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02 目覚め

 16畳程度の部屋の中心にうっすらと光を放つカプセルが1つ。

 カプセル内部には黒髪の男が1人。


 小さな音でピッピッ……と音が鳴るそれは長期睡眠カプセルと呼ばれた物。


 中央に置かれているカプセル以外にも木製の机やソファー等の家具が置いてあったが、それらは既に風化して崩れ落ちている。


 むしろ、部屋の中心に設置された、魔法で特別な処置をされて新品同様に綺麗なカプセルが際立って異様に見えるだろう。


 四角い部屋の壁の片方は崩れて土が部屋内に侵入しているあたり、かなりの年月が経っているのが窺える。


 そして、長い眠りについていた部屋の主は目覚めようとしていた。


 バシュッという音と共に開かれるカプセルの扉。


 カプセル内に収められていた体は埃を含んだ空気を浴びながらカプセルが放つアイドリング音が耳に届き始めると、次第に意識は覚醒していく。


(ウゥッ……)


 瞼をゆっくりと持ち上げると、うっすらと光る室内が目に飛び込んでくる。


 パチパチと瞬きを繰り返し、目から届く情報をゆっくりと脳が処理していくのに30分。

 秋斗と呼ばれた青年の人生の中でも一番の寝起きの悪さだっただろう。


 目を擦ろうとすれば、口元に呼吸器がくっついている事に気付き、未だ思うように動かせない腕で外し始める。


「がはっ! ゴホッ! ヴェェッ!」


 呼吸器を外した途端に、埃っぽい空気が肺を直撃して吐き気を催してくる。

 カプセル内で寝るように横になっていたのが幸いしただろう。


 ゴホゴホと咳き込みながら寝返りを打ち、落ち着くまで更に30分。

 急速に覚醒した頭で思いついたのは呼吸器の再装着。

 だが、無情にもカプセルの稼動は既に終了しており、呼吸器も止まっていた。


「ハァ……ハァ……。ヤベェ……。寝起きで死ぬ……」


 ゴホゴホと咳をしながらも手で口を押さえつつ、カプセル内のベッドの上で体が動くようになるまで悶え苦しんだ。

 ようやく体が動かせるようになったところでカプセルから出て立ち上がる。

 そして、自分の体を見れば全裸な事に気付く。

 

(服……)


 服なんて用意していただろうか……と、眠りに着く前の事を思い出していく。


 自分が横になっていたカプセル内を弄ると、内部の側面に取り付けられたボタンが1つ。


 ボタンの横にはトランクルーム開閉と書かれているのを見て、眠りに着く前に自分で用意した装備一式の事を思い出す。


 ポチリとボタンを押すと、寝台部分が開かれる。

 中には旅行用の大容量で有名だったキャリーバッグとキャンプ用の大きなリュックサックが入っていた。


 秋斗は、その2つを手に取り床に置く。

 未だうっすらと光るカプセルの光を頼りに、キャリーバッグを開く。


 中にはいつも自分が着ていた技術院支給のスラックスとYシャツが2組。サバイバル用ブーツが1足。ベルトやコート。寝袋やテント、ナイフや小さな鍋といったサバイバル用品が入っている。

 

 いそいそと洋服とブーツを履いて身支度を終える。


 次に手にしたのはリュックサック。

 中を確認すると災害用に使われる食料や医療品が入っていた。


 中身を確認し終えると、キャリーバッグを椅子代わりにして一息つく。


 未だに部屋内の空気は心地良いとは言えないが、この後の事を考える必要があった。しばらく眉間をグニグニと解しながら脳を覚醒させていく。


(眠ってから何年経ったんだろうか。外がまだ氷河期真っ只中だとしたら……。だが、まずは食と住を確保せにゃダメか)


 人は何より食事をしなければならない。そして安全な寝床の確保も重要である。

 と、ここで秋斗は重要な事を思い出す。


(そうだ。生体マナデバイスの起動……。すっかり忘れていた)


 秋斗が眠る前、世界にはマナマシンと呼ばれる道具が普及していた。

 マナマシンとは、ファンタジーに出てくる魔道具のような便利アイテムの総称である。


 人類が魔法を発見し、魔法を行使するようになって数年。


 御伽噺の魔法使いが魔法の杖を持って魔法を使うように、無手で魔法を行使するのは『効率が悪い』と結論付けられた。


 そして、開発されたのは魔法を行使する為の補助装置であるマナマシン。

 名を『マナデバイス』


 魔法を行使する工程は、エネルギーである魔素を集め、具現化したい現象をイメージし、発動する。


 そして、マナデバイスが補助する主な事は、目に見えず空気中に漂う魔素を集める事。


 第1世代型マナデバイスの誕生と共に世に出た技術。それはマナマシン内に大気中の魔素を常に吸収し、充填させる魔素充填貯蔵ユニットである。


充電電池のような役割を持たせる事で予め魔素を集めておき、魔素を集める時間を短縮する事に成功した。


 これによって魔法を行使するのは簡単になり、更にはマナデバイスの技術を応用する事でエネルギー問題の解決になった。


 既存のエネルギーはコストや環境破壊などの数多くの問題を抱えていたが、魔素の発見と利用によって全てが解決された。


 何故なら、魔素とは宇宙から飛来するエネルギーであり、環境にクリーンなエネルギーだと実証されたからだ。


 魔素が発見されてから数年間は、既存のエネルギーと同じで枯渇するのではないか。という議論や検証もされていたが秋斗の生きていた時代では「枯渇しない」「宇宙が存在する限り降り注ぐのでは」という解答に落ち着いていた。

 

 こうして、魔素というエネルギーとマナデバイスの普及は爆発的に広まった。

 有害ガスを出していた車は魔素で動くようになり、ご家庭の奥様方の悩みである電気代も魔素に変わってからはグッと安くなった。 


 魔法をより身近にする為に科学技術との融合が進み、人々は私生活や仕事場で魔法を取り入れて行く。


 人々が魔法を使っていく上で、次に浮かび上がった問題は個人のイメージ力だった。


 家電等のエネルギーを置き換えるだけ、という限定的な利用には全く問題はなかったのだが個人で魔法を使おうとなると個々のイメージ力の差に問題があった。


 イメージ力の差は具現化される現象の結果に幅ができ、出来る人と出来ない人の社会的な格差が生まれ始めてしまった。 


 「簡単・安全・誰でも」を掲げつつ、実際は既存のエネルギーよりもコストの掛からない魔法を広めたい各国の政府は次の一手を打つ。 


 政府が積極的に企業や研究機関に出資する事により、その問題を解決したのは「使用される現象を記憶させた記憶媒体を内蔵させた」第2世代型マナデバイス。


 第2世代型マナデバイスの誕生により、誰でも一定効果の魔法を使えるようになり、格差は無くなった。


 だが、第2世代型にもデメリットは存在する。

 それは、記憶されている魔法以外の魔法を使おうとする時に、記憶媒体の交換をしなければならない事。


 カートリッジと呼ばれた着脱式の記憶媒体を状況に合わせて交換しなければならないし、より専門的だったり、精密な作業を行う際は専用カートリッジを作らなければならない。


 しかし、より身近になった魔法と魔素。どんどんとカートリッジの種類も開発され、世界の企業はカートリッジの内容やマナデバイスのデザイン性で競い合って行く。


 話を戻して、生体マナデバイス。


 これは秋斗という世界にただ1人。

 魔工師と呼ばれる称号を得た者が生み出した特別なマナデバイスである。


 生体と名が付くように、体の一部がマナデバイス化している。人体と神経接続された生体マナデバイスは本物の体の一部のように違和感無く動く。

 秋斗の場合は戦争で失った右目と右腕がマナデバイス化していた。


 魔工師と呼ばれる所以はこのような特殊であったり、新技術を使ったマナマシンを次々と世に生み出してきた事もあるがそれは表の顔。

 本当の意味での魔工師という意味を知る者は限りなく少ない。


 魔工師たる秋斗の真髄は物を作るだけでなく、魔法すらも自由に作れる事。

 

 秋斗が師から学び始めて数年経った頃、秋斗は一定の現象そのものを記憶媒体に保存するのでは媒体の記憶領域が圧迫される問題を改善しようと試みる。


 企業が作り出しているカートリッジには2~3個の魔法が記憶されていて、特殊分野の物となると1つだけ記憶されているというのが精々だった。


 秋斗はカートリッジの研究や魔法の保存方法などを研究し続けた末に出来上がったものが『術式』と『接続式』という新たな魔法の保存方法。


 この方法を開発した際には思いがけない所にヒントがあった。


 資料や既存技術の論文などを読み漁りながらも、研究に行き詰っていた秋斗は気分転換に本屋で見つけたファンタジー小説を手に取った。


 ファンタジー世界の魔法発動には、詠唱と呼ばれるものや、記号のような物を組み合わせた魔方陣を地面に書いて発動する、といった方法がある。


 秋斗は、そのような方法を取る事にも意味があるのでは? と思い、ファンタジー世界の魔法について調べ上げた。


 そして、ファンタジー世界の魔法の理論は『イメージとは心の中で思い描く物であり、文字や絵を見れば頭の中で結果をすぐに想像できる』事ではないかと考えた。

 

 ――ならば、独自の結果を象ったモノを作れば良いのではないか。 

 

 こうして出来上がったのが現象を象った術式。


 文字や絵を試した結果、一番の圧縮率を誇ったのは文字だった。


 イメージという不明確なモノを文字にする事によって明確化する事によって発動時間の短縮にも繋がった。

 

 秋斗は魔法の圧縮化と短縮を可能にした次は、応用力を目指す。


 そして開発されたのが術式同士を結合させる接続式。

 これは記号を象ったモノを試したらすぐに完成した。


 例えば「火を出す」「水を出す」を1つずつの術式として記憶する。


 その記憶した術式を接続式の1つである『 + 』で結合させれば「熱湯」が出る。


 秋斗は現象の1つ1つを術式にし、組み合わせる事によって応用の利く魔法を使うことが可能になった。


 だが、人の脳は多くの事を記憶しておく事はできない。

 忘れてしまったり、思い出せなかったり……色々と不便である。

 

 そこで、開発されたのが右目に装着された生体マナデバイス。


 右目のマナデバイスに搭載されている記憶領域内にある、作った術式と接続式を保存、書き込み、再書き込みを可能にする『コンソール』という機能。


 マナデバイスの記憶領域から術式を読み取り、表示させる拡張現実(AR)機能。


 これは、記憶領域から使用したい術式を読み取り、AR表示される術式と接続式を見ればイメージが思い起こされ、魔法が発動するという仕組みである。


 AR機能には記憶領域内に保存された術式以外の知識である、物の名前や能力、効能、使い方等を記憶させた図鑑や資料から参照して表示してくれる。ファンタジー小説やゲームでいう鑑定機能だろう。


 さらに暗視機能や視覚的にマナマシンのシステムにアクセスできるリンクシステムも備え付けられている。


 もちろん、ハードウェア的には極限までに高めた魔素の充填率の効率化と充填プロセスの最適化。

 普及しているマナマシンの10倍早く充填し、魔素貯蔵容量、記憶量、共に3倍は違う。

  

 右腕は特殊合金製のコーティングをした物で形を作り、強化人工皮膚を張り合わせてある。外見は人の手と変わらないが口径の小さい銃弾であれば、当たっても傷が付かない程の強度を持つ。


 そして、右手には記憶領域を搭載せず、出力装置としての機能しか無い。

 右目の補助を得て術式から顕現する現象の強弱を自在に操れるのが右手の主な機能である。


 これによって術式に落とし込む現象はある程度のアバウトさが可能になり、術式の更なる軽量化に成功した。

 後は、元軍人で前線での戦闘経験がある秋斗の武器でもある。


 魔工師となった秋斗は自国が危機に晒された時、政府より軍に召集される事が多々あった。

 前線での戦闘時、敵軍に対して広範囲殲滅には『お手製の兵器』を使う。


 そして、秋斗が仲の良かった軍の大佐に常々言っていた言葉がある。


『人間はもの凄い威力で殴られても死ぬんだよ。目の前で自軍の将が殴り殺されるのを見たらどうなる? 後は簡単だ』


 程よく減らした後、敵陣の中に突っ込んで頭を潰す。指揮官を失った軍は簡単に瓦解する。

 秋斗の右手は彼にとっての一番頼れる武器でもあるのだった。


 閑話休題

 魔法の応用を最大限に目指した秋斗は右目と右手を作り、2つを使って自由自在に魔法を行使する。


 真の意味での魔工師とは。


 それは革新的なマナマシンを作り出せるから与えられる称号ではない。

 道具や魔法を自在に作り出し、暮らす人々に貢献する者。作り出した物を駆使して人の為に戦う守護者に与えられる称号である。


-----


(さて、起動)


 秋斗は目を瞑りながら心の中で呟く。


 すると、脳から流れる起動せよという電気信号がマナデバイスを活性化させて起動する。

 右腕はグググ、と力が一時的に加わり義手以外の機能が起動した証拠を表す。


 次に、ゆっくりと目を開くと暗かった室内は、暗視機能が働き明るい室内と変わらない様に見える。


 よく見えるようになった室内を見渡すと、秋斗は驚愕の表情を浮かべる。


(壁が崩壊してんじゃねえか! 家具も風化してやがる……。どんだけ寝てたんだ……?)


 眠る前と様変わりしてしまった室内に驚き、今自分は何年後にいるのかという疑問に襲われる。


(外はどうなんだ……? こんな状態になっているって事は相当時間が経ってるはずだ。もしかしたら……)


 氷河期は終わっているんじゃないだろうか。


 そんな期待と不安が入り混じった感情を胸に地上に上がる為の梯子へ向かう。

 金属製の梯子に足を掛けると、足を掛けた場所がパキッと折れた。

 それをジッと見つめて、一呼吸した後、梯子全体に金属硬化の魔法をかける。


(魔法は……使える。ということは、魔素は無くなっていない)


 魔法が使えれば多少は希望がある、と思いながら梯子を昇る。

 地上へ出るためのハッチに手をかけ、ハンドルを捻ると


 バキッ!


(………)


 ハンドルは折れ、頭上にあるのは重厚な扉。


(金属変形を掛けて……。冷静になれ……)


 外の状況を思い描き、期待と不安で焦っていた気持ちを落ち着けながら再び外へ出ようと試みるのだった。

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