152 350年後
東側各国が統一され、新歴『アーク歴』となってから350年。
アークエル王国に住む住人達にとっては激動の350年だっただろう。
今は亡き賢者である、魔工師・御影秋斗による魔道具技術の大革新。
加えて不老不死の聖母アドリアーナによって齎され続ける医療技術の革命。
日常生活を便利にする魔道具や各街を安全・高速で移動する移動用の大型魔道具。西の侵攻を未だ食い止め続ける不可侵の壁。
病気に対する医薬品と外科手術。国民全体の平均寿命の大幅な向上。
アークエル王国の前身であった4ヶ国時代では到底想像できないほどの恩恵が2人の賢者によって全国民に与えられた。
しかし、この激動の350年で変化したのは良い事だけではない。
特に大きく歴史が動いた事件と言えば、5年前より行われた大陸西端にあるリンドアース聖教国によるヴェルダ帝国への侵攻。
人間至上主義を掲げるリンドアースは突如、大陸全土へ『異分子たる非人類の浄化』という名目を宣誓し、全国へ『聖戦』の宣戦布告を行った。
そのリンドアースの大型実験施設が実情だった都市国家である魔法都市アルデマも同時に立ち上がり、2国の軍はヴェルダへ襲い掛かった。
勿論、ヴェルダも無抵抗で降伏した訳ではなく、徹底抗戦を掲げて2ヶ国相手に3年間の戦争を繰り広げた。
2ヶ国軍の背後にはリンドアースの民から『神』と呼ばれる存在がついていたのもあり、失われた文明技術――魔法銃を持ってヴェルダをジワジワと追い詰めていった。
そして、結果はヴェルダ帝国の完全崩壊。
皇族は勿論の事、ヴェルダの住民全てが魔法銃を持って戦う『神の軍』に殺戮され、生き残った者は公式にはゼロ。
この2ヶ国対ヴェルダの戦争について、アークエル王国に所属する戦況分析官達が口を揃えて言う評価は『よく3年も持ち堪えた』だ。
リンドアース側は魔法銃を持った賢者時代と同等の力を持っているにも拘らず、ヴェルダ側は剣と盾を持ち出して戦場で陣形を整えるような前時代の軍隊。
さらには帝都地下に張り巡らされていた神託増幅装置という物が起動して、一部の帝都民がリンドアース側へと寝返る。
これは人工神による魔法波で洗脳された結果だとアドリアーナは語る。
が、リンドアース側に寝返らず、反抗できた者達の理由はアドリアーナでさえも説明できなかった。
反抗している者達の中には強欲な皇帝がいたため『負けたくない、負けて金を奪われたくない』と強い想いが洗脳を跳ね返したのでは? と、根性論のような理由が一部のアークエル所属研究員達の間で噂になっていたくらいだ。
そんな状況なのにも拘らず3年持ち堪えたというのは敵ながらあっぱれ、とアークエル王国側は言わざるを得ないだろう。
彼らの稼いだ3年は大きい。
この3年でアークエル側はリンドアースに対しての準備を万端に出来たのだから。
西での戦争が始まった際はアークエル国内でもかなりの動揺が広がった。
噂で『相手は賢者時代の技術を使っている』という情報が住民達の耳に入ったのだ。
しかし、現アークエル王国代表であり、イザークの子孫――レオンガルド家直系であるルーク・御影・レオンガルドは動揺する民へ一言のみ伝えた。
「愛すべき民達よ。心配する事は無い。偉大なる賢者達によって、この戦争は350年も前に予言されていた」
西での戦争と侵攻は350年以上も前に『魔王グレゴリー』によって予言されており、アークエル王国中枢は密かに準備を進めていたのだ、と。
東側住民達によって絶対的に崇拝され続ける魔工師。その魔工師と同じ時代を生きた者も未だ存在する東側では『賢者』の言葉は絶大な信頼感がある。
ましてや、魔工師の師と伝わる『大賢者』であり魔法を極めた者である『魔王』のグレゴリー・グレイによって予言されていたと聞かされた住民達は、胸の内にあった不安をすぐに解消した。
当然、この言葉は嘘ではない。
御影秋斗と雨宮グレン、アドリアーナ・ヘルグリンデ、当時の4王家の者達が計画した通りにリンドアースへ悟られないよう準備を進めてきた。
リンドアースによるヴェルダ侵攻の旨を聞いた際、計画の総監督に就任していた、伝説の魔工師と共に時間を過ごした経験を持つエリオット・ラドールは静かに呟く。
「友よ。約束の時が来た」
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「状況はどうか」
計画の総監督であり、長年アークエル王国の政務アドバイザーをして来たエリオットはアークエル王国王城にある司令室内の椅子に座りながら巨大なスクリーン型モニターへ視線を向ける。
「現在、リンドアース軍の巨大移動要塞ゼウスは旧ヴェルダ帝国帝都を通過。予想通り、ジーベル要塞を目指して進んでいる模様です」
司令室にてオペレーターを務めるエルフの女性が、旧ヴェルダ帝国上空にいる偵察機より送られてくる映像を見ながら敵の主力たる巨大移動要塞『ゼウス』の様子をエリオットへ状況を伝えた。
「そうか。ルーク。頼むよ」
エリオットは嘗て親友からプレゼントされた腕輪型のマナデバイスに表示されている時間をチラリと見た後、隣に座る現王国代表の青年に顔を向けた。
「必ず。初代様方が安心して眠れるように」
ルークはエリオットの目を見つめ、強く頷いた。
「ジーベル要塞にいるユウトへ繋げ」
ルークはモニターへ視線を向けた後、今回の作戦の要である人物へ通信を繋ぐよう指示を出す。
10秒もしないうちに通信は繋がり、モニターに映し出された人物は褐色の肌に黒髪。
伝説の魔工師である、秋斗が目覚めた当時の姿にどこか似ている青年の顔が映し出される。
『やぁ、代表』
映し出された人物の名は御影ユウト。
御影家第一夫人であるリリの直系であり、御影家本家の次期当主。そして、伝説を引き継いだ現代の『魔工師』である人物。
「兄上。敵要塞が動き出した。頼むぞ」
モニター越しに余裕の笑みを浮かべるユウトに対し、ルークの表情は堅い。
『任せてくれ。こちらは準備万端。シルビアとウルザが今にも飛び出しそうだ』
ユウトがそう告げると、ルークはようやく口角を吊り上げながら薄く笑った。
「全く、しょうがない姉様だ。もう一人の姉様はどうしている?」
『え? ソシエなら――』
ユウトがそう言いながら周囲を見渡すと、タイミング良く話に上がっていたエルフの女性がツカツカとユウトへ歩み寄って来ていた。
歩み寄ってきた人物の名はソシエ・御影・エルフニア。
ソフィアの直系にして賢者教の現大司教である女性。
彼女は従兄弟であるユウトの肩を掴むと誰が見ても不機嫌そうだ、と思える表情で口を開く。
『ユウト。ルークと話しているの? ならば、早く開戦するよう言いなさい。あのような邪教を相手している程、私は暇ではないのですよ? 私はさっさと終わらせてアドリアーナお婆様から秋斗お爺様の話を聞きたいのです。お婆様よりお話を聞いて、お爺様方の英雄譚を民に伝えるべく聖典の執筆を急ぎたいのです。あのような汚らわしい――』
彼女の口から吐き出されるのは敵軍への恨み言と初代魔工師である秋斗へ向ける崇拝の言葉。
永遠に続くのではと思える彼女の言葉を『いつも通り』と聞き流しつつ、ユウトはルークへ視線のみを向けた。
「……敵が射程内に入ったら頼むよ」
『了解』
ルークは溜息を吐き、ユウトは苦笑いを浮かべながら通信は終了した。
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通信終了から2時間後。
敵の主力にして本丸である巨大な移動要塞ゼウスが肉眼で確認できる距離にまで侵攻して来た。
「さて、やるか」
ジーベル要塞の城壁に立つユウトは呟き、気持ちを戦闘用へ入れ替える。
そして、隣に立つ副官へ指示を出す。
「魔石砲のチャージが終わり次第、発射。まずは小手調べといこう」
「ハッ! 魔石砲、用意!」
アークエル軍の標準装備であり、砦や要塞には必ず設置してある魔石カートリッジ機構を用いた兵器である魔石砲。
これを使用して相手の移動要塞の強度を窺う事にした。
「放て!!」
ジーベル要塞の城壁に設置された全50門の魔石砲のチャージを終えると、副官が一斉に発射するよう指示を出した。
50の魔石砲から放たれた巨大かつ高威力の魔法弾は移動要塞へ一直線に向かっていく。
しかし、魔法弾は移動要塞から発生している透明なシールドに妨げられ、被害を与える事は出来なかった。
「あれがシールドか。やっぱり、賢者時代の技術みたいだな」
「そのようですね。やはり――」
事前情報にあった敵要塞を覆うシールドの効果を確認していると、ユウトのインカムに女性の怒号が大音量で響く。
『おい!! 何をしている!! さっさとシールドを壊せ!!』
ユウトは堪らず苦悶の表情を浮かべて、インカムを外して頭に響く耳鳴りが治まるのを待ってから再びインカムを装着。
「ごめんごめん。すぐやるから」
しょうがないなぁ、と苦笑いを浮かべながらも、未だインカム越しにぷりぷりと怒る脳筋の妹へ謝罪した。
『こちらは今か今かと――』
「わかった! わかったから!」
強制的にインカムの通信を切り、溜息を漏らすと隣でその様子を見ていた副官が苦笑いを浮かべていた。
「シルビア隊長は相変わらずですね」
「全く、頼もしい妹だよ。オリビアお婆様に似ている、とエリオット叔父さんが言っていたけど……ダリオお爺様もこんな苦労してたのかねぇ」
ユウトは肩を竦めながらおどけてみせてから前方より悠然と歩み寄ってくる移動要塞へ視線を向けた。
「まぁ、現代兵器で貫けないのは悔しいがわかっていた。僕はまだ『初代』には遠く及ばない。だが、目指す先が遠い程やりがいが生まれるものさ」
ユウトは胸ポケットから1つの小さなケースを取り出し、蓋を開ける。
中に収められているのは特殊な液体に浸かった右目用のコンタクトレンズ。
それを人差し指で自分の右目に装着し、何度か瞬きを繰り返した後に呟く。
「システム起動」
ユウトがそう呟くと右目の視界にはAR情報が次々と表示されていく。
< シェオールとのリンクを確認 >
初代魔工師である御影秋斗の残した最大の遺産。
御影家より生まれる魔工師の称号を持つ者だけが使用を許された伝説のマナマシン。
現代よりも遥かに技術の優れた世界で、たった一人で戦争を終わらせられるほどの力。
秋斗が作り、残した『大型マナマシン』が10機、宇宙に浮かぶシェオールより地上へと舞い降りる。
巨大なコンテナから出現したのは4脚を持ち、巨大な主砲を持つ戦車。
名を『タイタン』という。
地上に舞い降りたタイタンは起動するとユウトの右目とリンクを完了させて指示を待つ。
「タイタン。主砲用意」
主より命令を受けた全10機のタイタンは己の4本の脚から太いアイゼンを排出して大地と脚を繋ぎ止め、ヴォォォォと耳を塞ぎたくなるような五月蝿い音を撒き散らせながらリアクターの稼働率を上げていく。
「目標。敵移動要塞」
ユウトが侵攻を続ける移動要塞を睨みつけると、10機のタイタンは砲身を移動要塞へと一斉に向ける。
砲身の先には主砲発射用の術式で構成された円が3乗発生し、発射の時を待つ。
「主砲、撃て!」
ユウトが命令を下すと10機のタイタンが主砲を放つ。
一瞬世界から音が消えたのでは、と錯覚するほどの静けさが訪れた後に大音量で主砲の発射音が周囲に発生。
砲身から放たれる赤い稲妻のような魔素のビームは、巨大な戦車であるタイタンがアイゼンを使って脚と大地を縫い付けていても反動で3メートルは後退してしまう程。
当然、威力も相応のモノだ。
最初の小手調べであった魔石砲は簡単に防がれてしまったが、タイタンの主砲は無効化される事なくガリガリと移動要塞のシールドを削っていく。
その攻防は相手のシールドを発生させている動力炉が力尽きるか、タイタンのリアクターが焼き尽きるのが先かという勝負に持ち込まれるが――
「お前達の作ったただの魔石炉が、初代魔工師の作ったリアクターに勝てるはずがないだろう」
嘗て雨宮グレンが発足した特殊部隊計画。
その中に含まれていた情報部隊は、発足後に他国へと潜入して様々な情報を得た。
そして、リンドアースがアークマスターである秋斗の創った『リアクター』と同等、もしくは模造品の動力炉の探索をしている事を掴むと、敢て東側での新技術でもあった魔石炉の情報を流したのだ。
探していた物とは違えど、見事に魔石炉という技術に食い付いたリンドアースは現在複数の魔石炉を使って移動要塞を動かしている。
しかし、魔石炉はリアクターの下位互換。
タイタンのリアクターが放つ主砲に勝てる訳もなく移動要塞のシールドは粉砕。
シールドを貫いて尚、威力の弱まらない主砲は移動要塞に大きくダメージを与えて移動要塞を行動不能に陥らせた。