのだった。
「無地だったら格安で提供できないか? 何枚もあれば毎日着替えて衛生面にも繋がるし、ちょっとオシャレにするならTシャツに文字や絵を描いたのを……」
プリントTシャツやカラフルに様々な色のTシャツを作ればオシャレに繋がるんじゃない? と、乏しいオシャレ知識を提供していく。秋斗からしてみれば、こんな物があるよ、と教えればオシャレな使い方は本職がやってくれるので伝えるだけ伝えれば良いし、楽なのだが。
秋斗の説明を受け、作り手によるデザイン性やメッセージ性も伝えられるTシャツの汎用性はエリザベスにとって衝撃を与える。
格安で一般層へ提供でき、街の人々がオシャレに染まる。そんな素晴らしい物をエリザベスが受け入れない筈が無かった。
「これ良いかもしれないワ! 簡単に着れて、安く買えて、デザイン性も作り手に染められる。最高よォォォン!!」
エリザベスは新たな可能性にテンションはアゲアゲだ。
秋斗も喜ぶエリザベスを見て、良い事したなぁ、と満足気だが――この時、秋斗はまだ知らない。数年後、自分の姿がプリントされたTシャツが大流行してしまう事を。




