40 賢者の農園
翌日、秋斗は予定通りに商人ギルドと職業斡旋所へ顔を出した。
どちらに赴いても特に騒動や問題も起きず、ダイジェストにならざるを得ない程にスムーズに事は終わる。
何故なら商人ギルドは傭兵ギルドと同じような作りをした場所で、傭兵ギルドのように掲示板や訓練場などの特殊な施設が無いので銀行の窓口感が特に強かった。
何か出来事があったと言えば、商人ギルドの支部長に秋斗がAA・S等級の魔石が欲しいと言ったら、支部長自ら買い付けに行くと言って執務室を飛び出して行ったくらいだろうか。
職業斡旋所も同じような相談窓口が複数並ぶ場所で、秋斗は「ハロワだ」と見た瞬間呟いていた。
さらには住民達への『2日間の賢者様チョイ見せ計画』も順調だった。2日間の様子を見るに、住民達が押し寄せて予想していた規模のパニック状態にならないかもしれない、と思ったソフィア達は翌日から大通りを少しだけ堂々と歩いて散策する事に決定。
パニックになったらどうしよう、と若干心配しながらも嫁2人とジェシカを連れて大通りに立ち並ぶ商店や屋台を見物しながら往復する。
結果は秋斗達の心配とは裏腹に、特に騒ぎになるわけでもなく散策は終了した。もちろん、何度か声を掛けられたり挨拶をされたりしたが問題になる程では無く、秋斗達の感想としては『見守られている』といったところだった。
実際パニック状態にならなかったのは首輪被害者達の家族が恩のある賢者にこれ以上迷惑を掛けたくない、とご近所に告げた事が街中に広がったのと、各ギルドや王城の者が裏から動いてくれたお陰なのだが秋斗は知る由も無い。
そして、各ギルドや施設への視察から1週間後。
本日の予定は歩きながら大通りを見物しつつ、王都の外にあるケリーが農業指導したと伝わっている農園に向かう予定である。
朝食を食べ、昼前に王城を出発。
よければ農園で是非昼食を、と農園の主からお誘いがあったのでそれに合わせての出発となった。
いってらっしゃいませ、と王城門番に挨拶されながらも王都入り口に続く大通りを歩いて行く。秋斗の左右の腕にはリリとソフィアの腕が絡まれつつ、デート気分で進んでいった。
初めて2人を連れて外を歩く時は、王女と大公家令嬢でどの国からも美女と称される2人を侍らせているのだから妬みの視線が向けられて問題が起きるのでは? と、もはやテンプレと化したイベントが起こるだろうと危惧していた秋斗。
しかしながら、実際は仲睦まじい賢者と奥方という評価だった。特に年配の住民からは『アラ、いいですね~』と朗らかな笑みと感想を言われ、若者の女性からはキャアキャアと黄色い声が飛び交う。若い男性からはソフィアとリリの身分が高すぎるのと、秋斗の賢者伝説が浸透しすぎてて『俺達はもっと現実的に』とリアルな意見が多かった。
そんな住人達の反応に秋斗はホッと胸を撫で下ろしつつ、嫁2人と共に屋台で買い食いをしたり住民のオバサマ方と仲良く喋ったりしていた。
2人の嫁も現在の状況にはとても満足だった。お転婆で家を飛び出して魔獣狩りなんぞをしていたリリはともかく、秋斗と出会うまでは1日のほとんどを王城で過ごしていたソフィアは特に最近嬉しそうに過ごしている。
王女という立場から外に出るには多数の護衛に囲まれ、住民と触れ合うにも相手は萎縮してしまうのが常だった。
しかし、秋斗との婚約を経て街に出る際の護衛はジェシカのみとなり、周囲を囲む騎士はいない。これには、秋斗という存在がとんでもない戦闘力を持っている事もあるし、ルクス王が秋斗を騎士で囲む事によって住民に萎縮されないようにという配慮だった。念の為に一般人に紛れて護衛している騎士がいるが周囲にはバレていない。
これによって護衛付きという物々しい雰囲気が無くなり、秋斗が賢者という地位がありながらもフランクに接する様子や仲良く街を歩く3人の姿を見て、住民達も気軽に接してくれる。
そうなれば、王女であるソフィアに対しても今までに無く自然に挨拶や会話をしてくれる住民も増え、最近は街に出るのが楽しくてたまらないとニコニコ笑顔を浮かべるソフィア。
因みに、ルクス王に秋斗を護衛で囲まないよう進言したのはアレクサ。自室で秋斗がもっと気軽に接してくれたらな、というエリザベスとの会話を聞いて即座に秋斗の希望通りになるよう王へ進言していた。
他にも秋斗の気持ちを汲んで色々進言している。さすがスーパーメイド。
王城を出て貴族の邸宅が並ぶ区画を横目に通り過ぎ、さらに自然に囲まれた中央広場を抜ける。
広場を抜ければ今までの静かな雰囲気から、人の喧騒や活気に溢れる大通りに様変わりする。大通りには商店が立ち並び、荷物を積んだ馬車や住民達が通りを行き来していた。
所狭しと立ち並ぶ商店の中からは鉄を叩く大きな音や、傭兵達がワハハと大声で笑いながら食事する風景が目に入ってくる。
通り沿いにならんだ屋台からは美味しそうな匂いが風に乗って周囲の人達の鼻腔をくすぐり、ついついサイフの紐を緩めてしまう。
「おーう。お三方! 今日も仲良いね~!」
「こんにちは! また食ってってくれよな!」
「今日は良い肉入ったから是非寄ってって~!」
秋斗達が歩いて行くと大通りの左右に並ぶ商店や屋台からは自慢の商品をオススメする声が聞こえ、道行く住人からは3人の仲の良さに微笑ましそうな表情を浮かべて挨拶された。
3人は律儀に挨拶や返答を返して進んで行く。
「ふふ。楽しいですね」
ソフィアはニコニコ笑いながら手を振ったり返事を返しながら嬉しそうに呟いた。
「これも秋斗様のおかげです。秋斗様の相手とみんなが認めてくれて嬉しいです」
「俺のおかげかはわからんが、俺もこれくらい気軽に接してくれた方が助かるよ」
ソフィアの呟きに秋斗が返答すると、ソフィアはぎゅっと秋斗の腕を抱きながら呟く。
「……秋斗様は私と婚約した事に後悔してませんか?」
「なんでそう思う?」
「いえ、婚約した時も言いましたが、リリと違って私との婚約は結構強引というか……勢いもありましたし、秋斗様はお優しいから断れなかったのかなって」
ソフィアは秋斗を迎えに行った時の夜、天幕の中での事を思い出しながら苦笑いしつつ俯きながら言葉を零す。
「まぁ最初は確かにこんな簡単に決めてしまって、ソフィアは良かったのかなって思ったけど。でも、今はリリと同じようにソフィアがいない生活は考えられないな」
秋斗の言葉を聞いて、ソフィアは顔を上げて見つめる。
「俺の食べる料理は今でもソフィアが作ってくれているの知ってるし、俺の為に色々周囲に言ってくれたりしてるのも知ってる。いつもありがとうソフィア。俺はソフィアと婚約して後悔は無い。これからも傍にいてほしい」
出会ってすぐにソフィアから結婚を申し入れ、それが少しばかり強引だった事に不安を抱えていたソフィア。
周囲からの反応や最近の住民達からの反応を目にして、つい不安を零してしまったが秋斗の言葉を聞いてチクチクと不安として刺さるトゲが胸から抜け落ちたような気分になった。
「……はい!」
ソフィアは秋斗の言葉を聞いて、目尻に涙を溜めつつも嬉しそうに秋斗の腕へ抱きついて人前だというのに気にせず、秋斗の腕へスリスリと顔をこすり付ける。
「私は?」
「もちろんリリも。2人とも愛してるから」
「ふふ。私も」
リリもソフィアと同じように笑みを浮かべながら秋斗の腕を抱いてスリスリと頬をこすりつける。
「きゃあ! 私もあんなこと言われたいわぁ~!」
「ソフィア様とリリ様かわいい!」
「やるね~! 賢者様!」
秋斗は街中で、しかも人がもっとも多い大通りのド真ん中というのを忘れていた。
突如起こった愛の告白に住民からは暖かい声やキャアキャアと叫ぶように黄色い声援が飛び交う。大事な嫁2人に両手をスリスリされながらも、周囲の声に顔を赤くして秋斗は困ったように大通りを進んで行く。
(私も早く寿退団したい……)
ただ、1人。秋斗達の前を歩くジェシカだけが己の心境に微妙な表情を浮かべていた。
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「初めまして、偉大なる賢者様。私はエルフニア農園を管理しております、オーキッドと申します。こちらは妻のサラシャです」
「お会いできて光栄です賢者様。オーキッドの妻、サラシャと申します」
秋斗達は住民達にヒューヒュー言われながらも大通りを歩いて抜けて王都入り口まで到達。入り口の門番に暖かい目線を受けながら外に出て、王都の右側にある目的の農園へと辿り着いていた。
辿り着いた農園の入り口では『ようこそ! 偉大なる賢者 御影秋斗様!』という横断幕を掲げた農園で働いているであろう従業員達と、その前に立っている夫婦に出迎えられていた。
そして、何よりこの夫婦。オーク族の男性とエルフ族の夫婦だった。
事前に魔人族にはオーク族という種族がいると聞いているし、特徴も温厚な性格だというのも知っている。知っているが、異種族などいなかった時代で生きていた事がある秋斗にとってはファンタジー小説や薄い本では『グヘヘ! エルフは俺達のアレなんだよ!』的な状況を定番とした組み合わせのイメージが強すぎた。
しかしながら、現代のエルフニア王国では2人はとても有名なおしどり夫婦と評判である。その評判通り、彼らは挨拶が終わると腕を組み始めた。奥さんはもう夫の腕を抱きしめながらニッコニコだ。
彼らの馴れ初めは、農業に興味のあったオーキッドが魔人国から修行にやってきたのが最初の出会い。
元々この農園はサラシャの父親が管理していて、彼はサラシャの父親に弟子入りして農園で働き始めた。働いているうちに、彼の真面目さと熱意に惚れたサラシャと結婚して引退したサラシャの父親から農園を継いだらしい。
「いやはや、賢者様方は最近の噂通り仲が宜しいようで。しかし、私達も負けてませんよ!」
「ふふふ。私達も皆様に負けずラブラブですから」
夫婦はキャッキャと盛り上がり、2人の後ろで横断幕を持つ従業員達も微笑ましそうに秋斗達とオーキッド夫婦を見つめる。
「ふふ。私達もお二人のような夫婦になりたいですね」
「ラブラブ。私達もラブラブ」
アハハウフフと農園入り口は謎の空間を作り出した。
その後、謎空間は一旦終了させて農園内へと案内される。
中央には農夫達の住む家と畑が広がり、右手側は果実園。左手側は米を育てる田んぼが広がる。
かつて豊穣の賢者ケリーがエルフニアを訪れ、最初に農業指導を行ったのがこの農園。1000年前、エルフニア王国の前身であるエルフ集落は人族の集落のように大地が荒れているという事は無かった。
彼らは潤沢な食料を作り、他の種族と交換や取引をしながら国を興す。エルフニア王国が建国され、他の種族達と協力しながら西の侵攻を防いで着実に進んでいた――はずだった。
建国から2年目にエルフニアに危機が訪れる。それは食糧生産の中心となっている多数の畑に引き起こった連作障害だった。
国を興す前から安定した食糧生産を目指したエルフ達はいくつかの作物を作り、多く実をつける作物を見極めるべく試験を重ねていた。
試験中は運が良かったのか、試験中故に色々な作物を作ったり畑を休ませる事が出来たからなのか、連作障害には至らなかった。
国を興す前に試験が終わり、集落の時以上に安全になったからかエルフ族の人口も増えたので、ここで一気に生産量を伸ばそうと実りの多い同一の作物を作りまくってしまった。
知識不足から起こってしまった連作障害に加えて、さらには少量ながらも別の作物を作っていた畑は強力な魔獣によって食い荒らされるという不幸が重なってしまう。
その折にエルフニアを訪れたケリーはエルフニアを救う為に各国からエルフニアへ食糧支援を取り付けて救援した。
各国へ食料を出荷しようと頑張っていたエルフ族達は、皮肉にも自分達が食料支援されてしまった事にかなり落ち込んだ。
しかし、ケリーはエルフ族を励まし、同時に農業の知識を徹底的に教え込んだ。
「せっかく豊かな大地が広がっているのだから、色々な種類の作物を広く作ろう。その方が色々な味を楽しめて食事する事が嬉しくなるよ」
ケリーはエルフ達にそう言って励まし、米や野菜、果実をエルフ族と協力しながら作っていく。
最初は簡単な物から始めて2年目からは徐々に規模を広げていき、最初に出来上がったのが現在秋斗が立っているエルフニア農園。
エルフニア農園からエルフ達の本当の農業が始まり、ケリーは何年も忙しなくエルフニアと他国を行き来しながら指導を続けた結果、エルフニアは当時目標にしていた東側トップの食糧生産国になる事が出来た。
豊穣の賢者がこの世を去って1000年。エルフニア農園は国から国指定重要文化財に指定され保護されている。
現在でもケリーの教えた農法を守り続け、今でも当時の味と変わらないと言われる米は賢者米として高級ブランド米になった。畑で作られる多種類の野菜と果実園で作られる果実はエルフ族全てに愛され、特に果実園で作られるリンゴは赤い宝玉と呼ばれる程でこのリンゴで作られたリンゴ酒はお祝い事には欠かせない特別な物としてエルフ族の宝物になっている。
「我々はケリー様に感謝を捧げ、この農園を守り抜きます」
オーキッドから農園ができた経緯や説明を受け、話の最後の締め括りとして彼の決意を聞きながら農園を見学する秋斗達。
国の文化財として指定されているだけあって、エルフニア王都と同じように堅牢な城壁で農園を囲んでいる。王都と隣接する農園は従業員と農園を守護する警備部隊専用通路となっているが、城壁を通って王都と農園を行き来も出来るようになっていた。
規模も大きく、歴史ある農園なので従業員として働く農夫も多いし、働く農夫には様々な異種族が入り混じっていた。
作物の観察をしているエルフ族やクワを持って畑を耕す獣人族やオーガ族、水を撒いたり肥料を撒くゴブリン族など。みんながケリーに指導してもらっていた当時と同じように、協力して良い物を作ろうとしているのが働いている様子から伝わってくる。
彼らの様子を見てぐるりと農園を一周し、再び農園中央に立ち並ぶ数軒の家の前に戻ってくると、そこには農園で取れた米や野菜などを使用した料理がテーブルの上に所狭しと置かれていた。
「さぁさぁ、皆様。農園で採れた新鮮な物ばかりですので、是非ご賞味下さい」
料理してくれたのはオーキッドの妻であるサラシャと従業員の奥様方だろう。彼女らはエプロンを着用して秋斗達を出迎えてくれた。
「賢者様はお米が好きと聞いております。お好きなだけ食べて下さい!」
秋斗の米好きに対して彼らが用意してくれたのはおにぎりだった。手軽に色々と食べやすいよう配慮して炊いた米そのままではなく、おにぎりとして出してくれたのだろう。気遣いに感謝を述べて掴んだおにぎりをパクリと頂く。
ツヤツヤの米をふっくら握って味付けはシンプルに塩。塩握り。至高の握り飯がここにはあった。
「うんまぁ~い!」
シンプルだが奥の深い塩握り。ケリーの知識と彼らの努力が詰まったおにぎりはあっという間に秋斗の手から消えて無くなる。
「ははは! いっぱい食べて下さい!」
秋斗は次のおにぎりに手を伸ばしパクリと口に運びながらも、他の料理も頂く。どれもこれも美味くて碌なコメントができない。
「もふもふもふ」
リリも一心不乱に食事を続け
「美味しいですね。この料理の味付けって」
ソフィアは料理方法を奥様方に聞いて盛り上がる。
楽しい食事が終盤に差し掛かった頃――
「アイツの知識を守ってくれてありがとうな」
秋斗は食事を続けながらポツリとオーキッド達へ呟く。
「ケリーが残した農園を見れて良かったよ。アイツの夢はちゃんと受け継がれている」
かつてケリーは秋斗に語っていた。
『僕の夢は今以上に美味い物を沢山作って人々の食事を、もっともっと豊かにしたい。だって最高に美味い物を食べれば、誰だってその瞬間は嫌な事があっても忘れて笑顔になれるだろう?』
ケリーが夢を語っていた当時、賢者時代には様々な食品が溢れていた。新鮮な食品もあれば、技術を応用して便利なレトルト食品や冷凍食品もあった。
しかし、ケリーはそれでも満足しなかった。
人々を笑顔にする為に、更なる高みへ上り続けた。
その夢を実現する為に、彼は秋斗や他のアークマスター達の協力を得ながら研究を続けていた。
何日も眠らずに品種改良をしたり、最適な栽培方法を模索したり。
しかし、氷河期の到来で全てが無に還ったと思いきや、彼が研究して得た知識は遠い未来に生まれた人々の助けとなった。
エルフニアや他の国々に伝える事で夢を現実にしたと言えるだろう。
何故ならケリーの作った物は東側各国の食事事情に影響を与えて、食事というモノを文化へと昇華させた。そして、その食事は毎日人々を笑顔にさせている。
叶えられた夢は引き継がれ、1000年経った今でも続いているのだ。
「アイツの夢を守ってくれてありがとう」
秋斗はケリーの夢を皆に話し終えると、再び頭を下げて感謝を伝えた。
「勿体無きお言葉……。ケリー様の夢を胸に、これからも引き継いでいきます」
豊穣の賢者ケリーの仲間、御影秋斗によって伝えられた感謝を受け、オーキッドの頬には一筋の涙を流しながら頭を下げる。
秋斗の感謝を聞いていた他の者達も涙を流しながらオーキッドと共に頭を下げた。
秋斗にとっても、この農園で働く者にとっても嬉しく誇りに思える言葉を貰った1日となった。
仕事が一時落ち着いたので更新再開です。
この小説を書いている合間に気分転換に書いていたモノも、折角だから投稿しようかなと思って投稿しました。
不定期更新予定で、続きを書くかは未定です。
お下品な内容ですが、よろしければ読んで頂けると幸いです。
異世界に英雄召還された俺は尻から武器を捻り出す
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