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46 王都へ帰還


「王都は大丈夫なのかしら?」


「賢者様も討伐に向かったって聞いたぞ」


 エルフニア王都にある大通りはいつも喧騒に満ちているが、今日は一段とそれが激しい。

 大通りを奥へ進む住民達の手にはいくつかの荷物を持って進んでいた。


「慌てないように。ゆっくりと進んで下さい」


 彼らが進む脇では警備兵が誘導しながら、王都入り口付近から住民達を避難させていた。


『S等級魔獣が森から出現する兆しアリ。故に安全が確認されるまで王都から出る事は禁止とする』


 大勢の騎士団と傭兵達が王都の外へ向かって行く様子を見ていた住民達は、何かあったのか、と思いながらもいつも通りの日常を送っていた。

 しかし、そんな日常を楽しんでいる住民に対してルクス王が事態を伝えた理由には訳があった。


 1つは騎士団や傭兵達が出て行ったのでいつかは理由が知られてしまうし、彼らが討伐できず、さらには森の奥へと追い返せなかった場合には最悪王都を捨てる選択をする可能性があるために、迅速に避難できるようにしたかった。

 2つ目は秋斗が現場へ向かった事。ルクス王は秋斗の勝利を信じているし、賢者が向かったと伝えれば住民達にも希望が湧く。不安に押し潰されるような心情で避難するよりも『念の為』という気持ちが足取りを軽くさせ、誘導もしやすくなるだろうと考えていた。

 

 緊急連絡後は、ルクスの読み通りに住民達は反発する事なく誘導に従って続々と王都北側、貴族の邸宅が並ぶエリアの隣にある孤児院と教会が建てられているエリアへ向かっていた。


 そして現在。大通りや住宅街にいた住民達は避難を終えて、王都入り口には王都防衛の任務を与えられた者達のみが集まっていた。

 防衛隊の中にはジェシカ、アラン、ケビンの3人。傭兵からはエリザベスが王都防衛の為に残されていた。


「しかし、このタイミングでエリザベス殿がいたのは幸いでしたね」


「そうですな。AA等級の傭兵殿がこの場にいるのは心強い。私も足手まといにならないようにせねば」


「ふふふ。ジェシカちゃんもアランさんもお世辞が上手ねェ」


 有名デザイナーエリザベス。彼女(彼)は傭兵であり、等級はAAである。

 己の求める素材を得る為に傭兵家業を兼業していると、気付いたらAAというツワモノになっていた。


 鍛えられた身体を駆使し、閃光の如く神速拳で次々と魔獣を屠る彼女(彼)を傭兵達はこう呼ぶ――閃光のエリザベス、と。


 AA等級にもなれば異名すらも付く程の強さを誇り、王からも指名依頼が来る程の実力者。

 さらには賢者時代のデザインを復刻させる凄腕デザイナーとしても有名なのだから、彼女(彼)がどれほど有能なのかは知るに容易いだろう。


 今回、傭兵ギルドエルフニア王都支部長から直々に指名依頼されたエリザベスは、己の拳に金属製のグローブを装着させて防衛任務へと加わっている。

 ド派手な赤い色の服を筋肉でピッチピチにさせた乙女だが、ガチンガチンと金属製のグローブを打ち合わせて音を鳴らしてウォーミングアップする様は歴戦の戦士にしか見えない。


「まぁ、でもアキトが向かったのなら私達の出番は無さそうねン」


「でしょうね。あの御方にしてみれば瞬殺でしょう」


「うむ。間違いないでしょうな」


 S等級魔獣ガルムが相手だと言うのに、防衛組の中でもお気楽にお喋りしている3人。

 彼らの会話には秋斗の勝利を信じて疑わない信頼感が満ち溢れている。

 ジェシカとアランは訓練場で秋斗が見せた動きを見ているし、エリザベスは自身の戦闘経験から得た戦士の鋭い勘が初めて秋斗の顔を見た時に『底知れない何かがある』と評価していた。

 万に一つも秋斗が負ける訳が無い。だから、自分達はここで英雄の帰還を待てば良いだけだ、と防衛任務に充てられた時から思っている気持ちは変わっていない。


「賢者様が帰って来たッスー!」


 城壁の上で待機で待機していたケビンが、下にいる者達へ向けて叫ぶ。

 ケビンの声を聞いた者達が待機していた場所から門の外へと出て視線を街道へ向ければ、何かが土煙を上げて迫って来た。

 それが近づくにつれて、こちらへやってくるのは高速で移動するモノに跨った秋斗とリリだというのが判明する。

 バイクを運転する秋斗は、立ち並ぶ人の中から知り合いの顔を見つけると王都の入場門で停止した。


「秋斗様! ご無事でしたか!」


「おう。ガルムはもう大丈夫だぞ」


 秋斗がバイクから降りて皆へ報告する。それを聞いた防衛隊は歓喜の叫びを上げ、騎士の何名かが城へと報告へ走って行った。


「やっぱりねン。アキトが向かったんだから当然よン!」


 エリザベスも笑みを浮かべながらクネクネと腰を振るわせて秋斗のもとへ近づく。


「ん。ヨユーだった」


 リリもバイクから降りてくる。


「おや? リリ様。リリ様が抱えている……のは……」


 何かを抱えてバイクから降りたリリを最初に見つけたのはアランだった。そして、彼女の腕に抱かれているモノが何かも理解してしまった。

 次に、固まったアランを不審に思ったジェシカがリリを見て、ジェシカが固まった後はエリザベス。最後は城壁から降りてきたケビン。

 どんどん皆がソレを見て固まっていく。


「ち、ちょっとォ! それガルムじゃないのよぉぉぉン!?」


 さすが歴戦の戦士、閃光のエリザベス。彼女は固まる事無くリリが抱くハナに指を差して叫ぶ。 


「ああ、降伏? 服従? したし、ペットになりたいとこちらを見ていたので飼おうかと思って」


 リリからハナを受け取って、サラッと告げる秋斗。若い騎士や傭兵達は賢者の暴挙に「あわわわ」と腰を抜かす者もいた。


「ち、ちょォォォ!? ガルムをペットォォォ!?」


 うそでしょォォン! と叫びながらエリザベスは目が飛び出すんじゃないか、と思うくらいに驚愕の表情を浮かべていた。


「あ、秋斗様。本当に飼うのですか? いや、そもそも大丈夫なのですか!?」


「ガ、ガ、ガ、ガ、ガルムですぞぞぞぞ!?」


 化石状態から復帰したジェシカがあわあわしながら問いかけ、アランは平静を保とうとするが自らの意思に反して歯をガッチンガッチン鳴らしてしまう。


「こいつ変異種? らしくて頭が良いんだ。言う事ちゃんと聞くし」


「キェェェェェェッ!?」


「先生がついに死んだッス!」


 秋斗の口から変異種というワードを聞いたアランは、S等級魔獣が変異しちゃうってヤバイんじゃなーい? という考えが脳に満たされると、目の前に広がる現実に許容オーバーになった脳が耐え切れず奇声をあげながらバタリと倒れてしまった。


「S等級の変異種……」


「そ、そんなのを服従させたってのかよ……」


「ヤベェよ。賢者様ヤベェよ」


 聞いていた他の者達もガチガチと歯を鳴らしたり、膝がガックンガックン震えたり、アランと同じように気絶する者までいた。

 秋斗は抱いていたハナコを地面に下ろしてハナコの目を見つめる。


「ハナ、ちゃんと言う事聞くよな?」


「キャウ!」


 もちろんだよ! と尻尾をふりふりさせながら吼えるハナコ。


「お手!」


「キャウ!」


「お座り!」


「キャウ!」


 秋斗に言われた事に忠実に従うハナコ。あの凶悪と言われているS等級魔獣がお座りしながら「えらい? 撫でて?」とクリクリとした瞳を秋斗に向けながら首を傾げる様子がなんとも愛らしく、それを見たエリザベスはハートを矢で打ち抜かれてしまう。


「はあああああ! きゃわゆぃぃぃぃン!」


 胸を押さえながらクネクネと悶絶するエリザベス。因みに「はあああ」の部分は凄く野太い声だった。


「こ、これは。ちゃんと言う事を聞いているのですね」


 ジェシカも秋斗の言う事を聞いてお座りして尻尾をふりふりしながら今も尚、秋斗の傍で待つS等級魔獣に目を見張る。


「だろう? 抱いてみる?」


 秋斗がハナコを抱き上げて、ジェシカに渡そうと手を伸ばす。ジェシカは恐々とハナコを受け取って腕に収めた。

 いい子にするよ、とクリクリした目をジェシカに向けて、ジェシカの腕の中で尻尾をパタパタ動かせばジェシカのハートも墜ちてしまう。


 そう、エリザベスとジェシカはギャップ萌えという概念を知ったのだ。

 凶悪なのに可愛い見た目。可愛い見た目なのに凶悪。これがギャップ萌え!


 しかし、ジェシカだけは『可愛く愛らしい』という感情の崖へと落ちて行く途中、壁に生えた一本の枝を掴むかの如く踏みとどまる。

 

「くぅ……! 陛下にお任せするしかありません! あと、ギルドで飼育許可証を貰います!」


 ジェシカは無くなりかけの理性を振り絞って秋斗達へ叫んだ。


 その後、傭兵ギルドでアレやコレやと手続きを終えて外に出れば既に外は夕方。避難していた街の住民達も徐々に戻って来ていて、静かだった大通りは再び喧騒に満ちていく。

 戻って来た住民から今回の件についてのお礼を言われて、それに返答しながら秋斗がバイクを押して歩き、リリがその横をハナコを抱いて王城へと帰還する。

 王城に到着すれば真っ先にルクスのもとへ。魔獣飼育許可証という傭兵ギルドの発行する書類を持って、国からの許可を得るべくハナコを抱きかかえながらルクスの執務室にやってきた秋斗。

 愛らしいハナコの魅力と秋斗への尊敬補正が発揮した結果。


「S等級魔獣ガルムは浄化され、聖獣ハナコとなったのだ。許可ッ!!」


 ルクス王はどこぞの狂信者と同じような事を叫びながら、ズドンと許可用のハンコを書類に押し付けた。



-----



 ルクスとの一幕が終わった後、秋斗はハナコを連れて自室へと戻った。

 秋斗の自室で彼の帰りを待っていたソフィアとアレクサに出迎えられ、ハナコを見て説明を要求される。

 ガルム討伐へ赴いた際に起きた事を全て話し終えれば、アレクサはハナコをじっと見つめた後に綺麗なお辞儀して「ハナコ様。アレクサと申します。よろしくお願いします」と挨拶し、ソフィアも恐々とハナコを撫で始める。

 しばらく皆でハナコを撫で回して慣れてきた頃、リリの「言う事を聞いてもらう」の一言で状況は一変する。


「俺は何でこんな事してるんだろう」   

 

 バイクに乗せたのがいけなかったのか。彼女なら大丈夫だろうと高を括ってスピードを出しすぎた事だろうか。いや、そもそもどちらも原因か、と一頻り考えが脳内を巡ったところで目の前にいるリリへ視線を向ける。


「はぁはぁ……! イイ!! じゃあさっき教えたセリフを耳元で呟いて」


 秋斗はイケメンの必殺技である壁ドンをしていた。

 リリからの要求が壁ドンしながら耳元でお好みのセリフを言う事だった。

 行動通り、壁にドン! してリリに迫れば、リリは目の中にハートマークを浮かべながらだらしない顔全開になっていた。

 そして、リリに要求されたセリフを彼女の耳元で呟く。


「お前は俺のモノだ。めちゃくちゃにしてやるぜ」


 もうめちゃくちゃになって死にたいのは秋斗自身だった。何このクッソ寒いセリフ。ガチ罰ゲームやんけ! リリさん僕を辱めたいんですかァ!? と要求された時には思ったが、言われた本人はというと。


「んはぁ! もう秋斗の好きにしていい……!」


 もじもじと内股になりながら股を擦り合わせて雌の顔全開になっていた。ずるずると壁を背にへたり込んだリリはその場で動かない。秋斗もリリの喜ぶツボが全然わからない。

 しかしながら、これでミッションコンプリートと思いたいがそうはいかない。

 まだもう1人の嫁がリリからガルム討伐の際の全貌を聞いた時からご立腹である。


「いいですねーリリは。一緒についていけてー。しかも秋斗様の乗り物に乗せて貰えてー。私はお留守番で~な~んにも無い。な~んにもないなー」


 頬を膨らませながら、ハナコを腕に抱いてぷりぷりブツブツと不満を漏らすソフィア。

 ソフィアに抱かれるハナコからもご主人も色々あるんだなー、と同情の視線を送ってくれている気がした。

 

「だ、大丈夫。ソフィアにも何か1つ言う事を聞くしバイクにも乗せるから……」


 秋斗の言葉にぴくぴくと長い耳を反応させながら、少しソフィアの表情が緩和する。


「私も壁ドンしながら愛を囁いて下さい。あと、明日は秋斗様の乗り物に乗ります」


「わ、わかった」


 秋斗がOKを出せば、ソフィアがニヤつきながらリリがいる壁の近くへ移動する。


「いいですか? 愛を囁いて下さいね。セリフは秋斗様が考えて下さいね?」


 秋斗は 難易度が高い! と心の中で叫ぶがやらねばならない。嫁へのサービスは夫の義務なのだ。

 ソフィアの顔の横にドンと手をついて、ズズイと顔を寄せる。お互いの鼻が触れるくらい、吐息が当たるくらいに近づけてソフィアの目をじっと見つめながらセリフを考える時間を稼ぐ。

 そして、秋斗はソフィアの耳元へ口を寄せて呟いた。


「ソフィア。愛してる。お前を誰にも渡したくない」


「ひぅ! んんぅ……!」


 長く敏感な耳に秋斗の息が触れたからか、それとも囁かれた愛の言葉クリティカルヒットだったのか。

 ソフィアも秋斗のセリフを聞いた後、股をもじもじさせて顔を真っ赤に染める。


「秋斗様……。もう一個お願いがあります」


「はい。なんでしょう……?」


 秋斗が聞き返すと、ソフィアはとろんと目を蕩けさせながら、ンハァと官能的な吐息を吐いてから呟く。


「今夜は激しく抱いて下さい……」


 ソフィアの提案に了承した後、アレクサがやり取りを見ている事に気付いて秋斗は夕食まで顔が真っ赤だった。

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