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49 賢者教


 テテテテ、と先頭を行くハナコを追いながら秋斗と婚約者2人にアレクサとジェシカを加えた一行は貴族の屋敷が横並びに立ち並ぶ通りを東側へと歩いて行く。

 現在目指しているのは王都の北東広場と呼ばれた教会と孤児院のあるエリア。

 本日の予定は教会と孤児院への視察である。

 以前にギルドなどの施設を巡る際にも予定には上がっていたのだが王城の者が教会に日程確認をすると、その時に丁度エルフニアの司祭がレオンガルドまで教会会議という幹部の集まる会議へと出掛けていたので戻ってくるまで見送られていた。

 孤児院の方だけでも視察に行こうかという話もあったが、教会と孤児院は併設された施設という事もあってそちらも一緒に見送られている。


 北東エリアに進むにつれて貴族の屋敷は少なくなり、代わりに広い公園や立ち並ぶ樹木が増えて行く。

 さらに先に進めば王都東側に並ぶ一般住民の家屋も姿を現し、市場や公衆浴場も見えてくる。


「こっちはあまり家が無いんだな」


「ええ。こちらは市場や公衆浴場などがメインですね」


 大通りから東側には住宅は少なく市場や公衆浴場といった施設が並び、西側は住宅が所狭しと建設されているのがエルフニア王都の特徴の1つだろう。

 元々西側に集まる住宅エリア内に市場が存在したのだが、近年の人口増加と異種族間結婚による他国からの移住によって西側住宅地のキャパシティを越えてしまった。


 その年に衛生面の改革による公衆浴場の建設案が出されていたので、東側の城壁を崩して拡張工事を行っていたのも相まって、東エリアに公衆浴場が建設されると同時に西側にあった市場も東側へ移設された。

 それ以降、新たに一般向け住宅を建設するのは東側がメインになっている。因みにエルフニア王都の家賃は西側の住宅地は安めで市場や公衆浴場の近い東側の方が利便性が高いので当たり前だが家賃がお高い。

 しかし、平均的な月収があれば十分払える家賃なので所帯持ちは東側へ引越しする者も多く、西側はどちらかといえば独身用だったり他国や他の街から移住してきた傭兵向けの物件というのが王都民共通の認識になっている。


「おや、賢者様。こんにちは」


「ハナコちゃんだー!」


 秋斗達が東側エリアに立ち入れば、住民達は気軽に声を掛けてくれる。

 住民達も秋斗の姿にだいぶ慣れた。2人の嫁と仲睦まじく散歩したり、1人で街を歩きながら気軽に住民と話す秋斗を見て身近に感じてくれているようだ。

 ハナコの存在も、ハナコが秋斗のペットになってからはハナコを連れてよく散歩に出ていた。

 最初はS等級魔獣というのもあって遠巻きに見ている者が多かったが、賢者である秋斗が近くにいる事とハナコが秋斗の言う事を聞いて大人しい様子を見て次第に近づく者も増えていた。

 特にハナコはちびっ子達に大人気。もふもふの毛並みと愛らしい顔がS等級魔獣でありながら子供の心はもちろん、大人達の心も掴んでいた。


「あれが教会か」


 道行く住民と挨拶を交わしながら、王都北東にあるエリアへと踏み入れば古い建物ながらも大きく立派な外観をした教会が目に入る。

 東エリアから北に向かった場所にある教会の前は広い運動場のような公園があって子供達の遊び場となっている。

 今も子供達が元気に走り回って遊んでいた。

 

「あ、けんじゃさま!」


「けんじゃさま! こんにちは!」


 遊んでいた子供達が秋斗に気付くと元気に手を振りながら挨拶してくれて、秋斗も子供達へ笑みを浮かべながら手を振り返す。

 元気な子供達の様子を微笑ましく見ながら、一行は教会へと入って行った。


 建物の中に入れば荘厳な内装に目を奪われる。

 石造りの建物内には最奥に5体の巨大な像が並び、その足元には壇上と伝承にある最初の5人を象った小さな種族像が設置されている。

 入り口から壇上までは赤い絨毯が敷かれており、絨毯の左右には長椅子がいくつも列を作って置かれていた。


「ようこそいらっしゃいました。偉大なる賢者、御影秋斗様。姫殿下。リリ様。聖獣ハナコ様」


 秋斗達を出迎えてくれたのはフード付きの白いローブを身に纏い、綺麗に背筋を伸ばして立つ中年のエルフ。

 

「出迎えありがとうございます。ガストン司教殿」


 出迎えてくれた教会の者にソフィアが代表で挨拶する。

 秋斗もソフィアの後に、どうもと頭を下げて挨拶をした。


「さぁ、どうぞ中へ」


 ガストン司教に促されて赤絨毯を歩いて中へと進む。ハナコはリリに抱っこされながら尻尾をふりふりしていた。

 秋斗は絨毯の半ばで足を止めて、巨大な像を見上げた。


「あれって俺か……」


 最奥に並ぶ像の中、左側の2番目にある像の容姿はどう見ても秋斗自身にしか見えない。さらにその隣にはケリーの姿をした像が立っている。


「はい。偉大なる賢者を称える教会に、賢者様ご本人様をお招きできた事。教会の者一同感動しております」


 秋斗の像がある理由。ガストン司教が言ったように、東側では賢者という存在が象徴として称えられている。

 正確に言えば、賢者時代に生きていた者を賢者とカテゴリされているのだが、秋斗が現れるまでは目覚めた者で存在を確認されているのがケリー・オルソンという技術院所属の人物だけ。


 ケリーという存在は東側の各国にとって建国の根底にある重要人物であり、賢者と呼ばれる者の代表格である。そして、そのケリーから伝わった技術院の同僚、同格だったアークマスターの5人が特に神格扱いされている。

 もちろん、技術院に所属していない者が目覚めたとしてもケリーの遺言通りに手厚く保護され敬われるだろう。だとしても、賢者ケリーによって救われた者の子孫である現代に生きる者にとってはアークマスターという存在は賢者の中でも別格として扱われていた。

 

 それ故に、東側各国には5人のアークマスターを称える為の組織『賢者教』と呼ばれる教会団体がある。

 宗教のようであるが宗教ではない。あくまでもケリーの仲間、アークマスター達を称えて象徴としているだけであり、その教会に所属する者達の教義は1つ「自らの人生を謳歌し、他者に優しくある」事のみ。

 この教義は賢者教を興す際に、ケリーがそうあれと初代聖職者達へ伝えた事からできた教義である。

 ようは、ガッチガチの聖職者のように己の人生を捨ててまで他者に尽くすのではなく、自らの人生を楽しみながら困った人に手を差し伸べて助けてあげようね、という事だと秋斗は事前にルクス王から聞いていた。

 そのため、聖職者だからといって結婚してはダメというわけでもないし酒を飲んじゃダメというような禁止事項も無い。

 彼らは賢者ケリーのように他者を助けたいという優しさを持った集団なのです、とこちらもルクス王談。


 秋斗は自身の像を見て、若干複雑な表情をしていると。


「それにしても、皆様が秋斗様のお仲間なのですよね。ケリー様以外、少し前までは架空の人物のように遠い存在なのかと思いきや……何か、秋斗様は目の前にいるのに不思議な感じです」


 ソフィアも秋斗のように像を見上げながら呟いた。


「ふふふ。確かに不思議ですね。しかし、実際にいらっしゃる方々ですから、私のようにご本人とお会いできるという貴重な体験をできるのです」


 ガストン司教は今日という日がすごく嬉しそうに笑みを浮かべる。


「秋斗の仲間だから、他の人達も本の内容と同じで凄そう」


「あー。まぁ確かに俺より凄いヤツばかりだよ。魔工師という称号はアークマスターの中で一番新しいモノなんだ」


 そう言って秋斗は像を再び見上げながらアークマスター達を語る。

 

 農業を専攻していたケリーは既に有名だろう。食料生産の革命児と呼ばれた ケリー・オルソン。

 

 錬金術を極め、数々の錬金素材を開発した錬金術師。錬金王 ヘリオン・マッケンシー。 

 

 次世代医療を研究し、様々な医療薬品と医療技術を確立させた女性医療師であり聖女と呼ばれた アドリアーナ・ヘルグリンデ。 

 

 魔法の研究開発を行い、アークエル魔法使いの頂点、魔王と呼ばれた男。グレゴリー・グレイ。


 彼ら4人がいなければ御影秋斗という男は、ここまで力を得られなかった。そう断言できる程に、4人の賢者は秋斗にとっても重要な人物達。

 4人のアークマスターとアークエルという国に認められて誕生したのが魔工師という称号なのだから。


「特に、グレゴリー・グレイ。彼は俺の師であり、俺を技術院に迎え入れてくれた」


 人類の滅亡が決まった日に会見していた初老の人物。そして、秋斗が眠る前に最後に酒を酌み交わした人物。

 魔法科学技術院統括所長 グレゴリー・グレイ。

 4人のアークマスター達の中でも間違いなく、彼がいなければ 魔工師 御影秋斗 は誕生しなかった。


「秋斗の師匠……」


 秋斗の口から語られた魔王グレゴリーが秋斗の師だという話は賢者英雄譚には記載されていない事であり、ここにきて賢者自身から語られた新事実に、リリだけが呟きを漏らして他の者達はグレゴリーの像を見上げて事実を噛み締めていた。


「とんでもない新事実を聞いてしまいましたな……」


 賢者ファンにとってはたまらない事実だったのだろう。この場にいる秋斗以外の者達は幸せすぎてぷるぷる震えだした。

 ガストン司教にいたっては、他のファン達が知りえない事実を知ってしまって一筋の涙を流すほどだった。


「え? そこまで……?」


 まさかのリアクションに秋斗の方が困惑してしまった。

 聖女と呼ばれたアドリアーナが実は病原菌大好きマッドサイエンティストで聖女と真逆な女だって知ったら卒倒するんじゃないか、と悪戯心が脳裏にチラついたがそれについては黙っている事にした。



-----



「わぁ! 賢者様にお姫様達だぁ!」


「ハナコもいるぅー!」


 ガストン司教の案内で一通り教会内を周った後、隣に併設されている孤児院へ向かえばチビッコ達の熱烈な歓迎が秋斗達を迎えてくれる。

 きゃあきゃあ言いながら子供達が駆け寄ってきて、ハナコはすぐに揉みくちゃにされてしまう。


 孤児院では親のいない子が生活しているが別に隔離されているわけでもないし、住民との確執があるわけでもない。

 教会に所属しているシスターや司祭が孤児院で暮らす子供達と街の小さな子供達に読み書き計算を教える場でもあり、午前中の授業が終われば孤児院の子供達と混じって街の子供達も一緒に遊んでいる。

 孤児院の運営資金は王家と貴族が出資し、孤児院に通わせている子供の親達も孤児院に寄付したり食料を寄付したりと街全体で孤児院を支えていた。

 

「けんじゃさま! まほう! まほうみせて!」


「お姫様! わたしたちとあそぼー!」


 ハナコだけに限らず、秋斗達も子供達に手を引かれて大人気。


「魔法か? どんなのが良いんだ?」


「えっと、えっと。まじゅうをたおしちゃうやつ!」


 子供達は攻撃魔法をご希望のようだ。秋斗の周りに集まった男の子達は目をキラキラさせながら催促する。


「魔獣を倒しちゃうやつか。でも、魔獣を倒しちゃう魔法は街の中じゃ使えないんだぞ?」


「ええー! そうなのー!?」


「そうなんだよ。だから、別の魔法を見せよう」


 秋斗はそう言って、持って来ていた袋から木の板を取り出す。

 見てろよ? と言って工作魔法の術式を起動しながら板を加工していく。


「うわ! すっげえ! 道具を使わないで木が形を変えてる!」


 秋斗が手を板にかざせば、グニグニと自由自在に形を変えて最終的にはブーメランの形へとなる。


「よし、できた。いくぞ!」


 出来上がったブーメランを投げれば、空中をくるくると回って投げた本人の場所へと戻ってくる。


「ほら。順番に仲良く使うんだぞ」


 子供達に戻って来たブーメランを渡せば、我先にと群がってブーメランで遊び始める。

 すると、傍で見ていたガストンが笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「まさか、孤児院で秋斗様の御業を拝見できるとは思いませんでしたよ」


「次来る時は子供達の遊具を作ろう。孤児院の庭や外の公園にブランコやすべり台を作ってやれば子供達も喜ぶだろうし」


 室内用にトランプや積み木もありか? と賢者時代に存在した子供向けおもちゃを脳内でピックアップ。


「ありがとうございます。子供達も喜びますよ!」


 ガストンと一緒に走り回って遊ぶ子供達を眺めた後、ソフィアやリリはどうだろう? と周囲に目を向ける。


「あのね。わたし、アートくんをだんなさんにしたいの。でも、アートくんはわたしのことをほおっておいて、あそびにいっちゃうの。おひめさま。どうすればアートくんをわたしに釘付けにできる?」


「ええ……」


 ソフィアの方は、とんでもないオマセさんに捕まってとんでもねぇ話をしていた。


「ラフィーくんは私だけじゃなくて他の女の子にも良い顔をするの! あの泥棒猫にラフィーくんを取られたくない!」


「既成事実を作るべき。そうすればラフィー君も逃げられない」


 リリの方はもっととんでもなかった。リリのアドバイスもヤバイ。しかもリリが幼女に告げるアドバイスに、自分も身に覚えがある。

 おませさん、なんてレベルじゃない幼女達と婚約者達の会話に口元を引き攣らせながら、横にいるガストン司教へ顔を向けると。


「最近の子は色々進んでまして」


 ははは、と笑いながら答えるガストン司教にそういうレベルじゃねえ、と秋斗は彼女達の将来に恐怖を覚えた。


 アート君とラフィー君。がんばれ!

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