146 研究成果
元魔法科学技術院の敷地内にある秋斗の研究所からはキィィと甲高い音が鳴り響いていた。
音の正体は秋斗が嘗て考案し開発したリアクター。
今までは中型リアクターとされた、マナカーやバイクなどに搭載させるサイズの物しか存在しない。
これ以上の小型化――リアクター開発計画の初期では掌サイズにまで小型化させる計画があった――を目指す前に賢者時代が滅んでしまったのだが、現在の秋斗が見つめる先にあるデータ取得・テスト用の筐体に装着されたリアクターの大きさは成人男性の握り拳くらいの大きさしかない。
秋斗が賢者時代に計画していた小型化。
それを遂に現実とし、6番目となる試作された小さなリアクターが正常に稼動しているかどうかを表す数値等をヨーゼフと共に専用のモニターで監視していた。
ピー、という電子音と共にリアクターの稼動が終了すると、秋斗とヨーゼフはモニターに表示された数値を確認。
全ての数値が規定値を上回り、データ上で危険性等が無いのを入念に確認し終えると秋斗はフゥと安堵の息を吐いて呟いた。
「一応は完成だ」
「おお! ようやく! ようやくじゃ!」
リアクターの小型化をするにあたり、勉強も兼ねて手伝っていたヨーゼフはこれまでの長い道のりを思い浮かべる。
秋斗がリアクターの小型化を計画し、マナフレームという未来への遺産を残そうとヨーゼフとグレンに話してから10年以上の時が経っていた。
秋斗は既に42歳という年齢になり、計画を考えていた頃のような若々しさは無い。
顔には年相応の皺、10年以上の研究漬けでやや鈍った体。秋斗の抱える最近の悩みは腰の痛みだ。
ヨーゼフも昔のままというわけではない。
髭や髪は灰色に染まり、体も昔ほど無茶が出来るようなモノじゃなくなった。
特に彼の息子であるヨーナスがバリバリの技術者へと成長し、ヨーゼフの全盛期を知っている者からすると彼の昔を思い出させる程にソックリだという。
「まだ実機稼動のテストが残ってるからなぁ。動きはするだろうが……次は実験機を動かしながらフレームの改良だな」
秋斗は部屋の隅に立つ全身鎧に目を向ける。
見た目は完全に甲冑(西洋甲冑のように丸みのあるデザイン)のソレは、ヨーゼフや他のドワーフ技師達にも手伝ってもらいながら作った実験用のマナフレーム1号機だ。
「そうじゃの。……というか、次の実験機を用意する時はデザインを変えんか?」
ヨーゼフは実験機のような丸みのあるデザインは好まないようで、視線を向けながら眉に皺を寄せる。
「もっとカッコええデザインにしよう。流石にこれは面白みが無い」
「いや、そりゃそうだが……。最初の実稼動用実験機だし関節の稼動とかさ、手間掛けたくないとかあるだろ?」
最初は動くかどうか、リアクターの挙動がどうか、という段階のテストなので細かい部分は二の次にされている。
秋斗の言い分もヨーゼフは理解できるが、手間隙掛けていないという物に対して少しモヤモヤするのはドワーフの血なのだろうか。
「とにかく、小型化は成功じゃ。ワシのマナリニアに使う魔石炉の参考にもなったし、良しとしておくか」
ヨーゼフは相変わらずマナリニアを走らせる夢を抱えている。
秋斗から初めてマナリニアという物を教えて貰った日から考え続け、既にプロトタイプの先頭車両は出来上がっている状態だが動力である『魔石炉』の燃費を改善中。
魔石炉は魔石カートリッジを複数本挿して稼動させる動力炉なのだが、現状では燃費が悪すぎて採算が取れない、と財務局より指摘されてしまっているので住民の足としての実用化にはまだ至っていない。
「そういえば、魔道具店の話を聞いたか?」
ヨーゼフが秋斗へ新たな話題を口にした。
「魔道具店? どうかしたのか?」
嘗てエルフニアで先行販売していた御影式の魔道具も既に全国展開されている。
ヨーナス達が生産した魔道具は次々と売れていき、今では一般的な家庭でも当たり前のように使用されている程に普及していた。
「この前、魔道具のチャリティオークションを行うと言っていたじゃろ? あれ、とんでもない額で売れたぞ」
このチャリティオークションは親のいない子への支援や各街に最新医療機器を設置した大型医療院などの施設を建てる為に行われたオークションだ。
王家や秋斗達が商品を委託した商会に提供して開催したのだが――
「いくらになったんだ?」
「秋斗殿の作った限定5台限り『御影秋斗サイン入り小型魔石カートリッジ式らくらくキックボード』が1台1億越えで、トータル7億以上になった」
「………」
開催前の想定目標額は5000万。
それを遥かに上回る金額になっていた。
因みにアークエルの通貨は紙幣へと変わっている。
昔は金貨等を使っていたが、金貨に使われる『金』が年々普及率の上がっていく魔道具への素材に使われ始めたのが理由だ。
「イザークとアドリアーナ様が喜んでおったぞ」
イザークは今後の政策に必要な資金が補充されて大喜び。
アドリアーナは医療技術の改革に伴い、必要とされる医療機材を設置する大型医療院が各街に配置できると知って大喜び。
住民からの国政への信頼や支持率もより厚くなり『やっぱ秋斗様ってスゲエや!』と王城に勤める文官達は万歳していたらしい。
「1億って誰が買ったんだよ……」
「今やり手の商会長が挙って入札合戦してたそうだ」
競り落としたと言われる者の名前を聞けば、秋斗も知っている大手商会の者達だ。
特に一番最初に最大入札額で競り落とした者は、御影家御用商人であり国内最速の物流速度を持つフォンテージュ商会の商会長を勤めるサイモンだった。
高額落札されたのは嬉しいには嬉しいが、そこまで大した物じゃないだけに秋斗は若干申し訳なさを感じる。
そんな話をしていると、部屋のドアがノックされて入室してきたのは丁度、先程話題にも挙がっていたアドリアーナだった。
「秋斗、良いかしら?」
月日が経ち、秋斗は歳相応の見た目になってきているが相変わらずアドリアーナは何年経っても少女の外見のままだ。
「どうした?」
彼女の秘密を知らない者からはアドリアーナの老化しない体を見て正しく聖女である、と崇める者が多い。
中身と実際の歳は聖女? と首を傾げるくらいなのだが。
「各街に建設する大型医療院に配置する機材のリストを持ってきたのよ」
先程ヨーゼフと話していただけあって、秋斗もすぐに状況を理解して彼女からリストを受け取って中身へ目を通し始めた。
「へぇ、もう王都以外にも外科手術用の機材置くのか」
「ええ。第一期生はもう私がいなくても大丈夫ね。彼らを地方へ送るわ。第二期生はあと3年ってところかしら?」
アドリアーナが目覚めてから東側の医療技術は格段に進歩を遂げた。
彼女が目覚めるまでは薬草類を調合する薬と人体の回復力を促進する魔法のみであったが、今では賢者時代のように外科手術を行って命を救えるほどになっている。
アドリアーナは医療院で病気に対して適切な効果を持つ薬の作り方から教え始め、回復力促進の魔法に頼らない――病気や怪我を適切に対処した後じゃないと促進魔法はあまり効果が得られない為――方法を教えた。
最初に彼女から学び始めた第一期生は既にベテラン医師と呼べるくらいには成長し、アドリアーナの指示が無くとも外科手術を行える知識を得ていた。
今まではアドリアーナのいる王都のみに外科手術用の機材が配置されていたが、次は地方(東側各国の旧王都)へも配置するという。
「そりゃいいことだ」
秋斗はリストを読みながら彼女に返答する。
「あ、そうそう。さっきソフィアから言われたのだけど、ジェシカの予定日が近いからグレンの代わりに屋敷へしばらく滞在するって言ってたわよ」
グレンは魔獣退治へ軍を率いて遠征中なのだが、彼とジェシカの第二子がそろそろ生まれる。
遠征に向かうグレンも最後まで決断を迷っていたが最終的には秋斗達へ「嫁を頼む」と頭を下げた。
アドリアーナがいるので何事も無いだろうが、一応ソフィアが傍にいる事になったようだ。
「そうか。元気に生まれるといいな」
「貴方もそろそろ2人目……いや、5人目を作ったら?」
「5人目を作ったら8人目まで作らなきゃいけなくなるだろ……」
もう体がもたない、と真顔で秋斗が言う。
4人の嫁の母、王妃達直伝である謎の方法で未だ若々しい4人の嫁。
もうマジでキツイ、と続けて言う秋斗の言葉を聞いてアドリアーナとヨーゼフは苦笑いしか浮かべられなかった。
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