142 先への備え
アークエルという国になってから初めての戦争が勃発した日より2年。
あれ以降、ヴェルダからの侵略行為は無く至って平和な日々が続いていた。
騎士団から軍へと正式に変更されたアークエル軍の最高責任者は1年前までフリッツが勤めていたが、そろそろ世代交代しても良いだろうと次代の王になる予定のイザークが就任した。
他にも徐々にフリッツからイザークへ仕事が引き継がれ、政務をこなしながらも軍の責任者としての役職に就いている。
と、いってもイザークに最終決定権があるというだけで、日常で訓練の実施や調整、実際に現場で軍の指揮を行うのはグレンと特殊騎士団に所属していた初期メンバー達だ。
既にグレンはこの2年間で想定していた特殊部隊の育成を粗方完了しており、現在は魔獣戦闘にて各部隊の能力を高めるという段階に入っていた。
先の戦争から静かになったヴェルダ帝国、未来で戦うであろうリンドアースに対しても、1年後には敵国に潜入して情報を得る為の情報部隊を潜入させる事が出来るだろうと報告を上げていた。
対して、秋斗とはというと。
「で、あるからして~」
今年発足された技術学園の教室で技術者へ授業を自ら行いながら、学園長というポストに就任していた。
現在の在校生の数は100名程度だ。
これでも東側全国から技術者として働いていた者へ募集をかけて、応募してきた者達の半数となる。
彼らを一斉に集めてしまえば滞る仕事もある為、3年制で一度残り半数と切り替えとなる事になっていた。
秋斗の受け持つクラスは『応用科』と呼ばれる基礎課程を全て修了し、検定試験を突破した者のみが受けられる授業のクラスだ。
教室内には若いと呼べるような人はおらず、見渡す限りある程度歳のいった者達のみ。
ヨーゼフやヨーナスを筆頭にドワーフ族の優秀な技術者やエルフニア王城にいた製作室メンバーが大半を占めている。
基本的な魔道具の規格は魔石カートリッジ式が正式規格として採用され、現在教室で教えているのは『魔道具』から更に一段階上げた『マナマシン』についてだ。
量産性重視の簡易的な装置で構成された魔道具から複雑であるが多様性を持たせる事の出来るマナマシンの構成機構を伝授し、彼らがこれを習得すれば東側の技術水準は大いに上がるだろう。
特にヨーゼフは短時間で長距離移動を実現するマナリニアを作るのを目指しているのでマナマシン技術に関しては貪欲すぎる程に貪欲だ。
毎日秋斗の授業を受けた後、魔道具の生産所で仕事をこなし、仕事が終わった後や空いている時間はマナマシン技術の習得に時間を注ぎ込んでいた。
息子のヨーナスや他の技術者達は魔道具の改良を目指すべく日々魔道具を生産しながら改良点をディスカッションしているようであった。
そんな意欲的な彼らに記憶媒体についての授業をしていると、学園内に授業終了の鐘の音が鳴り響いた。
「よし、じゃあ今日はこれまで」
印刷機で印刷された教科書を閉じて生徒であるヨーナス達は秋斗に礼をしてから退室していく。
ヨーゼフだけは秋斗の傍へと歩み寄り、彼に声を掛けた。
「16時からグレン殿が来るんじゃろう?」
「ああ。軍用装備での打ち合わせにな」
「ワシも行こう」
息子のヨーナスは住民向けの魔道具生産担当だが、ヨーゼフは軍事関連のまとめ役に就任している。
彼が同行するのは自然であるし、秋斗とグレンの打ち合わせを聞いておいて先に浮かび上がるであろう新装備計画の調整を早めにしたいと思っているからであった。
学園長室と書かれた部屋――秋斗の学園においての執務室へヨーゼフと入室する。
部屋に入り、応接用のソファーに座るとドアがノックされた後にメイドがお茶を持って入室。秋斗とヨーゼフの前にお茶とコーヒーの入ったカップを置くと隣にあるメイド控え室へ戻って行った。
「グレンが要求して来るのはコレだろう」
秋斗はコーヒーを一口飲んだ後、テーブルの上に置いた紙の束にはマナマシンの概要と仕様が書かれている。
ヨーゼフはそれを手に取って無言で読み進めた。
「ふむ。なるほど、情報部隊の装備か」
ヨーゼフの読む紙の束に書かれたマナマシンの正体は潜入情報部隊向けの新装備について。
小型化された通信機や発信機、収音機など所謂スパイ道具と呼ばれるような物だ。
「来年ぐらいには潜入できる錬度に達するとか言ってたから、今年から装備を持たせた訓練を行うのだろう」
と、話していると部屋のドアがノックされる。返事を返せば入って来たのはグレンであった。
「待たせてしまったか」
「いや、そんなに待っていない」
入室してきたグレンに秋斗が答えると、グレンはヨーゼフの隣に座る。
メイドが再び控え室から入室して来てグレンへお茶を出してから話し合いはスタートした。
「情報部隊の装備か?」
「なんだ。知っていたのか?」
前回の会議でそろそろ使えそうだ、と言っていただろうと言いながら秋斗はテーブルに置いてあった紙の束をグレンの方へズラした。
グレンは紙の束に目を通すと満足気に頷く。
「仕事が早いじゃないか」
紙の束に書かれていたマナマシンはグレンの欲する物一式とピッタリ当て嵌まっていた。
「早く家に帰りたいしな」
秋斗がそう言うと、グレンもヨーゼフも「ああ~」と仕事の早さに納得する。
その後、同席したヨーゼフとも話し合いをして実際に生産できるかどうか、完成はいつ頃になるか等を話し合うとグレンの用事は1時間もしないうちに終わってしまった。
お茶を飲み終えたら解散か、という雰囲気になるが秋斗が席を立って執務机の引き出しから一枚の大きな紙を取り出してテーブルの上に広げる。
「最近、考え始めた備えだ」
秋斗の言う『備え』とは未来への遺産だ。
グレゴリーの見た神と戦う未来で自分の子孫達が負けないようにと秋斗を始め国の主要メンバー達は、来るべく未来への備えを進めている。
「これは……」
「なんと……」
秋斗が広げた紙に書かれていたのは新型マナマシンの設計図。
これは賢者時代にも無かった完全新作であり、グレンとヨーゼフが見ても一目瞭然の未来に向けた物であった。
「未来でどんな戦闘になるかはわからない。だが、今より殺傷能力の高い武器を相手は使ってくるだろう。対魔法銃器を想定して設計してみた」
描かれているのは『鎧』だ。
スケッチと設計図の脇に書かれた鎧のコンセプトについてのメモには『全身に纏い、生身以上のスピードとパワー、防御力を兼ね備えた強化外骨格』と書かれていた。
「マナフレーム? コンセプトを読むと、昔の映画にあったようなパワードスーツか?」
「そうだ。対魔法銃器戦闘用の白兵装備。今の展開式の盾じゃ機動力に欠けるだろう? 兵士全員がこれを装備すれば少しは生存率が上がる……はず」
未来で勃発する戦争で、相手がどの程度の技術力と戦闘力を持った兵器を使われるのかは不明だ。
そこで、秋斗は仮想敵を賢者時代の軍事力を持つ相手として自身のよく知るアークエルを仮想敵と設定し、設計したのがこのマナフレームであった。
様々な魔法銃の直撃に耐え、生身の数倍以上のスピードとパワーを実現。
フレーム内には武器やガジェットが収納され、専用の装備類も別紙に企画していた。
「ただなぁ……。仮想敵がアークエルなんだが、アークエルと同等の戦力相手に戦おうとすると魔石カートリッジ式じゃ無理だ」
マナフレームは人型サイズで高い戦闘能力を有する、秋斗の考える戦闘用マナマシンの正統進化した物で謂わば現状秋斗専用とも言えるバイクやマナカー、戦闘用大型マナマシンの人型版。
これを運用するにあたってのデメリットと呼べる部分はマナフレームを動かす動力源――リアクターが必要な事だ。
しかも、開発済みの中型リアクターをスペックをそのままに小型化した小型リアクターで動かす事を想定している。
現状のアークエルでは秋斗の考案したリアクターの下位装置である魔素貯蔵ユニットの更に下位装置にあたる魔石カートリッジが主流となっている。
つまり、現状から3段階も上位の技術を実用化させなければならない。
「中型リアクターのスペックを維持したまま小型化させなきゃならんから賢者時代よりも技術が必要とされる。開発の取っ掛かりはあるが、俺も結構な研究期間を必要としそうだ」
現状で最高の技術者である秋斗でさえ、何十年単位の研究が必要かもしれない物だと告げる。
「それは……これからの技術者が再現できるのか?」
「今ようやく貯蔵ユニットの原理について学び始めたところじゃぞ……」
秋斗の告げる技術難易度にグレンもヨーゼフも眉に皺を寄せて難色を示した。
「ん~……。魔素充填貯蔵ユニットが作れるようになればリアクターの製造は可能だと思う。ただ、小型化出来たとしても使用する部品の精密精度が上がるから……」
基礎的な原理や理論が分かれば応用の延長にあたる、と秋斗は言うが懸念は使用する部品類の精密さだ。
賢者時代では高度な工作用マナマシンによってナノメートル単位の調整が寸分狂いなくされていたが、現状では手作業がほとんどで最近ようやく少しだけ機械化されてきた。
マナマシン技術を学んでいる最中のヨーゼフからしてみれば途方も無い事に思えてしまう。
「ただ、技術の継承については解決の目処が立っているんだ」
秋斗の頭の中にある技術知識についての継承について。
これはアドリアーナが生きていた事で解決策があると秋斗は言う。
「俺の知識をマナマシンに記憶させれば良い」
アドリアーナやアルフレッドのような脳をマナマシン化するのではなく、それの応用技術を用いて技術知識のみを生体マナマシンに記憶させる。
そのマナマシンを使えば記憶させている技術知識がいつでも閲覧可能になる――謂わば、秋斗の頭の中にある知識をデータ化した教科書にしようという事だ。
「なるほど。確かにアドリアーナ博士の協力があれば可能だな」
「アドリアーナ様でないと無理な技術なのか?」
生体マナマシンの製造は秋斗の知識のみでは不可能だ。
これは『生体』と言うように、少なからず医療知識を必要とする技術なのでアドリアーナのような専門家以外が迂闊に手を出して失敗すれば、脳に大ダメージを残す結果になるだろう。
失敗した際は良くて植物状態、最悪は脳死判定。
問いかけてきたヨーゼフにそう伝えると、彼は体をぶるりと震えさせた。
「それは……かなり危ない技術だな」
「アドリアーナじゃなければ無理だ。彼女の中でも危険度の高い技術だから技術として残すかもわからんな」
と、ここまで話し合いをしていると学園内に夕方6時の鐘が鳴り響く。
これは定時終了の合図でもあり、学園生徒で学園の近くに建築された学生寮で生活をしている者は寮に帰宅。
学園の教師役も兼ねている応用科の者達が魔道具生産等の仕事をしていれば一時中断して休憩の合図となり、魔道具生産ではなく東側全国からやって来た生徒の所属する『基礎科』の教師としての仕事を受け持つ者は家に帰宅する。
「おっと、定時だ。帰ろう」
定時で帰るのは学園長である秋斗も例外ではない。
「なら、私は軍の執務室へ戻る」
「ワシも今日はメシと酒を飲んで授業の復習をせねばな」
秋斗がいち早く家に帰りたいと思っている理由を知っている2人は、カバンに書類を入れて帰り支度をする秋斗に別れの挨拶をして退室して行った。
彼らが退室したのを見送ると、秋斗は隣の控え室にいるメイドへ声を掛けて屋敷への帰路に着いた。
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次回投稿は水曜日です。