44 忘れていた武器庫
「秋斗、武器はどうするの?」
リリと一緒に王城の外へ向かっている途中、秋斗が一度も武器を持ったところを見た事がないリリは疑問を口にした。
さすがに今回はS等級魔獣が相手である。A等級以上の魔獣を集団で相手をする時のセオリーは後方から魔法を一斉に撃ち込み、ある程度のダメージを追わせたら近接武器を持った者が仕掛けてトドメを刺す。
リリの腕に装着された第3世代型マナデバイスという物を作れる秋斗ならば魔法を撃つことも可能だろうが、近接戦闘ともなれば今回ばかりは素手では対処しきれないだろう。
「武器か。確かに、必要だよな」
秋斗の戦闘スタイルは遠距離から大火力を広範囲にぶち当てて散らした後、後方に控えている親玉に肉薄して近接で潰す。
現代の騎士団や傭兵部隊が使う戦術とほぼ同じ。秋斗の場合は1人でそれをこなしているのだが。
しかし、現在の手持ちは生体マナデバイスと素手のみ。術式によって4属性魔法を使用する事も出来るが近接武器がない。いくら強化された生体マナデバイス搭載の義手だとしても殴り続ければ不具合が出る。
賢者時代では専用のガントレットや魔法銃を使っていたのだが、と過去の装備を思い出したところで秋斗はとんでもない事に気付く。
「ああーッ!!」
今になって思い出した存在についつい大声を上げてしまうと、横にいたリリはもちろん廊下を歩いていた騎士やメイド達も大声に驚き、足を止めて秋斗に視線を向ける。
しかし、秋斗はやってしまった、と自分が忘れていた存在を今になって思い出して顔を手で覆った。
「ど、どうしたの?」
突然大声を上げて歩く足を止めた秋斗を心配そうに見つめるリリ。
「忘れてた……。武器で思い出した……。シェオールがあるじゃん……」
秋斗が目覚めた後、シェオールと名付けた宇宙に浮かぶ武器庫が健在なのを確認していたにも拘らず、その存在がすっかりと記憶から抜け落ちていた。
シェオールがあるのならば武器に困る事は無い。何故なら賢者時代に使用していた秋斗が作り上げた戦闘用マナマシンが保管されているのだから。
さらにはシェオールに搭載された宅配便機能には当然GPS機能も付いているし、地上をカメラで覗いて右目のAR上に地図表示出来るのだがこれも忘れていた。
2人の美女に浮かれまくった結果である。
(シェオールで地上を見れるし、地図いらないじゃん……)
自分の失態に少し落ち込みながらも、さっそくシェオールで地図を確認する。
素早くAR上に表示された大陸の形は賢者時代とは異なっていた。自宅の近くが海になっていたのである程度予想はしていたが、過去と比べて大陸面積は小さくなっている。
秋斗の自宅から車で2時間程度の距離にあった港町や海水浴場のある街だった部分はすっかり海に沈んでいるようだ。
ともかく、今は確認している場合ではない。危機が去ったら、ルクスやアラン達と大陸については話そうと決めて、秋斗のいる現在地にカメラをズームさせる。
「リリ、騎士団が展開している場所はどこだ?」
AR上に王都の衛星写真を表示させながら横にいるリリへ問いかける。
リリは秋斗の様子がおかしくなってから、黙って横で待ってくれていた。秋斗の右目がマナデバイスになっている事も知っていたし、秋斗の右目がキョロキョロと動いていたのでマナデバイスで何かしているのだろうと予想していた。
なんとできた嫁なのだろうか。
「騎士団は王都から南に馬で2時間くらいの場所に向かってる。秋斗がいた森の入り口」
リリの返答を聞いて、秋斗は南にカメラを動かす。すると、何やら人の集団が集まっている場所が見つかった。
これか、とAR上の地図にマークして地図を非表示にする。
「今から俺達が馬車で行って、戦闘開始までに間に合うかな?」
秋斗はリリの顔を見ながら問いかける。
「うーん。どうだろう? 相手の速度にもよるけど、急いだ方が良いのは確実」
リリの返答を聞いてから秋斗はだよなぁ、と呟く。
馬車だと間に合わないかもしれない。だったら、馬車以上にスピードを出せる乗り物に乗れば良い。
「馬車を用意してもらって悪いんだが、リリの武器を持ったら歩きで王都の外に行こう」
「ん? 馬車は使わないの?」
「ああ、馬車よりも早い乗り物を使う」
リリは何ソレ? といった表情を浮かべていたが、秋斗の言う通り行動する。
秋斗と一緒に王城の外へ出て、既に用意していた馬車からリリの武器を回収した。
「剣を使うのか?」
「うん。いつも魔獣狩りする時は剣と魔法で戦ってる」
リリは西洋剣によく似た剣を馬車の荷台から取り出しだして腰に収める。ファンタジー系のゲームや小説に出てくるロングソードと言われるようなオーソドックスな鋼の剣で、騎士団が使っている剣に似ていたので同じ物なのだろう。
他の道具や医療品などは補給部隊が持ってくるとリリから説明を受け、大通りを走って行く。
王都内は事態が住民にも伝わってしまっているようで、魔獣出現の話で持ちきりになっていてガヤガヤと騒がしい。
万が一に備えて警備兵が住民を誘導しているのを横目に秋斗とリリは王都の外へ向かって行った。
2人の目の前には緑の草原が広がり、別の街へ街道が続くのどかな景色。
王都の外に出て、歩いて5分程度の場所で2人は立ち止まる。
街道には数多くの傭兵や補給部隊の馬車が走っているので、秋斗は邪魔にならないよう街道の脇で準備する事にした。
「ここでどうするの?」
リリは、こてんと首を傾げながら秋斗を見つめる。そんなリリを秋斗は自分の背後へ誘導した。
「リリ、危ないから俺の後ろで立っててくれ」
「ん」
リリが背後に待機したところで、右目のAR上にシェオールの格納品一覧を表示させた。表示されたリストは武器や乗り物などジャンル別けされていて目的の物を探しやすいよう検索欄まで付いている。
今回は乗り物と秋斗の使い慣れた武器を選んで完了ボタンを押せば、後は地上で待つだけ。
秋斗が完了ボタンを押した後――宇宙にあるシェオールでは待機モードになっていたシステムが稼動し始める。2000年ぶりに搭載されたリアクターは歓喜の雄たけびを上げるように稼動音を鳴らしながら動き出し、各部品へエネルギーが流入して行く。
本体の60%を占める巨大なハンガー内では箱にマジックハンドが付いた外見をしたマナマシンであり、シェオール内に収められたマナマシンやシェオール自体をも整備する役目を持った自立型修理用マナマシン『マナワーカー Ver:γ』が多数飛び交う。
マナワーカー達は地上にいる主からの命令を受け取れば、忠実に命令を処理していく。
命令を受理した複数のマナワーカーは、秋斗がリストから選んだ物を降下用コンテナに格納して、シェオールの射出口へと運んで行く。
まるで大砲に1発の弾を込めるかの如く、四角い降下用コンテナが装填されるとシェオールの下部に取り付けられ、地上へと向けられた大砲の銃身のような射出口は主の指定した場所へと砲身の向きが調整させる。
全ての準備は完了。ハンガー内にいたマナワーカーの1体が壁に取り付けられたボタンをマジックハンドで『ポチリ』と押せば、射出口に装填されたコンテナが凄まじい勢いで射出される。
賢者時代――敵国からは『死の流星』と呼ばれ、味方からは『非常識な宅配便』と呼ばれたトンデモ宅配便が地上へ向けて放たれた。
-----
青い空。白い雲。S等級魔獣なんてモノが出現しなければピクニック日和と呼ばれるであろう空模様を、秋斗とリリは眺めていた。
「ほら、来たぞ」
秋斗が空の一点を指差せば、何やら周りを輝かせた黒い点が空に現れる。リリはそれを凝視し続けると、その点はどんどん大きくなっていくのが見える。
あれは何だろう? という疑問を考えている間に、空からは轟音が鳴り響いた。驚いている間も無く、それは空に浮かぶ白い雲を切り裂いて地上へと迫る。
リリが慌てて「ひゃああ」と悲鳴を上げた時、地上に落下する寸前でコンテナはブースターから火を出して減速。地上に爆風のような風の圧を発生させながらも、最後はゆっくりと地上へ降り立った。
地上に到着したコンテナは自動全方位の壁を開いて、底面に取り付けられたコンベアを稼動させると固定具で動かないようにされた中身を外へと出す。
秋斗は固定具を外して荷物を受け取ると、またもや自動でコンテナが四角い状態へと復元される。復元されたコンテナは、センサーで周囲の安全確認を終えると再びブースターを吹かして空へと戻っていった。
一連の様子を背後で見ていたリリは地面に尻餅をついているし、街道から見ていた騎士や傭兵達も目の前で繰り広げられた事態に唖然としながら目をゴシゴシと擦っていた。
「な、なにこれぇ……」
尻餅をついたままのリリは驚愕の表情を浮かべながら声を震わせた。
「すまん、これが乗り物と俺の武器なんだ」
秋斗はリリを抱き起こし、まだ力の入らないリリを支えるように腰を抱いて立たせる。
「そ、空から降ってきた……」
リリはぷるぷると震えながら、目の前にあるマナマシンを指差す。
「うん。俺の作ったマナマシンのほとんどは空の上にあるんだ。それを呼び寄せると、さっきみたいに空から降りてくる」
(そ、想像と全然違う!)
実際、秋斗の英雄譚にも『魔工師は空から武器を降ろす』などと描かれているのだが、リリが本から読み取って想像したのは魔法を発動して何かを召還するような大魔法的なモノかと思っていた。
ピカーと神々しい光に包まれて、空から降ってきた光輝く聖なる剣を使うのかな~なんてソフィアと小さい頃に話し合っていたのだが、まさか金属の箱が空を切り裂いて降りてくるとは想像できなかった。
しかも降りてきた箱はまた空へと還っていくのだ。賢者時代でもデタラメだと言われていたのに、技術の失われた現代で生きる人々が想像できる訳が無い。
「じゃあ、行こうか」
秋斗が呼び寄せた移動用マナマシンはバイク。車体の見た目は光沢のある黒で近未来SF作品に出てくるような鋭角的なフォルムをしているスポーツタイプ。
リリが落ち着いたところで、秋斗は武器の入った大きなケースを車体の後ろに載せる。すると、カチリという音が鳴って固定されるのを確認してからバイクに跨った。
以前、説明した通り魔素と魔法という技術により過去の時代にあった物のほとんどが技術革命を起こしていた。それは乗り物でも例外ではない。
魔素という新エネルギーの普及によりエネルギー技術が進歩すれば、乗り物にも影響を及ぼした。それまで電気やガソリンなどのエネルギーで動いていた車やバイクには中型魔素貯蔵ユニットが搭載され、燃費やエネルギー効率が改善される。
一般的に搭載されているユニットには自動的に魔素を吸収する機構が取り外されており、これは乗り物のような稼働中継続的に動作にエネルギーを使用するマナマシンに充填機構を搭載しても、充填した先から片っ端にエネルギーを使うので雀の涙程度の効果しか望めなかったので取り外されている。
魔素エネルギーの補給頻度としては、週5日間毎日通勤に使用するような場合でも2週間に1回程度、魔素スタンドと呼ばれるガソリンスタンドから取り変わった店に行って補給すれば済む。燃費代も既存のエネルギーから1/10程度になったので市民からは受け入れられていた。
名前の呼び方は自動車、自動二輪、車、バイクなどと変わっていない。ただ、エネルギーが 魔素 = マナ となったのでエコカー的なノリで、マナ車やマナカーなどと正式名称があって初期は呼ばれていたが最終的には自動車などの呼び方になった。
バイクだけはマナバイクという呼び方がしっくり来るのか、そう呼ばれることもあった。
と、ここまでが一般的な乗り物の説明である。秋斗の呼び寄せたマナバイクは一般的な物とはもちろん違っている。
まず、素体となっているのは軍用バイクであり、軍用というからには武器が内蔵されている。車体フレームを覆った追加装甲内に機銃が収められており、ハンドル付近にあるボタン1つで起動する。
後ろ側には筒状に折りたたまれたガン・マシンが左右2機ずつ取り付けられていて、マナバイクに搭載されたコアユニットが音声認識での自動射出。
エネルギー面にしても『中型リアクター』と呼ばれた魔素エネルギー炉が搭載されており、一般的なマナバイクや軍用マナバイクには搭載されていない新機構。マナデバイスなどに使われるユニットよりも大容量で充填速度が段違いであり、秋斗の作る大型・中型の戦闘用マナマシンには必ず搭載されている物。
リアクターは小型化できない代わりにマナスタンドでの補給が必要なくなる程のエネルギー生成炉だが、超が付くほど製作代が高価だし、賢者時代でも製作できるのは魔工師である秋斗のみだった。
リアクターは魔工師 御影秋斗 の開発品の中でも一番有名な物であり、リアクターを搭載させた戦闘用マナマシンがあったから他国との戦争で無双できたといっても過言ではない。
むしろ、戦闘用マナマシンとしてはリアクター搭載型のマナバイクは優しい方だろう。
秋斗の開発した大型戦闘用マナマシンはもっと凶悪な代物が数多く存在している。
そんな一般的な物と比べて規格外なバイクに跨り、自分の後ろにリリを座らせる。
跨った後に『リアクタースタート』と呟けば音声認識によって自動的にリアクターが起動して、リアクター特有のヴォォォという重低音鳴らしながらアイドリングを始める。
「リリ、しっかりと俺に掴まっておくんだぞ?」
後ろに座るリリに顔を向ければ、リリはやや緊張気味に声無く頷いた。未知なる乗り物に乗るのだから彼女のリアクションも判らなくはないだろう。
リリが自分の腰に手を回してギュッと掴まっているのを確認した後に、最初はゆっくりとした速度でバイクを運転し始めた。
街道にいる者達も動き出したバイクを見てざわつき始めるが、秋斗は気にせず街道をバイクで走り出す。
リリも、この程度のスピードなら馬と変わらないか遅いぐらいかな? と思い始めたところで秋斗が声を張り上げた。
「間に合わせるのに、そろそろスピード上げるぞ!」
秋斗はリリの返事を待たずにスロットルを捻る。捻ったスロットルの通りにリアクターの稼働率が上がってスピードが跳ね上がった。
速度を上げたバイクは馬と比較するのも馬鹿らしくなるくらいのスピードを出し、流れる景色は一瞬で過ぎ去る。
「う、うにゃああああああああ!!!」
秋斗の背に隠れながら掴まるリリは、その速度を体で感じて悲鳴を上げながらも秋斗の腰を掴む腕に力を入れた。
-----
騎士団と傭兵達が展開する地点。そこでは森の奥から出現したガルムから逃げるように、他の魔獣が森の入り口へと現れる。
森の入り口へと逃げてくる魔獣はB等級以下の魔獣で、B等級以上の魔獣はガルムを避けるように森の中を移動しているようだ、と傭兵の偵察チームからの報告があった。
「フォレストジャッカルが3体出た!」
「こっちへ突っ込んで来る前に叩け!」
森の入り口を前に展開する騎士団と傭兵達は入り口から出てきた魔獣を処理しながら、ガルムを待ち構えていた。
奮闘する彼らのもとに、街へと続く街道から土埃を上げて猛スピードでやってくる物体が1つ。それを見た騎士団と傭兵達は何事かと慌てるが、それが近づくにつれて乗っている人物が特定できると、落ち着きを取り戻していく。
そんな彼らの集まる場所にブレーキをかけてドリフトしながら停止する。とんでもないスピードを叩き出すバイクに乗った秋斗とリリはあっという間に目的地へと到着した。
バイクが止まるや否や、秋斗の背に隠れていたリリはバイクを飛び降りて集まる皆から離れた場所へとフラフラと歩いて行く。十分離れたその位置からは、美女には似つかわしくないキラキラしたモノを口から出しているようだった。
「秋斗様!」
秋斗がリリの様子を見ながら「やりすぎたかな」と反省していると集まっている者達の方向から聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「アンドリュー騎士団長。状況はどうなってる?」
「ハッ! 現在は森の外へと押しやられている魔獣を処理しながら、ガルムを待ち構えています」
アンドリューは頻りにリリのいる方へチラチラと目線を向けてながら状況を伝えてくれた。
周りにいる騎士や傭兵達も賢者が現場へ来てくれた安心感を抱きながら、水をマナデバイスで顕現させてうがいをしているリリの方をチラチラ見ていた。
「ああ、もう! もう!」
キラキラの処理が終わったリリは、フラフラと秋斗に近づいて背中をぺしぺしと叩く。
「すまん。次は気をつけるから」
「王都に帰ったら私の言う事を1つ聞いて貰うからいい」
ぷりぷりと怒るリリの頭を撫でながら、秋斗は脳内で嘔吐だけにか、などと下らない考えを浮かべつつ嫁の機嫌を取っていた。
緊張感の欠片も無い2人のやり取りにアンドリューは苦笑いを浮かべて話を続けようとした時、森の方向に身が竦むような轟音を撒き散らしながら1つの雷が落ちる。
「何が起きた!?」
アンドリューが慌てて周囲の騎士達へ状況報告を促すが、周囲は騒然としたまま事態を掴む事はできない。
秋斗とリリも雷が落ちた方向に目を向けていると、森の中から2つの人影が飛び出してきてアンドリューのもとへと駆け寄って来た。
「旦那! ガルムだ! ガルムが雷の魔法を使った!! 森にいる魔獣を蹴散らしながらこちらへやってくる!!」
「なんだと!?」
アンドリューへの報告を一緒に聞いていた者達は一層騒然と騒ぎ始め、皆一様に眉間に皺を寄せながら苦々しい表情を浮かべる。
何でそんなに慌てているんだ? と、その意味が訳がわからないのは秋斗だけなようで首を傾げているとリリも真剣な表情で秋斗へ口を開く。
「ガルムは雷魔法なんて使わない」
「え?」
リリが若干声を震わせて喋っていると、アンドリューが説明を引き継いだ。
「生態を調べている学者やガルムを目撃した事がある傭兵達の報告によれば、ガルムという魔獣は森の奥で縄張りを作って滅多に森から出て来ませんし魔法なんて使いません。鋭い牙と爪、高い身体能力のみで戦う魔獣です」
魔獣ガルムの危険性とは、素早いスピードとパワーで生態系の頂点に君臨する魔獣の一角。圧倒的なスピードとパワーを生み出す身体能力をもって、獲物を噛み砕く牙と切り裂く爪が特徴的だが縄張りを作ると積極的には動き回らない。
繁殖して子供を作ったら狩りをする為に縄張り付近に出没するだけで今回のように森の外へなど出て来る魔獣ではない。
「つまり、今回こちらにやってくるガルムは通常の個体とは違う……変異種と呼ばれた特殊個体の可能性があります」
魔獣は突然変異か何かで通常の個体とは違う行動パターンや攻撃能力を持つモノが生まれる。
それは大体が通常個体よりも強力になっているし、通常個体に対応するための知識が通用しない。全くの別物として考えなければならないし、等級としては1ランク上がる。
通常個体のガルムがS等級魔獣であり、今回のガルムが変異種だとしたら。
――全滅の可能性もあり得る。
アンドリューは眉間に皺を寄せて苦々しい表情で呟く。
他の者達も、どこか諦めたような表情を浮かべて森に目を向けていた。
秋斗は彼らの表情をよく知っている。あれは戦場で、目の前にいる脅威に対して生き延びたいという願望を持ちながらも、強制的に死を覚悟させられ、生と死2つの境界線上で佇む者達の顔。
彼らの顔を見た秋斗は黙って森の入り口に近い先頭へ向かう。
「秋斗様! いけません!」
慌ててアンドリューとリリも近寄ってきて、3人は最前線へと立つ。
秋斗達が立ったところで、さらに森から偵察役が飛び出して来た。
「ガルムが来ます!!」
ついにご対面か、と秋斗は腕を組みながら森を睨み付ける。
「全員、戦闘準備!!」
アンドリューが腰から剣を抜き、後方へ叫ぶとガサガサと茂みを鳴らしながら『ソレ』は現れた。
「えっ?」
現れた物に、秋斗は驚きの声をあげる。
「現れたかッ! ガルムッ!」
秋斗は目の前に現れたガルムに怒号を上げたアンドリューに対して顔を向けながらも脳内に広がる困惑は続いているが、慌ててアンドリューへ問いかけた。
「ちょ、ちょっと待て! あれがガルムか!?」
「そうです! あれが森の主でありS等級魔獣、ガルムですッ!」
アンドリューは至って真面目に、剣を構えながらガルムから視線を逸らさず秋斗の問いに答える。
しかし、秋斗は「いやいや、待て待て」と困惑しっぱなしだった。何故なら、目の前に現れたガルムと呼ばれた魔獣は――
ポメラニアンだった。




