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14 姫様アッピルタイム

 秋斗とアランが話している中、ジェシカは闇のオーラを放つソフィアに近づいて行く。

 ジェシカが近づいてもソフィアは虚ろな目でどこかを見つめ続けていた。


「姫様。姫様。そろそろ戻ってきて下さい」


 ジェシカはソフィアの肩を掴んでグワングワンと体を揺らす。長年に渡り直属の護衛を勤めているジェシカにしかできない荒業の一つである。


「フフフ……もういいの。私の春は来る前に終わったのよ。冬よ。もう冬。フフフ……アハハハ……」


 もの凄い勢いで体を揺すられているにも拘らず、彼女の闇は晴れない。ブツブツと小声で呪詛の如く言葉を発している。


「何言ってるんですか。まだ冬が終わったところですよ。手料理で賢者様のハートを掴むんじゃなかったんですか?」


「私が料理したところで無駄よ……。見た? あのリリの顔を。完全にメスの顔だったわ。彼女は本気を出したら凄いのよ。小さい頃から一緒にいた私にはわかるのフヒヒフヒ」


 ソフィアの闇は一段と濃くなり、闇墜ち寸前かと思われたところでジェシカは救いの言葉をソフィアに向けて発する。


「何ですかメスの顔って……。リリ様が妻になろうが、姫様も賢者様と結婚すれば良いじゃないですか。きっと賢者様は2人とも平等に愛して下さいますよ。それに、よく知るリリ様と一緒ならば正室側室問題なんて起きないでしょう? そんな問題よりも、リリ様と一緒に賢者様をお支えするのが一番重要なのではないですか?」


 ソフィアはジェシカの言葉を聴いてピクリと反応する。

 しかし、ソフィアの胸には1つの懸念があった。


「でも……。ケリー様は一人しか娶らなかったとあるじゃないですか。賢者様の時代には複数の嫁を娶る文化がなかったと伝わっているし……。きっと断られるわ……」


 ソフィアの言う通り、2000年前は一夫多妻制なんてものは存在していなかった。

 ケリーの伝記にも一夫多妻制というものには馴染めなかったという本人の発言が記載されており、賢者に憧れる女子の中ではあまりにも有名な話だった。


「秋斗様がそうとは限りませんよ。大丈夫ですよ! できるできる! 大丈夫!」


 ネガティブ発言の続くソフィアにジェシカはだんだん面倒になってきたのか、口から出る言葉に『面倒クセエ』と滲み出てきていた。

 それからしばらく面倒そうにだが、前向きになるように言葉を続けるジェシカ。だが、ソフィアは「でもでも」と続ける。


「ハァ。メンドクセ。もう押し倒して子供作っちゃえば責任取ってくれるんじゃないですか?」


 いつの間にかジェシカは遠慮の一切無い発言を続けるようになって、いよいよダメかと思っている時。ジェシカとソフィアに歩み寄って来たのはリリだった。

 リリはソフィアの前に座り、彼女の顔をじっと見つめる。


「……リリ。なんですか?」


 ソフィアはリリの視線に耐え切れず、顔を俯かせてリリに問いかける。


「ソフィーはすぐにでも秋斗にアピールして嫁になると思ってたのに、何で落ち込んでるの?」


 リリの言葉にソフィアは勢いよく顔を上げてリリを見る。


「貴方が言いますか!?」


「私が妻になった事? 別に、嫁は1人だけって決まりは無い」


 リリの言葉に、側で話を聞いていたジェシカはウンウンと頷いていた。


「それに、ソフィー達が来なくても秋斗は王都に行くつもりだったから。その時にソフィーを紹介してソフィーと一緒に妻になるつもりだった。たまたま今回は私が早く出会っただけ」


 それでも、ソフィアは目元に涙を溜めながらジェシカにも話した懸念をリリに告げる。


「だって……。ケリー様のように一人しか娶らなかったらむひゅぅ」


 ソフィアが言葉を続けようとしたところで、リリはムニッと頬を手で挟んでソフィアをタコの口にする。


「相変わらずソフィーはネガティブな考えをしちゃうね。大丈夫。秋斗には私から説得する。説得する代わりに頼みがある」


「ひゃ、ひゃんでしゅか」


 頼みがあるの部分でリリの眉間には皺が寄り、ソフィアが見た事が無い程に真剣な表情になる。それを見たソフィアは戸惑いながらタコ状態の口を動かした。


「秋斗を国に拘束したり、王城に押し込めたりしないで。彼の自由にさせてあげて」


 真剣な表情のリリから出た言葉。その言葉を聴くとソフィアは頬を挟むリリの手を外す。そして、リリの手を握りながらエルフニア王国第一王女として真剣な表情で答える。


「そんな事は絶対にしないし、させません。他国もしないとは思います。が、万が一そのような事態になるようでしたら――エルフニア王国第一王女ソフィア・エルフニアとして命を賭けて阻止します」


 真剣な表情でお互いを見詰め合うソフィアとリリ。

 見詰め合う中、最初に表情を崩したのはリリだった。


「なら安心。きっと秋斗はソフィーも可愛がってくれる」


 ふふっと笑いながらリリはソフィアの長い髪を撫でる。


「可愛がって……。あの、リリは秋斗様とどこまで……」


 ソフィアは顔を赤くしながらもリリと秋斗がどこまで進展しているのかが気になるようで、リリをチラチラと見ながら問いかける。


「一緒の寝袋で寝た。まだ抱かれてない。抱かれる時はソフィーと一緒がいいな」


「だ、抱かれ……!」


 ソフィアの顔に浮かぶ赤色は強くなり、頭からプシュッと湯気が出そうなくらいになっていた。

 リリの言葉を聞いて、一瞬で脳内に妄想が展開してしまうくらいに乙女なソフィアだった。


「じゃあ、寝る前に秋斗を説得する。ソフィーも城で勉強した料理を秋斗に出してアピールして」


「わ、わかりました!」


 リリの言葉にシュバッと立ち上がって握り拳を作ったソフィア。纏っていた闇は晴れ、憧れの人物の胃袋を掴む為に気合を入れる。



-----


 女性陣が話し合っている一方、アランが近くに控えていた騎士に食料を持ってきてもらうよう頼み、食事の準備は着々と進む。

 食材を積んだ馬車が現れ、馬車から木箱を続々と降ろしていく騎士達。


 木箱の中を覗いてみると、中には調味料らしき物が入ったガラス瓶。そして野菜や肉、パンなどが入っていた。


「ささ、秋斗様。秋斗様は寛いでお待ち下され」


「いや、すべてやってもらうのは悪いから……」


「いえいえ、今回は私達で準備させて下さい。姫様も秋斗様に料理を振舞おうと気合が入っているようですし」


 アランに言われて視線を巡らせると、ニンジンと包丁を持ってやたらと気合を入れているソフィアが目に入る。

 お姫様が料理なんて出来るんだろうか、と考えているとその不安はアランによって払拭される。


「姫様は王城の料理長にも認められる料理の腕をお持ちですので。期待してお待ち下さい」


「へぇ。そりゃ意外だな」


「花嫁修業の一環でやってた。本当に美味しいから期待して」


 秋斗が料理の準備を行っているソフィアを眺めていると、リリが秋斗の隣にやってくる。


「リリ。リリはあのお姫様と知り合いだったのか?」


「うん。ソフィーとは従姉妹だから」


「王族と従姉妹って……。お前も結構なお嬢様なんじゃねえのか…?」


 リリから告げられた新事実に秋斗は素直に驚く。


「父様が陛下の弟。私の家は大公家だから」


「それって結構どころじゃないじゃん……。すっげえお嬢様じゃん。つーか、家に帰らないとヤバイんじゃないのか?」


 成り行きで助けた彼女だが、何だかんだ何日も共に過ごしてしまっている。

 正直出会った時にリリの社会的な立場を聞いておけばよかったと後悔したがもう遅い。


 さらには彼女は嫁宣言までしており、同じ寝袋で一緒に寝るという行為までしてしまった。

 自分の犯した所業と失敗を思い起こし背中に冷や汗が流れる。


「大丈夫。家に居ても退屈だし、秋斗と一緒の方が楽しい。それに妻だし」


 秋斗の心配を他所に、リリは秋斗の横に座って体をピッタリと密着させる。


「いや、その妻っていうのもマズイんじゃ……」


 リリにはお互いを知った後で、という条件付きだった。だが、そんな条件を付けておきながらリリという自分を慕ってくれる美女に秋斗の心は既に陥落していた。


 感情が乏しいようでたまに顔に出るところや、言葉足らずの部分もあるが不思議と嫌では無い。むしろ心地良く、一緒にいると安心する。

 リリの身分を知らないままだったのなら、落ち着いた頃にはすぐさま結婚しても良いとさえ思えた。


 知ってしまった以上、秋斗は尻込みしてしまう。

 だが、リリは秋斗の心配すらも気にしていない様子でふるふると首を振る。


「大丈夫。秋斗の結婚に否定する人なんていない。父様も反対しない。むしろ泣いて喜ぶ」


「そうでしょうなぁ。むしろ秋斗様のような古の賢者様以上の方がいるのかが疑問ですが。特にリリ様の婿探しで困っていたエルフィード大公には嬉しい報告になるでしょうな」


 リリの言葉を未だ信じられない秋斗だったが、側で話を聞いていたアランがリリの意見を肯定する。


「ん? リリの婿探し?」


「はい。大公家ですから婿を迎えるにも相手の身分などを気にしないといけませんからなぁ。それに、リリ様は国では1位2位を争う魔法使いの才女でありますし」


 アランの言葉にリリは胸を張って腰に手を当てながら、むふーとドヤ顔を披露する。


「ですが、1人でどこかへ出掛けては何日も帰って来ないと幼少からのお転婆ぶりにエルフィード大公も気が気でないようで……。お見合いを勧めるも相手を気に入らないのかすぐに逃げ出すと嘆いておりました」


 その言葉を聞いて秋斗はリリに視線を向ける。リリはドヤ顔を引っ込めて、見つめる秋斗からサッと顔を背けた。


「リリ。もしかして、それでエルフ狩りに捕まったのか?」


 秋斗はじっとリリを見つめ続ける。

 リリは秋斗の視線を受け、観念したのか口を開き始めた。


「父様が見合い話を持ってきて……。家を飛び出して暇潰しにギルドで依頼を受けた」


 秋斗はリリのポツポツと話し始めた内容を聞いて、溜息を漏らす。


「全く……。ここまで逃げ切れたから良いものを。危ないマネはもうするなよ」


「本当です。ケビンから聞きましたが、大公家のお嬢様がエルフ狩りに遭うなど……。秋斗様に助けて頂けなかった場合は、想像もしたくありませんな。秋斗様に保護して頂けて本当に良かった……」


 アランも溜息を吐き、リリの無事に心底安堵したような表情を浮かべる。


「ごめんなさい。もうしません。秋斗の傍を一生離れません」


 リリは頭を下げて謝罪しながらも、秋斗にさらに密着する。


「許す」


 秋斗の腕でむにゅんと潰れる胸の感触に晒されて、ついつい許してしまう。チョロ賢者の持つスケベ心を侵食されつつも、これからは自分が見ていてやれば良いか、と何かとリリに甘くなっていた。


 3人で話していると料理を作っていた場所からジェシカが秋斗達の方へ歩み寄り、秋斗の目の前に到着すると一礼をする。 


「ご歓談中、失礼致します。お食事のご用意が出来ました」


 ジェシカに促され、いつの間にか用意されていた簡易テーブルとイスに移動する。

 秋斗は用意された席に着き、リリは秋斗の横に座る。


 席に着いたリリはテーブルに置かれたフォークとナイフを持って、運ばれてくる料理を万全の体勢で待っていた。


「秋斗様。お待たせしました。簡単な物で申し訳ありませんがご用意致しました。お口に合えばよろしいのですが」


 ソフィア自ら運んできた料理はスープとサンドイッチ。

 スープはトマトスープのように赤く、具も豊富に入っていて見ているだけで食欲が沸いてくる。サンドイッチも長い楕円の形をしたパンを半分に切って数種類の野菜と肉が挟まれていてボリューム満点。


 秋斗は運ばれてきた料理を見て、リリと狩りをするまでは災害用の携帯食かレトルト食品という味気ない物を食べていたので、しっかりと調理されたメニューに感動を覚える。

 しかも、作ったのが宮廷料理長にも認められる程の腕前であるソフィア自らが調理したもの。この時代の調理レベルは不明であるが、それでも期待してしまう見た目にゴクリと喉を鳴らす。


 横にいるリリを見れば、待ちきれなかったのか彼女は既に食べ始めていた。


「じゃあ、いただきます」


 秋斗は並べられていた食器の中からスプーンを手に取り、まずはスープから頂く。

 一掬いして口に入れると、野菜と肉の旨みが広がり目覚めてから食べていたレトルト食品のスープとは比べ物にならないほどの美味さ。


 次はサンドイッチを手にとって口に運べば、中の具材にかけられた甘辛いソースとシャキシャキの野菜やジューシーな肉が絡み合って口の中で踊りだす。


「んまぁぁ~い!!」 


 そこからはもう料理を口に運ぶ手が止まらない。


「お口に合ったようで何よりです」


 秋斗の感想と手の進みようにソフィアは笑顔を浮かべる。

 ソフィアの言葉が耳に届かない程、ガツガツと料理を口に運んで食べる事に熱中する秋斗。リリは一言も喋らず、無言でもきゅもきゅとリスのように料理を頬張っていた。


 2人の様子にソフィアは内心ホッとしつつ、リリをチラリと見つめて小さくガッツポーズする。

 リリもソフィアのガッツポーズを見てソフィアに小さく頷いた。

 料理に心奪われる秋斗を他所に、乙女達の計略は進んでゆく。


 テーブルの傍に控えていたジェシカとアランも乙女2人を見て心の中でエールを飛ばす。

 

「美味すぎィ!」


 着々と進む乙女の計略に気付かないのは、攻略対象にされているチョロ賢者だけだった。

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