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149 青年だった者の死後


 亡き友に呼ばれるかのように、彼らの墓標の近くを最期の場所として選んだ秋斗の死はすぐさま全国民に知らされた。

 賢者の死というものは東側の住人達にとって、死んだ本人が思っている以上に大きな出来事だった。


 奴隷の首輪を解錠してもらい恩を感じている者、魔道具技術の飛躍的な進歩によって豊かな生活を感謝していた者、賢者教の信者……等。

 現代において大きな影響を与えた秋斗の死を聞いて悲しまなかった者は少ないだろう。 

 

 その中でも特に悲しみに暮れたのは秋斗の身内だ。

 4人の妻は愛する秋斗が死んだ、という現実をすぐには受け入れられなかった。


 人族と同じ時を生きるエルザ、オリビアは自室から数日は姿を現さず、ドアの向こう側からは泣き声が小さく聞こえ続ける。

 長寿であるエルフ種のソフィアとリリも『秋斗は自分よりも先に死ぬ』と覚悟していたにも拘らず、やはり泣かずにはいられなかった。


 秋斗の死というモノでボロボロになっていた4人であったが、子供達の支えもあってなんとか持ち直したといった状況だ。

 彼女等の精神状態が安定したところで行われたのが秋斗の葬儀である。


 秋斗の遺体が安置してある賢者教の教会本部にて遺体を棺へ。

 そして、賢者教の教会を出て叡智の庭にある埋葬予定地まで棺を運ぶという手順となっていた。


 棺を運ぶのは馬車に乗せて――などではなく、親族や友人が直接棺を持って叡智の庭まで向かうのだが、ここで意外な姿を見せたのは前王であり、友であるイザークであった。

 彼は認知症で一人でトイレも満足にできないような状態であったのだが、この日だけは違った。


 本当に認知症を患っているのだろうか? と普段接している者も疑問に思うくらいにしっかりと礼服を一人で着込み、一人で綺麗な所作で歩くのだ。

 その上、秋斗の棺を運ぶと言い出して自分の肩にしっかりと棺を乗せた。


 イザークの息子はその姿と行動に驚き、棺の運搬を代わろうと申し出る。


「父上、私が代わりましょう」


「よい、我が運ぶ。我が友は我が運ばなければならぬのだ」


 と、この日だけは一昔前の『鬼人の子』と呼ばれた凛々しいアークエル王国の王としての姿を思い出させるものであった。


 叡智の庭まで続く道の左右には、剣を抜いて刀身を上に向けながら胸へ押し付ける礼をしながら等間隔にアークエル軍の軍人が立ち並び、その後ろには東側全国より集まった賢者教の信者達や住人達が涙を流しながら秋斗の棺を見送る。

 

 ケリーの子孫であるオルソン家が管理している叡智の庭へ続く門を潜ると、綺麗な花畑を割るようにコンクリートの道が目的の場所まで伸びている。

 門を潜ってから道の左右にいるのは、膝をつきながら祈りを捧げる賢者教の司祭達。

 

 2匹の聖獣を先頭にしながら進んでいた秋斗の棺が目的の場所に辿り着くと、親友であったケリーの墓標の横にあった埋葬用の穴へ棺が降ろされる。

 

「偉大なる賢者様。貴方様が齎して下さった、数々の慈悲に感謝致します」


 埋葬用の穴へ棺を降ろすと大司教エミルの後継者である当代の大司教と、既に90を超えて老婆となったエミルが秋斗へ祈りと感謝の言葉を読む。

 その後は親族達と友人達による別れの儀式へと続く。


 一人一人手に一輪の花を持って、その花を埋葬用の穴へ入れて棺の上へ置くのだが、やはり妻である4人はその場で泣き崩れてしまった。


「あきと、いかないで……いかないでよぉ……」


 いつもは感情が読みにくいリリも、瞳から大粒の涙を零して泣き続けた。

 子供達に肩を抱かれながら下がって行く4人。


 そして、秋斗の子供達も別れを済ませるとイザークの順番がやって来た。


「友よ。我もすぐにそちらへ行く」


「こちらの事は私達に任せて、安らかに眠ってくれ」


 賢者の友として、王として、最後まで病気を感じさせないイザークは瞳から涙を零しながらも気丈な態度で別れを済ませた。

 エリオットも秋斗が安心して眠れるようにと、決意を呟きながらそっと花を棺の上へ置いた。



-----



 カラカラ、と映写機の回る音とジジジ、とフィルムの擦れる音が聞こえる空間。

 いつぞやのレトロな映画館内にある巨大なスクリーンには秋斗の葬儀の様子が映し出されていた。


(自分の葬式を映画で見るなんて……)


 秋斗がそう思うのも仕方がないだろう。

 彼は気付けばここにいて、スクリーンが見えやすい室内中央の特等席に、若返った姿で座っていたのだ。


 はて、何故ここに? と思いながらも目の前にあるスクリーンへ視線を向ければ自分が死んだ後の出来事が映し出されたという訳だ。

 正直な感想で言えば自分の死後は見たくなかったと彼は思う。


 自分が死んだ後の様子を見続け、一番堪えたのは4人の妻が毎日泣き続ける姿だろう。

 そんなに悲しまないでくれ、と言いたいが自分は既に死んでいて彼女等に言葉を伝える手段は無いというもどかしさ。


 ペットであるハナコとタロウは秋斗の死後から毎朝1回は秋斗の墓標前に行き、何かを訴えるようにワンと一鳴きしてから体を墓標に擦り付ける。

 2匹は家に戻ると秋斗の代わりと言わんばかりに、秋斗の孫達を見守るのだ。


 そして、自分の最後にイザークが少し正気を取り戻していたのも驚いたが、彼は昔から真面目でしっかり者だった。

 彼の中で自分の葬儀は真面目に行わなければならない大切なものとして思ってくれたのか、と思うと秋斗は嬉しく思う。


(しかし、ここまで盛大にやらんでも……)


 スクリーンに映し出されるのは秋斗の葬儀が1週間続く様子だ。

 賢者教の教会では住民が祈り続け、叡智の庭では司祭達は祈り続ける。いつも活気溢れる街は喪に服してどの商店も営業を取り止め、恐ろしいほどに静かだ。

 

(いやいや、普通に営業しろよ)


 頼むから普通にしてくれ、と願う秋斗だがそんな願いが届く事もなく1週間経つまで喪は明けなかったが、喪が明けて街の様子が通常通りに戻るとスクリーンは暗転してプツリと映像が止まってしまった。


 おや? と思っているとビー、という大きな電子音が数秒だけ室内に鳴り響く。

 音が鳴り止むとジワリと室内の照明が灯されていき、不思議に思っている間に室内が完全に明るくなった。


 キョロキョロと周りを見渡せば、室内で座っている者は秋斗以外には存在しない。

 ふと、背後を振り向けばホールへ続く押し開きの重厚なドアがキィキィと小さく揺れている。


 秋斗は席を立ってドアへと向かい、ホールへと出た。

 以前は薄暗かった映画館のホールは照明によって明るく照らされ、外へ続くのであろう入り口のドアの向こうからは真っ白な光が差し込んでた。


 ホール中央まで歩き、どうすれば良いのかと悩んでいると背後から声が掛けられる。


「よ、秋斗」


 耳に届く声はひどく懐かしい。

 振り返れば、そこにいたのは全ての始まりとなった親友の青年2人と少女がいた。


「グレイ、パーシィ、ルカ……なんでここに?」


 突然の登場に秋斗が問うと、3人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「なんでって、見てたからだよ」


 3人を代表してグレイが答えた。


「見てたって?」


「お前の人生さ。……ありがとうな。秋斗」


 グレイに感謝された秋斗は首を傾げる。

 自分は彼らを救えなかったのだ。そして、一人だけ生き残ってしまった。


 そんな自分に感謝される事など何もない、と思っていると――


「馬鹿。恨んでるわけねーだろ。俺も、パーシィもルカも、お前を恨んでない。それに、お前は俺達の夢を代わりに叶えてくれたろ」


 グレイはそう言ってからパーシィとルカへ顔を向ける。


「そうだ。お前は教師になったろ。見てて面白かった」


「結婚もしたねぇ~。しかも王族の娘達って、私が考えてた以上に超玉の輿じゃん!」


「オヤジと同じアークマスターになって、いっぱい戦ったろ。カッコ良かったぜ!」


 ニコリと笑う3人。

 彼らの笑顔からは『恨み』などという感情は一切無かった。


「だから、ありがとうな」


 彼らが抱いているのは生き残ってくれた親友への感謝と祝福。生き残り、他人の夢を抱えて生きた男への感謝と寿命を全うしたという祝福だ。


「みんな……」


 秋斗はポロポロと零れる涙を服の袖で乱暴に拭き取る。


「ほら、こっちだ」


「ほらほら、行こう!」


「みんな、待ってるぞ」


 グレイに手を捕まれ、ルカに背中を押され、横ではパーシィが笑う。

 あの戦場にあった唯一の安息。その時と同じ、4人で配給を貰いに行く時を思い出すようなやり取り。


 秋斗の手を引くグレイが、外へと続くドアを押し開ける。

 すると、一瞬目の前が真っ白な閃光で染まった後に映し出された景色は、大きな桜の木の下で秋斗の仲間達全員が宴会をしている景色だった。

 

 そこには既に亡くなっていたフリッツやセリオ、グレイ達。

 同じアークマスターであるケリーとグレゴリーも。


 賢者時代で友人だった者もいれば、未来で知り合った者達まで。

 彼らは綺麗な景色の中で、杯を片手に持ちながら笑顔を浮かべて秋斗へ向かって手を振っていた。

 

「ほら、あそこで宴会しながら秋斗の家族を見守ろう!」


 そう言って一足早く駆け出していくルカ。


「心配ない。ゆっくりしながら一緒に見守ろう」


 ルカを追いかけるように歩き出すパーシィ。

 秋斗とグレイは2人が宴会の輪の中に入って行くのを見送っていた。


 ふと、隣から視線を感じて振り返ると隣で見送っていたグレイが、秋斗の顔を見つめていた。


 彼の表情はどこか申し訳無さそうな表情。親友に無用な責任を背負わせてしまった事を申し訳なく思っているのだろう。

 そんな表情を浮かべていたグレイが呟く。

 


「なぁ、秋斗。お前は……お前の人生は幸せだったか?」


 戦友を失くし、復讐を誓った人生。

 理不尽な者達によって世界を壊され、眠り目覚めた時は遠い未来だ。


 自分の人生を思い返し、客観的に見ればとんでもなく滅茶苦茶な人生だっただろう。

 しかし、それでも掛け替えのないモノが沢山得られた。


 仲間、家族、子供達――死んでからも心配になるほど大切なモノだ。

 彼らを残して死んだというのは、悔いが無いと言えば嘘になる。


 しかし、それでも。

 秋斗はグレイの顔を見た後、とびきりの笑顔を浮かべる。


 波乱に満ちた中で掛け替えのないモノを手に入れられた、御影秋斗という男の人生は――


「俺は、幸せだったよ」


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