153 賢者の子達
大型マナマシン『タイタン』の主砲はリンドアースの巨大な移動要塞のシールドを食い破っただけでは終わらず、抉るように本体の装甲を破壊した。
その結果、移動要塞ゼウスは走行不能状態となって各所から黒い煙を上げながら沈黙。
そして、足を止めた移動要塞ゼウスに向かってアークエル軍の人員輸送用のVTOLが空を駆けて行く。
全30機のVTOLに乗っているのはアークエル軍兵士の中でも特別優秀な能力を持った選抜特殊部隊に所属する者達。
彼らの姿は地肌の上に服を着ているような、生身の姿ではない。
マナフレームと名付けられた魔工師の遺産――戦闘用強化外骨格を装着したアークエル最強の部隊であった。
「シルビア隊長! 移動要塞の上に敵兵を確認!」
移動要塞の甲板上で魔法銃を構える敵兵を視認したVTOLのパイロットは、アークエル軍特殊部隊の隊長であり、オリビアの直系の子であるシルビア・御影・雨宮・ガートゥナへインカム越しに報告する。
報告を受けながらも外の様子を確認していたシルビアはマナフレームのフルフェイスヘルメット内に埋め込まれている通信装置を使って全隊へ命令を下す。
「4~6小隊は空中から牽制射撃を行って他の隊の降下をバックアップしろ! ウルザ! 敵の中枢に向かってくれ!」
『シルビアはどうする気?』
了解! と小隊長の返答が返ってくる中、最後に返答があったのは副官でもあり、エルザの直系の子であるウルザ・御影・レオンガルド。
ガートゥナの最強を受け継ぐ戦姫。
レオンガルドの鬼人を受け継ぐ鬼姫。
この2人こそが、当代の魔工師を除きアークエル軍最強の名を保持する軍の最大戦力。
それ故に、ウルザだけでも人工神が設置されていると情報のある要塞中枢へ向かうのは十分と判断した。
「下にどうしても殺したいクソ野郎を見つけた」
シルビアがフルフェイスヘルメット越しに睨みつける先にいる男。
移動要塞の甲板で一人ニヤニヤと笑みを浮かべながら立っていたのは『トリスタン』と呼ばれた過去より目覚めた男だった。
『ああ。お爺様の。任せるわ』
シルビアの睨みつける人物を見つけたウルザは、彼女の下した命令に納得。
必ず殺しなさいよ、と言い残した後に彼女の乗ったVTOLは降下ポイントへ向かって行った。
「私はここで降りる。お前達はウルザの指揮下に入れ」
シルビアはVTOLのドアを開けながら背後を振り返り、隊の部下へ告げる。
彼らも了解、と短く返すのみでシルビアが一人で途中下車するのを誰一人止める者はいない。
シルビアは一人、全身に空気抵抗を感じながら移動要塞の甲板へと落ちて行く。
強化外骨格によって身体能力が向上している彼女等にとって、高い位置から降下するなど簡単な事だ。
いとも簡単に着地したシルビアは眼前に立っている男へ視線を向ける。
「ハッ。一人だけかよ」
トリスタンは大型の魔法銃を肩に担ぎながら、相変わらずとニヤニヤとした表情を浮かべていた。
「貴様など、私一人で十分だろう」
「その声……あの時のお姫様かァ?」
シルビアとトリスタンが面と向かって立ち会うのはこれが初めてではない。
1年前、トリスタンが部隊を引き連れてジーベル要塞を強襲した際に一度殺し合いをしていた経緯があった。
その際に、指揮を取っていた男の名がトリスタンだったという事を祖母であるリリとソフィア、アドリアーナに報告したら、名も外見の特徴も尊敬する初代魔工師の仲間を殺した大罪人『傭兵トリスタン』と一致。
以来、シルビアはトリスタンを探し続け、必ず自分が仇をとるのだと心に決めていた。
同時にトリスタンもシルビアの事はよく覚えている。
ジーベル要塞を遠目から偵察していた際に、彼女の纏う強化外骨格のフルフェイスヘルメットの下にある美しい顔を見たのだ。
あの顔を絶望に歪めたいと執拗に彼女を狙いながらも要塞攻略を目指したが、ジーベル要塞を落とすのは失敗に終わった。
撤退した日より、トリスタンの第一目標はシルビアになっていたのだ。
「ヒヒヒ! いいじゃねえか! ここでお前を引ん剥いてやるぜ!」
「馬鹿を言うな」
「あぁ!?」
「貴様のような、初代魔工師に敵わなかった者が私に勝てるはずがない」
「魔工師、だと?」
魔工師という名はトリスタンにとって最悪の思い出を象徴するモノだ。
嘗て、彼は魔工師に負けている。
大型マナマシンで街ごと一切合切を焼き払われ、命は助かったものの、体の半分に大火傷を負って傭兵を引退せざるを得なかった。
だが、傭兵を引退して大火傷を癒すべく睡眠医療装置で寝ていたのが幸いして、自分のカルテを見たゼウス教の前身組織である宗教組織が彼を確保。文明崩壊時に死ぬのを免れたのだが……。
トリスタンは耳障りな、自分の中の忌々しい記憶が蘇った事にギリギリと奥歯を噛み締める。
「そうさ。私の纏う鎧は初代魔工師、御影秋斗の創りし最強の鎧。手に握るは紅狼最強の者が持つ最強の剣。それを纏う私が、貴様如きに負けるはずがない」
秋斗の直系のみが纏う事を許された4機のマナフレームは御影秋斗が自ら製作したオリジナルの小型リアクターが搭載されたマナフレーム。
他の隊員達が纏うマナフレームは量産型で、動力炉は小型圧縮魔石炉というヨーゼフの作った魔石炉を改良して小型化、大出力化した物が搭載されている。
量産型も結構なスペックなのだが、やはりオリジナルには到底敵わない。
そんなモノを纏うシルビアは負けるかもしれない、なんて考えは微塵も思っていなかった。
シルビアは腰から双剣――嘗てオリビアの使っていた魔双剣を改良した『魔双刀・ガートゥナ』を抜き放つ。
「俺様が魔法銃だけで戦うと思ったのかァ!?」
対して、トリスタンがポケットから取り出したのは1本の無針注射器。
中には複数の魔石から抽出して精製した魔素の濃縮液体が入っており、それを注射する事で人並みはずれた身体能力を得るというリンドアースの開発した魔法薬。
原理的には秋斗の使っていた右目の身体能力強化システム――現在、東側では副作用の危険性を知っているアドリアーナが技術を封印している――に近い。
彼は首筋に注射器を押し当てて中身を己の体に投与。
すると、体中の血管が浮き上がりながら筋肉が盛り上がっていく。
「ガァァッ!」
トリスタンは目を血走らせ、一回り大きくなった腕一本で大型魔法銃を構えて銃口をシルビアへ向ける。
「―― 一刀で終わらせてやろう」
対し、シルビアは生前のオリビアを思い出させるような、双剣を構えて静かに呟く。
「ほザけエエエ!!」
トリスタンが吼えながら大型魔法銃のトリガーを引き始めると同時にシルビアは足に力を入れた。
「フゥッ――」
シルビアは鋭く一息吐くと、その場から姿を消した。
「どゴえェェ……ェ?」
「弱いな」
次の瞬間にはシルビアはトリスタンの背後に立ち、トリスタンの首から上は体から剥がれ落ちながら斜めに傾き始める。
視界が傾いていくトリスタンには何が起こったのかもわかない様子。
対し、シルビアは振り向く事無く腰に双剣を納め、ふともも部分に取り付けられている小型収納から小さな爆弾を取り出して背後へと転がした。
「復活されても面倒だ。木っ端微塵にはさせてもらうぞ」
彼は既に首を斬られて死んでいるのだ。
一刀で終わらせる、という約束は果たしたが、死体をリンドアースに回収されても面倒である。
副官ウルザの熱心な教育によって脳筋を卒業しているシルビアは抜かりなく後始末を終えた。
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一方で、敵中枢へと進むウルザと隊員達は移動要塞内の廊下で戦闘中であった。
狭い廊下での戦いであるが、アークエル軍はリンドアース軍の激しい抵抗を撥ね退けながら着実に進んでいく。
「邪魔よ。……1小隊、カバーしなさい」
先頭を進むウルザはマナフレームによって強化された身体能力と魔槍レオンガルドを構え、敵の懐へと潜りこんでは次々と相手を屠っていく。
当然、敵の数も多くウルザの背後を狙う輩も多くいるが魔法銃で援護射撃をするアークエル軍によって阻止されてしまい、ウルザの勢いを止める事は叶わない。
「なんで……! なんでこちらの攻撃が当たらない!?」
後方で指揮を執っていたリンドアース軍の将校は、眼前に拡がる殺戮劇に平静を保つことはできなくなっていた。
彼は一旦奥へ撤退し、増援を呼んで自分の隊を立て直そうと考えながら自身の背後に顔を向けた瞬間、一層大きな破壊音と複数の断末魔が耳に飛び込んできた。
背後に顔を向けていた将校が恐る恐る顔の向きを戻すと――
「当然でしょう。私達が貴方達よりも優れているからですよ」
そこにいたのは槍の先を青白く光らせながら、その槍で2人の人間を串刺しにし、返り血で体を真っ赤に染めた化物が立っていた。
嘗て西に轟いた、東に住む一騎当千の『鬼人』の噂。
リンドアース生まれのリンドアース育ちである彼らは自分達の曽祖父やその前の代の人間からよく聞いていた『技術力も文化も乏しい怖がりな蛮族が囁く噂だ』という笑い話。
今でもたまに酒場でネタにされるような噂を何故今になって思い出すのか。リンドアースの将校はその理由が理解できる前に、人生を終える事となった。
敵に将校を討ち取られたリンドアース軍は撤退を始め、アークエル軍が廊下を進みながらそれを追いかける。
少し進むと廊下を抜け、施設と施設の切れ目になっている屋根の無い、広場のような場所へと出た。
広場中央にはリンドアース軍の物資と思われる木箱や金属製の箱が、回収する暇も無かったのか無造作に置かれたままになっており、それを挟んだ対岸には先程追い詰めたリンドアース軍の隊が別の隊と合流してウルザ達を待ち受けていた。
「撃て! 撃て!!」
アサルトライフル型の魔法銃を構えたリンドアース軍の兵が廊下を抜けてきたウルザ達へ発砲を開始。
待ち伏せを受けたウルザ達も素早く遮蔽物へと身を隠すが、対岸のリンドアース兵は組み立て式のガトリング砲をセット。
ガトリング砲の組み立てが終わったリンドアース軍は、自分達とアークエル軍との中央にある自分達の物資などお構いなしにガトリング砲のトリガーを引いて、ウルザ達を蜂の巣にせんと連射を開始した。
さすがのアークエル軍もガトリング砲による連続射撃を行われては動きが制限されてしまい、指揮を執るウルザがどうするかと考えていると――
「あらあら。まだ終わっていないの?」
ウルザ達の頭上からはこの場には似つかわしくない、穏やかな声が降り注ぐ。
「ソ、ソシエ姉様……」
ウルザが空へ視線を向けるとそこには背中から緑色をした光の粒子を排出し、まるで妖精の羽を表しているかのように宙に浮かぶマナフレームを装着しているソシエがいた。
彼女の装着するマナフレームも初代魔工師の創ったオリジナル型。
だが、他の3体と少し違うのは見た目がドレスを纏っているような『女性型』という点だろう。
秋斗の創ったオリジナルのマナフレームに当代の魔工師がガワにだけ手を加えた、ソシエ専用のマナフレームだ。
「ウルザ。随分と遅いわね? 私は早く帰りたいのよ? 帰って偉大なるお爺様の偉業を本にしたいの。わかっているかしら?」
ソシエの声音は誰が聞いても穏やかに聞こえるだろう。
しかし、アークエル軍2強の1人であるウルザの体はビクリと震える。
「あのような邪教を制圧するのに3時間も――」
「撃て! 撃ち落せええええ!!」
変わらぬ穏やかな声音ながら口にする内容にはどこか狂気めいたモノを孕むソシエの言葉を覆うようにリンドアース軍は怒声を張り上げる。
怒声と共にソシエへ向けられるのはガトリング砲の銃口。
怒声よりも何十倍も五月蝿い発射音と共に発射された無数の魔法弾がソシエへと殺到するが――
「汚物がうるさいわね」
ソシエへと発射された魔法弾は彼女のマナフレームより発生するシールドに全て弾かれ、彼女へダメージを与える事は無かった。
むしろ、愛しい妹への教育を邪魔されたソシエは、先程と打って変わった冷ややかな声音をリンドアース軍へ向ける。
「マナ・ビット射出」
ドドド、と音を立てながらソシエのマナフレームのドレススカート部分より筒型のモノが射出される。
全部で10射出された筒は空中で蜂のように形を変え、ソシエの周りに浮かぶ。
「全マナ・ビット術式展開」
ソシエの周りに浮かぶ蜂達は己の眼前に術式を展開させる。
展開した術式は『フラウロス・ジャベリン』と名付けられたソシエオリジナルの炎系攻撃魔法。
1撃でAA級魔獣をも屠るほどの威力を持つ、東側最強の威力とされる魔法だ。
その魔法を顕現させるための術式が10。
「ちょ、ソシエ姉様!?」
ソシエの展開した術式の威力を知るウルザはマナフレームの中にある顔を真っ青にするほど慌てふためく。
そして素早く全隊へ自分達がやって来た廊下の方向――背後にある施設内に退避するようインカム越しに叫びながら、自身も全速力で退避を開始した。
一方でソシエはウルザ達のことなど全く気にせず、空中で両手を空へと掲げた。
「ああ! 偉大なる賢者様! 愚かなる邪教へ裁きの炎を!」
ソシエが叫ぶと同時に浮かんでいる10機のマナ・ビットは術式を解放。
地獄のような炎の槍がリンドアース軍へと降り注ぎ、灰の1つも残さず彼らを消し去る。
当然ながら彼らの立っていた移動要塞の床もドロドロに溶けて大穴を開け、融解した金属が真っ赤に赤熱しながら滴り落ちていた。
「んふふ。さすがはお爺様! 私のようなひ弱でか弱い女でも戦える程のマナマシンをお創りになられるなんて……! ああ! やっぱり偉大で素晴らしいお爺様の偉業を世に伝えなくちゃだわああああ!!!」
マナフレーム内にある彼女の表情は恍惚とし、瞳を潤ませながらハァハァと官能的な吐息を漏らしながら自身の体を抱きしめてクネクネと空中で動くソシエ。
「あれで聖女と呼ばれているのは問題だと思う」
施設内からクネクネと動くソシエを見つめるウルザはボソリと言葉を零す。
一緒に見ていた隊員達も静かに頷いて同意していた。
読んで下さりありがとうございます。
明日の投稿で終わります。