144 御影家の日常2
日々の疲れが溜まっているのか、カーテンの隙間から差し込む陽の光が秋斗の顔を照らしているにも拘らず、彼が起きる気配は微塵にもない。
規則正しい寝息を吐きながら気持ちの良い空間の中に引き篭もっていると、寝室の外――廊下からはドタドタと騒がしい複数の足音が近づいて来る。
足音の主である4人の子供は秋斗の寝ている寝室のドアの前に立つと、先頭にいたエルフ耳の男の子がドアノブに手を伸ばしながらぴょんぴょんとジャンプして寝室のドアを開けた。
そんな状況でありながらもスヤスヤと眠る秋斗を見つけた4人の子供は揃って顔を見合わせ、ニンマリと笑い合ってから走ってベッドへと駆け寄って行った。
「「「「パパァ~!!」」」」
「オボォ!」
ベッドに駆け寄った4人の子供はベッドの上へと這い上がり、褐色肌の女の子――ミミは秋斗の腹に母親譲りのフライングボディプレスをぶちかます。
フィルは口を開けながらミミのボディプレスを見ており、1歳年の離れたエリスとオリバーは秋斗の顔を覗き込みながらペチペチと頬を小さい手で叩いていた。
「リリ……、いや、ミミか……」
腹への衝撃によって天国から現実へと引き戻された秋斗は、自身の腹の上できゃっきゃっと騒ぐ娘を見ながら懐かしさを覚える。
「パパ! 起きて! ごはん!」
「ごあんー!」
「かーさまが呼んでるよ?」
小さな子供達に体をゆさゆさと小さく揺すられながら、秋斗は目を擦った後に体を伸ばして脳の覚醒を促す。
「今日はあそぶ日!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら今日の日程を告げるのはフィル。
彼の言う通り、本日は日曜日。更には翌日の月曜日は祝日で、学園は休みになっているので秋斗の仕事も自動的に休みである。
つまり、日々忙しく働いている父親は家族に対して家族サービスをする期間である。
「ふわぁ~。……忘れてないぞ~。今日と明日は遊ぶ日だって約束したからな~」
秋斗の仕事は学園の運営、授業教師、魔道具の開発を行う研究者、といくつもの側面を持った便利屋……ではなく、一応は技師である。
毎日どうにか効率良く仕事をして定時上がりを目指しているが、残業する日も勿論あるので平日に子供達と触れ合う時間は少ないし、何かあれば休日出勤もしなければいけない。
さらには新型魔道具の開発が佳境に入れば研究室に缶詰状態になって数日は屋敷へ戻れない日もあるのだ。
そんな多忙な日々を過ごしている秋斗だが、子供達を蔑ろにしたい訳ではない。
数週間前から秋斗と遊びたいと騒ぐ子供達とカレンダーを見ながら、連休になる今日と明日は一緒に遊ぼうと約束していたのだ。
子供達も久しぶりに父親と遊べる日を待ち遠しく思っていたようで、秋斗が夜に屋敷へ帰るとリビングのカレンダーには子供達の手によって1日1日とバツ印が書き込まれていた。
「はやくぅ~! いこぉ~!」
オリバーはぐいぐいと秋斗の手を引っ張り、食堂へ連れ出そうと必死だ。
「わかった、わかった。ご飯食べに行こう」
秋斗と子供達は1階にある食堂へ向かうべく廊下を歩いて行く。
階段を降りる際、4人全員抱いて降りようかと思った秋斗であったがミミとフィルは「一人で降りれるもん!」と胸を張るので、ミミとフィルの成長を感じながら(親馬鹿)もエリスとオリバーだけを抱いて2人のペースに合わせて降りて行く。
1階にある食堂に到着し、子供達を先頭に入室すると4人の妻達は着席して秋斗と子供達を待っていた。
「「「「ママ~!」」」」
「パパを起こせた?」
「「「「起こせたー!」」」」
無事にミッションをクリアした子供達はそれぞれの母親に頭を撫でられながら、食事の際の定位置である母親の隣の席にそれぞれ座った。
屋敷の当主であり、父親である秋斗は当主席――所謂、お誕生日席に腰を下ろした。
配膳されて来た本日の朝食はオルソン家の作った米がメインのメニュー。
調理したのは勿論、ソフィアだ。
いつも通りの朝食を過ごし、リビングで子供達と話しながらコーヒーを飲み終えるとお待ちかねの遊ぶ時間へと突入した。
-----
子供と遊ぶと言えばかくれんぼや鬼ごっこ、もしくはボールをコロコロ転がすだけのようなボール遊び等。外で遊ぶような内容が多く思いつくだろう。
秋斗が考えていた遊びの内容もそれらと似たような内容を思い浮かべていたのだが、4人の子供達が思い描いていた内容は意外にもそれらとは全く違うモノであった。
早く行こう、早く行こうと子供達に急かされて連れて来られたのは技術学園敷地内にある秋斗の研究室。
行き先が自身の研究室だとわかると、秋斗は何度も「本当にそこへ行くのか?」と子供達に問いかけたが返ってくる答えは「うん」という肯定の言葉のみ。
研究所の主が首を傾げながらも研究所に到着し、中に入ると子供達は揃って目をキラキラさせながら歓声をあげた。
「わぁ~」
秋斗の研究所内は作りかけの魔道具や分解したマナマシンなどで実に混沌としていた。
足の踏み場も無い、とは言わないが、テーブルの上には整理されていない書類や金属類のパーツ等で埋め尽くされ、床にはフルプレートの兜がゴロリと転がっていたり、本人もどこから取り出したのかわからない基盤がいくつも散乱したりしている。
子供達はその有様を見ながら目をキラキラさせているのだから更に秋斗の抱える謎は深まるばかり。
「ここでどう遊ぶんだ?」
素直に子供達へ問うと、子供達は揃って秋斗へ顔を向けながら口を開いた。
「ぶーぶ作って?」
フィルはぶーぶ――現在、街の雑貨で大人気のマナカーのおもちゃ。
「おにんぎょうほしい」
「あちしは、おひめさまにんぎょう」
ミミとエリスは女の子らしい要求だろう。
しかし、エリスのお姫様人形とは何なのか秋斗は知らない。
「ぼくはおましゃん」
オリバーは馬を所望だ。
きっと先週末にセリオと共に乗馬したからだろう。
子供達はそれぞれ希望を口にするが、それらを秋斗に街で買ってくれ、と言うのではなく『作れ』と要求しているのだ。
「街の店で買うんじゃないのか?」
「やっ! パパの作ったのがいい!」
秋斗が楽な方を提案するが、即座にミミによって却下される。
却下したミミに遅れ、他の3人も秋斗が作った物が良いと口を揃えて要求してきた。
「ママが、パパは作るのがスゴイって。魔法で作るって言ってた!」
「見たい! 見ちゃい!」
どうやら子供達は秋斗が物作り――工作魔法を使って物を作るところが見たいようだ。
フィルの言う「ママが」という事は、恐らく妻達から秋斗の話を聞かされて秋斗の行使する魔法に興味を抱いたのだろう。
「なるほど、そういう事か」
ようやく合点のいった秋斗は笑顔で頷き、子供達の要求に応える事にした。
「よし、順番に作ってやろう。まずはフィルのマナカーからだ」
秋斗に掛かれば複雑で精密さを要求されるマナマシンに比べて、子供のおもちゃを作るなど朝飯前どころか鼻をほじくりながらでも出来る簡単な事だ。
まずは長男であるフィルのマナカーを作るべく、張り切って作業に取り掛かる。
そう。秋斗は張り切ってしまった。
愛しい子供達のおねだりに張り切ってしまったのだ。
結果――
「ママ~!」
シュポポポと心地良い小型の魔石カートリッジ式エンジンを積んだ子供用の自走するフルミスリル製の車のおもちゃ(安全装置あり)に跨り、笑顔を浮かべながら軽快なハンドル捌きを見せるのは長男のフィル。
キキィィーとソフィアの前でドリフトしながら停止する我が子にソフィアは白目を剥いていた。
「ママ、見て。パパに作ってもらった」
「あちしも!」
ミミとエリスの手にあるのはそれぞれミミとエリスにどこか似ているドールだ。
洋服は着せ替え可能。更に。
「アタシ、ミミ! パパ、ダ~イスキ!」
「プリンセスヨ! エリスヒメヨ!」
彼女達の持つドールは腕をシャカシャカ動かしながらカーテシーでお辞儀をし、くるくると踊り、喋る。
マナデバイス用の記憶媒体を搭載しており、録音可能なセリフと動作は100を越えるハイスペックドール。
「………」
「………」
超高性能(使用されている技術が高すぎて、市場に出れば1体買うだけで城が建つレベルの金額)なお人形を手にする娘達に絶句するリリとエルザ。
「ハイヨー!」
オリバーはヒヒーンとしっかり鳴き声を上げるフルアダマンタイト製マナマシンのポニー(安全装置あり)に跨り、オリバー用に作られた小さな木剣を掲げる。
「オリバー!? なんだそれは!? ママのは無いのか!?」
いいなぁ! いいなぁ! と言いながら、息子の跨るポニーに目をキラキラさせて息子と秋斗へ交互に顔を向けるオリビア。
「いやぁ、仕事よりも頑張っちゃったよ」
良い仕事したぜ、と爽やかな笑顔を浮かべながら満足気に腕を組む秋斗。
張り切った結果、賢者時代の技術が詰まった魔工師にしか作れないオーバーテクノロジーなおもちゃがこの世に産み落とされてしまった。
「旦那様」
「ん?」
スッと横にやってきたアレクサは静かに呟く。
「やりすぎかと」
後日、このおもちゃで遊ぶ子供達を見たヨーゼフは泡を吹いて倒れた。
読んで下さりありがとうございます。
次回投稿は水曜日です。