154 管理者
移動要塞ゼウスの中枢。
ユウトを筆頭に秋斗の子孫である4人の子の傍らには、濃縮魔素を体に注入して姿の変わったリンドアース教皇――の死体が赤い血を流しながら倒れている。
彼らは死亡した教皇には既に視線を向けておらず、今は目の前にある装置に注目していた。
マナマシンらしき装置の中央には液体で満たされた透明なガラスケースが取り付けられており、ガラスケースに浮かぶ人の脳には数本の細いケーブルが刺さっていた。
「これが神ねぇ」
ユウトがコンコンと手でガラスケースをノックするが反応は無い。
彼らの目の前にある物こそが、グレゴリーの予言した人工の神。始まりの魔法使いであるイチロウの脳を使用したAIシステムであった。
「コイツが予言? とやらを教皇に説いて国の方針を決めていたのか? そもそも、そんな重要な物を兵器に積んでまで何故東側に来たのだ?」
腕組をするシルビアがこてんと首を傾げながら疑問を口にすると、横にいたウルザが呆れ顔でその疑問に答えた。
「情報部が言ってたじゃないですか。相手の侵略は、オーソン大陸の深刻な人口減少に伴う人手の補充。それと、秋斗お爺様やアドリアーナお婆様の遺産を探しに来たのだと」
以前の会議で話し合いましたよね? とウルザが付け加えるが、シルビアはたわわに実った胸を張りながら「忘れた!」と力強く言い放った。
ウルザの言ったようにリンドアースの侵略には理由があった。
相手の土地や食料、奴隷の確保で人手不足を解消、遥か昔にいたアークマスターと呼ばれる人物達の研究成果の発掘……とリンドアースに潜入したアークエル情報部が様々な理由を持ち帰ったが、一番の狙いはアドリアーナの医療技術だ。
オーソン大陸では数年前から人が窒息死するという謎の奇病が発生。
人口の減少が徐々に進んで、その減少率も近年では危険な状態となっていた。
そんな状態になるまでオーソン大陸の研究者達は病の原因を追究できずにいたのは、数千年に一度訪れる人工神のメンテナンス期間と重なって神からの助言を受ける事ができなかったからだ。
人工神のメンテナンスを急務とし、メンテンナンスが終わって再起動が完了すると人工神の下した決断は東大陸の制圧。
東大陸に病を治す方法が残されている、と助言されたオーソン大陸の者達は東側への足掛かりとなっているリンドアースを使って侵略を計画。
計画を練り終える頃には人工神をメンテナンスできる『賢者』と呼ばれた過去技術を継承していた者達も病を発症し始め、彼らを生かす為にも東大陸の制圧は早急に行わねばならなかった。
オーソン大陸の国を作った始祖ライゴの遺産である移動要塞と同等の兵器を侵略の為に建造中であったが、その計画を一時凍結。
時間短縮の為に東大陸で手に入れた新技術の魔石炉をオリジナル移動要塞に移植して、アドリアーナの医療技術を求めて侵略を開始。
というのが真実なのだが、これらはまだアークエル側も掴めてない情報だ。
因みに、オーソン大陸で蔓延している病の原因は始祖ライゴ達の作った寄生虫が原因だった。
一度滅んだ文明、激変した生活環境、魔獣という新種の生物の肉を食料とした様々な要因が組み合わさって、遺伝子操作されていないオリジナルの人間達は脳に寄生されている状態、脳が異物混入に耐えられなくなってしまった。
これらはジワジワとオリジナルの人間を蝕み、オーソン大陸の医療関係者も自分達の神が原因だとは思いもしなかった結果だ。
原因を作ったのが自分達の始祖であるライゴなので、彼が受けるべき報いを子孫達が受けたと言うべきだろうか。
「ねぇ、さっさと破壊して帰りましょう?」
目の前にある人工神をゴミを見るような目で見つめながら微塵にも興味があるように見せないソシエは、他の3人を促し始めた。
「そうだな。さっさと壊して……お婆様方とお爺様の墓参りに行こう」
ソシエの提案へ一番に同意したのはユウトだった。
「ようやく、リリお婆様もソフィアお婆様も心安らぐ日々が送れるだろう」
「そうね。秋斗お爺様や王族の方々にしっかりと終わった事を報告しなければね」
ユウトに続き、シルビアとウルザも頷く。
「早くしましょう。邪教の神など興味は無いし、私はこの部屋の空気を吸うのも嫌なの。汚らわしい!」
ソシエが過激な事を言いながらユウトの背中を軽く押し、さっさとしろと促す。
「はいはい。わかった、わかった」
人工神と呼ばれるマナマシンの至る所に爆発物を設置し、全員で部屋を出てシールドを展開しながらユウトが起爆装置を押す。
木っ端微塵となった人工神を確認した4人はジーベル要塞へと戻って行った。
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西の大国であったリンドアース聖王国との戦争は人工神ゼウスの破壊によってほぼ終結。
敵の要を賢者の子孫が倒した事によって、今後アークエルの軍勢は旧ヴェルダ帝国領土を制圧しながらリンドアースの残党を追い詰める作戦へと切り替えた。
アークエル王都では敵の侵攻を防ぎ、国が荒される事は無いと正式に王家より発表されると住民達は軍の勝利を称える宴を行いながらホッと胸を撫で下ろしていた。
国内に終戦ムードが漂う中、1台のマナカーは夜の森を突き進んでいた。
運転席に座ってハンドルを握るのは魔人族の男、アルフレッド。
後部座席には300年以上経っているにも拘らず一切歳を取った形跡が見られないゴスロリ服を着た少女、アドリアーナ・ヘルグリンデ。
アドリアーナを乗せたマナカーが進む森の名は『魔工の森』と呼ばれた伝説の魔工師の旧邸があったと伝わる森。
ヘッドライトで道を照らしながら進み、辿り着いた場所は浜辺。
マナカーから降りたアルフレッドとアドリアーナの視線の先――浜辺の先にある海には巨大な建造物である宇宙ステーションが横たわっている。
ここは秋斗が目覚めた際、最初に訪れた浜辺であった。
アルフレッドは胸ポケットから一本のサイリウムのような、棒状のライトを取り出してスイッチを入れる。
緑色に光ったライトを空に掲げて宇宙ステーションに向けて5分程手を振ると、2人が視線を向けていた宇宙ステーションの残骸から赤い点の光が振り返されてきた。
ライトのスイッチを切って更に5分程待つと、宇宙ステーションの残骸から黒い影が浜辺に向かってやって来る。
黒い影の正体は小型の船。
船の外見や形状、使われている動力は現代の技術には見合っていない。
見る者が見れば『賢者時代の物』と言うであろう船が浜辺に到着すると、一人の黒いスーツを着用した女性が浜辺に降り立った。
「アドリアーナ様。お待たせ致しました」
アドリアーナに向けて綺麗なお辞儀をする美しい女性の耳は尖っていて、エルフ種だというのが窺える。
「ええ。あの人の所へ行くわ」
アドリアーナは特に驚く事も無く、ごく自然に言葉を口にした。
「承知しました」
告げられたエルフの女性も自然に要求を受諾し、アドリアーナとアルフレッドを船へと誘う。
アドリアーナの乗せた船は宇宙ステーションの残骸へと進み、巧妙に隠蔽された船のドックへと侵入。
「教団にはバレなかったようね」
「はい。周囲には強力な魔獣を解き放っておりますし、何より主の行使した空間魔法のおかげでしょう」
他愛も無い話をしながらも、船を下りるとそこから別の乗り物へと乗り換える。
ドックから上へ上へと階段を上がって行くと、次は頭を空へと向けて立っている飛行機が3人を出迎えた。
エルフの女性が壁にあるボタンを押すと天井が開き、満天の星空が姿を現す。
「では、参りましょう」
3人は飛行機に乗り込み、操縦席にはエルフの女性が座る。
ポチポチとボタン操作をして機体を起動させると、飛行機のリアクターがブースターへと火を入れ、機体はそのまま轟音を立てながら空へ向かって発進した。
空へ向かって行く飛行機は夜空に漂う雲を突き抜け、終いには宇宙空間にまで到達。
宇宙空間に到達すると垂直だった機体は水平へと変わり、目的の場所へと再び進む。
3人の目指す場所。
それは宇宙に漂う賢者の武器庫と呼ばれた施設――秋斗の建造したシェオールであった。
シェオールを作った秋斗とは別の者によって増設された寄港施設へと機体を進ませ、人がシェオール内部へと侵入する為の廊下を機体に取り付けた後に3人は内部へと侵入。
エルフ女性の案内で居住施設へと廊下を進み、目的の部屋へと到達した。
自動ドアの横でエルフ女性がアドリアーナへお辞儀をし、アドリアーナ1人で部屋の内部へと進む。
部屋の中にある、デスク上のキーボードを叩いていた男がアドリアーナへと顔を向けた。
「久しぶりだな、アドリアーナ」
「ええ。貴方もね。ヘリオン」
部屋の主の名はヘリオン・マッケンシー。
嘗て『錬金王』と呼ばれたアークマスターの1人は、アドリアーナのよく知る変わらない姿のままで彼女を出迎えた。
「地上はグレゴリーの見た未来の通りになったようだね」
「ええ……。というより、見ていたんでしょ?」
「ああ。勿論だよ」
ヘリオンは執務机の上にあるモニターへ視線を向ける。
モニターには地上――アークエル大陸全土が映し出されており、表示された別のウィンドウにはアークエル王国の王都が拡大表示されていた。
「秋斗とケリーの子孫は元気よ。貴方も会いに来れば良いのに」
彼のどこかストーカーのようなやり口にアドリアーナが苦笑いを浮かべながら提案するが、ヘリオンは首を横に振る。
「まだここでやる事がある」
ヘリオンは胸ポケットから1つのマナデバイスを取り出して執務机の上へと置いた。
「我々の時代を滅ぼした宗教組織は秋斗とケリーの子孫によって潰される。しかし、グレゴリー達が未来の為に犠牲になろうとも、人類の争いは終わらない」
彼の置いたマナデバイス。
その正当なる持ち主の名はグレゴリー・グレイ。
机に置かれたマナデバイスは『未来が見える魔法』の術式が記録されたマナデバイス。
グレゴリーの死後、彼のマナデバイスを継承したのはヘリオンだった。
ヘリオンは未来予知という人の欲を刺激する危険な魔法の管理者。
そして、秋斗の子孫が人工神を打倒した後の未来を見た第2の予言者。
「準備は進んでいるのね」
「ああ。来てくれ」
ヘリオンはアドリアーナをシェオール内にある大型マナマシンが置かれるハンガーへと案内する。
そこにはヘリオンが地上から姿を消し、秋斗にも会わず、無断でシェオールを改造してまで宇宙にいる理由があった。
「これは……」
アドリアーナが見上げる大型マナマシン。
それは戦車のような物ではなく、地上では最近よく見かけられる巨大な人型をしたマナフレーム。
「秋斗が開発したマナフレーム。それを大型マナマシンへと転化させた。正直、小型のマナフレームよりは作りやすくて助かったよ」
「これは有人ロボット兵器? こんな物を必要とするの?」
「ああ。次の敵に対抗するには大型マナマシンが必須だ。奴等は戦闘用の巨大ロボット兵器やそれを運ぶ母艦を用いてアークエルの大地を取り戻しにやって来る。……しかし、秋斗がシェオールのアーカイブにマナフレームのデータを転送してきた時は驚いた。まるで秋斗も先の未来を見たのか、と思う程にね」
ヘリオンは首を振りながら「あいつにはいつも驚かされる」と付け加えた。
「それにしても……相手はここまでの技術力を持っているの?」
アドリアーナは眉間に皺を寄せながら目の前に佇む巨大な4機のマナフレームへ視線を向ける。
ヘリオンも同じく視線を向けながら告げる。
「ああ。なんたって、次の敵は別の星からやって来る……文明崩壊から逃れた賢者時代の生き残り達だ」
目覚めた二千年後はまるで異世界でした - 完
読んで下さりありがとうございます。
約半年書き続けましたが、エタることなく終わりを迎えられましたのは偏にアクセス・感想・ブクマ・評価をして下さった方々のおかげです。
繰り返しになりますが、私のような素人の書いた小説を読んで下さり本当にありがとうございました。
完結後に当作品を見つけて読んでくれた方もありがとうございます。
面白いと言ってくれた方もおられるようで、苦し紛れですがエタらず最後まで書いて良かったなと思っております。
次回作等はこの作品以上に読者の方々の期待に応えられるような物が作れるよう精進致します。