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29 エルフニア王国式典


 エルフニア王国王都、エルフニア。

 自然豊かな大地に建設された王都は1万人程の人口を抱え、王都の象徴である王城を街の奥に構える。


 王都建設初期は魔獣による被害が多く、日夜魔獣を駆除する日々だったと伝わっている。当時は住民を守る為に堅牢な城壁を作り、街への被害を防いでいたが現在では王都周辺の魔獣も粗方駆除されて被害は無くなった。


 魔獣被害が減少傾向に入った年の3年後、エルフニアを訪れた賢者ケリーからのアドバイスで城壁の外に畑や田んぼなどを作り、東側屈指の食料生産大国となった。

 現在でも、賢者ケリー指導の下に作られた果実園と田んぼは当時の手法を受け継いで、生産される果実と米は最高級品質として各国で高値で取引される、エルフニア王国の目玉商品であり各国へ輸出する特産品の1つでもある。


 そういったことから、東側随一の食料大国であるエルフニア王国はとにかく食事が美味い。


 他の国々にもエルフニア王国には無い特徴的で美味しい料理は存在するし、エルフニア産の食材を使用した料理店も存在するが、やはり輸送段階である程度鮮度が落ちてしまう。


 自国生産された高品質な野菜や穀物を使用できるエルフニア王国の食事の質は頭1つ抜けていると誰もが評価するだろう。


 凄腕料理人が腕を振るう高級料理店はもちろん、庶民の味方である宿付き食堂の料理すら期待できる。

 

 王都入り口に作られた入場門からは一直線に貫く大通りが街の中央に作られ、王城まで続いている。

 入場門を通ってすぐ、大通りに沿って商店や宿、各ギルドが配置されている。一部店舗の横には大小様々なサイズの木が植えてあり、木には看板や案内板が紐で括られているのが特徴的である。


 大通りの左右奥には大通り付近で働く者達の住宅地となっていて、木造とレンガ造りの家が入り混じる。


 大通りを城に向かって進むと、街の中央には中央広場と呼ばれた円形の広場が存在している。

 中央広場の外周には木々や芝生が植えられていて、芝生の上で昼寝する者、読書をする者など住民の憩いの広場となっている。


 広場の中央には建国時に設置された初代国王と賢者ケリーの名前が記載された建国記念石碑が配置されている。

 王族が住民に対して挨拶などをする際は、石碑の後ろに櫓のような物を設置し、そこに上って声を聞かせるのが建国当時からの伝統。


 中央広場を抜けると再び一直線の道が城へと伸びる。

 道の両側には花壇が植えられ、一定間隔で左右に伸びる道の向こうには貴族向けの屋敷が立ち並ぶ。

 貴族向けの屋敷を横目に見ながら進めば王城の門があり、王城を左右には生い茂る背の高い樹木。王城門の正面から見れば森の入り口に白い城が建つかのように見える。


 そして、王城門正面から左手に生い茂る樹木の中には医療院があり、医療院の窓から見える自然は患者の心を癒す役割を持っている。


 街の中の人工物と調和を果たす、溢れんばかりの自然は、かつて森の中で暮らしていたエルフ種ならではの街並みを持ちエルフ種達によって最初に建設された王都は特に色濃く残っていると言えるだろう。

 

 緑豊かな自然に囲まれ、美味しい料理に舌鼓を打ち、時間を気にする事無く日々の疲労をリフレッシュするにはもってこいの国である。

 エルフニア王国王都。日々の仕事に疲れた体を持つ読者は一度訪れてみては如何だろうか。


 ――アンソニー・オーヴェルグ著 東大陸旅行記 『旅日和』より抜粋


-----


 エルフニア王都の住民達への顔見せを行う時間。

 中央広場は勿論のこと、大通りまで人で埋め尽くされ、ザワザワと集まった人々の声で騒がしい。

 広場中央の石碑の後ろには櫓が設置され、櫓の周囲は既に警護の騎士達が配置を済ませている。

 

『本日午前11時より賢者様の歓迎式典を開催。中央広場にて我が国でお迎えした魔工師 秋斗様が民の前に陛下と共にお姿を現して下さる』


 本日朝、住民達がいつものように各々の仕事へ従事しようとした時、突然城から届けられた告知。


 既に秋斗の事をパーティーで知っている貴族以外の住民に向けて発せられた告知は、城の騎士達と文官が街の掲示板にチラシを貼ったり、王都内部を巡回する騎士達が大通りを巡回しながら大声で告知する。


 さらには先日のパーティーを行っている際に城から事前通達がされた各ギルドの職員もギルド内の掲示板へチラシを貼ったり、真偽を確認する為に所属ギルドへ足を運んだ人達に真実だと告げるのに慌しく動いていた。


 街の住民は賢者が王都にいるのが真実だと知ると街中は大騒ぎとなり、一番良いお姿拝見スポットの場所取りに走って向かう。走っていく住民を見送る、告知に協力した各ギルドの職員達は場所を国から用意されているので余裕顔だった。

 

 職人は道具を置いて走り、宿屋の者は帳簿を受付に放置して走り、妻子持ちは嫁に尻を叩かれて場所取りを急かされる。


 街中の人々が広場へと猛ダッシュし、バーゲンセールや夏と冬の祭典も真っ青なくらい大混乱で大騒ぎ状態。

 その様子を見ていた騎士や文官は顔を引き攣らせながら見送る事しか出来なかった。止めたら殺されるのではと思うほど広場に向かう人達の目が血走っていた、と巡回兵は後に同僚へ零していた。

 

 


 そして、現在。時間のだいぶ前から広場へ猛ダッシュした住民達は興奮に胸に膨らませながら本日の主役の登場を待っていた。


「めっちゃおる……」


 秋斗は王族専用馬車で城から広場へ向かい、現在は馬車内で王族達と待機中。秋斗のいる馬車にはリリとソフィア、そしてルクスが乗っている。

 馬車に乗った4人は、秋斗を除く全員が式典用の洋服へ着替えていた。


 ルクスはいつも以上に煌びやかで威厳を現す白い服に豪華な赤いマントと金の杖。

 リリは背中がパックリ開いたセクシー全開の黒いドレス。ソフィアは薄い緑色の清楚なドレスに身を包む。


 秋斗は普段着なのだが、賢者時代の服装 = 最上級で賢者の証 みたいな事を全員に言われて着替える必要がなかった。

 見た目は黒いスラックスに白Yシャツというどこにでもありそうな服装なのだが。

 

 基本馬車は大人4人乗りなので、相乗りできなかったセリーヌとルルも式典用のドレスに身を包み、秋斗達の乗る馬車の横に停められた別の馬車の中で待機。


 宰相であるロイドは広場で文官や騎士達へ指示を出す役目があるので、外で慌しく働いているのが馬車の窓から見える。

 

「王都中の住民が押し寄せていますからな。告知を今日の朝にして良かった。昨日告知していたら王城へ押し寄せていたでしょうね……」


「賢者様の事になるとみんな歯止めが利かないですからね……」


 自国住民達の熱意に少し引き気味なルクスとソフィアの言葉にリリもうんうんと頷きながら同意し、秋斗は窓から外の様子を眺めながら広場へ押し寄せる人の多さに驚愕していた。


「あの(やぐら)に乗るんだよな?」


 秋斗が広場に設置された組み立て式で、屋根の無い櫓に指を差す。

 広場に設置された櫓には上に登る用の階段が備え付けられていて、階段の左右には警護の為に騎士が待機している。


「はい。まだ王都が出来る前、初代国王が民に声を届ける際は櫓に乗っていたそうで。それが伝統になっているのです」


 まだエルフ種が1つの部族のような少数で森の中で暮らしていた頃に、集落の人々に向かって部族長が櫓に上って声を発していたのが始まりだとルクスは説明する。


 さらに櫓の上では遺跡から発掘された、声を大きくする魔道具があるので少し大きめの声で話してくれれば大丈夫だとルクスは言う。

 

 ルクスから説明を受けていると馬車のドアがノックされる。中からルクスが返事をすると、外からドアを開いたのはロイド。

 

「秋斗様、兄上。時間となりました。広場の方へお願いします」


 ついに時間となり、秋斗達は馬車を降りる。ルクス、秋斗の順番で並び、その後ろにはリリとソフィア、最後尾にセリーヌとルルといった形。

 降りた瞬間にジェシカや騎士団が秋斗達を囲むように警護し、ジェシカの先導でゾロゾロと広場へ向かって行った。


 櫓の前に到着すると、ルクスが後ろにいた秋斗へ振り返る。


「まずは私が民に話しますので、秋斗様はその後に登ってきて下さい」

 

 秋斗は素直に頷き、ルクスが階段を登って行くのを見送った。

 

 ルクスが階段を登りきり、櫓の上に姿を現せば王都住民の喧騒も一段と騒がしくなる。

 それと同時に王家の旗を持った騎士が石碑の左右に整列。整列が終わると、広場の一角を陣取っていた音楽隊が式典開始の合図となった音楽をラッパのような楽器で音を奏でる。


 これが開始の合図だと知っている王都住民達は喧騒を収めて静かに広場へ鳴り響く音色へ耳を傾ける。

 

「エルフニア王国国王! ルクス・エルフニア陛下よりご挨拶を賜ります!」


 櫓の下にいるロイドが大声で告げるのを確認したルクスは集まった王都住民に向けて口を開く。


「まず今日は急な告知になり、すまない。そして、こうして集まってくれた事を嬉しく思う」


 ルクスは櫓の上から住民を見回し、一拍置いた後に言葉を続ける。


「皆に報告がある。告知した通り、我が国は賢者様をお迎えした。お迎えした賢者様のお名前は御影秋斗様。そう、皆がよく知っているアークマスター。伝説の魔工師である御影秋斗様である!!」


 ルクスが秋斗の肩書きと名前を発すると、広場に集まる住民達はワアアアと再び騒がしくなった。

 騒がしくなった住民達の気持ちも理解できるルクスは、笑顔を浮かべながらスッと手を上げる。


 それを見た住民の大半は再び口を閉ざすが、まだまだ小声で話す住民が見受けられる。

 ルクスは完全に静かになった訳ではないが、言葉を続ける。


「ふふふ。皆の興奮も理解できる。私もそうであったからな。だが、まだまだ驚きは続くぞ!」


 笑顔を浮かべながら告げるルクスの言葉に、なんだろう? と住民達の声が呟かれた。


「秋斗様のご到着は昨日であった。皆への報告が1日遅れたのには理由がある。秋斗様は我が国にご到着なさった直後、奴隷被害に遭った被害者のいる医療院へと赴き……被害者達の首に嵌められた忌々しい首輪を全て外して下さったのだ!」


 ルクスの口から飛び出た言葉に、住民達は驚愕に包まれる。

 ざわざわと喧騒が広がる中、住民の1人である男性が隣にいた夫婦へ声を掛けた。


「お、おい! 陛下の仰っている事は本当なのか? ザックは……」


 男性が声を掛けた夫婦。それは、秋斗が最初に首輪を外した青年の被害者家族であった。

 

「本当よ。ザックは……ザックは助かったのよ。賢者様が助けてくれたのよ!」


 母親は涙を流して男性に語る。


「なんだって!? 早く言ってくれよ!」


 男性は被害者である青年の母親の言葉を聞いて、驚きつつも笑顔で答えた。

 すると、母親の隣にいた彼女の夫が男性に向かって口を開く。


「すまん、ロイド宰相様に口止めされてたんだ。賢者様は王都に到着してすぐに息子や他の人達の下へ来てくれたから、疲れているだろうって」


 男性と被害者家族の話し声は、周囲にいる者達の耳へ届く。ルクスが告げた事が信じられない訳ではないが、被害者家族から真実だと聞く事により信憑性は更に上がった。


 その話は周囲の者からどんどん他の者達へと伝播していき、広場には喜びの声と秋斗を称える声で埋め尽くされる。

 住民達の様子を櫓の上から見ていたルクスは、パーティーの時のように更に吉報を続ける。


「さらに! 秋斗様は首輪を解錠する魔道具も御作りになった! それは現在、我が国の騎士達が他3ヶ国全てへ届けている最中だ! 届けられれば、首輪に苦しむ異種族の者達……我らの兄弟達もすぐにでも解放されるだろう!」


 ルクスが叫ぶように告げると、広場には住民達は歓喜の声を上げる。

 この王都に住むのは、エルフ以外の種族も少なくない。己の故郷にある医療院で苦しんでいる兄弟や親戚がいる者達も存在するのだ。


 パーティー会場で起きた時よりも遥かに大きい歓声や叫び声が広場を埋め尽くす。

 隣にいる者達と抱き合って声を上げる者、故郷にいる被害者となった親戚や兄弟が救われると知って泣き崩れる者、祈るように秋斗の名前を呟いて称える者。


 様々なリアクションをする住民を見て、笑顔を浮かべたルクスはついに本日のメインイベントを開始する。


「さあ皆! 我らの敬愛する賢者、御影秋斗様をお迎えしよう!」


 広場には、ワアアアアア! と大歓声が広がる。



「では、秋斗様。上に」


 大歓声と住民の熱気が伝わる櫓の裏側では、階段前で待機していた秋斗がロイドに促されていた。


「お、おう」


 秋斗は響き渡る大歓声に若干気圧されながら階段を登る。

 階段を登り、櫓の上にいるルクスの隣へ立つと住民達の喧騒のボリュームは1段どころか2段以上も上がる。


 秋斗が姿を現した事により、広場のボルテージはゲージを振り切って最高潮以上の盛り上がりとなった。


「秋斗様ー!!」


「キャー!! 賢者様ー!!」


「尊い……! 尊い……!」


 櫓の上に立ち、ぎこちない笑顔を浮かべた秋斗にルクスは笑顔で声を掛ける。


「さぁ、秋斗様。一言お願いします」


「ああ、わかった」


 ルクスの言葉を受けて、秋斗は深呼吸した後に住民達へ向けて声を掛ける。


「皆さん、こんにちは。御影秋斗です」


 秋斗は手を振りながら笑顔を浮かべて自己紹介をする。

 因みに今日の挨拶は、朝食後から何回か練習している。内容も、笑顔で手を振るのもソフィアからのアドバイスが元となっていた。

 

 秋斗への歓声が鳴り響く中、練習した挨拶を続ける。


「俺は奴隷問題の解決に力を注ぎます。ですが、私1人では全てを解決できないでしょう。皆さんも力を貸して下さい」


 そう言ってペコリと頭を下げる。

 下げた頭を再び上げると、広場からは歓声のボリュームがまた更に1段上がって秋斗へ届けられる。

 歓声を受け、笑顔で手を振る秋斗。その隣に立って笑顔で頷くルクスがテンション最高潮の住民へ更に追い討ちを掛ける。


「皆。それだけではない。此度、我が娘である第一王女ソフィアと宰相である我が弟、ロイドの娘であるリリとの婚約も決まった!」


 ルクスの嬉しい追い討ちに、もはや表現しようの無い程の歓声が上がった。

 

「エルフニア王国万歳!」


「この国は安泰だああ!!」


「おめでとうございまあああす!」


「賢者様バンザーイ! ルクス陛下バンザーイ!」


 様々な歓声が響き渡る中、櫓の上にリリとソフィアも上がって来て、2人は秋斗を挟むように立ちながら住民へ向けて手を振る。


「皆さん、ありがとう!」


「幸せになる」


 ソフィアとリリが一言挨拶をして式典は終了となる。


「これにて本日の歓迎式典は終了となります。お集まりの皆さん。本日はありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」


 ロイドが告げる終了の合図の後も櫓の上に登った4人はしばらく笑顔で手を振り続け、櫓を降りていった。 

 4人が櫓を降り、馬車で城へ戻るまで広場に残った住民達は歓声を上げ続けた。


 その後、護衛任務以外の騎士達が組み立て式の櫓を解体し始めると、ようやく住民達はそれぞれの家や職場へ戻り始める。

 興奮がさめやらない住民達は、家や職場に戻ると仲間達と共にお祭り騒ぎ。


 大通り沿いに展開する屋台や飲食店は、お祭り大サービスを開始して住民達へ料理を振舞う。街中の至るところで奴隷被害にあった家族達を囲み、助かった事を祝福する酒盛りを始める者達や賢者の目覚めを祝福する者達が、酒や料理を片手にドンチャン騒ぎを始めていた。


 宿屋や酒場では吟遊詩人が賢者伝説を歌い、陽気な住民達は音楽に合わせて踊りだす。早々に酔いつぶれて道端で眠る者も出て、巡回の騎士達も大忙しだ。

 

 こうして始まったお祭り騒ぎは夜まで続き、後にこの日はエルフニアに魔工師を迎えた日として『エルフニア魔工祭』となってエルフニアの祝日となった。

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