01 青年の夢
青年は古い映画館のロビーに立っていた。
人類滅亡という状況の中で、何故自分はこんなところに…と思った直後、不思議と頭に『これは夢だ』という考えが浮かぶ。
そう。これは青年の思い描く夢の中だ。
青年は初老の男と最後の酒を交わした後に、自宅地下にあるシェルターで眠りについた。
自分とは違う研究をしていた同僚が開発した物で、同僚に「君のもあるよ」と渡された長期睡眠カプセル装置。
長き眠りを経て、起きた時に氷河期が終わっていれば幸運。
その装置は十分なテスト期間を得られなかった為に、そのまま死を迎えるかもしれない。
しかし、同僚は青年に告げる。
「どうせ起きてても死ぬんだ。悪い賭けじゃないだろう?」
青年はそんな事を言いながら苦笑いを浮かべる同僚の顔を見て、確かにそうだと返しながら受け取った。
そんな一幕を映画館のロビーに立ちながら思い出す。
夢の中で記憶を思い出す事なんてあるのだろうか?
この夢は自由に動けるんだな。等と不思議に思いながらも、青年は目の前にあった扉に向かう。
何故、扉に向かおうと思ったか、という感覚すらも不自然に思わない足取り。
扉を開ければ、いくつも並ぶ客席と巨大なスクリーン。かつては真っ白に輝いていたであろう壁は薄汚れ、この映画館の年季を感じる。
青年が生きていた時に存在していた映画館よりも、歴史書に登場する遥か昔に存在していたレトロな雰囲気の内装。
客席の脇にある通路を歩いて、映画を見るにはベストポジションである部屋の中央あたりまで歩くと、1人の人間が席に座っていた。
チカチカと白く光るスクリーンの光を頼りに座っている人物を確認すると、それは青年がよく知る人物だった。
(爺さん……)
何故、彼が。
そんな疑問を脳内が支配するが、ふと思い出す。
これは夢だ。
その証拠に、彼は青年が近くにいるというのに全く反応を見せず、じっと目の前にある大きなスクリーンを見つめていた。
青年もまた、浮かんだ疑問を放棄して老人よりもスクリーンに近い中央よりもやや前の席に座り、スクリーンに視線を送る。
チカチカと白く光るスクリーンを見ていると、カラカラカラ、ジジジ……という映写機が回る音と古いフィルムの擦れる音と共に映像が映し出された。
映し出された映像は、1人の青年が戦地でガチャガチャと武器を修理している映像。
軍服を着た青年は、魔法と呼ばれた神秘を使って武器を修理していた。
魔法技師と呼ばれた技術部隊にいた青年の仕事は、前線で使う武器の修理と現地改修。
前線で戦う仲間達のために、安全な後方の基地で忙しくも職務を全うしていた。
光っていたスクリーンが暗転した後、ジジジ……という音と共に映像が切り替わる。
写された映像は、空から飛来する兵器が地面を抉り、地獄の炎が抉った地面を這うかの如く吹き荒れる地獄絵図。
青年は地獄の中で崩れた建造物を遮蔽物にして、武器を片手に隠れながら、青年の隣で横たわる人物に何かを叫んでいた。
何故、技術者だった青年が戦っているのか。
魔法と科学が融合した当時の戦争は熾烈を極めた。
技術が向上し生活が便利になれば、それに比例して戦争に使用される武器も強力になるのは必然だ。
前線では進化した兵器が人を蹂躙し、過去の戦争よりも多くの血を流す。
それはあちら側もこちら側も変わらない。前線で戦う人間が減れば補充される。
そして、そんな戦争が長引けば戦闘と無縁と言われた魔法技師の青年が武器を持って前線に送られるのも必然だった。
遮蔽物を突き抜けてくる弾。
響き渡る轟音と泣き叫ぶ人の声。
地獄の中で何かを叫び続ける青年の映像が流れ続けた。
(ああ。これは俺か)
それは記憶。
青年の送ってきた人生の記録。
(これは俺の記憶を写しているのか)
(何故、夢の中で過去の記憶を見ているんだ)
スクリーンが暗転し、次の映像が映し出される。
荒れた大地を、青年は自分と同じくらいの年齢である1人の戦友の男を背負いながら歩いている映像。
青年の片手は無くなり、右目からは血を流して。
片手一本で懸命に戦友を背負いながら歩き続ける。
背負われている男は、どこか青年のよく知る人物に面影が似ていた。
男は青年の耳元にブツブツと力無く呟いていた。
(あいつは……あの時何と言っていたんだったか)
青年はスクリーンを見つめながら当時の事を思い出す。
背負っている男は何か大切な人物だったような。彼が呟く言葉はとても大切な事だったような。
青年は必死に記憶を掘り起こす。
彼との出会いと、後に続く出会いがとても重要だ。
戦地で人の死を見続け、人を殺し、狂気に染まり、己も死の淵を味わった。
戦場で生き続ける中で、もう自分は人として壊れたのだと、ここで死ぬのだろう、と諦めきっていた時に彼と出会う。
前向きで、未来を見続けていた彼。
彼が青年に告げた言葉。その言葉のおかげで生きようという希望を得た。地獄の中で、生き続けようと思えた。
青年はスクリーンを見つめ続け必死に考え続ける中、ふと己の横から視線を感じ、顔を向ける。
顔を向けた先。
青年が座っている席の真横を1つ空けた席には1人の男が座りながら青年を見つめていた。
席に座っている男は青年が背負っていた戦友。
青年が席に座っている男が自分の背負っていた戦友だと認識すると、男は青年に向けて呟く。
「秋斗。お前は幸せになれ。夢を果たしてくれよ。俺の分も」
彼の呟きが青年の耳に届くと同時に、青年の世界は闇に包まれる。
深く深く、意識が闇に沈む中で青年は思い出す。
(そうだ。俺は……アイツと……グレイとの約束……)
青年が戦場で出会った男との約束。
それは秋斗と呼ばれた青年が後に師と出会い、世界でただ1人と言われた魔法技師のアークマスターである称号『魔工師』として名を馳せる人生の第一歩だった。