36 訓練場でお披露目
訓練場に向かう途中、リリとソフィアの2人とはシールドマシンを取りに行く為に一旦秋斗達と別れた。
別れた後、一足早く到着した秋斗がアンドリューに促されて訓練場に入ると、気合の入った声を叫びながらバシバシと木剣で打ち合う音が耳に入る。
城の裏手にある騎士団用の訓練場はとても広く、賢者時代に存在した古武術の剣道場のような作りになっており、床と壁は木造になっていた。
奥は野外訓練場になっていて、緑溢れる森の入り口のような場所に人の形を模した木で作られた案山子が並んでいる。
訓練場には多くの騎士達が2人1組になって木製の模擬剣で打ち合う者達。そして、その周囲には打ち合いを見て視覚的に学ぶ者達が取り囲む。
野外訓練場の案山子に模造剣を打ち付けるのは新兵なのか、教官らしき騎士に怒鳴られながら必死に腕を振っていた。
「あれ? 秋斗様? 何してるッスか? あっ! 陛下!」
秋斗が入場した事にいち早く気付き、声を掛けてきたのはケビンだった。彼はいつもの杖を片手に秋斗の傍に駆け寄ると、遅れて入場してきたルクス達を見て驚いた後に膝を折って礼をした。
そんな慌しく礼をしたケビンに周囲にいた騎士達は顔を向け、礼をしている先に王と賢者がいる事に気付いた騎士達も訓練を中止して礼をする。
「皆、訓練中すまぬ。気にせず続けるように」
ルクスは王としての威厳をたっぷり乗せた声を出して手で制す。
礼をしていた騎士達が訓練に戻るのを見送った後、秋斗はケビンに疑問をぶつける。
「ケビンはどうしてここに?」
「今日は魔法の防御訓練があるんで待機してたッス」
魔法がある世界なのだから、戦う事を職業とした騎士達はもちろん魔法を撃つ相手とも戦わなければならない。
製作室で話を聞いた通り、人間のみならず魔獣すらも魔法攻撃をするのだと言うのだから対策や訓練は必須。防御方法をアンドリューに聞いてみれば、金属製の大盾で魔法を受けるのだと言うから驚きだ。
だが、賢者時代に存在していた対魔法用の防御魔法や対魔法シールドがまだ開発されていないのだから仕方ないのかと秋斗は納得する。
「ケビンは魔法使いとして優秀ですからな。大盾を構える騎士に向かってひたすら魔法を撃ちこみ、魔法使いとしての訓練も兼ねているのですよ」
「へへへ」
「魔法研究の学者もしているのですが、そちらはあまり芳しくないですが……」
「へへへ……」
ケビンは褒められたと思ってニッコリ笑みを浮かべた後、評価を急降下させられて肩を落としながら苦笑いへ変えた。
「皆様、お揃いで如何致しましたか?」
次に傍へやってきたのはジェシカだった。今まで訓練していたのか、顔に汗を浮かべながら騎士礼をした。
「ああ、オーバーン隊長。今から秋斗様がお作りになったという魔道具を見せて頂ける事になってな」
「魔道具ですか?」
「シールドマシンですよ。ジェシカ殿」
「ああ、なるほど」
アランに言われ、ジェシカは合点が言ったように頷く。
「では、こちらに」
シールドマシンの防御力を身を持って体験したジェシカは野外訓練場へと秋斗達を誘導する。周囲の騎士達も賢者と王がいる事とこれから何をするのだろう、と秋斗達へと視線を向け続けていた。
秋斗が初めて見る訓練場にキョロキョロと周りを見渡していると、シールドマシンを取りに行っていたリリとソフィアが戻ってくる。
「お待たせしました」
リリとソフィアが秋斗の傍に来ると実演開始となった。
「よし、じゃあ始めよう」
秋斗の言葉を合図に、リリとソフィアは筒状に折りたたまれたシールドマシンを真上へ放り投げる。
放り投げられたシールドマシンに2人が起動を告げると、筒状だったシールドマシンはカチャカチャと音を立てて滑らかな動きで本来の姿へ変形する。
翼を広げ、蜂のようなフォルムを取り戻した2機のシールドマシンは、それぞれの主の斜め上で空中待機する。
それを見たルクス達や訓練場にいる騎士達は「オオー!」と驚愕の声を上げる。
ヨーナス達製作室の者達はもちろんの事、騎士達も初めて見る賢者の魔道具に驚きと感動を隠せない様子。
「これがシールドマシンですか……」
アンドリューはフワフワと宙に浮かぶ2機に目を向けながら呟く。シールドマシンを初めて見た他の者達も同じようなリアクションだった。
「ジェシカ。君の剣やリリの魔法も防いだと聞いたがどんな感じなのだ?」
ルクスが横に待機しているジェシカへ問いかける。
「剣で斬ろうとすると、見えない壁に防がれます。力を乗せて剣を押しても全く動きませんでした。魔法も吸い込まれるように消えてしまうのです」
「そうッス! この魔道具はとんでもないッスよ!」
ジェシカとケビンが感想を述べると、その効果を聞いて訓練場にいる騎士達もざわざわと話始める。
「まぁ実際に見た方が早いだろ。俺が防御するから。……ここで魔法撃っても大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
アンドリューに魔法の使用許可を得たところで、秋斗はリリに視線を向けて魔法を撃つ役目を頼む。
「ん」
秋斗はリリの返事を聞いた後に、その場から離れながらリリのシールドマシンに『来い』と命令するとスススッと秋斗の斜め上に移動する。
10メートル程離れた場所で停止し、秋斗は腕を組んで立つ。
「いいぞ~」
「ん。ファイアアロー!」
手馴れた態度でリリは大威力設定で創造した業火の矢を秋斗に撃ち込む。
業火の矢から周囲に伝わる高熱で否応にもリリの撃った魔法の威力を知らしめ、あまりの威力にルクス達や騎士達は、秋斗が怪我をしてしまうと慌てふためく。
だが、周囲の心配を余所にシールドマシンはシールドを展開しながら秋斗の前に移動すると魔法を受け止めて霧散させる。
それを見た者達は、まるで幻でも見ていたのかと静かになり、口をパクパクとさせながら目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
既に効果を知っているジェシカ達は、自分達が初めて見た時の様子と重ね合わせて苦笑いを浮かべていた。
その後、ジェシカの剣やアンドリューの剣を楽々と受け止めるシールドマシンに感嘆の声が漏れる。
「ううむ。なんという堅さだ! まるで山を相手にしているような感覚だ……!」
そう言うアンドリューは決して力が弱い訳ではない。騎士団長という役職に相応しく、強固な硬度を持つアダマンタイト製の鎧に剣で深い傷を付けられる程の力を持った騎士だ。
現在の東側全体では5本の指に入る程の武人であり、エルフという長寿に恵まれた種族の特性もあって長き研鑽の末、剣の技術も達人に至るレベルで身に着けている。
アンドリューが唸っているのを横目に、リリとソフィアは秋斗に話しかけていた。
「秋斗。秋斗の力がまた見たい」
リリは帝国のエルフ狩り達の成れの果てを見ていたのもあって、秋斗の力を知っている。
目をキラキラさせながら、もう一度見たいとせがんでいた。
「秋斗様。あそこに訓練用のアダマンタイト製の柱があります」
ソフィアも直接は見ていないが、リリから秋斗の実力を聞いているし、物語で語られる秋斗の実力を見てみたいのでリリの提案に大賛成だった。ノリノリで的を指差しながら目をキラキラさせていた。
2人の様子を見ている親達も何も言う事無く見守っている。むしろ、秋斗の大ファンな彼らは心の中で娘達に「グッジョブ!」と拍手喝采だった。
ジェシカやケビンも賢者の実力を見て、自分達の力がどの程度なのかというのに興味があるのでウズウズしながら黙って見つめているし、騎士団長のアンドリューや他の騎士達も英雄譚で語られる秋斗の戦う様子を読んでいるが実際に見た事など無いので、こちらも童心に還ったかのようにワクワクしていた。
首輪を解錠した功績を持つ秋斗の事を『本当に賢者なのか』と疑う者はいないが、本で語られる内容と実際の実力は違うのではないかと思っている者も当然いる。
英雄譚で語られる秋斗の戦闘描写は純粋な子供時代ならば、ありのままを信じてしまうだろう。
だが、大人になって世の中を知っていけば、物語とは多少脚色される物であると理解してくる。ましてや実際に見た事がある人間が監修したケリーのみで大多数の人が見たと証言があるわけでもない。
ここにいる彼らは秋斗を侮っている訳ではなく、純粋に本当なのかという疑問に駆られているだけだ。子供の頃に憧れ、騎士を目指すきっかけになった賢者の力を一目でも見たいだけだった。
「お好きな物を使って構いませんので」
そんな思いを胸に抱くアンドリューや騎士達も憧れの賢者が力を振るうとなれば、ノリノリで色々な武器の入った木箱を持って秋斗の傍に下ろして離れていった。
「秋斗の本気。エルフ狩りを倒した力が見たい」
ワクワクキラキラとしたリリにせがまれ、秋斗はしょうがないなぁと言ってから頷いた。
見せびらかすようなモノではないが可愛い嫁におねだりされ、周りからの期待の目もある。断れない雰囲気をひしひしと肌で感じてしまった。
「危ないからみんな離れてくれ」
全員が秋斗から距離を取り、訓練場にある外と屋内の境目に並ぶ。
それを確認した秋斗は、フゥと1つ息を吐いて柱を睨みつけた。
アンドリュー達が武器を使わないのか? と疑問に思っていた矢先の出来事。
目標へと秋斗が踏み込むと足元の土は抉れ、土埃を撒き散らしながら疾風の如く柱へ肉薄する。
そして、空気を切り裂くように繰り出される拳。
柱に拳がぶつかれば、ガゴンッ! と大きな音を立ててアダマンタイト製の柱に肘までめり込んだ状態が出来上がっていた。
全員が秋斗の踏み込むスピードを目で追いきれず、気付いた時には柱に穴を開けて肘まで腕を突っ込んでいる秋斗がいて全員がポカンと口を開けて柱を見つめる。
「あわわわわ」
ジェシカは秋斗に指差しながら身体を震わせ、アンドリューも目を見開いて驚愕に顔を染める。
ケビンは何が起こったのか理解できずに唖然としているし、最前列で見ていた騎士はめり込んだ腕を視認すると腰を抜かして床に尻餅をついている者もいた。
秋斗が仕出かした事は物語で語られる内容以上の成果だった。
何故なら英雄譚には『素手で金属をぶち破った』など書かれていない。書かれているのは秋斗が『色々な武器を持って』戦っているシーンだ。
一方、ルクスやロイド達は起こった事に目をキラキラさせて生で秋斗の力を見れた事に、鼻の穴をぷっくりと膨らませ「ンフー! ンフー!」と鼻息を荒くしながら大興奮。
ソフィアも両手で口を塞ぎながらも目をキラキラさせる。
だが、リリだけはやや不満顔を浮かべていた。
「ふう」
秋斗はズボリと柱から腕を引き抜いて一息つく。
そこに、不満な表情を浮かべたリリが近づいてくる。
「むう」
頬を膨らませ、むうむう言いながら目で秋斗に抗議するリリ。
「どうした?」
「本気出してない。赤いの出てない」
リリの『本気じゃない』という言葉を聞いて見ていた他の者達がザワつく。まだ先があるのか、と騎士達の騒ぎようが特にすごい。
一方、赤いの出てないという不満を聞いた秋斗は苦笑いを浮かべてリリの頭を撫でる。
「あれを使ったら周辺に被害が出るからこれで勘弁してくれ」
「むう。秋斗の使用済みシャツをくれたら許す」
「ええ……」
臭いフェチなリリの要求に面食らいながらも、換えのシャツを買ったら……と秋斗もリリの要求に応えてしまう。
自分の要求が通ったリリは不満顔から瞬時に笑顔へ変える。
「ん。許す」
その変わり様に呆気に取られながらも、しょうがないなぁと頭を撫でる。
「私も!」
「おっと」
リリの様子を見て負けられぬと突っ込んできたソフィアを受け止めて、ソフィアの頭も撫でる。
2人の嫁は満足そうに秋斗へ抱きつき、デレデレと表情を緩める。
その様子を見ている2人の親達も、娘達と夫となる秋斗の仲が伺える光景に嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「うんうん。仲が良くていいなぁ」
「まぁ、リリったらあんなに……ふふふ」
一方、騎士団の者達はまだ目の前の光景に混乱している者や尻餅をついている者達は多い。
秋斗達と王家の様子を見ている騎士団一同は思う。
(その態度はおかしい!!)
穴の開いた柱と秋斗達のイチャつく様子を交互に見ながらツッコミが一致する騎士団員達。
「あ、秋斗様。身体強化の魔法ですか!?」
ジェシカが穴の空いた柱を見つめてぷるぷる震えながら叫ぶ。
「いや、特には……」
「特には!?」
おかしいやろ! と言うかの如くグリンッと秋斗に顔を向けてジェシカの絶叫が訓練場に響き渡る。
「ア、アダマンタイトですよ!? めっちゃ堅いんですよ!?」
「い、いや、ほら……。俺の右手はマナマシンだからさ。ハハハ……」
「それは本で知ってますけど! そんなのあり得るんですか!?」
さすがに周囲(嫁 + 王家以外)がドン引きしている事を察した秋斗はちょっと色々濁しながら苦笑いで逃げる。
ジェシカは納得していないようだったが、華麗にスルーした。
「ふむ。リリが言うに今のは本気ではなかったようですが、帝国のエルフ狩りはどうやって倒したのですか?」
ルクスが秋斗へ歩み寄り、質問を投げかける。
周囲がドン引き状態なので詳細は語らずに済まそうと秋斗が口を開こうとした瞬間――
「相手は3人いて、1人目は頭が吹き飛んで無くなってた。2人目は凄い勢いで地面に叩きつけられてた。最後は見えない所に行っちゃったからわかんない」
当事者であるリリが、興奮気味に早口で当時の状況を説明してしまう。
これにはさすがの秋斗も言い逃れられない。
リリの説明を聞いた騎士団員は現場を想像して顔を青くする。誰も疑わないのではなく、疑えない。何故なら、目の前に穴の空いたアダマンタイト製の柱があるのだから。
「その時は本気だったんだよな……」
誰かがポツリと呟いた言葉が耳に届けば、アンドリューを始めとした騎士団員達は既に想像していたエルフ狩り達の末路を――自分達の考える最大級の凄惨な状況に想像し直し、ゴクリと喉を鳴らす。
「はっはっは! さすが秋斗様ですなぁ!」
もはや笑っているのは頭のイカれた大ファン(王家)達だけだった。




