21 国王お出迎え
秋斗達を乗せた馬車は王都の入場門へ向かい、スピードを落してゆっくりと進む。
窓の外には大勢の人や馬車に乗った人が長蛇の列を作っていた。その列を横目に、止められる事無く進んで行く。
門の最前列では門番の兵が一人一人、荷物検査やカードのような物を受け取ってチェックしている様子が窓に映し出される。
エルフニア王国王都の入場門には騎士が通る入り口と、一般人や貴族、王家の通る入り口の2つが存在している。
一般人は入場の際に荷物検査と身分証のチェックを受けるが、貴族や王族はノーチェックで入場できる。
貴族と王族は馬車に紋章のような身分を示すマークを付けるのが義務付けられており、それを見て判断するのもあるが大体は護衛の者が自分の主が門を通過する前に門番へ一言告げるのがマナーとなっている。
因みに、国賓がやって来るなどのイベント事の際は貴族もチェックを受ける規則になっている。もちろん王族はどんな時でもノーチェックで通れるが。
そんな説明をソフィアから受けつつ、馬車が最前列に近づくにつれて馬車の外ではザワザワと騒がしくなっていた。
「あれって王族の馬車だ」
「誰だろう。ソフィア様かな?」
と、馬車に装飾されているエルフニア王国王家の紋章を目にした人々が乗っている人物について話し合っていた。
特に今回は貴族すらも入場チェックを受けているので、王都にVIPが訪れるのは人々の間でも予想されていた。やって来るのが賢者だとは知らないようで、他国の王家がやって来るのだろうという話がチラホラ聞こえる。
「王都に来たのが秋斗だって知ったら、どんな反応するんだろう」
外で入場待ちをしている人の会話を聞きながら、リリがボソリと呟く。
「秋斗様がいらっしゃる事は王城の者しか知らされてませんからね。まずは王城でお迎えしてから皆に知らせないと大騒ぎになって……馬車が進めなくなりそうです」
「いや、そこまでは……」
無いだろうと秋斗が言いかけると、ソフィアとリリは真顔で窓の外にある看板に指を差す。
指を差した先には入場門の近くに立てかけられた看板にはでかでかと張り紙が張られていた。
『新装版 大賢者・魔工師の伝説 上巻 完売しました』
秋斗がチラシを見つつ、自分の本に関する内容だと認識していると、一人の男性が貼られた大きな張り紙を見て肩を落しながら絶望した顔でフラフラと歩いていた。
その後も何人かやってきては張り紙の内容を確認して、先程の男性と同じような態度で門から離れていく。
「………」
「過去最高の完売速度で販売から10分で売り切れました。入荷未定。予約殺到で購入希望者全員に行き渡るのは2年後と予想されています」
「整理券を配らないと毎回暴動が起きる」
何でそこまで、新装版ってなんだよ、と様々なツッコミが秋斗の脳内を駆け巡っていると馬車は無事に門を通過していた。
「さぁ、秋斗様。王都に入りましたよ」
ソフィアは秋斗に残酷な現実を突きつけたにも関わらず、笑顔を浮かべた。秋斗はソフィアの言葉に我を取り戻し、窓の外からこの時代において初めての街というコミュニティを目にする。
窓の外には木造であったりレンガの家が立ち並ぶ。大きくても2階立ての家があり、秋斗が生活していた時代のような高層ビルは存在しない。
ファンタジー小説のようなエルフの家 = 大樹をくり貫いて中で生活するといった景色ではなかった。
だが、門から続く大通り沿いにはいくつもの屋台や店が立ち並び活気に溢れ、木造とレンガの宿や店舗が所狭しと入り混じり、街の中に存在するいくつもの木と調和していて国最大の都市とされる王都の景色はとても美しかった。
昔のように携帯用の情報端末を見ながら他人に無関心な人々がいるわけではない。車が何台も列を成し信号待ちをする様子も無く、舗装された綺麗な道路があるわけでもビルが立ち並ぶわけでもない。
あの頃に比べたら辺境の田舎か写真の中でしか見れない大昔の景色と言えるが、人々が笑顔で買い物していたり、無邪気に子供達が走り回って遊んでいる様子に秋斗は心奪われる。
技術や便利な道具があるわけでもない。だが、昔のような無機質とも思える様子ではなく、あるのは純粋な笑顔と人情味溢れる光景。技術が進歩するにつれて無くなっていったモノが、ここにはあった。
「良い街だ」
秋斗は窓から見える景色に釘付けになっていた。
大昔に存在したレトロなモノが好きだった秋斗にとって、まさに理想的な景色でワクワクするような気持ちに溢れる。
「気に入ってもらえたようで良かったです」
ソフィアとリリも、秋斗の表情を見て笑顔を浮かべた。
その後も窓から街を眺めながら馬車は進んで行く。
大きな看板に書かれた数々の店名。一際大きな建物には傭兵ギルドと書かれた看板が掲げられていたりと見ていて飽きない。
街の奥に建てられた大きな城に近づくにつれて、街並みは住宅地へと変わっていく。1戸建ての小屋のような小さな家から、小さな庭付きの2階建ての家、アパートのような集合住宅。様々なサイズの住宅が建ち並ぶ。
もう少し奥に進むと、城の近くには貴族が住んでいるのであろう屋敷と呼ばれるような大きな庭付きの家が見え始める。大きな門付きの屋敷や門番が立っている屋敷など様々。
そして、さらに奥へ進むと住宅の数は減っていき、小さな森のように様々な木々や草花が生い茂る中に、白く大きな城が聳え立つのが見える。
窓から見える景色を楽しみながら、秋斗達を乗せる馬車は両脇が花壇になって城へと続く美しい道を走る。
城の門が見えると、そこには騎士達が道の両脇に並び立ち、剣を胸元へ当てる敬礼をしながら馬車を見送っていく。騎士が並ぶ道は城の門まで続き、城の入り口には人が並んでいるのが見えた。
並んでいる中でも、中央に立つ人物は一際威厳のある出で立ち。左右には貴族と思われる綺麗であったり豪華であったりと、窓から見えた一般人とは違った装いの人達が並んでいた。
その後ろにはメイドと執事らしき服装をした使用人と思われる者達も控える事から、恐らく中央に立つ人物がこの国の王なのだろうと秋斗は推測した。
同時に、王である人物が城の外で待っている事に疑問を感じてソフィアとリリに質問する。
「あの真ん中の人が王様?」
「はい。私の父です。右隣にいらっしゃるのは宰相を務めるリリのお父様ですね」
ソフィアの言葉を聞いて、馬車内からリリも前方を覗ける覗き穴のような小さな窓から確認する。
「あ、ほんとだ」
「外で待つもんなの?」
2人に問いかけると、ソフィアは首を傾げながら秋斗の疑問に答える。
「え? 秋斗様が到着したら医療院に行くっておっしゃったじゃないですか」
彼女の言葉を聞いて、確かに言ったなと脳内で自分の発言を思い出す。だが、疑問は晴れない。
「言ったけど……」
ん? と秋斗が頭上に ? マークを浮かべていると、ソフィアは何かに気付いたようで口を開く。
「ああ! 秋斗様が医療院に行くってジェシカに伝えたじゃないですか? 先触れの騎士が城にそう伝えたら、父が外で待ってご挨拶したあとに医療院へ一緒に行く事になったんです」
伝えるのを忘れてました、とソフィアは秋斗にこれからの予定を改めて伝えた。
「でも王様が外で待つって良いんだろうか。王様とは謁見の間みたいな場所で会うのが普通なんじゃ?」
「え? 秋斗様は王よりも偉いんですよ? それに賢者様の行動が優先ですから。秋斗様のご予定を狂わせるのは不敬にあたるので、到着後すぐに挨拶できるよう外で待つ事になったみたいですよ」
ソフィアの言葉に秋斗はもはや乾いた笑いしか出てこない。もっと自分の発言と行動には慎重になろうと秋斗は心に決めた。
秋斗が決意を胸に抱いていると、馬車がゆっくりと停止する。それは城へ到着した合図。ついにご対面の時間だ。
停止した後、馬車のドアがノックされ、ソフィアが返事を返すとドアが開けられる。ドアを開けたのはもちろんジェシカだ。
「秋斗様、姫殿下、リリ様。到着致しました」
ジェシカは敬礼をした後、少し横に移動する。すると、もう一人男性の騎士が現れて馬車にタラップを取り付ける。その後はジェシカと対面になる位置で敬礼をして中にいる3人が降りるのを待つ。
「秋斗様。今回は私達が先に降ります。秋斗様は最後に降りて下さいね」
ソフィアはニコリと微笑んで、ドレスのスカートをちょんと摘んで馬車から降りていった。リリも秋斗の顔をじっと見て、バチコーンとウインクした後にソフィアと同じように降りていく。
(何故ウインク……?)
ソフィアの微笑みがアピールと見たリリが自分もアピールだと考えた末にウインクしただけなのだが、リリのウインクに疑問を持ちながらも秋斗も腰を浮かせて降りる体勢に入る。
ジェシカの顔をチラリと見つつ、コツコツとタラップを踏んで馬車を降りると城の入り口からは「おぉっ」声が漏れ聞こえる。顔を向ければ並んでいる人々が皆こちらを見て驚愕の表情を浮かべていた。
秋斗が降りたのを確認すると、ジェシカはドアを閉めて秋斗の斜め後ろへ付く。ジェシカが移動したのを見てソフィアを先頭に並んで待つ一団へ歩み寄って行った。
「お父様。ただいま戻りました」
ソフィアはニッコリと笑って父である国王へ頭を下げる。
「ソフィア。よく戻った」
国王であるルクスも笑顔で娘を迎えるが、どこかソワソワとして落ち着かない様子。それは国王だけではなく、並んでいる国の重鎮達全員が同じだった。
その様子を見たソフィアは少し可笑しく思いながらも、賢者である秋斗の紹介を始める。
「お父様。この御方がアークマスター。魔工師である御影秋斗様です」
ソフィアが秋斗の紹介を口にすると、国王を含め並んでいた全員が一斉に膝を折って頭を下げた。
「おおう……。どうも。御影秋斗 魔工師をやってます。26歳です」
目の前に広がる光景に少し困惑してしまったが、秋斗も頭を下げて、起きてから定番となった自己紹介をすることにした。
「ハッ! 私はエルフニア王国を治め、国王をしております。ルクス・エルフニアと申します。この度は、エルフニア王国一同、偉大なる賢者、アークマスター御影秋斗様をお迎えできた事。心より嬉しく思います」
頭を下げたまま告げられるルクスの言葉に、マジで自分は王よりも上の立場なのかと口元を引き攣らせながら変えようのない事実を受け入れる事となった。
「あ、はい……。ありがとうございます。お立ち下さい……」
辛うじて捻り出した言葉は、とにかく跪く彼らを立たせることだった。
秋斗の言葉を聞いて、跪いていた全員が起立する。
「秋斗様。いつも私やリリに話している口調で大丈夫ですからね」
若干緊張と困惑した秋斗から出た敬語を聞いて、仰々しい言い方が苦手な秋斗に対してソフィアが気を利かせてくれる。この時代の人物とコミュニケーションが未熟な秋斗は、彼女の気遣いに流石だと感心せざるをえない。
「そうか。わかった。皆さんも、フランクに……気軽に話して下さい」
秋斗はもう一度ペコリとお辞儀する。
「秋斗様。我々に対して敬語は不要です。ありのまま接して頂ければ大丈夫です」
ルクスも娘の言葉で察し、秋斗を気遣う。
「すまない。助かる……。どうも、丁寧な口調は苦手で……。あと、外で待たせてしまったようですまない」
秋斗は自分の苦手分野に対し苦笑いを浮かべてしまう。昔から喋るのは敬語が不要な同僚のみで、その他の時間は引きこもって研究しているか、戦争で戦うかしかなかった自分が恨めしい。
10代の時に軍で上官と話す事もあったが今のような崩した敬語を使っていて、上官からも見た目の若さから敬語を使い慣れていない若者と見られ、特に指摘されるわけでもなかったので改善する機会は巡ってこなかったのだ。
「いえいえ。伝説の賢者様であり、我らが敬愛する豊穣の賢者であるケリー様に並ぶ御方。お迎えできた事は一生の宝となります」
ニコリと笑みを浮かべながら言うルクスの言葉に、出迎えてくれた者達全員がウンウンと頷く。
「お父様。秋斗様は医療院へ足を運んでくださるようです。準備はできてますか?」
ソフィアが空気を読んで場を進行してくれる。
「うむ。準備できている。皆の紹介は夜の歓迎の宴の際にする予定だ。秋斗様。よろしいですか?」
「ああ。後でゆっくりと紹介してくれると嬉しい。まずは、やる事を済ましてしまおう」
「はい。私もお供させて頂きます。ご案内致します」
「私が先頭で参ります」
ルクスの言葉が終えると、並んでいた中の一人である白い聖職者のような服装を身につけた男性がルクスと秋斗へ歩み寄る。
「王都医療院の院長をしております。ラウロと申します」
ラウロは一礼し、こちらですと言って先頭を歩いて医療院への案内を始めた。
秋斗は彼の後について行き、少し後ろにはソフィアとルクス。さらに後ろにリリとリリの父親であるロイドが娘へと早足で歩み寄った。
秋斗を案内する間、少し離れた位置からついて行く2組の親子はそれぞれ会話をしていた。
「リリ。後で詳しく聞かせてもらうからな」
「うん」
娘の顔を少し厳しい表情でチラリと見て、威厳たっぷりに告げるが、リリの言葉は素っ気無い。娘の態度と口調はいつもの事だったが今回ばかりは見逃せるはずもないが今はぐっと耐えた。
起きた事が重大すぎるので、後で何としても聞きだそうとロイドは心に決める。
「お父様。お母様はどうしたのですか?」
一方、こちらはルクスとソフィアの親子。ソフィアは出迎えに自分の母親がいなかった事に疑問を持った。
「セリーヌは城で宴の準備を指揮している。秋斗様をお迎えする為に連れてきても良かったのだが、宴も重要だと言われてな。今は城で走り回っているだろう」
他国の貴族や王族を迎えるのも重要な案件ではあるが、今回はレベルが違いすぎる。国王が出迎えるのは勿論の事。その後に開かれる歓迎の宴も一切の失礼やミスがあってはならない。
「確かにそうですね。お母様なら万が一の間違いも無いでしょう」
ルクスの言葉にソフィアも確かに、と納得して頷いた。
そんな親子2組の会話がヒソヒソ声でされる中、秋斗は黙って案内についていく。
後ろで交わされる会話に気を取られるよりも、初めて目にする周りの景色に釘付けだった。
王都医療院は城の隣に建っている。城からの道順は、城の庭を通って行くのだが庭を抜けた先は色とりどりの花が咲き誇る花畑。
その花畑の中心に1本の道が通っており、道の先には2階建ての大きな建物が存在していた。
因みに、一般人が患者の見舞いに訪れる際は、街の入場門から城まで続く大通りを進んで行くと王城と医療院へ続く道が別れている。当然、一般人は城へは気軽に踏み入れる事はできないので今回使っている道のりは城勤めの者が行く際の道順。
秋斗はラウロの歩く後を進みつつ、美しい花畑に目を奪われながら、よく手入れされている花畑は医療院で治療を行っている者達が心休まるように作られたのだろうかと推測していた。
(技術院にあった植物園を思い出すな)
嘗て勤めていた魔法科学技術院――技術院と呼んでいた場所にも、研究者や学生の為に作られた公園が敷地内に存在していた。
そこにも今目の前に広がっている花畑のような、癒しをテーマにした休憩所があった事を思い出す。
研究に行き詰った研究者や学生がよく昼寝やぼーっとしていたな。と嘗ての癒しの空間を思い出しながら歩く事10分。
ラウロを先頭に歩いていた秋斗達は目的の建物へ辿り着く。




