16 嫁達との語らいと奴隷問題への対策
「受け入れてもらってから聞くのも変ですが、私の事は嫌ではないのですか?」
秋斗がソフィアを受け入れてからしばらく。
3人はお茶を飲みながら落ち着きを取り戻していた。
「嫌なわけないだろう。美人だし、料理は美味いし、リリが一緒にって言うのなら悪い性格も隠してないんだろ?」
リリと従姉妹であるソフィアとリリの容姿は似ている。
双子や姉妹とまではいかないが、どちらもタイプの違うとびきりの美女。
リリはやや幼い顔立ちだが、ソフィアは大人びている、といった感じだろうか。背丈もリリの方が低く、ソフィアの方が身長が高い。性格や喋り方も全く正反対。だけれど、明確に違いを言い当てられないがどこか似ていた。
「うん。ソフィーは良い子。小さい時から一緒の私が保証する。秋斗も、もっと気に入る」
「ひょわ……」
秋斗の感想とリリの援護によってソフィアは赤くなった頬を両手で包み込む。秋斗にとって、そんな仕草も大人びている容姿とギャップがあって可愛く見えていた。
「むしろ、俺の方が愛想を尽かされないか心配なんだが……」
秋斗はハァと溜息を零す。
今まで碌に恋愛経験なんて積んでこなかった自分に嫁が2人も出来るなんて色々大丈夫だろうかと不安を隠しきれない。
「そこは、先ほども申し上げましたが夫を導くのも妻の役目ですので。私達が支えますから、秋斗様はどーんと構えておいて下されば大丈夫です!」
ソフィアは握り拳を作って自信に満ちた表情を浮かべる。
ハハハ……と先ほどまで繰り広げられていたソフィアとリリとのやりとりを思い出す。まさか自分が英雄扱いとは、と溜息を零すがここで1つ思い出す。
「もしかしてリリが突然嫁になるって言い出したのも俺の事知ってたから?」
「うん。私もソフィーと一緒に秋斗の本読んでたから。私もソフィーもずっと昔から秋斗に恋してた」
何やらあの時、リリの言葉に引っかかりを覚えていたがまさかこういった事だったとは予想できるはずもない。
彼女達に昔から憧れられていたのはむず痒いような感じがするも嬉しいのも確かだが、しっかりと受け入れるのであれば彼女達の親に筋を通さないといけない。
「とりあえず、エルフの王都に行ってリリとソフィアの両親に許可を貰うまでは確定じゃないからな? 婚約者的な感じだからな?」
そう言いながら、飲み終わったカップにインスタントコーヒーの粉末とお湯を入れてコーヒーを作り始める。
とにかく色々発覚した事実と現実を受け入れて、精神の安定を図るにはカフェインの摂取が必要不可欠といわんばかりにコーヒー中毒が加速する。
「秋斗を拒否する親なんていない」
「うちの親なんて泣いて喜びますよ」
それはそれで、直面した際にどう反応していいのか悩みながらコーヒーを口にする。秋斗が悩みながらコーヒーを口にすることで、そこで一旦会話が途切れた。
会話が無くなったのを見計らって、ソフィアは秋斗が自ら天幕に持参した飲み物が気になっていたのでそれを次の話題にあげる。
「それってコーヒーですか?」
「うん。って、今の時代にもコーヒーはあるのか!?」
ガバッと顔をソフィアに向けて反応すると、秋斗の急な反応にソフィアは驚きながらも問いに答える。
「は、はい。コーヒーはエルフの国では栽培していませんが、魔人国と獣人国で栽培されていて輸入していますよ。人族の国でも一部栽培している地域がありますね。ただ、紅茶に比べて飲んでいる者は少ないと思いますが……」
「でも、コーヒーと紅茶はどこの国でもあると思う」
「ヨッシャアアアアア!!!」
秋斗はソフィアの答えにガッツポーズで喜びを表現する。
コーヒーが無い生活なんて考えられない秋斗はエルフ国に無ければ栽培している場所を特定して買いに行こうと考えていた。
しかし、こんなにも身近にあるなんてラッキー! と思いつつ1つの考えが脳裏に浮かぶ。
「もしかして、コーヒー栽培をし始めたのはケリーか?」
「はい。というよりも、東側と呼ばれる我が国を含む、人族・魔人族・獣人族の国で栽培されている物はほとんどケリー様が各地を回って主導した物ですね」
やはりか。と秋斗は思いつつ、コーヒー栽培を現地人に伝えた事で、各地に伝わる御影秋斗トンデモ伝説の件は水に流してやろうと心に決めた。
それほどまでに中毒者なのだ。コーヒーとは辛い時も嬉しい時も隣にいてくれた存在なのだ。コーヒーは人生。
「現代のコーヒーを飲み比べするっていう新しい行動予定と楽しみが増えたな」
「そんなにお好きなのですね」
嬉しそうに笑みを浮かべながらコーヒーを口にする秋斗にソフィアも釣られて笑顔を浮かべる。
それから他愛も無い話を続けてしばらくした後、秋斗は席から立ち上がる。
「そろそろ俺は寝るよ」
「私は今日はソフィーと寝る。色々話したい事もあるから」
リリは立ち上がった秋斗を見上げながら告げる。
「あいよ。じゃあまた明日な」
「うん。おやすみ」
「秋斗様、おやすみなさいませ」
秋斗はおやすみーと声を残して天幕を出て行く。
そして、残ったのは妻宣言をした2人。
「リリ! 本当にありがとう! 私も秋斗様の妻に……!」
秋斗が退室し、2人きりになった途端にソフィアはリリに抱きつく。
夢に描いた憧れの人物との結婚。
何度も夢に見る程妄想した素敵な新婚ライフ。ついにソフィアは己の夢を現実にした事に涙ぐみながら喜びを噛み締める。
「うん。よかったね」
よしよし、とソフィアの頭を撫でながらあまり表情を顔に出さないリリも、今回は嬉しそうに親友へ微笑みを浮かべる。
「でも、秋斗様は自信が無いって言ってたわね。やはり古の時代には複数の妻を娶る文化が無かったからなのかしら」
「そうかもね。でも、親の許可があれば嫁にしてくれるって言ってた。もはや決まったも同然」
「お父様もお喜びになるわ。私達も伝説の賢者様の妻に相応しいよう努力しなきゃ。秋斗様をしっかり支えるわよ!」
改めて気合を入れ直すソフィアの言葉にリリもウンウンと頷いて同意する。
「ところで……。今日出会った時から思ってましたけど、貴方はなんでそんな格好を?」
「実は……」
リリのYシャツ一枚という姿に疑問を浮かべる。
ソフィアはリリの格好に疑問を持っていたが、秋斗という存在が強烈すぎて聞くに聞けない状況だった。
他の騎士達も秋斗を前にガチガチに緊張していたし、リリという大公家令嬢に迂闊な質問も出来ず。しかも、リリがYシャツ一枚だというのに自然な態度を取っていたので聞くのを躊躇われた。
アランやジェシカはリリがエルフ狩りに遭ったというのを秋斗との会話で聞いていたので、そのせいかな? とは薄々思いついていたのだが。
ソフィアの疑問にリリは、家を飛び出してから今日までの出来事をソフィアに話す。
それを聞いたソフィアはエルフ狩りに遭った辺りで顔を真っ青にさせ、秋斗と出会い一緒に暮らし始めた辺りで眉間に皺を寄せ始める。
「大公家の令嬢がエルフ狩りに遭うっていうのもアレだけど……秋斗様からシャツを頂いたうえに一緒の寝袋で寝るなんて! ズルイ! ズルイわ!!」
ソフィアは心底羨ましそうに顔を顰めながらリリにズルイズルイと連呼する。
「ふふ。数日間だけ秋斗と2人きりで過ごせた時間は、先に出会った私の特権。ソフィーはこれから頑張って」
リリは、ムフーとドヤ顔を決めながら胸を張る。
「わかっているわ。これからは一緒に過ごせるのだもの。でも、リリ。貴方はもう無茶しちゃだめよ」
「うん。秋斗から離れないから大丈夫」
リリの言葉にソフィアはホッと安堵の表情を浮かべる。
昔から顔はクールなくせに行動はやんちゃな従姉妹に心配ばかりしていたソフィアだが、ようやく落ち着いてくれるかと胸を撫で下ろす。
「それにしても、秋斗様の戦う姿を見れるなんて。本みたいに凄かったの?」
ソフィアは過去に読んだ秋斗の伝説を描いた本の内容を思い出す。『魔工師の伝説 ~アークエルの戦い~ 下巻』 というタイトルの本に描かれた大多数を相手に1人で戦う描写を思い出して頭に思い描く。
本には、秋斗が作った魔道具と身体能力を駆使して華麗に相手を殲滅する様子が描かれている。
この本を読んで、大人から子供まで誰もが賢者という存在に憧れる。
東側に存在する各国で公演される秋斗の演劇でもこの本のように戦う秋斗を演じる公演が多い。
「うん。本みたいに凄い速さで倒してた。気付いたら相手が吹っ飛んでるくらい」
リリはテントの隙間から覗き見していた様子をソフィアに語る。リリの口から語られた秋斗の戦う様は本の中で戦う秋斗の姿と重なり、秋斗に対する気持ちが一層強くなる。
同時に本の中で語られる存在が実在して、その存在の妻になるという事がソフィアに対して現実感を無くしていた。
「はぁ~。本当に現実なのかしら。私は夢を見ていて、起きたら王宮のベッドの上だったりして……」
「現実」
リリはムニムニとソフィアの頬を揉んで彼女に現実感を伝える。
「はぁ~。ゆめのよう~」
ソフィアは妄想していた事が現実になった事を噛み締め、リリは無言でムニムニとソフィアの頬の感触を楽しむのだった。
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秋斗が天幕を出て自分のテントに向かう途中。アランとジェシカの2人が秋斗に歩み寄り声を掛ける。
「秋斗様。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
ジェシカは秋斗を呼び止めた後、周囲警戒をしている騎士達が休憩所として使っている焚き火へ招待する。
簡易的な木の椅子に各自座るとジェシカは呼び止めた用件を話し始める。
「秋斗様にお聞きしたいのは、リリ様を攫った者……秋斗様が処理したという者達はどうしたのか? という事なんです。よろしければ、その時の様子も合わせて教えて頂けないでしょうか?」
「構わないよ。俺がケビンと別れた後……」
秋斗はケビンと別れ、リリと出会った時の様子から細かく説明していく。
傷を負ったリリが現れ、それを追ってきた3人組の様子や言動を説明していくにつれ、アランとジェシカの眉間には皺が寄ってゆく。
全てを聞き終えると、アランとジェシカの2人は深い溜息を吐き、説明の結末に安堵しつつも疲れた表情を浮かべた。
「本当にリリ様が秋斗様と出会えてよかったです。秋斗様がお目覚めになられていなければリリ様は今頃……」
「私も秋斗様に聞いた時は肝が冷えましたよ……」
「あぁ。後から知ったが、リリもイイトコのお嬢様どころか王族のお嬢様だったしな。他国で王族が奴隷になってるとかヤバイんじゃ?」
「ヤバイどころか……帝国と戦争でしょうね」
ジェシカは眉間に皺を寄せて真剣な表情を向けながら問いに答える。
彼女の答えに秋斗は「そうなるよな」と納得しながら彼女に頷く。
「帝国のエルフ狩りってのは頻繁にあるのか?」
「我が国の国境付近に砦を設置して監視はしているのですが……その目を掻い潜って潜入してくる輩がいるのです。正直な話、潜入経路が判明しておらず騎士や警備兵の巡回を増やして対応はしているのですが……」
ジェシカは悔しそうに顔を歪めながら、テーブルの上にある己の拳を強く握り締める。
「エルフの国のみが被害を受けているのか?」
秋斗はジェシカを見つつ、質問を続ける。続けられた質問に、ジェシカに代わってアランが問いに答える。
「いえ、東側の国全体ですね。人、獣人、魔人、エルフ。西側の人間は誰でも構わず奴隷にします。男女子供問わずです。東側の国全てで、ジェシカ殿の言った通り潜入経路の調査を行ったり対策を立てて騎士団で巡回などを実施しておりますが……状況はあまり芳しくないですな」
「子供もねぇ……」
秋斗は子供も奴隷にされているという事に心底嫌そうな表情を浮かべながら目を細める。
「向こう側が人を攫うのは人口不足なのか? それとも経済的な理由?」
「どちらもでしょう。西側は奴隷や民に労働をさせ、貴族や皇族は煌びやかな生活をしていると情報が入っています。また、戦争になれば奴隷が前線に立たされ戦いに駆り出されます」
「なるほどね……。帝国の正式な国名は何というんだ?」
「ヴェルダ帝国です」
アランの言う国名は秋斗が眠る前には聞いた事のない名だった。かつて秋斗が所属していたアークエルという国と隣り合わせになっていた隣国とは名前が違う。
2000年経っているのだからアークエルと同じように西側でも何かしらあって現在の国名になったのだろう。
「そうか。大崩壊前に存在していた隣国の国名とは違うようだが、現代の地図を見ればわかるかな」
「地図ですか。王都に行けば見れますな」
アランの言葉に頷きながら、秋斗は言葉を続ける。
「まぁ、帝国のある場所は置いといて。奴隷問題は力になれるかもしれない」
「本当ですか!?」
秋斗の言葉にいち早く反応するのはジェシカ。
勢いよく立ち上がり、秋斗を見つめる。
「ああ。要はこちらへの入り口を制限すればいいのだろう? 国境沿いに壁を作ったり、人が侵入すればわかるようにすりゃいい」
「壁……ですか?」
「今の時代はどうやって壁を作っているんだ?」
「壁というと城壁ですか? 石やレンガ積んで、といったやり方でしょうか?」
「確かにそのやり方だと建築に時間が掛かる。昔は国境にはシールド技術を使った壁があったんだ」
「シールド?」
アランとジェシカは聞いた事が無いようで、首を傾げる。
「目に見えず透明で、攻撃や人を通さない壁だな」
秋斗は当時あったシールドウォールと呼ばれていた物を2人に説明する。
地面に落ちていた木の枝を2本拾い上げ、テーブルの上に手を使って垂直に立てる。
「この枝みたいに真っ直ぐ柱を建てる。それで、この柱と柱の間には透明な壁が出来るんだ」
「そんな物があったのですか。古の時代はその壁で守っていたのですか?」
「ああ。国境に配置していたな。高高度……空のかなり高い位置から壁を超えようとする者には防げないが、陸からの進入は遮断できる。柱間の壁を抜けようとすれば押し返され、魔法が当たっても吸収される」
「なるほど。では、この柱を壊されたら透明な壁は消えるのですかな?」
アランは片方の枝を指差しながら質問する。
「そうだな。柱自体にも防衛装置は付けるが……当時は耐久力のある材質で作ったり、柱の前に堀を掘って柱に近づかせないような対策をしていた。まぁちょっとやそっとの魔法を当てられても壊れない」
秋斗の説明に2人は腕を組みながら唸る。
「さすが古の技術ですな。確かにそれがあれば侵入者は防げそうですな」
「今の時代に空を飛ぶ技術はあるのか?」
「いえ、空を飛んで移動や攻撃をしてくるような物はありませんね。空を自由に飛ぶなど賢者様か、それこそ古の技術じゃなければ無理でしょうな」
現代には飛行機、その前身だった気球なども無いようだ。あったとしても対空防衛装置を積めば問題ないだろう、と秋斗は考える。
「まぁ、空からの対策もあるからそれを装備させれば今後飛行技術が出て来ても対応できるだろう」
「なるほど……。秋斗様がお作りになるのですか?」
ジェシカが秋斗の顔を真剣な表情で見ながら問いかける。
「俺が作ろう。まぁ大きな物だから必要な量の材料があれば作れる」
「ふむ……。秋斗様の力をお借りできるのであれば安心ですが、どちらにせよ我々だけでは判断できませんので王都に戻ってから陛下にお聞きしなければなりませぬな。戻ったら早急に陛下へ今の話をお伝えします」
「そうですね。それに他国とも話さなければダメでしょうから」
アランはジェシカに視線を送ると、ジェシカも頷きながら同意する。
「この時代の事だからな。何かを決めるのは、今の時代を生きる人々がするべきだ。俺は、提案はするが強制はしない。だが、子供まで奴隷として攫われるというのはダメだ」
秋斗は2人に真剣な表情で告げる。
「身勝手な大人の都合で罪も無い子供が理不尽な現実を突き付けられるような事程、酷いモノは無い。俺はそんなものを見るのも受けるのも心底嫌いだ」
秋斗の言葉に2人は姿勢を正して真剣な表情を浮かべる。
「秋斗様の言う通りです。子は国の宝であると我が陛下も、他国の陛下もおっしゃっております」
ジェシカは秋斗の言葉に同意し、国の頂点である王の言葉を秋斗に伝えた。
「そうか。ならば、今の時代を生きる人が望むのであれば俺は俺の出来る事をしよう」
「我らの為にありがとうございます。秋斗様のお言葉を聞いたら、きっと陛下や民も喜ぶでしょう」
秋斗の言葉にアランとジェシカは笑みを浮かべながら頷き、アランは感謝を口にした。