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27 歓迎パーティー


 風呂でイチャついた後、脱衣所には脱いだ服が綺麗に洗濯乾燥された状態で畳まれていた。

 不思議に思いながらも服を着て脱衣所を出るとマルクとアレクサが待機しており、リリとソフィアと一緒にパーティー会場へ向かう。


 アレクサに先導されながら綺麗な白い壁と赤絨毯の敷かれた廊下を進み、廊下の壁に掛けられた絵画を見つつ後を着いて行くと目的地であるパーティー会場へと辿り着く。


 会場の外の廊下には、一緒に風呂に行っていたリリとソフィアを除く王族一同が秋斗を待っており、合流した秋斗は入室の打ち合わせをルクス達と行う。


「では、秋斗様。我々と共に会場へ入って下さい。その後、私が中にいる皆へ説明しますので何かお言葉を頂ければと思います」


 秋斗はルクスとロイドの後ろに並んでいる。秋斗の後ろにはリリとソフィア、そしてセリーヌとルルがいて、王族にサンドイッチ状態。

 ルクスの言葉に秋斗は頷きで返すと、ルクスは扉の左右にいる騎士へと振り返る。


「では、入るぞ」


「ハッ!」


 ルクスの言葉を聞いた2人の騎士は敬礼した後に両開きのドアを開く。

 開け放たれたドアの向こう側には、王家が立つのであろう床から一段高くなった壇上。そして天井には美しく輝き、会場内を照らす大きなシャンデリアが見えた。


 そして、先頭を歩くルクスが会場内に足を踏み入れると割れんばかりの拍手が会場内に響き渡る。

 ルクスは鳴り響く拍手の中を堂々と歩いて壇上へ上がる。


 当然、ルクスの後を着いていった秋斗も壇上へ上がり、ルクスとロイドに挟まれる形で壇上の中央に立つ事となる。リリとソフィア、セリーヌとルル達はそれぞれの父親と夫の斜め後ろで立っていた。


 ルクスは王家全員が所定の位置に立ったのを横目で確認すると、拍手が鳴り響く中で片手を軽く上げる。

 そして、それを合図に拍手は鳴り止み、ルクスが会場内にいる者達に向けてパーティー開始の挨拶を始めた。


「皆、よく集まってくれた。本日のパーティーは古の時代よりお目覚めになられたアークマスターであり魔工師、御影秋斗様を歓迎するパーティーである」


 ルクスが秋斗を紹介すると、会場内にいた大人や子供問わず全員が片膝をついて頭を下げる。


「さぁ、秋斗様。皆に一言お願い致します」


 ルクスに挨拶を振られ、秋斗は壇上から頭を下げる人達を見ながら口を開く。


「御影 秋斗。魔工師。26歳です。よろしくお願いします。今日は集まってくれてありがとう。……皆さん、立って下さい」


 もはや定番となった秋斗の自己紹介。

 秋斗の言葉通り、片膝をついて頭を下げていた人達は立ち上がって秋斗の顔を見つめる。


 全員が立ち上がったのを確認したルクスは、1つ頷いてから再び口を開く。


「既に知っている者もいるだろう。秋斗様は我が国に到着された直後、医療院にて治療していた奴隷被害にあった被害者達の首に嵌められた忌々しき首輪を外して下さったのだ」


 ルクスが首輪を外した件を会場内にいる人達へ告げると、その場にいた人達は歓喜の声や秋斗を賞賛する声がいくつも上がった。

 その声を聞いたルクスは更に畳み掛けるように言葉を続ける。


「さらに! 我が国の被害者達を救っただけでなく、各国にいる被害者達を救済する為に首輪を外す魔道具まで御作りになられた! これで首輪に苦しむ民はいなくなるだろう! 東側に存在する兄弟達の! 我々の悲願を叶えて下さった!」


 ルクスの言葉を聞いた会場内の人達は、もうテンションアゲアゲだ。隣にいる者と手を合わせて喜ぶ者。万歳のように両手を上げて歓喜する者。感涙して膝をつく者。秋斗をキラキラとした目で見つめて神のように崇める者まで現れる。


「ふふふ。皆、良い反応だ。だが、更に良い知らせがある!」


 もはや会場内のボルテージはMAX。

 だというのにまだあるのか! と会場の人々のドキドキが伝わってくるかのように会場内がざわつく。


「この度、我が娘であるソフィア。そして弟のロイドの娘であるリリ。両名が秋斗様と婚約に至った!」


 ルクスの報告を聞いた会場内は、人々の声で爆発した。

 キャーとワーとエルフニア王国は安泰だーなど、報告を聞いた人の数だけ発せられる声は五月蝿いくらいに叫ばれて耳が痛くなりそうなくらいだ。 


 一気に盛り上がった会場内の熱気に秋斗が口元を引き攣らせながらチラリと横を見ると、ルクスは笑顔を浮かべて「みんな喜んでくれて嬉しい」と言わんばかりにウンウンと頷いていた。

 

(慣れろ! 俺! 慣れろ! 腹括ったんだから慣れろ!)


 秋斗が心の中で唱えていると、壇上の横に現れたマルクが手に持った綺麗な銀トレーに乗ったワイングラスを2つ取った。

 ルクスは2つ取ったワイングラスの片方を秋斗に手渡す。


 反対側ではアレクサも銀のトレーにワイングラスを乗せて現れ、ロイド達やリリ達も近い方のトレーからグラスをそれぞれ取っていた。

 会場内にいた人達も、トレーにワイングラスを乗せて配るメイドや執事から受け取っている。


 全員がワイングラスを受け取ったのを確認したルクスが、未だに治まらない歓声の中、ワイングラスを掲げて挨拶の〆に入る。


「私は今日という日を決して忘れないだろう。偉大なる賢者! 秋斗様に乾杯!!」


「「「「乾杯!!」」」


 会場内の人達は近くの人とワイングラスを打ち付けて軽快な音を鳴らす。

 秋斗も王族達全員と乾杯し、ぐいっとグラスの中身を呷る。


 グラスの中身は果実酒のようで、リンゴのフルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。味も良く、何杯でも飲めてしまいそうな上質な仕上がりの酒だった。


「おお、俺はあまり酒は飲まない方だがコレは美味いな~。飲みやすいし、リンゴの香りがすごく良い」


「お口に合ったようで何よりです。我が国では、祝い事にはリンゴを使った酒を飲む習慣がありまして、これはケリー様がお作りになられた果実園から取れたリンゴを使用した物なのですよ」


「なるほどな。アイツ、リンゴ好きだったしな」


 秋斗はルクスの言葉に納得する。過去にケリーに言われ、一緒に『最強に美味いリンゴ』を作ったことがある。

 ケリーが品種改良し、秋斗がリンゴ園に設置するマナマシンを作った懐かしい思い出が脳裏に蘇る。

 あの時に作ったリンゴも国では一級品の出来だった。


「ふふ。秋斗様とケリー様の思い出もゆっくり聞かせて欲しいです」


「そうですね。是非聞かせて下さい」


「アイツとの思い出は多いんだ。とっておきの話を用意しておくよ」


 そう言って、秋斗はルクスとロイドの2人と笑顔を浮かべながらグラスを再び打ち当てて、軽快な音を鳴らした。


-----


 乾杯をした後、パーティーは本格的な開始となる。

 まずは開始と同時に参加者達が秋斗と王族達のいる壇上前に集まり、一列に並んで自己紹介と一言ずつ挨拶をする。


 並んで挨拶をしに来た人達の身分は貴族、王城に勤める武官、文官の部署長、王家ご用達商人。全員何かしらの役職付きであり、国の中枢を担う人達であり、本人だけならばそこまで人数はいない。

 だが、彼らの家族も今日は出席しているので、それはもう名前を覚えられないくらいの人数に挨拶を繰り返した。


 彼らとの挨拶の内容のほとんどは婚約の件が主だ。

 ルクスとロイド、セリーヌとルルは皆からの祝福の声に終始ニコニコし、リリとソフィアも機嫌良さそうに挨拶を返していた。

 

 ようやく出席者全ての者と挨拶が終了した時には、秋斗の空腹は限界に達していた。

 挨拶後半からグウグウと腹が鳴って聞こえてないか不安だったが、会場内はかなり盛り上がっていて其処彼処で会話する声が聞こえたのできっとバレてはいないだろう。


 挨拶が終わると、ルクスやロイド達はおかわりのグラスを持ってきた家臣達と飲み交わし、リリとソフィア、その母親達は貴族女子と何やら話し合っている様子。

 秋斗も話に加わる事は出来ただろうが、まずは我慢の限界にきている腹ごしらえをする事にした。

 

 パーティー会場は立食形式になっており、壁際には白いテーブルクロスが敷かれた長いテーブルに様々な料理が並んでいる。

 テーブルの向こう側にはメイドが立っていて、欲しい料理を言えば皿に盛ってくれるシステムになっていた。


 今も、何人かが料理を乗せて貰った皿を持って美味しそうに食べている。

 飲み物も執事やメイドがトレーにグラスを載せて歩いていたり、壁際に待機している人に言えば用意してくれる様子が見られる。

 そのような状況を見た秋斗は、さっそく料理を堪能するべく料理コーナーへ向かう。


 空腹に加え、現代の料理はどんなモノがあるのか楽しみで足取りも軽い。


 料理の並んだテーブルを端から見ていると、銀の大皿に載った1つの料理に目を奪われる。

 フラフラと料理に近づけば、秋斗は歓喜の声を心の中で絶叫した。


(米! 米料理だ!!)


 目を奪われた料理は米を使った料理だった。

 氷河期が訪れる前の時代、国ではパンと米を主食としていた。


 シチューにはパン派と米派で割れる程に主食としての地位を得ていた米。

 秋斗は米派だった。米を盛った皿にシチューをぶっかけて食べる程の米派だ。


 毎朝の朝食は米とタマゴふりかけ。昼は丼物。夜は飲食店の定食(選べる主食で米を選択)。これを毎日のように繰り返していた。

 もちろんパンが嫌いという訳ではない。ハンバーガーも食べるしサンドイッチも食べる。惣菜パンや菓子パンもだ。因みにスパゲティの時にはパン。


 だが、米を食せば、食った! という満腹感を得られるのが秋斗は好きだった。


 フラフラと米料理に近寄った秋斗に対し、料理を盛る係のメイドは、やや緊張気味に秋斗へ問いかける。


「け、賢者様。こちらの料理をお取りしますか?」


 声を掛けられた秋斗は、料理から声の主であるメイドに視線を移して、彼女の問いかけに質問で答える。


「これって米だよね?」


「は、はい。こちらはお米を作った料理になります。国産のキノコを数種類と鶏肉を具材にし、醤油などで味付けした炊き込みご飯です」


「 キタ━━ヽ(゜ω゜)ノ━━!!  」


「ひゃあ!」


 秋斗は目覚めて一番の歓喜に満ちた雄たけびを上げた。秋斗の雄たけびにメイドは腰を抜かしそうになっていたが。


(醤油まであるのか!! 食文化は眠る前と変わらないんじゃないか!?)


 炊き込みご飯以外に並べられた料理に目を向けると、どこか見た事があるような料理が数種類見受けられる。

 だが、まずは目の前の炊き込みご飯だ。他の料理にもフラフラと足が向かいそうになるが、まだ慌てるような時間じゃないと自分に言い聞かせる。

 

「これを盛ってくれ!」


「は、はい!」


 秋斗の言葉に、メイドはいそいそと皿に炊き込みご飯を盛りつける。

 醤油で味付けされた茶色の米粒。シメジなどのキノコ類、赤いニンジン。一緒に炊き込んだ事で柔らかく、しっかりと味の付いているであろう鶏肉。


 バランスよく具材と米を盛りつけたメイドは最後に飾りつけに三つ葉を乗せる。

 

「お箸とスプーン、どちらになさいますか?」


 炊き込みご飯を盛ってくれたメイドの隣にいた別のメイドが秋斗へ問いかける。


「箸を頼む」


 米派の秋斗はもちろん箸である。

 秋斗は箸と盛られた炊き込みご飯を受け取り、その場で一口食べる。


 口に入れれば、恐らくダシは昆布だろう。そこに醤油、酒、みりん、砂糖が織り成す、箸が進んで黙々と食べてしまう炊き込みご飯定番の味が口の中に広がる。


 具材であるシメジ、エノキ、ニンジンも様々な食感を出し、鶏肉もよく味が染みていて堪らない。

 更には生姜を刻んだ物も入っているようで憎らしい演出をしている。

 

 一口食べた秋斗は、これは止まらんと炊き込みご飯をガッつく。

 目覚めてから初めて食べた米料理。この時代には無いと思っていた米料理と調味料。


 秋斗の箸を動かす手は止まらない。


「美味い!」


 一気に盛られた炊き込みご飯を完食した秋斗は叫ぶ。美味い。これ以上の感想があるものか、と率直な感想を目の前にいるメイドへ告げた。


「あ、ありがとうございます!」


 料理を作ったのは城の料理人達なのだが、メイドは秋斗から告げられた言葉に思わず頭を下げてしまう。

 そして、秋斗の周囲からは拍手が鳴り響く。

 秋斗が拍手に驚いて周囲を見回せば、どうやら食べているところを見られていたようだ。


 というのも、秋斗が料理コーナーへ足を運んだ時から「賢者は何を食べるのだろう?」と皆注目していた。

 そこに、秋斗が米を見つけた際の雄たけびが加われば注目されるのは必然だろう。


「秋斗様。お米が好きなのですか?」


 拍手の中、声を掛けて来たのはソフィアだった。


「うん。俺、米好き」


 秋斗はメイドにおかわりをよそって貰ってムシャムシャと食べていた。


「このお米はケリー様が御作りになられたのですよ」


 ソフィアの説明では、米はケリーによって作付けされたようだ。

 当時、パンが主食だったが小麦だけでは災害等に陥った際に不安だという事でケリーは収穫時期の違う稲作も推奨した。


 米の作り方を各国に教え、主食を2種類とする事で飢餓対策を行う。

 それ以降、東側ではパンと米を主食としており親しまれている。


 秋斗が王都に来る前に野営していた際に米を食べる機会が無かったのは、次の日すぐに移動する野宿や野営で米を炊くのは時間がかかるのと洗物などで手間となり、袋や箱に詰めて簡単に持ち運べるパンを食べるのが現代のセオリーとなっていたからであった。

 

「それ以来、ケリー様に指導して頂いた田んぼで取れるお米は賢者米という高級米として取引されています。これも賢者米が使われてますね」


「なるほど。アイツが普及させたのか。さすがケリーだ」


 秋斗はケリーへと感謝する。この時代でも米やコーヒーを手にできるのはケリーのお陰だろう。心の底からよくやった! と賞賛の声を上げた。

 本の件は許してやろう、と少しだけ思える。少しだけ。


「ふふ。明日の朝食はお米になさいますか?」


「ああ、米が良い。久しぶりに白米を食べたい」


 秋斗とソフィアの初々しい会話をする婚約カップルは周囲の者達からは、その微笑ましいやりとりを笑顔で見守られる。 

 

「ところでリリは?」


 秋斗がこの場にいないリリを探すべく周囲に見渡すと――


「もぐもぐ」


 リリは1人で料理の並べられたテーブルの中央付近で、山盛りに盛られた皿を持って黙々と食べていた。


-----


 秋斗はリリとも合流し、彼女のオススメ料理を一緒に食べた事により腹も膨れたので、飲み物を片手に食休みしていた。

 料理の並んだテーブルとは逆側にあるバルコニーへと続くドアの近くに休憩用の椅子があり、そこにリリとソフィアと共に座っていた。


 しばらく休んでいると、リリとソフィアはそれぞれの母親に呼ばれたので現在は席を外している。

 秋斗は1人で満腹になった腹を労わるように休んでいると、秋斗の前に1人の女の子が現れる。

 現れた女の子は白色に薄い緑を混ぜた髪を纏め、水色のドレスを着たエルフの少女。エルフなので実年齢と見た目は比例しないだろうが、見た目としては8~10歳程度に見える。


 髪に付けた銀細工の花の髪飾りが彼女の可愛らしさを高めていた。


「あ、あの賢者しゃま……」


 緊張でカミカミの女の子は何やら分厚い本を両手で抱え持って秋斗へと声をかけた。


「ん? どうしたんだい?」


 秋斗はグラスを隣の椅子に置いてから少女へ返事を返す。


「あ、あの! 私、秋斗様のファンなのです! サインくださぁい!」


 バッ! と勢いよく頭を下げながら分厚い本を秋斗へと差し出す少女。

 秋斗は差し出された本を見て、これが例の本かと凝視してしまった。


「だ、だめですか……?」


 どうやら、本を凝視しすぎて少女を不安にしてしまった様子。

 少女は目を潤ませながら秋斗を見つめた。


「あ、ごめんね。これ、俺の話が書かれた本かい?」


 秋斗は少女から本を受け取り、表紙を見ると確かに魔工師の伝説と書かれていた。


「はい! そうです!」


 本を受け取ってもらった少女は安心したのか、元気良く答える。


「そっか~。ここにサインすれば良いかな?」


 秋斗は表紙を開いて1ページ目の白紙ページを開いて少女に見せる。


「はい! お願いします!」


 秋斗がサインしようと誰かにペンを頼もうとした瞬間、横からスッと羽ペンとインク瓶が出てくる。


「こちらをお使いください」


 差し出された方向を見れば、マルクが持って来てくれた。流石は執事長と秋斗は感心し、笑顔を浮かべながらありがとう、と感謝を述べた。


 マルクから受け取った羽ペンで空白ページにサラサラと自分の名前をサインする。芸能人がサインするようなサインは書けないので、それっぽくなるよう書く事にした。


「君の名前は?」


「アリアです。アリア・フォンテージュです」


 彼女の名前を聞いた秋斗は、自分のサインの脇にアリア・フォンテージュさんへと書き足す。


「これで良いかな?」


 秋斗は書いたサインをアリアへ見せる。

 すると、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「わああ! ありがとうございます!」


 アリアは嬉しさのあまり、勢いよく頭を下げると、彼女の頭からぽろりと床へ何かが落ちる。

 床に転がったのはアリアの髪についていた銀細工でできた花の髪飾り。

 元々、留める部分が緩んでいたのか頭を下げた勢いで落ちたようだった。


「あう、取れちゃった」


 アリアは髪飾りを拾い上げ、留め具部分を見ると金属を曲げて髪に留める金具が折れてしまっていた。


「ちょっとそれ貸してくれる?」


 秋斗は折れた金具を見て、アリアから髪飾りを受け取る。

 折れた部分を接合するべく、工作魔法の術式を使って慣れた手つきで髪飾りの修復を始める。


 修復と合わせて、少々年代物である髪飾りのくすみになっている部分も修復すると髪飾りは綺麗な銀色を取り戻し、キラキラと輝く。


「はい。直ったよ」


 秋斗の修復模様を見ていたアリアはポカンと口を半開きにして反応できなかった。秋斗は気にせず一瞬で修理した髪飾りを再び彼女の髪へ付けてあげる。


「あ、ありがとうございます!」


 我に返ったアリアは頬を赤く染め、髪に付けられた髪飾りを触りながら秋斗へとお礼を述べた。

 秋斗は気にしないで良いよと笑顔を浮かべて返すと、アリアは赤くなった頬をさらに真っ赤にしながらお辞儀してから親がいる場所へ小走りで帰っていった。


 アリアと秋斗のやり取りを見守っていた周囲の人達も、秋斗が一瞬で髪飾りを直した事に唖然としていたが、我に返るとザワザワと騒ぎ出す。

 

「すごい。一瞬で髪飾りが直った!」


「古の魔法技術だ!」


「一瞬すぎて何がなんだか……」


 どれもが秋斗の行った物質加工についての声を上げていた。

 すると、リリとソフィアが秋斗のもとへ戻ってくる。


「女を惚れさせる天才」


「あの子絶対堕ちましたよ」


 2人は戻るや否や秋斗をジト目で見つめて告げた。


「ええ……?」


 秋斗が2人の散々な言い様に困惑していると、アリアとアリアの父親と母親らしき人物が秋斗のもとへ歩み寄った。


「け、賢者様。この度は娘の為にサインして頂くだけでなく、髪飾りを直して頂けるなんて……ありがとうございます!」


 アリアの父親は秋斗に礼を言って深々と頭を下げる。アリアは父親のズボンを摘みながら頬を赤く染めて、両親と一緒に頭を下げていた。


「いや、気にしないで。物の修理は得意だからさ」


 秋斗は笑顔を浮かべて頭を下げる父親へ告げた。


「あ、あの。不躾な事を承知で申し上げます。あ、握手して頂けませんか?」


 アリアの父親は少々オドオドしながら、ズボンで手を拭いた後に秋斗へ手を差し出す。


「え? ああ、良いですよ」


 秋斗は椅子から立ち上がってアリアの父親と握手を交わす。


「か、感動です……。ありがとうございます……!!」


「あ、あの。私もよろしいでしょうか……?」


 父親は感涙し、父親に続いて母親も握手を求めてきた。


「あ、はい」


 母親と握手を交わすと、母親はキャー! と嬉しい悲鳴を上げてテンションが上がったのか娘を抱きしめた。


「あ、あの! 私も握手を……!」


「私にもサインして頂けませんか……?」


 アリア親子を皮切りに、秋斗の事を恐れ多く話しかけられなかった者達が我も我もと秋斗へ握手やサインを求める。

 秋斗は快諾すると、パーティー後半は秋斗とのサインと握手会へと変貌する。

 会場内にいた参加者からメイドや執事、護衛の騎士達までが一列に並んで秋斗のサインと握手を貰う。

 どさくさに紛れてルクス夫婦とロイド夫婦も本にサインを求めるべく列に並んでいた。


-----



「あ~、疲れた」


 パーティーという名のサイン&握手会も終わり、秋斗は部屋へと帰ってきた。

 ソファーにグデッと座ると、アレクサがコーヒーを淹れてテーブルへ置く。


「秋斗様、お疲れ様でした。パーティーに参加した皆様は大興奮でしたね」


 コーヒーを淹れてくれたアレクサも、サインと握手の列へしっかりと並んでいた。

 彼女をよく知る者からすれば、普段は表情を出さずキリッとしてクールに仕事をする彼女も今日は肌がツヤツヤしているような、握手した際の興奮が抜け切れていないように見えるだろう。だが、今日出会ったばかりの秋斗には見抜けないくらいの変化だった。


「これ、もしかして明日も……?」


 明日は街の人々への顔見せだが、今日のような状況になったらと思うと秋斗は気が気じゃない。

 今日の参加者は50名程度だったが街中の者が集まって列を形成されたら……。秋斗は想像してぶるりと震える。


「いえ、さすがに明日は街の広場で陛下が演説された後に一言挨拶を頂戴するだけと聞いております。周囲は警護の騎士が囲んでおりますし、挨拶を頂いたら王城に戻る予定ですので」


「そっか。なら大丈夫かな。式典は何時から?」


 秋斗はアレクサから聞かされる明日の予定にホッと安心する。街中の人にサインしてたら確実にキツイ。絶対に途中で印刷して配りたくなる。


「明日はお昼からの予定です。それまではごゆっくりお寛ぎ下さい」


「午後からは特に何もない?」


「はい。明日の式典が終了すれば、特に予定されている催しはありません。陛下からも自由に過ごして頂くようにと仰せつかっております。どこか見たい所や行きたい場所があれば、私や城の者がご案内致します」


 午後からはフリーだというのを聞いて、秋斗は脳内のやりたい事リストを捲る。

 最初はどこから手をつけようかと考えるが、リリやソフィアの意見を聞いてから動くのも良いなと思った。

 

 室内の壁に掛けられた時計の針を見れば、夜の10時だと針が示す。

 今日は疲れたし、明日の件もあることから、そろそろ就寝しようと決める。


 寝る前にする事といえば歯を磨いて、トイレだ。


 秋斗の部屋には洗面所、トイレ、寝室が存在する。

 それぞれソファーのあるリビングから扉一枚向こう側にあり、トイレは水洗。洗面所も蛇口を捻れば水が出る。


 トイレの水洗化や洗面所の蛇口から水の出る作りは、この時代に作られた魔道具が設置されており、氷河期が来る前の時代にあった物を再現しようとして作られた。

 だが、まだまだ技術レベルの低い現代では給湯器の機能は開発されていないので水のみ。

 蛇口付きの水を出すだけの魔道具も作るのに手間がかかるようで、まだまだ全家庭に普及しているとは言い難い。


 国内の平均的な家庭では水は国によって設置された給水魔道具から使う分を汲む。

 川に近い街は川から水を引いたりもしているが、王都の近くには川は存在していないので街の住宅街に給水魔道具が設置されている。


 トイレは衛生面の事もあるので国が公共事業で下水を整備して、トイレに設置されたタンクに汲んできた水を入れて使用する水洗式が普及している。

 風呂は公衆浴場。所謂、銭湯が街にあってそれを使用する。個人宅に風呂を設置しているのは余程の金持ちのみ。

 

 秋斗は現代の技師達による努力の結晶が設置された洗面所に向かい、歯を磨く。

 使用する歯ブラシと歯磨き粉は現代製。


「こちらをお使い下さい」


 アレクサに渡された木製の歯ブラシ。取っ手が木製で、毛の部分は羊の毛。歯磨き粉は何やら植物から取れる材料で調合されているとアレクサの説明を受けた。


 シャコシャコと歯を磨き、口の中はハッカ味が充満する。

 謎植物を原料とした歯磨き粉だったが、歯を磨いた後の爽快感は昔と変わらなかった。


「こちらが就寝用の服になります」


 就寝する際に着るパジャマは白く、ふわふわとした手触りのバスローブのような物。

 確かに着心地もよく、すぐに着脱できる。王城で使われているのだからこれも高いんだろうな、と思いながら秋斗は着替えを終える。


 リビングに設置された寝室への扉を開いて寝室へと入る。

 寝室にはキングサイズの大きなベッド。


 ベッドに寝転んで左手はガラス製のドアがあり、バルコニーへと出れる間取りになっていた。

 秋斗はベッドにダイブして疲れた体から力を抜く。シーツの肌触りが心地よく、すぐにでも眠れそうである。 


「私はお部屋から出ますので何かございましたら、リビングにあるベルを鳴らせば係りの者が参ります」


 ベルがある、と言われて秋斗はリビングの様子を思い出す。

 テーブルの上にあったのを思い出し、アレクサに礼を述べる。


「わかった。ありがとう」


「それでは、おやすみなさいませ」


 アレクサは一礼して、寝室のドアを閉める。

 しばらくすると、アレクサが退室したのか部屋の入り口のドアが閉まる音が聞こえ、寝室の中に聞こえるのは外で流れる風の音のみとなった。


 サァと風が木々を揺らす音を聞きながら目を瞑り、ふかふかのベッドに身を任せれば眠気はすぐさまやってきた。

 今までは寝袋で寝ていたが、やはり久々のベッドは寝袋よりも数倍心地よい寝心地を提供してくれる。


 ああ、もうすぐ眠るぞ、と意識を手放しそうになった瞬間、寝室の外から部屋のドアが開く音が聞こえた。

 アレクサが来たのか? と思っていると、パタンとドアが閉まる音が聞こえて次にパタパタと人が歩く音が聞こえる。


 足音は2人分。真っ直ぐと寝室へ向かって来ていた。

 ガチャリと寝室のドアが開かれ、現れたのはリリとソフィア。


 2人を見て、ああ風呂の時の事かと思い出してしまった。


「もう寝た?」


「いや、寝そうだった」


 リリとソフィアはベッドの近くまで歩み寄る。

 2人は暗い寝室の中で月明かりに照らされ、秋斗の目にはキラキラと光る銀と金の髪が幻想的に写った。

 

「そう。まだ寝かせないから」


 リリはそう言うと、背中で結ばれていたドレスの紐を解く。

 緩められたドレスはスルスルとリリの体を下って行き、やがて床にパサリと落ちた。


 そうなれば、リリはパンツ1枚になる。黒色の紐パンがとてもよろしい。

 

「あう……」


 リリが何も気にする事無くドレスを脱いだ様子を横で見ていたソフィアは、頬を染めながら自分のドレスの紐を解く。

 彼女も横に居るリリと同じように純白の紐パン1枚となり、恥ずかしそうに頬を赤く染め、大きな胸を手で隠していた。


 月明かりに照らされる2人の裸はこの世のモノとは思えないほどに美しい。女神です、と言われれば信じてしまいそうな程に。


 リリはベッドに乗って秋斗の左側に。ソフィアも恥ずかしそうにしながら右側へ移動してぴったりとくっつく。


「秋斗。私達、もう親公認。だから我慢しないでいいよ」


 リリは、目をとろんとさせて秋斗を誘う。


「後悔しない?」


「しない。私を秋斗のモノにして」


 リリは秋斗の口へ軽くくちづけする。


「私も後悔なんてしません。秋斗様と一緒にいたいです……」


 ソフィアも続いて秋斗へくちづけした。

 2人の言葉とくちづけに、秋斗の理性という名のダムは崩壊した。

 

 こうして、3人の長い夜が始まった。

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