143 御影家の日常1
技術学園を後にし、どこにも寄り道せずに屋敷へ帰った秋斗は玄関のドアを開けるといつも通りアレクサに出迎えられた。
屋敷は一日どうだった? と彼女に問うと特に問題は無さそうであったが、ここ最近言われ続けている言葉が最後に付け加えられた。
「陛下方がリビングに」
この言葉の返答には「ああ、いつもの」と秋斗も頷くだけだ。
彼女の言う陛下方とは秋斗の嫁の父親達だ。
ここ最近は毎日勢揃いしているし、勢揃いしていなくても誰かしらは滞在している。
今日は土曜日で明日が休日という事もあってか、全員集合しているのだろう。
アレクサに仕事用のカバンを渡してリビングへ続くドアへ手をかける。
秋斗はドアを押しながらいつもの帰宅を告げる挨拶を口にした。
「ただいまー」
そう言いながらリビングへ入ると――
「「おかえりぃぃ~!!」」
リビングへ足を踏み入れた秋斗の足へ突撃してきたのは、この屋敷に住む小さな住人。
2歳の愛すべき息子と娘であった。
「ただいま。ミミ、フィル」
リリとの娘であるミミ、ソフィアとの息子であるフィル。
べたっと足にしがみ付く2人の子供を抱き上げ、デレデレと笑顔を向ける秋斗。
「おかーり!!」
「ぱぱぁ~!」
2人に続き、まだ舌ったらずな言葉で秋斗へ言葉を告げる2人の子はソファーに座るフリッツとセリオに抱かれながら手を振っていた。
フリッツの抱くのはエルザとの娘でエリス。セリオの抱く子はオリビアとの息子でオリバー。
どちらも去年生まれ、今年の春に1歳になった秋斗の子供達であった。
「エリスとオリバーもただいま。皆、いい子にしてたか?」
「「してたぁ!」」
「「ちてたぁ!」」
子供全員が元気よく返すとリビングにいる全員が笑顔を浮かべる。
特に孫の爺様となった王とロイドの顔は蕩けるくらいにデレッデレだ。
「おお~! エリスは元気一杯でカワイイのぉ~!」
特にエリスを抱くフリッツは鬼人などという異名は外にぶん投げて来た有様だ。
エリスたんちゅっちゅ、と言わんばかりに孫を可愛がっている。
「ううむ。我が孫ながらなんと愛らしい。これは大物になる」
「はっはっは! フィルが大きくなれば世は安泰だなぁ!」
「んふふ。兄上、見ましたか。ミミのあの太陽のように輝く笑顔を!!」
秋斗と嫁達の子供が生まれると、どいつもこいつも孫馬鹿になってしまった。
毎日城での政務が終われば秋斗の屋敷へ赴いて孫を可愛がりにやって来ていたが、アレクサや嫁達の話によれば最近は政務の合間にある僅かな休憩時間にすら顔を出しているという。
アークエルの建国から2周年を迎えた日、法律改定として日曜日が休日の日とされたのだが、この日曜日を休日にしようという案は孫と一日触れ合いたいという王達の孫馬鹿具合から可決されたモノだ。
最初聞かされた時は笑い話になっていたのだが、本気で貴族達を説き伏せて法律を変えてしまった。
何を馬鹿な、と言っていた唯一の王であるエリオットも他の4王に「天使との休日」「娘の小さい頃は戻って来ない」という悪魔の囁きに負けて、いつの間にか賛成派に回っていたらしい。
因みに王達の妻達は当然の如くブチキレたのだが、ビンタを食らいながらもゴリ押しで可決となった。
ただ、孫と触れ合う1日が出来たおかげか王達はいつも以上に仕事をこなし、毎日かなりの量の政務を裁いているという。
結果良かったのかも、と言われているので今は合法(?)的なモノだ。
そんな訳で、王達は愛くるしい孫との触れ合いを楽しみに政務をこなしている。
「みんな、じいじ達と遊んでいたのか?」
子供達にそう聞くと「そう!」と元気な答えが返ってくる。
「もう、お父様達ったら相変わらず政務が終わった途端に来るんですもの」
「お母様に聞いたら仕事にミスが無く、来週の月曜日分まで終わらせたようで……」
仕方ないわね、と溜息をつくソフィアと父親の孫に会うために発揮した有能っぷりを零すエルザ。
「明日は4人で父上達と出かけるらしい」
「いつものジジバカ」
オリビアが明日の予定を教えてくれて、リリは孫の言う事を100% 聞いてしまう父親にうな垂れた。
秋斗は相変わらずの義父達に苦笑いを浮かべるが、その気持ちは正直理解できてしまう。
実の父親である秋斗も子供達は可愛くて仕方がない。
孤児院出身の秋斗には『本当の家族』と呼べるような存在はおらず、生まれるまでは自身の子供というモノに対して実感が湧いてこなかった。
しかし、実際生まれた子を抱いた時に秋斗が最初に思った事は『この子の為ならば死ねる』だ。
何があろうと、何が起ころうと絶対に子供達だけは守ろうという親の気持ちというべきモノが一瞬で芽生えた。
その体験をしたからこそ、アドリアーナへ相談して知識を生体マナマシンに残そうとも思ったし、未来の孫達が回避不可の戦争で死なないようにと自分の技術の集大成とも呼べるマナフレームを設計したのだ。
「秋斗殿もお疲れだろう。明日はこの子達の世話は任せてゆっくり休むと良いですぞ」
フリッツがそう言った後にチラリとリリ達4人の嫁へ視線を向けた。
一見孫と触れ合いたいだけなように聞こえるが、これは合図だ。
『嫁 構わないと ヤバイ』
フリッツやセリオ達がバレないように「パチ、パチパチ」と何度も瞬きをする。
我等、悲しき夫同盟のアイコンタクトである。
最近の秋斗は仕事から帰り、子供達と過ごして寝かしつけると屋敷の執務室に篭ってマナフレームの設計をしていた。
その作業は深夜まで続き、後はベッドに入り眠るだけ。
嫁達は夜中に起きる子供達の世話などがある為に一緒に就寝したりしている。
つまり、夜の方がご無沙汰であるし、夫婦の至って普通なコミュニケーションも疎かになっていた。
そろそろ爆発寸前だ、という義父達からの有難い警告。
秋斗は嫁達の機嫌を損なわずに済み、義父達は孫と触れ合える。
まさにどちらも幸せになれるという寸法だ。
「そうだな~。溜まっていた仕事も片付いたし、明日はゆっくりしようか」
ソファーに座る秋斗は4人の嫁達へ顔を向けながら微笑む。
そうすると、彼女達は笑顔を浮かべて了承するのだ。彼女達の浮かべた表情は秋斗的に考えて「あと1日遅れていたらヤバかった」と判断できるモノであった。
ふぅ、と内心安堵を浮かべていると秋斗の足元へフェンリルのタロウが近寄って来る。
「クゥ~ン」
そう鳴いて顔を秋斗の足に擦り付けるタロウは『ご主人も大変ッスね』と哀れみの言葉を言っているようであった。
その後、タロウはハナコに首を噛まれてリビングの暖炉前にズルズルと連れて行かれた。
タロウの目にも秋斗と同じ、嫁に逆らえない悲しき夫の心情が浮かんでいた。
読んで下さりありがとうございます。
仕事も来週末には落ち着きそう…。
落ち着いたら投稿の頻度上げたり新作投稿したりしたい…。
次回の投稿は土曜日です。