38 街へ行く前に
エリザベスという唯一無二の友人を得た翌日。
今日はついに街へ繰り出そうという事になり、リリ、ソフィア、アレクサの3人から出掛ける前に注意点を聞いていた。
主に大まかな法律や各種族に対しての講義である。
現代にも法律というモノは存在する。東側各国では種族の違いによる細かな差異はあるが、共通している事は同じだろう。
殺人、奴隷の禁止。これはもっとも大きな罪になる。殺人罪になれば裁判で事件の背景を加味されながら裁かれるが、他人を奴隷としたり、西側に奴隷として売ったりと奴隷に関する悪い事を犯した時点で死刑というかなり厳しい。
しかしながら、東側では奴隷問題に苦しめられ忌避されているのだから仕方ないのだろう。もちろん、奴隷関係で法を犯す者はほとんどいないと3人は言っていた。
東側に住む人々は優しく大らかな人が多いと秋斗も聞いているが、殺人というモノが起きないわけではない。それでも年に数回あるか無いかの程度らしい。
むしろ、酔っ払って喧嘩のような殴り合いで怪我をするような事件がほとんど。これらは街を巡回している警備兵に捕まり、警備兵の詰め所で厳重注意となるか大きい騒ぎになると国所属の裁判部署からの罰金刑が言い渡される。
逆に全くといっていいほど起きない犯罪が窃盗罪や盗賊による被害。これらで捕まるのは西側から流れてきた不埒者が犯すのだが、人攫いの被害が増加してからは西側からの人の流入は厳しく監視されているので最近は鳴りを潜めているし、見つかれば即時騎士団や傭兵達によって退治される。
東側の人々が窃盗罪や盗賊といった犯罪集団を形成しないのは、各国にきちんとした職業斡旋機関が設けられていたり食うに困る程仕事が無いという状況ではないからだろう。
むしろ、広大な国面積を保有する東側にとっては人の手が足りない程仕事が溢れている。
農業、商人、職人、学者、魔獣狩りを行う傭兵、兵士、騎士……様々な職業が存在していて、斡旋所に行けばある程度の希望に沿った仕事を紹介してくれる。
別の職種に就こうとすれば、斡旋所で定期的に行われるセミナーに参加すれば基本的な知識が学べるのも、職業選択の自由に拍車が掛かっているのだろう。
因みに、職業斡旋所という機関を作ったのはケリー。各国を興す際にアドバイスしたとの話。
他に発生しない犯罪といえば、不敬罪。これは王族や貴族に対して名の通り不敬を働く事だがこれも全く起きないし、発生したとして、犯罪を犯した者はご想像の通り西側の者である。それに、王よりも上の地位を持つ秋斗が犯すかと言えば関係ない話だろう。
自国民による不敬罪が起きないのは偏に国全体を治める王や、領地を拝領している貴族達が善政を敷いているからだ。
国の頂点である王になるには厳しい指導と教育をされた血筋の中から現王が厳しく見定めて任命される。王に任命されたとしても、王の家臣である貴族達から是であると評価さればければ王になれない。つまりは、王による身内贔屓では王になれない。
では、貴族達が腐れば派閥問題などで政治が腐敗するのでは? と疑問に思うであろう。だが、貴族達にも高い試験や任命される為の手順がある。
前提として『貴族とは民のまとめ役のような役割であり、民の為に尽くす王家の手足である』というのが現代の常識。
さらには貴族になったとしてもデメリットの方が多い。なんと言っても給料面で見れば街で一番の商人よりも稼ぎが低い。精々、危険手当が付く騎士と同等か少し高いくらいだろう。住む為の邸宅は大きいが国から貸し与えられている物であり、自分の物ではない。
しかも、民から『コイツは貴族としておかしい』と陳情が多く城に届けられれば、すぐにでも査察官が出向いて捜査される。悪い事や民に無理を強いれば即刻クビ。
故に貴族当主は『ハズレ職』と言っても過言ではない程にメリットが無い。メリットとすれば王と会えたりパーティーで美味い物が食べられたりと、絶対貴族になるぞ! と気合を入れる程のメリットじゃない。強運の持ち主でハイパー大当たりを引いたとしたら、その時代にたまたま目覚めた賢者からサインと握手を貰えるくらいか。
こんなにもデメリットが多いというのに貴族となる者や貴族位を守る家があるのは、先代からの名誉と正義感に溢れ、自国が大好きだと言える者が多いからだろう。
国を興した際、最初に任命された貴族や後に生まれた貴族家は武勲や功績を立て、王や当時目覚めていたケリーに推薦されて任命された貴族家が多い。彼らは尊敬すべき王や賢者によって選ばれたという名誉を胸に家名と領地繁栄に力を注いでいる。
その名誉が脈々と受け継がれ、厳しい貴族試験を受けて品行方正を精査されてクリアする次期当主が生まれるのだ。
名誉を胸に、正義感に溢れ、民を愛している者が貴族となる。故に腐らない。誇り高い貴族達から是とされる王。故に国は揺るがない。
そして、誇り高い彼らを見ている民は王と貴族を尊敬している。だから不敬罪などという犯罪は起きないのである。
これを聞いた秋斗は東側の国々は良い国なのだろう、と納得した。自分が挨拶した式典を見ても、王に対する声も良いモノが多かった。
王、貴族、民の全てが協力し合っているからこその状況なのだろう、と。このような状況になったのもケリーの力が少なからずある事が秋斗にとって嬉しかった。友人のしたことに胸が熱くなるのを感じる。
自分もしっかりと示さなければと気持ちを引き締めてソフィアの説明を引き続き聞いていく。
次は種族間の事なので特にしっかりと聞かなければならない。
「まず、王都に限らず街には様々な種族が入り混じって暮らしています。エルフはもちろん、人族、魔人種、獣人種。各国から引っ越してきた者や傭兵としてやってきている者、技術派遣されている者など立場は様々です。ですので、各種族に対して失礼な行為は慎みましょう」
種とは大まかな分類である。
人族は単一なのでヒト、もしくは人族と呼ばれているが、人間とは呼ばない。これは東側では人型種族全てが『人間』という呼び方の生物だからで人族を『人間』と呼称するのは異種族を討伐対象とする西側のみの呼び方。
エルフ種のエルフ族というのは肌の白いエルフで、ダークエルフはエルフとほとんど同じ見た目だが、元々住んでいた場所が魔人王国なので魔人種に分類される。
獣人種はドワーフ族や獣耳が生えた種族の総称で、魔人種はダークエルフや吸血鬼、サキュバスなどと他の種族よりも多く分類される種族。魔人族は特に接し方や対応を気をつけなければならないだろう。
しかしながら、長年の付き合いで異種族との混血も増えてきたので忌避される行動も減ってきたと3人は言う。
「人族を基本として、耳や尻尾の生えている種族に対して耳と尻尾を勝手に触ってはいけません。セクハラになります。ドワーフ族のお髭も長ければ長いほど誉とされているので触ったりしてはいけません」
獣人族の耳と尻尾は敏感な部分なので触ると、胸や尻を触ったのと同じようにセクハラになってしまう。ドワーフの髭はその人の生きた証とされていて、その者の『人生』に触れるという行為にあたるらしく伴侶となる者か家族以外は触れてはいけない。
「魔人族の中にはオーク族やオーガ族、ゴブリン族といった人族よりも外見がかけ離れている種族がいますが、差別してはいけません。彼らは温厚で力持ちだったりと優しい種族です」
オーク族はファンタジー小説に出てくるような豚の化け物、というわけではなく鼻が豚のように上を向いているだけで体格が大きい。肌も緑色なんてこともなく人族に近い容姿をしていて美食家な種族であり、職業は食に関連するものか農業を好む者が多い。
オーガ族は頭に角を生やした鬼のような種族だ。オーガ族の男性は体格も身長も大きく、口には長い牙もあるが戦闘を好まない大らかな性格な者が多い。女性には牙はなく、体や身長が大きいだけで性格は男性と同じく温厚。力持ちなので建築作業などの特徴を生かした力仕事に従事する者が多い。
ゴブリン族はオーガ族とは身体的な特徴が反対で、小人族とも呼ばれる程に体が小さい。成人しても人族の8歳程度の子供と同じくらいの大きさまでにしかならない。小さな体と軽いフットワークを生かして街内の配達業をする者が多いそうだ。
「わからなかったら、聞けば嫌な事は教えてくれる。特に秋斗みたいな賢者は、賢者時代に人族しかいなかったと伝わっているから、ちゃんと教えてくれる」
特に魔人族は分類が多いので気をつけるよう念押しされる。それと同時に、魔人族には温厚な者が多いらしいので質問しても優しく教えてくれる者が多いと説明された。
「なるほど。わかった」
午前中はこんな感じで3人から教わりつつ、午後には外へ出る事となった。
ブラブラ歩いて観光するには多少の心配があるとの事なので、まずは馬車で王都の各ギルドへ顔を出す事を提案された。
ギルドへ顔出しが終わった後は、王都の外にあるケリーが残した果樹園や田んぼなどがある場所へ行くことに。そちらは同じ賢者が残した縁のある場所なので是非足を運んで欲しいと、ルクス王と先方の両方からお願いされた。
秋斗達は午後の予定を決めた後、食堂で昼食を取って街へ出発した。




