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48 賢者の欠点とお姫様の料理風景


「3ヶ国の王族達は現在こちらに向かって来ているようです。日程的には2週間くらいで到着予定でしょう」


 王城の大会議室にて。

 秋斗はエルフニア王城に勤める貴族達とルクス王、宰相ロイドと共に会議に出席していた。

 賢者という存在は各国の政治に関わらせない、というよりも恩ある相手を政争に巻き込んで嫌な思いをさせたくないという方が正しい。国が出来て1000年は政争など起こっていないのだが。

 賢者から「~は~した方がいいんじゃない?」というような提案をされるのは国の者として大歓迎だし、現代の人が「~ってこうした方がいいですかね?」というような知識を借りる質問は許されている。「~をしたいので賢者様主体で行って下さい」みたいなのはアウト。

 

 そんな事もあり、秋斗がエルフニア王国に来てから大会議室という場所に足を運ぶのは初めての事だった。

 秋斗が入室した途端、全員が緊張MAXになってしまって心苦しかったが今日の議題は3ヶ国の王族がエルフニア王国を訪れるという内容だったため、秋斗も予定を合わせる為に聞いておく必要があった。

 

「秋斗様のご予定はどうでしょう?」


 秋斗の隣に座るロイドが顔を向けて問いかける。


「うーん。俺は特に大丈夫かな。別の街も見てみたいけど、まずは王都の給水用魔道具の改良を試したい」


「魔石研究のカートリッジですか?」


 魔石研究の結果は既に会議に出席している貴族達には通達済みである。


「そうそう。実際に稼動させてデータを取らないと、後々不具合が出ても迷惑かけちゃうしな。まずは1~2台給水用の魔道具を作って試運転したい。それか、技術指導を先にしてもいいけどどうする?」


「技術指導の件は3ヶ国の王族が集まってからの方が良いかもしれません。現在、ガートゥナ王国の技術研究所の所長もこちらに向かっているそうなので」


 ルクスの提案に、会議に出席している秋斗以外の者達が「ああ……」と納得しながら頷いていた。

 その様子に秋斗は頭に疑問符を浮かべる。


「ん? 何かあるのか?」


「その……。ガートゥナ技術研究所というのはドワーフの長が所長をしている魔道具の研究所でして。その長であるヨーゼフは……面倒なんですよ」


 ルクスは苦笑いを浮かべながら答えると、他の皆も苦笑いを浮かべてしまう。


「賢者時代の技術に対する熱意、というか貪欲さ、と言えばいいのか……。うちのアラン以上です」


「なるほど。とことん知りたいタイプか」


「そうですね。それに、未知なる技術を一番に解明したり知りたがる者なので……。秋斗様の手を二度も煩わせないよう、彼が到着してからの方が良いと思います」


「それと、我が国の製作室は秋斗様から教わった技術の理解を深めている最中のようですので。まずは、秋斗様の行いたい事をやって頂いた方が良いと思います」


 ロイドから聞かされた製作室の状況。きっとまだ制御女子が暴走を続けているのだろう。


「そっか。じゃあサクッと作って試験データ取りつつ、到着してから講義しよう」




「と、言っていたのが昨日なんスよね?」


「うん」


「で、もう作っちゃったんスか……」


 デデーンと鎮座する給水用マナマシン。構造は制御装置を乗せたオンボード構成で、エネルギー部分はもちろん魔素カートリッジ。

 会議が終わった後、自室に篭って主要部品を作って外装を作る。1つ目は王城内に設置予定なのでそのまま自室に置いておき、もう1つは外に設置予定なので王城の外で外装を仕上げて組み上げた。

 見た目は箱に蛇口がついたモノで、ボタンを押せば水が放出されてもう一度ボタンを押せば止まるという簡単な物。大きさ的には80サイズと呼ばれるダンボールくらいの大きさ。

 王城で使用する試作品なので、設置場所の自由度を上げるべく取っ手も付けて持ち運びできるようにした。それを2つ作ってある。

 まずは王城専用の給水機として設置する為に設置場所を聞きにアランのもとへ行ったらケビンを案内役に使って下さい、と言われ一緒に行動中。


「魔素カートリッジ搭載型給水用マナマシン。水デール君1号だ」


「え? なんて名前ッスか?」


「水デール君1号」


 ケビンはマジ? みたいな顔をするが、リリに肩を叩かれた後に首を振られる。


「秋斗様ってネーミングセンス……」


「うん。ダメダメ」


 コソコソと話し合うケビンとリリ。


「す、ステキな名前ですね!」


 ソフィアは2人のコソコソ話がバレないよう、オーバーリアクション気味に秋斗の腕に抱きついて必死に気を使う。

 今朝、魔素カートリッジの充填用マナマシンを紹介された。名前は「試作充填君1号」捻りも無くカッコよくも無いマナマシン名を聞いてハナコの件もあったリリは、もしや秋斗はネーミングセンス無いのかしら? とソフィアと話し合っていた。

 そこへ今度は水デール君などと言い出した秋斗。


(なんで君がつくんだろう)


(なんで君がつくのでしょう)


 もはや確定だとリリとソフィアはお互いに頷きあっていた。

 そこにケビンのツッコミが入りそうだったので早急にケビンとのコソコソ話をする結果となっていた。


「あれ? 王城って洗面所あるし、あまり水を汲んだりしないか?」


 作っておきながら疑問を浮かべる秋斗。自室の洗面所を当たり前のように使っていながら気付くのが遅れてしまった。


「いえ、洗面所が取り付けられているのは来賓用の客室と王家のプライベートエリアのみですね。他の者達は給水魔道具を使っていますよ」


 王城の給水魔道具はソフィアが説明してくれた場所と王家や来賓の使う浴室、あとは宮廷料理人のいる調理場に設置されている。それだけの数でも秋斗が改良するまでは魔石代が高くて数を増やせなかった。

 他の者達が使用するのは騎士団と宮廷魔法使いが毎日の数回、魔法訓練として大きな樽に水を作り出して溜めて置いている。


「そっか。なら、今日からこれ使って貰おう。1つは室内に取り付けようと思うんだが、設置場所はどこがいいかね?」


「そうッスね。外に設置するのは訓練場にどうッスか? あそこなら常に人がいるので使う人は多いと思うッス」


「室内は2階の調理場はどうでしょう? 現在設置されている魔道具はそろそろ魔石が切れる日ですし、あそこは料理人の調理場とメイドや執事が使う食堂も設置されているので、設置されたらとても便利ですし利用する者も多いでしょう」


 ケビンとアレクサがそれぞれ設置場所を提案してくれる。


「よし、さっそく設置しに行こう」



-----



 まずは向かったのは訓練場。相変わらず騎士達が組み手や的に剣を打ち込んでいた。

 そんな訓練中にお邪魔して訓練場に給水マナマシンを設置しに来たと伝えれば、手の空いていた隊長クラスのエルフが設置場所を選定してくれる。

 使用テストも兼ねているのでガンガン使ってくれとお願いして、マナマシンを簡易テーブルの上に置けば設置が完了。遠目で見ていた騎士達は賢者の作った魔道具だと知って、さっそく水をガバガバ飲んでいた。

 いつもより美味い気がする、などと言い出す者もいたが気のせいである。


 次は屋内の設置へ。数人の騎士が運ぶのを手伝うと言ってくれたので、自室にあったマナマシンを運んでもらって調理場へとやってきた。


「け、賢者様!?」


 休憩中だったメイドや執事達が、秋斗を見るなり慌てて立ち上がり礼をしてくれる。

 後ろに控えていたメイド長のアレクサが調理場と食堂にいる者達へと説明してくれたおかげで何とか場は治まった。


「賢者様。こちらが調理場の給水魔道具です」


 調理場に足を運ぶと、料理長が設置場に直々に案内してくれる。髭の生えた中年エルフで、調理服から露出している腕は細マッチョを連想させる筋肉質な腕だった。

 設置場所に辿り着くと既に取り付けてある現代産の給水魔道具があり、サイズ的には秋斗が作った物の方が小さい。


「ほほう。現在のよりも小さいのですね。しかも取っ手があって持ち運びも簡単そうですな」


「一応テスト用で基準サイズはこれくらいにしようと思ってね。街に取り付ける物は、利用人数が多いだろうしもっと大型になると思う」


 今回の物は市場に出回したい家庭用サイズを想定している。家庭用サイズのカートリッジがオンボード式でどれくらいのスピードで消費されるのかをデータ取りし、街に取り付けるサイズを決めようとルクスやアランと話し合っていた。


「ふむふむ。我々は普段通りに使って使用感をお伝えし、使えなくなったら申し上げればよろしいのですね?」


「そうそう。よろしく頼むよ」


「お任せ下さい」


 料理長はニコリと笑って頷く。


 その後、無事に設置し終えたので、その後はせっかくなので調理場を見学する事になった。

 この調理場ではメイドや執事から王族まで、王城にいる全ての者への食事を作っている。さすがに王族が食べる物と他の者達が食べる食材のグレードに差異はあるが、メニュー自体は大まかには変わらない。

 今日の夕飯は肉料理のようで、現在は王城で働くメイドや執事向けの料理を調理している最中だった。


 王城で働く宮廷料理人とは、全ての者達が国から認められた宮廷料理人免許というのを持つ者達で王城から料理人の募集が出され、行われる厳しい選抜試験を突破した者しかなる事のできない料理人の最上位。

 厳しい試験を突破して宮廷料理人になった彼らは、1人1人が街の料理屋で修行を積んで街の料理屋ならば料理長を勤められるほどの腕前である。

 さらには、そのトップに座す宮廷料理長。もう1つの戦場と比喩される調理場を取り仕切る彼の料理はもはや芸術だ。そんな料理長や部下達の作る料理が目の前にあるのだから腹も減る。

 秋斗は続々と作られるメイドと執事用のディナープレートを凝視しながら涎を垂らすのを我慢するのが精一杯で、グゥグゥと腹が鳴ってしまった。


「秋斗様。お腹減ったのですか?」


「ああ。すっげえ美味そうで……」


 秋斗の腹の音を拾ったソフィアは可笑しそうに笑いながら問いかけ、秋斗も正直に告げた。


「ハハハ。賢者様にそう言って頂けると我々も嬉しいですな」


 料理長を含め、調理場にいる料理人達も嬉しそうに笑みを浮かべる。


「そう言えば、俺の料理はソフィアが作ってくれているんだよな?」


「はい。そうですよ。夫の料理を作るのは妻の役目ですからね」


 ソフィアはニコニコしながら頷き、食べ専のリリはサッと顔を背ける。別に作れないリリが悪いってわけじゃないよ、と秋斗はリリをフォローするのも忘れない。


「夕飯は少し後ですが、軽く食べられる物でも作りましょうか?」


「良いのか?」


「ええ。お任せ下さい」


「では、姫様。こちらのスペースをお使い下さい」


 というわけで、ソフィアが料理を作る姿を見学する事となった。

 作る料理は小腹を満たす物というわけで簡単なサンドイッチに決定。

 ソフィアは料理長に言われたスペースで、専用のパン切り包丁とまだ切れていない状態の長い食パンを手にして立つ。

 彼女は、フゥーと目を閉じながら深呼吸し――食パンを宙へ投げた。


「エルフニア宮廷料理奥義! 一ノ閃! 落葉!」


 ソフィアは叫びながらも、持っていたパン切り包丁を一閃。それは、秋斗でも振るった腕が見えない程の速さだった。

 まるで切った後に光の軌跡が残るようにパンが空中で分解され、サンドイッチに使いやすい綺麗な8枚切り食パンになってまな板へ落ちる。


「御美事!!」


「御美事にございまする!!」


 どこの入門の儀だよと言わんばかりにソフィアのパン切りを見ていた料理人達は賛美の声を上げた。


「ふむ。姫様。また一段と腕を上げられた。やはり、愛とは人を強くし、高みへと導く……!」


 ソフィアの師匠である料理長も腕を組んで感嘆の声を漏らす。


「すごいッス……! さすが姫様ッス!」


「ソフィア、恐ろしい子……!」


 一緒に見学していたケビンとリリもソフィアの美しき腕前に驚愕し、アレクサも流石でございます、と自分の主人に誇りを抱きながら呟く。

 

「俺の知ってる料理風景じゃない」


 完成したサンドイッチはめちゃくちゃ美味かった。

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