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42 レオンガルド王国


「では、エルフニア王国へ向かうのはイザークで良いのだな?」


 レオンガルド王国会議室。

 国王であるフリッツ・レオンガルドは顎に生やした髭を撫でながら同じ長方形テーブルに座り、自身の斜め横にいる息子のイザークへ視線を向けながら会議参加者全員に問う。


「はい。魔工師様は20代との事。でしたら歳の近いイザーク様の方が気を張らずに接して下さるかと思います。それに、次代の事も視野に入れればイザーク様が最初にお会いし、賢者様と交流を持った方がよろしいでしょう」


 そう答えたのはレオンガルド王国宰相、アーベル・ベルンハルト侯爵。

 イザークという名のレオンガルド王国第一王子であり、現在の年齢は25歳。近い将来、次期国王になる彼にフリッツは視線を向ける。

 長い長方形のテーブルに座り、王に視線を送る他の貴族達も宰相の言葉に同意するように頷いた。 

 

「確かにそうであるな。イザーク、レオンガルド王家代表としてオルソン家と賢者様にお渡しする物を持ってエルフニア王国へ向かうのだ」


「わかりました。父上。お任せ下さい」


 イザークは大任を任された事に、気を引き締めるように父である王の言葉に頷く。 

 フリッツは息子の力強い目を見つめ、うむと頷いた後、気を緩めながらハァと一息ついた。


「出来る事ならば我が向かいたかったのだが……」


「なりません」


 フリッツの言葉にくい気味で返すのはアーベル。

 他の貴族達は、何度目かわからない王と宰相のやり取りを見ながら苦笑いを浮かべていた。 


「わかっておる……。わかっておるが! お目覚めになられたのは魔工師である御影秋斗様だぞ!」


 何を隠そう、フリッツは秋斗の大ファンである。

 エルフニアの王と同じく幼少期から秋斗の物語を読み、レオンガルド王都で開催される魔工師を題材とした演劇は必ず足を運ぶ。

 ルクス王や他国の王達と酒を飲みながら秋斗の伝説について語り合うのが、50を過ぎたフリッツには何よりの楽しみだった。

 

「陛下が秋斗様の大ファンだというのは理解しております。ですが、陛下がエルフニア王国へ行ってしまったら政務はどうするのですか!」


 フリッツとアーベルの繰り広げるこのやり取りは、エルフニアからの書状を受け取った日から始まっていた。

 まず1通目は秋斗が目覚めたかもしれないという内容。

 これは賢者ケリーから言い伝えられている『魔工師の眠る地』と言われていた遺跡に賢者がいた、という事から秋斗かもしれないが現在は確認中と書かれた本文を見て、フリッツはそわそわし始める。

 続報はまだかまだか、とソワソワする事数日。エルフニア王国から続報が届く。


 賢者ケリーより賜った、アークマスターにしか判らないカードを娘のソフィアが見せると『ダイロクケン』と言ってカードの正体を見抜いた。

 さらには歴史の語り手でもある宮廷魔法使い筆頭も確認し、現地へ持っていった姿絵とも見比べても本人以外あり得ないと報告。

 ダメ押しで書かれるのは、奴隷の首輪を一瞬で解除する力を持つという。

 

 この続報を読んだフリッツは大興奮して、今すぐエルフニア王国へ向かう! と叫んで会議室から走り出す。

 アーベルの陛下を止めろ! という大絶叫を聞いた騎士達がフリッツを止めにかかるも、謎のパワーを出したフリッツは6人の騎士を強引に引きずりながら城の入り口まで突き進んだ。

 その様子を聞いた騎士団長と部下5人、イザークも加わってなんとか止める事が出来た。

 その日から毎日隙あらばエルフニア王国へ向かおうとするフリッツと、それを止めるアーベルの攻防は2日続く。

 

 最終的にはフリッツの妻である王妃のビンタが炸裂して、フリッツは出て行くのを断念。

 その後は「行きたいな~。王族が行かなきゃな~ チラッチラッ」というフリッツの攻撃が始まる。

 フリッツの正論作戦に対し、アーベルは向かう王族はイザーク殿下でも良いじゃん攻撃で真っ向から応戦。

 そして、王家と王都に勤める貴族を交えた会議で『フリッツかイザークか』という決を採り、本日正式にイザークが向かう事に決まった。

 

 これには決を採るのにしぶしぶ賛成したフリッツも納得せざるを得ない。決してアーベルが決を採ると言い出した時に、彼の後ろでビンタの素振りをする妻を見て、ゴネた時に炸裂するであろうビンタに対して恐怖に怯えているからではないのだ。


「まぁまぁ、父上。秋斗様に申し上げてレオンガルドにも足を運んでもらえるよう頼みますから……」


 アーベルと言い争う父親を宥めるイザーク。彼も彼で、母親である王妃からフリッツを行かせれば、大興奮して賢者様に迷惑がかかるから行かせるなと念を押されているのである。


「頼むぞ! ほんとに頼むぞ!?」


 グワッとイザークに顔を向け、必死の形相で念押しするフリッツ。


「しかし、姫様は本当に行かなくて良いのですか?」


 イザークとフリッツのやり取りを見ていたアーベルが、ふと横で黙っている女性に問いかける。

 アーベルの横、イザークの対面に座る女性。それはレオンガルド王国王女であるエルザ・レオンガルド。18歳。

 父は王であるフリッツ。そしてイザークの妹である。

 髪は薄い茶色のグラディエーションボブカット。肩まで伸びる髪はよく手入れされており、釣り目はキツそうな印象を相手に与える。

 だが、彼女はリリやソフィアに並ぶ程の美少女だ。まじめでキリッとした学級委員長タイプ。

 見た目通り彼女は真面目で面倒見が良く、年下の同姓から好かれる性格をしている。


「行きません」


 アーベルの問いにエルザは眉間に皺を寄せながら顔を逸らして答える。

 彼女の態度に、アーベルは深い溜息を漏らしてしまう。 


 溜息の理由――エルザは男性不信である。

 だが、彼女が男性不信なった理由の原因はアーベルにも責任があった。


 男嫌いになった理由は遡る事5年前。

 13歳だったエルザは10歳から通っていた学院から帰宅し、いつも通りに自室へ戻る途中だった。

 自室に戻る際に、謁見の間の近くにある階段を通るのだが、そこから珍しく父であるフリッツの怒号が聞こえたのだ。

 部下にも激怒する事のない父から発せられる怒号に驚き、謁見の間の扉の左右で待機する騎士へ何事かと問いかけた。

 だが、騎士達は問いに答えず、エルザを自室へ早く戻るよう促すだけだった。

 その間も続けられる父の怒号。そして聞こえてくる内容から中にいる客を追い出そうとしているのが判った。 

 中の会話を聞いていた扉を守る騎士達は、焦るようにエルザに自室へ戻るよう促し続けるがエルザは中にいる人物への好奇心が勝ってしまい、その場に留まってしまう。

 そして、乱暴気味に謁見の間の扉が開かれ、中から現れたのは1人の中年男と護衛の騎士達。

 何やら無礼を働いたのか、理由は不明であるが追い出されたのであろう客人。一応は挨拶するのが礼儀だろうと思い、エルザはカーテンシーで自己紹介した。

 彼は目の前にいるエルザが王女だとわかると、ニヤつきながらエルザへ言葉を発した。


「貴方がエルザ王女ですか。せっかく、嫁の貰い手が無いであろう貴方を我が国ヴェルダ帝国の皇太子様が貰ってやろうと言うのに」


 ニヤニヤと笑いながら、エルザの体や顔を舐め回すように見る中年男。

 

「全くです。皇太子様の奴隷になりゃあこの国も安泰なのになァ」


「はっはっは! 皇太子様が飽きたら私達に回してもらえませんかねェ! 貧相なガキだがイイ声で鳴きそうだ!」


 謁見の間にいたのはヴェルダ帝国からの使者。

 彼らはエルザを帝国の皇太子に寄越せと言いに来たのだ。


 長年争い続けてきた両国であるが、帝国は東側全体を見下している。

 東側の人々は人以下の家畜であり、本気を出せば簡単に潰せるとも思っているし、それは貴族と騎士の間でも常々言われている事だった。

 敵国の城でこんな事を言えば無事では済まない。

 だが、彼らの共通認識は『意気地の無い東側は戦争が怖くてどうせ剣も抜けまい』と思っていた。

 事実、東側は西側と戦争すれば、勝っても負けても傷つくのは自国の民であるとわかっているので近年は戦争を回避し続けていたのだ。

 それを帝国側は弱気姿勢だと判断し、調子に乗った皇太子が『レオンガルドに対する和平交渉の条件』として今回の件を言い出した。東側を見下す使者も馬鹿正直にレオンガルドへ伝えに来た。

 レオンガルド側も和平交渉という題目だったので直接言いに来た使者を自国へ通してしまった。

 そして、内容を聞いたフリッツが激怒した所にエルザが通りかかってしまった。運悪くヴェルダの者達の目の前に現れたエルザへ断られた腹癒せとして声をかけたのが現在の状況である。

 

 エルザはヴェルダの者達から浴びせられる汚い言葉を聞いて、涙を浮かべて自室へと走り去る。

 ヴェルダと対立している事は知っていたが、あそこまで歪んだ者達だとはまだ知らなかった。

 彼女は自室に戻ると、見知らぬ大人から浴びせられた言葉と舐めまわす様に全身を見る視線に恐怖してベッドの中で震えながら大泣きした。

 初めて向けられた悪意と自身を汚されるかもしれないという恐怖に苦しむエルザ。

 

 男達は女を欲望の捌け口としてしか見ていない。女を道具として思っている。どんな男も自分を見る目は舐め回すように見てくる。

 恐怖に染まった心から滲み出る、ネガティブな考えが何度も何度も脳と心を駆け巡り、ようやく恐怖と折り合いをつけた時には『男は怖い』というトラウマを抱えてしまった。

 その後、自室に引き篭もり続け、5日目に姿を現したエルザは身内以外の男に近寄らないし目も合わせなくなった。

 それ以降は不意の事故であっても男に触られれば恐怖が蘇り、体が震えてしまう。信頼している城の男性騎士であっても症状が出てしまい、頭で理解していてもトラウマがフラッシュバックして泣き出してしまう。

 だが、兄が王位を継ぐとしても王家の一員である自分はどこかの別の国か自国の貴族のもとへ嫁がなければならない。

 これではいけないと彼女は気丈にも克服しようと努力した。何より自国の愛する民達を拒絶してしまう自分が辛かったから。

 

 当時は男性不信どころか男性恐怖症と言える程の症状であったが、5年経った今、城の者や家族達が必死にエルザの傷を癒そうと手助けした事や本人の努力もあって今ではエルザの考えも多少緩和されて、男と話せるようになり、目を合わせる事もできるようになった。

 症状は男性恐怖症から男性不信へと変化したが、彼女の男に対する嫌悪感は消えていない。初対面の男は絶対に信用しない。城にいる者達もそれを感じ取っているので、例え敬愛する自国の姫であってもエルザに対して気を使い、必要以上に接しない。


 アーベルとフリッツはヴェルダの申し入れを信じてしまったあの日を後悔し、エルザの症状に責任を感じない日は無い。

 だからアーベルも賢者に会いに行かないというエルザに無理を言えない。

 しかし、自分が何も言わずにいてこのまま結婚できずに歳を重ねてしまっては、彼女に本来もたらされるべき幸せが失われてしまうのではないか……と、アーベルは思い悩む。

 どうか自分の命と引き換えにしてでも、彼女の傷を癒し、彼女に幸せをと天に願い続ける日々は続く。

 

 余談ではあるが、当時レオンガルドに来ていたヴェルダの使者と騎士達は国境を超えてから、最初にある帝国の街で宿を取った。

 彼らはその日の夜、宿の室内で全員惨殺されていた。

 帝国は当初、怨恨による殺人と捜査したが5年経った現在、未だ犯人は見つかっていない。


-----

 

 私がアーベルに行かないと言うと、横にいる彼は溜息を吐いていた。

 彼が私の事を心配しているのも知っているし、責任を感じているのも知っている。

 それでも、私の考えは変えられない。


 あの日以来、私は男性に不信感を抱くようになった。

 学友だった男の子達も、私の事を『利用価値のある道具か見栄えの良い女』と見ているかもしれないと思うと嫌悪感が湧き上がってくる。

 もちろん、国で暮らす男性達や学友の男の子達がそう思っているなんて思っていない。でも、どうしてもダメ。

 信頼できる男性以外に見られたり、近づかれると心の内にゾワゾワとおぞましいモノが這い回るような感覚に支配される。そして、あの日の光景が脳裏に思い浮かんでしまう。

 あの日の事を知っている城の男性達は私には近づかない。騎士の人達や貴族達も私の事を心配しているし、帝国に対して凄く怒ってくれているのも知っている。

 それでも、もしも裏切られたらと思うと怖くて仕方ない。私の頭の中から『もしも』が消えない。あの日の光景が消えない。

 

 特に、初対面の人に対する嫌悪感は顕著に出る。

 だから、私は人を見極める事にした。その人の経歴や人柄、噂に至るまで調べ上げる。それから信頼に値するかを決める。

 こんな事は相手に対して失礼な事だとは理解しているし、あまり良い事と言えないのも理解している。

 幸い、あの日の事を知らない城勤めの人達は私が国の王女であることから、政治的な行為であると勘違いしてくれているようだ。

 父や兄、アーベルも私に相手の評価を聞いてくる事もあるので、城に勤める者達は私の王女としての『役割』だと思ってくれているのだろう。

 

 今回の会議の議題である賢者様に対してもそうだ。

 いくら伝説の賢者でもっとも有名な英雄譚の登場人物であっても、本で語られる人格と実際の人格は違うと思っている。

 レオンガルド建国に携わった豊穣の賢者ケリー様の仲間であっても、東側に存在する国から敬愛されている賢者様であっても、私は初めてお会いする賢者様に嫌悪感を抱いてしまうだろう。

 賢者様とお会いした途端に不敬な態度を取ってしまえば、きっと賢者様はレオンガルドに対して不信感を持ってしまう。そんな事があれば、国の王女としては最悪だ。

 だったら、私は会わない方がいい。

 

 横で溜息をつくアーベルを見て、私は彼に心の中で謝罪する。

 ごめんなさい。

 こんな私はきっと、どこにも嫁げない。王女としては欠陥品。

 こんな私を見捨てずにいてくれる家族と家臣達に報えない。

 ごめんなさい…。


 私が心の中で謝罪していると、会議室のドアがノックされて1人の騎士が入室してきた。


「陛下。ご報告がございます」


「構わぬ。どうした?」


「ハッ! 先ほど、エルフニア王国近衛騎士団の方々が参られました。ルクス国王陛下の書状と何やら陛下に直接お渡ししたい物があると承っております」

  

「ふむ。では、ここで受け取る。来て頂こう」


 父の言葉を聞いて、騎士は敬礼してからエルフニア王国の方々を呼びに行く。

 また賢者様の続報かしら? 父もそう予想しているようで、落ち着きが無い。

 再びドアがノックされ、父が返事をするとエルフニア王国騎士、3名が会議室へ入室してきた。彼らの手には一通の書状と何やら小さな箱を1つ、大事そうに持っている。


「レオンガルド王国フリッツ国王陛下。本日の急なお目通り、大変失礼致します。我が国王であるルクス陛下より、緊急の書状を届けるべく参りました」


「いや、構わぬ。ルクス陛下からの書状となれば、賢者様の件であろう。早速拝見させて頂く」


「ハッ! こちらでございます!」


 キビキビとした仕草で父へ書状を手渡すエルフニアの騎士さん。

 父は渡された書状の中身に目を通すと、驚愕の表情を浮かべて叫んだ。


「こ、この内容! 本当であるか!?」


「父上、何と書かれていたのですか?」


 父の驚きに疑問を持ったのは兄様も同じだったようだ。兄様が父へ質問すると、父から返ってきた言葉は、私達東側の住人にとってとんでもない事だった。


「け、賢者様が……! 賢者様がエルフニア王国の首輪被害者の首輪を全て解錠したと! しかも外した後の後遺症も無いと書かれておる!」


 おおっ! と会議室内にいる者達全員が父の言葉を聞いて驚愕する。


「しかも、賢者様は首輪を外す魔道具まで御作りになられたそうだ! それも各国分あるそうだ!」


「なんと!?」


 みんなが驚くのも当然。レオンガルドや各国も首輪を外す為の手段を模索していた。

 無理矢理外せば、被害者に首輪の呪いが残り死期が早まる。外さなくても衰弱して死んでしまう。

 最低最悪である首輪を外せる魔道具。そんなものがあれば、何人もの人々が助かる。

 賢者様は、私達が成し得なかった事をたった数日で……。


「フリッツ陛下。こちらの箱に魔道具が入っております。中には取り扱い説明が書かれた紙も同封していると聞いております。ご確認下さい」


 父がエルフニアの方から箱を受け取って中を開ける。父が取り出したのは1枚の紙と銀色のカードのような物。


「ふむ。これが……」


 父は同封されていた紙に目を通した後、顔をエルフニアの方々へ向ける。


「確かに受け取った。それと、貴殿達はこれからガートゥナとラドールへ向かうのかな?」


「はい。連絡員として3名をレオンガルド王都に待機させます。残りは2班に分かれて2国へ向かおうかと」


「ふむ……。では、我が国の騎士団も護衛として同行させよう。2国へ書状を渡したいし、途中に馬の代えを用意するのも我が国の者がいればスムーズに行えるだろう」


 そう言って父はアーベルへ視線を向けると、アーベルは手配してくると部屋を大急ぎで出て行った。

 エルフニアの方々から礼を言われた後、父は兄様と私に顔を向ける。


「イザーク。エルザ。騎士団と共にこれを持って医療院へ。使い方は首輪に魔道具を押し当てれば解錠されると書かれている。それと、解錠できなかった者がいれば早急に知らせをよこしてくれ」


「わかりました。エルザ、行こう」


「はい」


 私と兄上は護衛の騎士と共に医療院へ向かった。

 医療院に到着した私達は院長へ理由を説明し、被害者のもとへ向かう。


 言われた通り、首輪に魔道具を押し付けると中央にある透明な一本線が赤く発光した。

 そのまま魔道具を押し当てていると、赤色に発光していた部分が緑色に変わり、カチリと音を立てながら首輪の施錠が解除された。

 

「本当に……」


 魔道具を持った兄様がふるふると震えながら実際に起きた事を目の前に、言葉が出ない様子。

 当然、私も同じ。兄様以上にマヌケな顔をしていたと思う。それほどに呆気なく、簡単に首輪が外れた。

 私達が、私達の祖先から何百年以上も掛けてできなかった事が一瞬で……。


「奇跡だ!!」


 院長であるエルフ族のパウロも、無理矢理首輪を外すと残るという呪いが無い事に涙を浮かべながら奇跡だと叫んだ。

 彼の言う通り奇跡だ。苦しそうにして、顔を真っ青にしながら誰が見ても死期が近いと言うであろう被害者の方の呼吸が落ち着いていくのがわかる。

 すごい。

 エルフニア王国にいる賢者様は本物なんだと、この時に理解した。

 こんな事が出来るのは賢者様以外あり得ない。本で語られる伝説の魔工師である御影秋斗様、その方以外あり得ない。

 

 その後も兄様と一緒に病室をまわり、首輪をどんどん解錠していく。

 お見舞いに来ていた家族の方は大泣きしながら喜んでいた。賢者様が現れ、救いの魔道具を作ってくれたのだと言うと感謝の言葉を捧げながら祈りだした。

 そして、全ての首輪が解錠された。呪いが残った者など1人もいない。全て完璧に解錠された。

 

「さすがは賢者様……。エルフニア王国へ行ったらしっかりとお礼を申し上げないとな」


 兄様は解錠された被害者達を見て、嬉しそうに笑いながら言っていた。

 私は偉業を成し遂げた賢者様に会えない事が少し寂しかった。


-----


 その後、兄様と城へ戻って医療院での事を父へ説明した。


「さすが秋斗様である……! ぐうう!」


「はい……! やはり、賢者様は慈悲深い……!」


 父とアーベルはだばだばと涙を流しながら賢者様を称えて喜んでいた。

 その後、騎士団の準備が整ったと報告が来て、エルフニアの方々は父の書いた書状を持ってレオンガルド騎士団と共にガートゥナとラドールへ向かって行った。

 途中で馬を換えながらの強行軍で向かうと言っていたので2日くらいで到着するだろう。きっと向こうでも多くの人が救われる。

 彼らの戻りを待つだけだ、と父が言って会議は終了した。


 会議室から退室して自室に戻る途中、母の専属メイドに呼び止められて母が部屋に来るようにと知らせを受けた。


「エルザ。リリお姉さまとソフィーお姉さまが賢者様と婚約したそうよ」


 母の部屋に入るや否や、告げられた内容に私はとんでもなく驚いた。


「リリお姉さまとソフィーお姉さまが婚約!?」


 2人のお姉さまはエルフ種だから寿命が長い。したがって、私も、私の母も祖母もお姉さま達とは友好を深めている。

 私の事も実の妹のように接してくれるから、私も2人のお姉さまのことをよく知っている。

 ソフィーお姉さまは、パーティーでも前々から魔工師様のような方と結婚したい。結婚するなら魔工師様と冗談抜きで真面目に言っていた。

 目の前に憧れの人物である本人が現れれば、婚約に至るのは当然だと思う。だからソフィーお姉さまには驚かない。

 リリお姉さまが婚約した方が私には意外だった。

 私と同じ……ではないけど、ずっとお見合いや結婚の申し込みを断り続けてきたリリお姉さま。

 私は以前、リリお姉さまに自分のことを話したことがある。


「別に、エルザが許せる人が現れるまで結婚しないで良いんじゃない?」


 どこにも嫁がない王女。みんなに失望されるだろうと思い悩んでいた時にリリお姉さまから言われた言葉。

 私はリリお姉さまの言葉を聞いて、少し気持ちが軽くなった。私に失望する人もいるだろうけど、リリお姉さまは許してくれるんだって。

 そして、リリお姉さまに抱きついて大泣きする私にリリお姉さまが言ったのだ。


『私も結婚したい人がいない。一緒にいたら楽しいと思える人がいない』


 そんな事を言って、親であるエルフニア王国宰相のロイドおじ様の庇護を断り、魔獣狩りをしながら生活費を稼いでいたリリお姉さま。そのリリお姉さまが婚約。

 私はリリお姉さまを射止めた賢者様が、どんな人なのか気になった。


「ねえ、エルザ。貴方もエルフニア王国へ行って賢者様に会ってみたら?」


「で、でも……。賢者様の気分を害してレオンガルドが嫌われたら……」


 私のせいでと、その状況を思い浮かべて涙が出そうになる。そんな私を母はそっと私を抱き寄せて、背中を摩りながら優しく告げる。


「大丈夫よ。あっちにはお姉さま達がいるでしょう? きっと、賢者様にも理由をそれとなく伝えると思うわ。大丈夫よ。大丈夫」


 私は背中を優しく摩ってくれる母の胸の中でコクンと頷いた。 

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