23 未来コーヒー
秋斗は最後の組となったパリス親子の部屋を出て、待合室にいるルクス達と合流する。ドアの近くにいたリリとソフィアがやたらとニヤニヤしていたのが気にはなったが、部屋を出たところで秋斗を待っていたルクスとロイドに声を掛けられた。
「秋斗様。お疲れ様でございます」
「職員にも確認致しましたがこれで全て終了のようです。城に秋斗様のお部屋をご用意しておりますので、そちらで夕食までご休憩頂ければと思います」
「ああ。わかった」
作業を終えた秋斗も、一息つこうと思っていたのでロイドの提案に素直に甘える事にした。護衛として共にやってきていたジェシカが数名の騎士達に城へ向かうと指示を出すと、騎士達は護衛を行う為に各自配置に着くべく動き出す。
「ロイド、ここを任せても良いか?」
「ええ。説明しておきますので、兄上は秋斗様と城へ向かっていて下さい」
騎士達が動いている間に、ルクスとロイドは手短に打ち合わせを済ませる。そして、ジェシカを先頭に秋斗は職員達から敬意の視線を受けながら医療院を後にした。
「さて、ラウロ院長。職員と見舞いに来ていた者達を集めてくれるか? 皆に今回の件と秋斗様の事を説明しよう」
「はい。君、他の職員達を呼んできてくれ。私は見舞いに来ている方々を呼んで来る」
ラウロが指示を出すと、職員達は慌しく各自動き始めた。
数分後、医療院の奥にある広めの待合室にはロイドの指示通り見舞いに来ていた奴隷被害者の家族と全職員が集合する。
ロイドはラウロから全て集まったと報告を受け、全員を見渡してから説明を始めた。
「さて、皆も今日起きた事が突然だったが故に混乱しているでしょう。なので、今回の件を説明する為に集まって頂きました。私の話を最後まで聞いて頂いた後、質問があれば答えさせて頂きます」
ロイドは首輪を外した秋斗が賢者だという事。秋斗が奴隷問題について取り組もうとしている事を1つずつ説明する。
「そして、最後に。秋斗様をお迎えしたのは本日の昼だったので、秋斗様がお目覚めになって我が国にいらっしゃる事は、まだ陛下からの正式な発表はされていません。明日にでも正式に国民へ発表を行いますが、それまでは混乱を避ける為に黙っていて欲しいのです。秋斗様も首輪を外した事で、お疲れになっているでしょうしね。もちろん、正式に発表されたら他の方へ話しても良いですからね」
ロイドは秋斗が旅を終えて王都に到着したばかりだし、作業をした事で疲れているかもしれない事、さらに王都にいる民が賢者の存在を知ったら一目見たいと城の周りに押し寄せてしまう事を懸念している、と正直に話す。
「確かにそうですね。ここにいた全ての者を救った秋斗様もお疲れになっているでしょう」
ロイドの説明を受けて、ラウロが意見を口にすれば皆も同じように頷きながら同意する。
「息子を救って頂いたのに、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません」
「そうだな。だが、感謝し足りないしご恩をお返ししたい……」
職員と被害者の家族達は伝説となっている賢者であり、命の恩人でもある秋斗に迷惑を掛けられない。だが、救ってくれた秋斗に対して感謝し足りないという気持ちも全員一致していた。
「正式に発表されたら、お会いできる機会も増えるでしょう。もちろん、皆の感謝も城に戻ったら伝えさせて頂きますよ」
ロイドは全員の気持ちを汲むように笑顔で告げる。それを聞いた皆も一先ずは安心した様子を顕わにした。
「では、皆よろしいですかな?」
ロイドが答えを促すと、待合室にいた全員が黙っている事に同意する。
「ラウロ院長。本日お見舞いに来ていない家族への説明はお任せするよ」
「はい。ロイド様。お任せ下さい」
最後に、ロイドがラウロへ指示を出してロイドは城へ戻るべく待合室を出て行った。
「まさか、本当に伝説の賢者様とは……」
「ほんとだなぁ。俺達は運が良かった。こんなに嬉しい日は無いなぁ」
「あの御方は本当に慈悲深いんだなぁ……」
残された職員と家族達はそれぞれ今日という日の感想を口にする。
賢者という存在によって、自分達の家族が助かった事を噛み締め再び涙する者。誰もが出来なかった首輪の解除を賢者が起こした奇跡と呼ぶ者。自分達が感謝していると秋斗が気にするなと言って優しかった等と様々。
秋斗の評価がどんどん上がっていって天井を破壊しようとしている事を本人は知らない。
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城の庭へと再び戻って来た秋斗一行。庭で秋斗を待っていた様子のアランが秋斗を見つけると声を掛けてきた。
「秋斗様。秋斗様の材料を積んだ馬車はどうしますかな?」
どうやら秋斗の持ち物である材料類をどうするかを聞きたくて待っていたようだ。城に着いて何も言う事なく医療院へと向かってしまったので、勝手に動かすのも躊躇われたアランはここで待っていてくれたのだろう。
そう思って、秋斗は待たせて申し訳ないとアランに告げたが気にしないで下さい、と笑顔で返されてしまった。
「ちょっと作りたい物があるから中から取ってくる。他の物はどこか保管できる場所はあるか?」
秋斗はヒョイと馬車に飛び乗って、中から皆へ顔を向けた。
「では、城の宝物庫の一角へ運ばせておきます。この馬車の中にある木箱で全てですか?」
どこか庭の端っこにでも置かせてもらえるかな、と思っていた秋斗の予想を裏切ってとんでもない場所へ運ぼうとするルクス。
「いや、宝物庫って。邪魔にならないなら庭の端っこでも良いんだが」
「まさか。秋斗様の持ち物ですからそんな事できませんよ。それに、秋斗様のお作りになった魔道具だったら宝物庫にある物よりも価値がありますよ」
秋斗からしてみれば失敗作や試作状態のリサイクルするしか使い道が無い物だが、ルクス達からしてみれば古の時代にしか存在しなかった技術が搭載された品々は宝以上の価値がある。
アランからも庭に置くなんてそんな扱いできませんぞ! と前のめりになりながら言われてしまった。
そういう事ならと秋斗はルクス達の提案を受け入れつつ、目的の材料を小さめの木箱に詰めて残りは保管するよう頼んだ。
「お任せ下さい。私が責任を持って、しっかりと宝物庫へ保管しますので」
そう言ってくれたアランに馬車を任せ、秋斗達は城の正面入り口へと進む。
庭からも城の内部へと入れるが、どうせなら正面から入りたいと秋斗が希望した。ジェシカの案内で城の正面玄関へと向かい、門番を横目に中へと入る。
正面玄関を通ると、そこは広いホールとなっている。ホールには各部屋へ繋がる廊下や上層階へと向かう為の階段があって、他にも休憩スペースも備え付けられていて外からやってきた客が待機できるようにもなっていた。
ホール入り口横には受付があり、外からやってきた者の案内や城勤めをする者の呼び出し等の役目があるのだとソフィアが教えてくれた。
ソフィアの説明を聞いて、秋斗は再び前方へ視線を戻すとホールに入った時から待機していた初老の男性と若い女性。そして初老の男性がソフィアの説明が終了したのを見計らって声をかける。
「賢者様。陛下。ソフィア様、リリ様。お待ちしておりました」
初老の男性と若い女性は揃って綺麗なお辞儀をする。
「2人はこの城の執事長とメイド長です」
ソフィアが彼らの役職を紹介をすると、2人は自己紹介をしながら秋斗へ頭を下げる。男性がマルク、女性はアレクサという名前。
秋斗は2人を見て、確かに執事服とメイド服を着ていたので想像はできていた。着ている服が過去にも存在していた執事とメイドはコレだろう! というようなスーツとエプロンドレスを着用しており、まさかの定番デザインに驚いていた。
「この服装はケリー様から伝わったんですよ」
そしてデザインの発祥元が元同僚だった。
「陛下。王妃様がお待ちです。一旦、執務室へお願い致します。ソフィア様とリリ様も執務室へ来るよう言われております。秋斗様はこちらのアレクサがお部屋へとご案内させて頂きます」
初老の男性がアレクサと呼んだメイド長へ手を向けると、アレクサは一歩前へ出て秋斗へとお辞儀する。
「賢者様。改めまして、王城にてメイド長を勤めさせて頂いております。アレクサと申します。私が賢者様をお部屋までご案内させて頂きますのでよろしくお願い致します」
秋斗もアレクサへよろしくと言いながら会釈で返す。
「では、秋斗様。一旦私達は執務室へ向かいます。秋斗様も部屋で御寛ぎ下さい」
「秋斗様。後でお部屋へ伺います」
「後で行く」
「わかった。ありがとう」
ルクス達と軽く会話すると、3人はマルクを先頭に執務室へ向かって行った。
「秋斗様。私も一旦は騎士団長の所へ行きますので、ここで失礼させて頂きますね」
医療院を出てから先頭を歩いていたジェシカもここで一旦お別れのようだ。
「わかった。案内助かったよ。ありがとう」
「いえいえ。それでは失礼します」
ジェシカも秋斗へ頭を下げて、ホールの先にある廊下を目指して歩いていった。
「秋斗様。ご案内致します」
秋斗はアレクサに促されてホールを歩いて行く。どうやら秋斗の部屋は上層階にあるようで階段を上って行くようだ。
因みに、この城は4階立て。過去に存在した高層ビルなどからしてみれば物足りないだろうが、1フロアがとてつもなく広い。1フロアに何部屋もあるようで、初めての人は案内が無いと目的地まで行くのに迷うとアレクサが説明してくれた。
1階はホールと庭、騎士団の訓練場や宮廷魔法使いの詰め所があり、2階は文官が勤める部署が存在している。
3階はパーティールームや大会議室、王との謁見に使う謁見の間、他国からの賓客用の客室、ルクスが先ほど向かって行った王族専用の執務室が存在していて、4階は王族のプライベートエリアになっている。
そして、秋斗の部屋は4階に用意されている。賢者という伝説の存在は3階の客室ではなく、王族と同じフロアのようだ。
「こちらになります」
目的地である秋斗の部屋として用意された部屋のドアを開けて、中へと案内するアレクサ。
部屋の中は豪華スイートルームと呼んでも通用するような部屋だった。
大きなテーブルと革張りの高級そうなソファー。寝室には成人5人は寝れるであろう大きなベッド。洋服を入れる収納や化粧台などの家具も立派な物が備え付けられている。極めつけはバルコニーへと続く装飾を施したガラス製のドア。ドアを抜けた先にあるバルコニーからは昼は賑やかな王都を一望でき、夜は空に広がる綺麗な夜空を堪能できるだろう。
秋斗の予想以上の豪華な部屋を見渡していると、アレクサに声を掛けられる。
「秋斗様。何かお飲み物をご用意致しましょうか?」
アレクサの声を聞いて、秋斗は部屋の観察は一旦中止して部屋の中央にあるソファーへと腰を下ろした。
「お願いしようかな。コーヒーって……ある?」
「はい。ございますよ」
以前にソフィアとリリからコーヒーよりも紅茶が主流な飲み物だと聞いていたので、用意してもらえるか不安だったがその心配は無かったようだ。アレクサは用意して参りますと一言残して部屋を出て行った。
部屋から出て行く彼女を見送り、ソファーに座りながら持っていた木箱をテーブルの上に置く。木箱の蓋を外して中に入れて持って来た材料を手に取って、さっそく作業へ取り掛かる事にした。
製作するのは首輪を外すマナマシン。現状、首輪のパスワードを解除して外す事が出来るのは秋斗のみ。
秋斗が各国を1つ1つ訪れて周っていては間に合わない被害者も出てくるだろう。ならば、マナマシンを各国に渡して現場で解除してもらおうと考えた。
(マスターキーにしてもいいが……何かしらの原因で敵国に渡った場合に面倒だ。仕方ないが首輪限定にしよう)
秋斗が思い浮かべるマスターキーとは、どんなパスワードでも解除できるモノ。解析済みのコアユニットに限るが、秋斗が術式で行っていたコアユニットへのハッキングとパスワード解析を自動で行う。
記憶領域内に秋斗の使う術式とコアユニットの情報をインストールしてやれば簡単に作れる。だが、もしもこれが敵の手に渡った場合、過去に存在していたマナマシン全てをハッキング出来てしまう。
古の時代に存在していたマナマシンは遺跡から発掘されるらしいが、もしも発掘された物が軍事兵器だった場合に面倒になる。技術力に乏しいこの時代では過去の軍事兵器は脅威以外の何物でもないだろう。
最悪の事態も想定し、首輪限定での解除キー製作に移る。
解除する為の術式とコアユニット情報に加え、首輪限定とするために従属の首輪に使われている魔法の情報や内部構造などの情報もインストールしていく。
インストールされた情報から解除キーが首輪かどうかを判別し、解除プロセスへ移行する。
今回、秋斗が解除したのは37名。全ての人が同じ構造とパスワードを持った首輪をしていた。37名というのは検証データとしては少ないが、もしも他国にいる被害者の中で解除できない者がいたら、すぐに現場に向かうしかないと割り切った。
マスターキーならばそんな心配も無いが、敵が首輪を嵌めるべく国へ入り込んで来る状況と、敵の技術力がハッキリと分からない以上、安全に事を進めるべきだろう。
秋斗は脳内で安牌を切りつつも手は動かしたまま。あっという間に解錠キーが1枚完成する。
ホテルのカードーキーのような掌サイズの見た目だが、やや厚みがある。ペラペラなカードというよりは厚さ5mmの金属製の板。
1枚目が完成したところで、部屋がノックされ、秋斗が室内から応えるとアレクサがカップやポットを載せたカートを押して戻って来た。
入室してきたアレクサは慣れた手つきでポットからカップへとコーヒーを注ぐ。どうやら、部屋の外でコーヒーを淹れて後は注ぐだけの状態らしい。
紙ドリップなのかサイフォンを使っているのか、他の器具なのか。どうやって淹れてきたのかが気になるところ。
(流石にドリップマシンがあるワケないよな)
「お待たせ致しました」
カップをソーサーに乗せたモノをテーブルの上に置かれる。カップの中には湯気が漂う黒い液体。長き眠りにつく前では人生の伴侶とも呼べたコーヒー。眠りから2000年の時が経った未来コーヒーが秋斗の目の前に。
秋斗は少しワクワクしながらカップを手に取り、口元へ運ぶ。目覚めてから飲んでいたメジャーブランドのインスタントコーヒーと比べると酸味が控えめでコクがあり、苦味はしっかりとした味わい。
これは朝の一杯や作業の合間に飲むのが最適だと秋斗の長いコーヒー暦が告げる。
1人になった際も、どこでも飲めるように同じ豆を仕入れておきたい。さっそくアレクサへ仕入れ先の質問をする事にした。
「良いコーヒーだ。これはどこから仕入れているんだ?」
「こちらのコーヒーは、人族の国であるレオンガルド王国バルト領が産地です。バルト伯爵の治める領地の北部で栽培している豆です」
「他にも豆の産地はある?」
「はい。バルト領と魔人族の国で栽培されております物が主流です。他にも栽培されている地域はあるかもしれませんが流通されているのは、申し上げた2種類のみでございます」
アレクサの答えになるほどと頷き、再びコーヒーを味わう。2種類のみしか流通されていないなんて秋斗にとっては残念な結果だった。やはり、紅茶がメインでコーヒーを飲む者が少ないからだろうかと推測する。
「このコーヒーの名前は?」
バルトコーヒーという名称だろうとあらかじめ予想しての質問だったが、アレクサの返答は意外なものだった。
「名称ですか? コーヒー……ですが……」
「え?」
意外な答えに秋斗はアレクサへ聞き返してしまう。質問されたアレクサも不思議そうな顔をしている。
「えっと、秋斗様の時代にはコーヒーに名称があったのですか?」
「ああ。昔は色々な種類のコーヒーがあって主に産地で別けられていたんだ。だから産地を名前につけたコーヒーがあったよ。この場合はバルトコーヒーだろうか?」
「そうなのですか。現在ではコーヒーはどの豆もコーヒーとしか呼ばれておりませんね。紅茶も産地が別な物でも全て紅茶です」
どうやら今の時代では種類や産地で分別しておらず、全て統一されているらしい。何という事だろうか。早急に存在するコーヒー栽培地へ赴いて分別し、全ての豆が手に入るようにしなければならない。まずは東側だと秋斗は自らの心に野望を抱く。
「そうなのか……。魔人国の豆も城にあるのか?」
「はい。ございますよ」
「次にコーヒーを淹れる時はそちらも飲んでみたいな」
「承知致しました。お任せ下さい」
秋斗の我がままを受け入れたアレクサは綺麗なお辞儀をして了承してくれた。
「ありがとう。楽しみにしているよ」
秋斗はそう言って再びマナマシン製作へ意識を集中させた。




