25 解錠キーと親公認
「よし、完成。テストテスト」
秋斗はカードキー型のマナマシンを手に、被害者から外した物の首輪を木箱から取り出す。
首輪を外す為のマナマシンが正常に動くかのチェックをするべく、首輪を手に取って再度構造を調べる。
首輪は嵌める際は突起部分を穴にはめ込むとカチリとロックされる構造。(自転車のチェーンロックのような感じと言えば伝わるだろうか)
完全にロックされるには、やはり人の首に嵌めないとロックされない構造になっているが秋斗はハッキングを使って擬似的にロックが掛かるようにする。
ハッキングによって誤認した首輪はカチリと音をさせながらロックがかかった状態になる。
その状態でカードキー型のマナマシンを首輪に当てると、カードーキーの中央にある透明な一本線が赤く発光する。
2分程カードキーを押し当てていると、赤色に発光していた部分が緑色に変わり、カチリと音を立てながら首輪の施錠が解除された。
それを見た秋斗は、何度か同じテストを繰り返して施錠が確実に解除されるのを確認する。
動作テストを終えると、同じカードキーを3つ製作する。
計4つ。東側に存在する国に1つずつ渡す予定だ。
1つ製作してはテストを念入りに繰り返し、施錠が解除されるのを何度も確認する。
そうして計4つのカードキーは時間にして30分程度で作り終えた。
作業に集中していた秋斗は、作り終えるとテーブルの上に置いてあるコーヒーを手に取り、口に運ぶ。
30分近くもテーブルの上で放置されていたコーヒーはすっかりと冷めてしまっているが、乾いた喉を潤すには丁度よく気にせずゴクゴクと飲み干す。
空になったカップを持ちながら、おかわりを注ごうとアレクサが持ってきたカートが置いてあるであろう方向に顔を向ける。
秋斗の真横にあったカートへ顔を向けると確かにコーヒーが入っているであろうポットがカートに載って存在していたが、カートの横にはポカンと口を開いたアレクサが棒立ちしていた。
そんな状態のアレクサを見て秋斗がギョッとしていると、秋斗の驚く様子を見て我に返ったアレクサが慌てだした。
「あ、あ! 申し訳ありません! 冷めたコーヒーの交換をするのを忘れてしまいました……」
申し訳ありません、と頭を下げるアレクサ。
秋斗は特に温かいコーヒーじゃないと嫌だという訳ではないので、まぁまぁ気にしないで、と彼女を宥めた。
「申し訳ありません。秋斗様が魔道具を御作りになる光景に目を奪われてしまいました」
そう言いながら、アレクサは秋斗から受け取ったカップにコーヒーのおかわりを注いでテーブルへと置く。
「うーん。皆、驚くんだよな。そんなに今の時代の魔道具は作り方が違う?」
「はい。私も、魔道具を作っている技師へお茶や軽食を持って行く際に拝見したことがございますが、秋斗様のようではありません。何と言いますか……技法も違うように見えますし、作業1つ1つのスピードが段違いです」
「作業スピードねぇ」
秋斗は注がれたコーヒーを口に運びながら、工作魔法が使えないのか? それとも昔とは全く違う手法で作っているのか? と考えを脳内で巡らせる。
「今度、魔道具を作っている所を見学しに行こう」
結局は実際に見てみるのが早い、と秋斗は結論付けた。
「秋斗様が視察なさるのは技師の方々もお喜びになると思いますよ」
アレクサは秋斗の言葉にニコリと笑みを浮かべながら答える。
「ところで、ルクス王には会えるかな? あと、紙を4枚と書くものはあるか?」
「陛下ですか? 恐らく執務室で王妃様とご一緒にいらっしゃると思います。お呼び致します。紙と筆記用具はこちらに」
アレクサは部屋の中に置いてあった机の上から紙と羽ペン、インクを持って秋斗の前に置く。
その後、一礼してから出入り口のドアへと近づき、ドアを開けると外には人がいたようで、外の者にルクス王を呼ぶように伝えると再び秋斗の近くへと戻ってくる。
「ただいまお呼び致しましたので少々お待ち下さい」
「うん」
王を呼びつけるって大丈夫か? と思ったが賢者は王よりも地位が上というのを思い出して慣れなきゃな、と心の中で呟く。
確かに昔でも魔工師として研究所の職員や生徒達からは敬われていたが、さすがに国のトップ以上ではなかった。
むしろ、魔工師でありながらも歳の若い秋斗は当時の御偉いさん方のほとんどは年上だったので相手に対し敬語だったし、大物政治家から頭を下げられるような事は無かった。
魔工師になって以降に参加した戦争で一緒に行動していた軍の大佐は歳の近い者で、知り合いだったのでノーカウントだ。
待っている間にアレクサの用意してくれた紙にカードキーの使い方を各国分、簡単に書いていく。
丁度4枚書き終わった後に部屋のドアがノックされた。
アレクサが対応するべくドアに近づき、ドアを開く。
ドアを開いた彼女の後姿越しに見えるのは執事長のマルク。
「秋斗様。陛下とロイド様がいらっしゃいました。王家の方々も一緒です」
「入ってもらって~」
秋斗の言葉を聞いて、アレクサはドアを開いて来客を中へ招く。執事長のマルクを先頭にルクスとロイドの王家一同がゾロゾロと部屋の中へ入ってくる。
ソファーに座った秋斗が立ち上がり、入ってきた者達へ振り返るといち早く反応したのはリリとソフィア。
2人は秋斗へ駆け足で近づき、その勢いのまま抱きついた。
「秋斗(様)!」
「おう。呼んですまなかったな。大丈夫だったか?」
秋斗は2人を抱きとめつつ、呼び出した事を謝罪するとルクスへ視線を移す。
「はは。大丈夫ですよ」
ルクスは娘が秋斗へ抱きつくのを笑顔を浮かべながら見つめながら秋斗へ返事を返す。
「そちらの女性方は?」
秋斗はルクスとロイドの後ろに控える初見の女性2人に気付いて問いかける。
「私達のお母様です」
ソフィアがそう言うと、2人の女性は夫の横へ並び立つ。
2人の姿を見ると、確かにソフィアとリリにそっくりな女性だと秋斗も納得する。
「初めまして。御影秋斗様。私はソフィアの母であり、エルフニア王国の王であるルクスの妻。セリーヌ・エルフニアと申します。伝説の賢者様にお会いできて光栄です」
「初めまして。御影秋斗様。私はリリの母でロイドの妻。ルル・エルフィードと申します。この度は、娘の窮地を救って頂いた事、本当にありがとうございました」
母である2人は綺麗にお辞儀しながら自己紹介をし、ルルは夫のロイドと一緒に娘の件もあって深々と頭を下げる。
「いえ、リリの件は運が味方したのでしょう。どうぞ、お気にせず。とりあえず座ろうか」
秋斗は皆をソファーへと促し、全員がソファーの前に立つ。もちろんリリとソフィアは秋斗の両隣だ。
「秋斗様。初めに……妻も申し上げましたが我が娘の件、お礼申し上げます。秋斗様がいらっしゃらなければ娘は奴隷として連れて行かれていました。本当にありがとうございます」
「私からも姪の窮地を救って頂いた事に王としても、彼女の叔父としても、お礼申し上げます」
ロイドとルクスの言葉に妻である2人も深々と頭を下げる。
「いや、本当に気にしないでくれ。リリを助けられたのは、さっきも言った通り運が良かった。何か1つでも状況が違ったら助ける事は出来なかった」
「運命」
リリは秋斗の腕に抱きつき、秋斗を頬を赤く染めて上目遣いで見つめながら呟いた。
秋斗は、確かにリリの言う事も一理あると思った。
自分が目覚めたのが遅かったら、リリが逃げ出した方向が秋斗の元家がある方向じゃなければ、偶然が重なった末に起こった出来事。
リリと出会う前にケビンと出会った事でソフィアとは出会えていたかもしれないが、1つでも状況が違っていたらリリは奴隷となって帝国へ連れて行かれ、最悪の場合は一生出会えなかったかもしれない。
あの場所に逃げてきたリリと出会い、リリを救うのは運命だった。秋斗もそう思っていた。
リリと秋斗が見つめ合っていると、ゴホンとルクスが咳払いを1つ。
「それで、ソフィアとリリを嫁に迎えるという話なのですが……」
(キタ!)
これが所帯を持った男達が経験してきた最大の関門『娘さんを下さい』か! とルクスとロイドに告げる言葉を脳内で思案する。
リリとソフィアの2人には反対などされないと言われていたが、やはり緊張してしまう。
男親にとって、娘とは目に入れても痛くないほど可愛いモノだと聞いた事がある。2人は反対しないと言っていたが、やはり親としては納得しかねるモノがあるか、と思いながらもゴクリと秋斗が喉を鳴らすとルクスとロイドは勢いよく頭を下げる。
「「私達は何一つ結婚に反対は無いのでよろしくお願いしまァす!」」
「ええ!?」
秋斗が緊張とは裏腹に2人の反応に驚いているとロイドが腰を曲げたまま、グワッと顔を秋斗に向けてすごい剣幕で口を開く。
「むしろ良いのですか!? こんなお転婆娘ですよ!? お転婆すぎて婿候補が見つからなかった程ですよ!?」
目玉が飛び出しそうなくらい目を見開いて何度も確認してくるロイドに秋斗もドン引きだ。
「あ、ああ。その話は聞いたから大丈夫……。ちゃんと2人とも不自由させないよう頑張ります」
「「ヤッター!!」」
ロイドにドン引きしながらも、2人に対して結婚の意志を明らかにするとルクスとロイドは小躍りするように喜びの雄たけびを上げた。
「ソフィア。秋斗様をしっかり支えなさい」
「リリもです。秋斗様にご迷惑をかけないように」
2人の母も娘の手を取って、妻としての心得を口にしながらも満面の笑みを浮かべる。
「「ソフィア様、リリ様。おめでとうございます!」」
横に控えていたマルクとアレクサも笑顔で喜びの声をあげる。
ヤッタヤッタと肩を組んで喜ぶルクスとロイド。彼らが落ち着きを取り戻すまでしばらくかかったが秋斗と2人の嫁は親公認となり、正式に婚約者となったのだった。
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「いや、すいません。舞い上がってしまいました」
「うちの娘もようやく……ようやぐゥ~」
ハハハ、と笑いながら謝るルクス。ロイドはお転婆娘がようやく婚約者を得たことに再度認識したのかハンカチ片手に感涙し、妻のルルに背中を摩られていた。
なんとか落ち着いた王家一行。
マルクとアレクサの入れたお茶を飲みながら話を続ける。
「2人に愛想を尽かされないよう頑張ります」
秋斗はロイドを見て苦笑いを浮かべながらも、意思表明する。
「愛想尽かすなんてあり得ない。ずっと傍にいる。好き」
「私もです。妻として秋斗様をずっと支えますから」
秋斗の両脇にいる2人の嫁はそれぞれ秋斗の腕を胸に抱きしめ、頭をぐりぐりと押し付ける。
「お、おう。よろしく……」
2人の豊満な胸の感触がむにゅむにゅと両腕に伝わり、秋斗は気が気じゃない。
「そういえば、我々を呼んだ件を聞くのを忘れていました」
「そうだった」
ロイドのリリ救出の件に対する礼と結婚の件で随分と脱線してしまった。
秋斗はテーブル下に置いた木箱からカードキーを取り出し、テーブルの上に置く。
「こちらは?」
ルクスはテーブルに置かれたカードキーに目を凝らす。
「首輪を外す魔道具だ」
「え!?」
秋斗の言葉を聞いて、ルクスは驚きながら顔を上げる。
「エルフニア王国の被害者達は俺が直接外したが、別の国にも被害者はいるのだろう? これを使えば誰でも外せる。これを東側の各国に予備も含めて2つずつ渡したい」
「ほ、ほんとうですか!?」
「うん。これを各国に届けられるか? あと、これが仕様書ね」
秋斗は仕様書をルクスに渡す。
ルクスは仕様書を受け取り、内容に目を通すが内容は頭に入ってこない。
誰も外せなかった首輪を外し、さらには誰でも外せるようにと専用の魔道具まで作ってしまう。目の前にいる伝説の賢者の力に思考が追いつかなかった。
「各国に渡した後、この魔道具で解除できなかった者がいたかどうかを知りたい。なるべく早く」
「それは何故ですか?」
「恐らく全て外せると思うが、解錠の条件が違って外せない首輪も存在するかもしれない。そうなったら、俺が直接外しに行く」
秋斗の言葉にルクスは静かに頷く。
「わかりました。各国には……最速で3日あれば行き渡るでしょう。私も各国の王へ手紙を書きますが、どの国もすぐに渡された魔道具で被害者を解放するはずです。使者を待機させて結果を聞いたらすぐに戻ってくるよう手配します」
「ああ、というか俺が渡しに行ってもいいか」
「いえ、秋斗様のお姿はエルフニア王国以外でも知られていますが……。私の書いた書状を持っていっても各国の王都で入場までに時間が取られるかもしれません。それなら我が国の騎士が動いた方が、相手も知っている分スムーズに事が運ぶかと思います」
秋斗が直接持って行って移動するのも提案したが、その案はルクスに却下されてしまう。
確かにルクスの言う通り、秋斗がそのまま行ったところで本物の賢者だと証明するまでに時間が掛かってしまう可能性がある。
それならば、エルフニア王国の紋章をつけた騎士が向かった方が入場門の待機列は素通りできるし、緊急用件で各国の王へ謁見するのも簡単だろう。
ルクスとしては偉大な賢者にお使いをさせるような事などできない、という気持ちが大半を占めているのだが。
「そうか。それならお願いしようかな」
「はい。お任せ下さい。ところで、これはいつ作ったのですか?」
ルクスは8枚のカードキーをテーブルの上に敷いた布の上に移し、大事そうに包みながら秋斗へ質問した。
「え? この部屋に着いた後だけど……」
秋斗がこの部屋に到着してからまだ1時間も経っていない。
だというのに、各国が長年解決できなかった首輪を解錠するための魔道具を作り上げるという事に驚愕する。
「そ、そうでしたか。さすが秋斗様です」
ルクスは王として培ってきた力でグッと驚愕が浮かんだ表情を素に戻す。
「仕様書に使い方が書いてあるから、それも一緒に渡してくれ」
「わかりました。すぐに手配します。ロイド」
秋斗に返事をした後、隣に座るロイドへ顔を向ける。
「はい。私は騎士団長へ準備の手配をしてきますので、兄上は各国の王への手紙をお願いします」
「わかった。秋斗様。私とロイドは手配を進めて参りますので一旦退室致します。ソフィア達を残していきますので、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」
ルクスとロイドが立ち上がると、2人の妻も同じく立ち上がる。
「私達もこの後の夕食の準備をして参ります。2人とも、秋斗様と待っていてね」
セリーヌ達もそれぞれ娘に声を掛け、秋斗に礼をしてマルクを先頭にそれぞれの夫と共に退室する。
秋斗達は退室する者達を見送ってからソファーに再び腰を下ろす。
リリはドアが閉まるのを確認すると、秋斗の腕へと抱きつく。
「これで親公認。秋斗も、もう我慢しなくて良い」
リリの言葉の後、ソフィアも反対側の腕へ抱きついてきた。
「そうです。これからは秋斗様も遠慮しないで私達の事を知って下さいね?」
「そうだな」
秋斗は抱きしめられている腕を解き、2人を抱き寄せる。
「2人とも、まだ出会って日は浅い。でも、2人には傍にいて欲しいんだ。2人とも必ず幸せにする」
秋斗の言葉に、リリとソフィアは頬を赤く染めながら秋斗の顔を見つめ、秋斗の胸へ頭を預ける。
「うん。私も秋斗の事、支えるから」
「私もです。リリと一緒に秋斗様の事を幸せにしてみせます」
目覚めて日が浅く、まだまだ今の時代について知っているとは言い難い。
知らなくていけない事も山ほどあるし、西側の脅威に対する対策など自分のやりたい事もたくさんある。
この先に苦難もあるかもしれない。しかし、自分の両隣にいる2人と一緒ならばきっと楽しい生活が送れるだろう。
2人と共に歩む人生ならばどんな苦難と困難からも必ず守ろう、と決意を胸に秋斗は2人の婚約者を強く抱きしめた。




