43 魔石研究の成果と問題発生
王都から1時間程度歩いた所にある森。名を魔工師の森という。
かつて賢者ケリーの情報により、伝説の賢者の1人である魔工師が住んでいた遺跡、魔工師の眠る地が発見されてから付けられた名で、その森はエルフニア王都から南端にある海まで広大な面積を誇る森である。
森の入り口には4人の男性エルフが武器と防具を身につけて佇む。
傭兵ギルドエルフニア王都支部で依頼を受けた傭兵チーム――エルフの男性4人が森への突入準備をしていた。
彼らはB等級の傭兵達で、ベテランと呼ばれるには十分な実力と実績を持っている。今回、彼らが受けた依頼は魔工師の森に異常が無いかどうかの調査依頼であり、王都育ちで慣れ親しんだ森の調査であるにも拘らずいつも以上に真剣な表情を浮かべる。
なぜならば、魔工師の森の西側あたりにヴェルダのエルフ狩りが現れた、という情報が入って今回の調査依頼が発生したからである。誰が被害に遭ったか、という情報は伏せられているがリリが被害に遭ったエルフ狩りが理由でエルフニア王国が西側に対する警戒度が普段よりも1段上がった。
彼らもエルフ狩りが入り込んでいるかもしれない、という情報を支部長から直々に教えられたのが彼らの表情の理由だった。
東側の人々はエルフ狩りに限らず、奴隷にする為の人攫いは決して許さない。その気持ちを持っているのは彼らも同じである。
人攫いは見つけ次第、捕縛。捕縛できない状況ならば殺す。捕縛できるのであれば半殺し程度には痛めつけて情報を聞き出す為に捕縛するのは傭兵ギルドに所属する者全員の共通した考え方だ。
彼らもその考え方に習って、いつも以上に武器の手入れや準備を入念に行っていた。
「よし、行こう」
チームリーダーの言葉に他の3名も頷き、静かに森へ侵入して行く。
森を西へ向けて進み、入念に痕跡があるかどうかを探りながら半日程度進んだところで人がいた痕跡を発見する。
痕跡、というよりもキャンプ地と言った方が正しいだろう。無人の焚き火跡と寝泊りする為のテントが3つ設置された場所が見つかった。
テントの中には女性用と思わしき装備と洋服。
このキャンプ地の主が西側の者である決定的な証拠として、木箱に納められた従属の首輪が1つ見つかる。
「こりゃ確定だな」
「ああ、ここから国境までは……歩きで3日程度か?」
「そうだな。支部長の情報では、賢者様がエルフ狩りと交戦して女性を1人助けたらしい。助けた女性の装備は剥ぎ取られていたらしいが、ここにあるのは1人分の装備……ってことは、ここは賢者様が戦った相手のキャンプ地だろう」
彼が言う通り、このキャンプ地には最近使用した痕跡が残っていなかった。
「賢者様が交戦した相手は3人。テントも3つある事から、エルフ狩りに侵入していた者達は3人だけだったのだろう」
仲間達も彼の意見に肯定を示す。
「人攫いの馬鹿共も運が悪い。相手が賢者様なんだからな」
「全くだ……さて、この後だが」
とリーダーが今後の予定を口にしたところで森の奥から気配を感じ取る。他のメンバーも同様に気配を感じ取って、素早くその場から離れた。
離れた場所にある茂みに身を隠し、キャンプ地を伺っていると現れたのは一匹の魔獣。
(嘘だろ……!)
彼らが茂みから魔獣の姿を確認すれば、目の前にいる魔獣は最悪だった。
(退却だ!)
幸いにも、現れた魔獣はキャンプ地に設置されたテント内に顔を突っ込んで物を漁っている。今、この時以外に退却のチャンスは無い。
リーダーは素早くハンドサインとアイコンタクトで全員に退却を指示する。指示を確認したメンバー達は魔獣に気付かれないようゆっくり音を立てないよう距離を離していく。
十分離れた所で、彼らは後ろを確認しながら王都へ向けて走り出す。
「おい! なんだってあんな浅い所にガルムがいるんだ!」
魔獣ガルム。犬型の魔獣で等級はS等級。とてもじゃないがB等級の傭兵4人が相手できる魔獣じゃない。
通常、ガルムは魔工師の森の最奥に生息していて彼らがいた地点に現れるなど聞いた事も無い。
ガルムが街や街道に現れでもすれば被害は甚大。S等級魔獣は1匹で容易く騎士団すらも蹂躙できる戦闘力を持っている。
「わからん! わからんが、さっさと王都へ戻って知らせねえと!」
4人の傭兵は走る速度を上げて、1秒でも早く事態を伝える為に王都の傭兵支部を目指した。
-----
秋斗がこの時代に目覚めてから、初めてのおつかいを済ませた翌日。とうとう魔石が王城へ納品された。
全ての等級の魔石が2つずつ届き、S等級魔石に限っては商人ギルド支部長自らが持って来ていた。
ルクス王から納品された魔石の収められた木箱を受け取り、秋斗が自室に引き篭もって1週間経つ。この1週間、秋斗はいつも食堂で食べる食事を自室で摂り、寝る時間以外は魔石研究に費やしていて一切外へ出ていない。
秋斗専属メイドとなったアレクサ、2人の嫁であるリリとソフィアも秋斗の自室には足を運んでいるが秋斗の真剣な様子を見れば外に行こうと言えない状況だった。よって、この時に限ってはいつもベッタリとくっついていた2人も別行動をしている。
2人はエリザベスから秋斗の洋服を受け取ったり、2人で街に出て買い物したりと何だかんだ楽しんでいた。
ルクスとロイドは全く姿を現さない秋斗を心配して秋斗の自室前をウロウロしていたが、出入りしている娘達の報告を聞いてからはそっとしている。
今日も外へ出てこない秋斗を心配しつつ、ルクス達は大会議室で貴族達と会議中であった。
そんな平常運転の王城で、秋斗は自室で静かに魔石研究に一旦の区切りをつけていた。
「なるほど。やはり魔石はおもしろい」
ふぅ、と1つ息を吐いて秋斗は今日までで判明した魔石の特性をレポートに纏める。
まず魔石の特性。これは秋斗が王都に来る前に術式で分析した通り。
魔石は魔素の結晶体であり、魔法宝石と同じように魔素を蓄え、人の意思に反応したり装置を合わせれば内部の魔素を放出する。
魔石は魔素の結晶体なので、賢者時代に人工的に作られた魔法宝石よりも内包する魔素の純度と密度が高い。
そして、魔石には核が存在する。核には魔石の持ち主であった魔獣が主に使う魔法が記憶されており、これはどの等級の魔石も1つのみ記憶されているようだった。1つ以上の魔法を記憶している魔石があるのかはまだデータが足りない。
さらに核と呼ばれる魔石内部中央にある色付きの小さな球体(色は魔石によって様々)が魔石全体の色に影響を及ぼす。この状態を核ありと呼ぶ。
魔石の核を細長い杭で突き、核を破壊すると核内部に記憶された魔法が消去されるのと、魔石全体の色が抜けて透明な魔石へと変化する。この状態を核無しと呼んで純粋な魔素の結晶体へと変化する。
核ありと無しの違いは魔法を記憶しているかどうか、だけではない。
核ありの状態だと魔素の自然吸収が魔法宝石と同等の吸収率を誇るが、核無し状態だと魔素を自然吸収しない。
魔石の利用法として秋斗が考えたのが魔素充填貯蔵ユニットの代替品として成り立つかどうかだった。
結論から言えば、核無し状態だと魔素を自然吸収しないので代替品にはならなかった。
核あり状態で使用すれば記憶された魔法が発生してしまうので、単純にエネルギーを溜めておく物としては使えない。
そこで、核無し魔石の内包された魔素を全て使った状態、現代では『魔力切れ』と呼ばれる状態の魔石を高濃度の魔素水溶液に漬け込んだ。
数時間後、驚く事に魔素が無くなった状態の核無し魔石内部に浸透した魔素水溶液が再び結晶化して魔素が微量ながら貯蓄されていた。
そのままの状態でさらに2日漬け込むと、結晶化はゆっくりと進みながらも失った魔素の20%が回復していた。
ここで、秋斗は充填貯蔵ユニットの代替としてではなく魔素を任意で充填する旧時代にあった『充電電池』のような物を目指そうと切り替える。
(水溶液に2日漬け込んで20%程度。充填用の装置を用意してやれば核無し魔石は破棄せずに使いまわせるはず。実用化できれば魔法宝石の内包魔素量と充填時間を克服した上位互換だな)
魔法宝石よりも魔素の容量が多く、魔法宝石は人の手で充填させる事ができなかったが、魔石はそれを可能にさせる事で時間を短縮させる。
さらに魔石は秋斗の工作術式による形状変化魔法で歪だった形を整えてやっても内部の魔素が失われる事は無かった。成形魔法で形を整え、装置に装着しやすいように四角い長方形(スティック状)にしてやれば『魔素カートリッジ』と名づけた新技術の完成だった。
魔素カートリッジが出来上がった事で、ヨーナス達が作っていた方式の魔道具もエネルギー問題が解決される。
制御装置でカートリッジ内の魔素を節約し、下部に装着された核あり魔石の魔法を発動。
カートリッジ内部の魔素が無くなれば、また充填する事により魔石を使い捨てにしなくて良くなる。
魔石を1つ買うよりはリサイクルできるので現状よりもコストは下がるだろう。
カートリッジの他には、ヨーナス達が作る魔道具に使われる製作方式全体の改善にも勤めた。
まずはミスリルを使用していた基盤を無くす。
核あり魔石を成形して、核を壊さないよう板状にして、その上に魔素伝導率の良いミスリルか魔金で制御装置と魔素カートリッジをはめ込む為のソケットを作る。
魔法を記憶している核あり魔石は記憶媒体であり、それ自体を魔法基盤として使う。
そこに魔素カートリッジで魔素を供給してやれば基盤である核あり魔石全体に魔素が流れ、全体に流れれば当然装着された制御装置にも魔素が流れるので制御機能がONになる。
金属性の魔法基盤と違って魔銅などの回路がいらないのでコストダウンにもなった。核あり魔石にも魔素が内包されているからこそ出来る力技だったが。
こちらの新方式を『オンボード式』と名付けた。
複雑で複数の魔法を使う為の魔道具には使えないが、単一の魔法で済む生活用品には使える方式だろう。
それと同時に、基盤を使用しないので小型化という嬉しい副産物も出来上がった。
別の実験としては核無し魔石を板状にして、自前の術式を刻んでみた。
が、表面に術式を刻んでも核あり魔石のように発動はしなかった。内部に残る核を術式の形に成形しても発動しない。こちらは早々に見切りをつけてしまった。
お湯を出す給湯器を開発するには錬金術で作った魔導体を使用した記憶媒体を組み込まないと現状では再現できないだろうが、魔導体のコストは安価なので市場価格はそこまで高価にはならないと予想している。
魔素カートリッジとオンボード式が開発されただけでも技術レベルは上がるだろうし、先日教えた制御装置も加われば今まで作れなかった魔道具も開発できるだろう。秋斗的には現状に満足していた。
以上が、今回の研究成果である。
秋斗は研究成果をレポートにまとめ終えて、羽ペンを置く。
すると、タイミングを見計らっていたかのようにコーヒーをいれたカップが置かれた。
「秋斗様。魔石研究は終了ですか?」
アレクサはカップを置いて、秋斗へ問いかける。
「ああ、なんとか成果は出たよ。わざわざ部屋に食事を持って来てもらったりしてすまなかったな」
ゴキゴキと首の骨を鳴らして、アレクサの淹れてくれたコーヒーに口をつける。
「いえ、それがメイドの仕事ですので、お気になさらず。しかし、連日自室に篭りっきりでしたので姫様とリリ様をそろそろ構ってさしあげませんと」
連日研究漬けだったので、外に一歩も出ていない。彼女達も退屈だっただろう。
確かに、とアレクサの言葉に同意して明日からは一緒に街にでも出ようかなと思案する。
明日の予定を考えながら部屋の窓に目を向ければ既に夕方だった。まずは今夜の夕飯は食堂で食べよう、そう思っていた時に自室のドアがノックされる。
アレクサが対応しに行くと、ドアから顔を覗かせたのはロイドだった。
「秋斗様。少々よろしいですか?」
「ん? 大丈夫だよ」
どうしたんだ? と言葉を口に出そうとした手前で、ロイドの顔に浮かぶ苦渋の表情に気付く。
「先ほど、傭兵ギルドから連絡が入りまして。王都付近にS等級魔獣が出現する可能性があると報告が入りました」
S等級魔獣と言われ、秋斗も体に力が入る。
傭兵ギルドを視察する際に説明された魔獣の危険性。S等級と呼ばれる魔獣がどれだけ危険な物かは秋斗も理解していた。
「現在、王都の騎士団と傭兵ギルドが協力して討伐準備を行っております。秋斗様には本日は外出を控えて頂きたく参りました」
「いや、でもS等級の危険性は高いんだろう? 1匹で街を滅ぼせると聞いているが」
「はい。王都に近づかせないよう王都から十分に離れた位置で討伐のための布陣を引く予定です。最悪、魔獣の進行方向を逸らして森の奥へ誘導しようと考えております」
ロイドの言い方からして討伐は難しいのだろう、と秋斗は考える。王都の騎士団も秋斗は見ているし、十分な戦力はありそうに思えるがそれでも足りないのだろう。
皆の言う魔獣の危険性から犠牲者が多数でるのは容易に想像が付くし、自分がいながら犠牲者が出るのも王都に被害が出るのも見過ごせない。
故に、秋斗の起こすべき行動は1つ。
「よし、俺も行く」
ギィッと執務机から椅子を押して立ち上がるが、ロイドが慌てて制止する。
「お、お待ち下さい! 秋斗様ならそう仰るだろうとある程度予想はしておりましたが、秋斗様に万が一何かあっては! S等級魔獣ともなれば強力な魔法を使ってきます!」
「ここで見物していて、王都の住民に被害が出るのは見過ごせないだろう。俺には戦う手段もあるしな」
相手が魔法を使うならば防げる防御魔法を使えばいい。時代は違えど、戦場に身を置いていた経験もある自分が戦力として加算されるのは当然だと秋斗は思う。
「そう言うと思った」
ドアから聞きなれた声がして、視線を向ければリリとソフィアが部屋の入り口に立っていた。
「私も行くから。もう馬車も用意してある」
「リリッ!」
秋斗を煽るように言う娘へロイドは怒鳴るように叫ぶが、リリは表情を変えない。
「大丈夫。秋斗なら」
リリは父親であるロイドをじっと見つめて告げる。
「伝説の賢者は負けない」
絶対的な信頼と己の目で見た秋斗の力をもとに確信を持って。
「し、しかしッ!」
「ハハ。リリの言う通りだ」
秋斗はリリの傍へ歩み寄り、彼女の頭を撫でる。
「自惚れているわけじゃないけど、何とかするからさ。世話になっている分は返したいんだよ」
秋斗は真剣な表情でロイドを見やる。
ロイドは秋斗に向けられた視線に顔を強張らせるが、観念したのか溜息を零す。
「わかりました。秋斗様がそこまで言うのなら……」
「すまんね。何もしないで誰かが犠牲になるのは、我慢できないんだ」
「秋斗様……」
姫であるソフィアは一緒には行けない。ソフィア自身もそれは理解している。
理解しているからこそ、リリのように『一緒に行く』という言葉を我慢しながら、黙って成り行きを見ていたソフィアは少し心配そうに秋斗を見つめて秋斗の名を呟く。
「美味い夕飯を用意して待っていてくれよ」
秋斗はソフィアの頭を撫でながら、彼女に笑顔を浮かべた。




