141 終戦後の西側
新生国家アークエルとの戦争が終戦―― 一方的に仕掛けた上に砦を破壊され、東側がそれ以上追撃して来なかった事を良い事に、ヴェルダ側が勝手に終戦扱いした戦争から1週間。
最後まで何とも勝手な戦争が終わってからのヴェルダ帝国は揺れに揺れた。
今まで反撃して来なかった東側が『攻める』という姿を見せ、砦まで破壊して見せたのだ。
当然の如く今まで東側を舐めきっていたツケが回ってきた帝国軍部では、東側への対策を話し合うのではなく敗戦についての醜い責任の押し付け合いが始まっていた。
以前、失敗をして首の皮1枚で命を繋いでいた帝国軍元帥のサージェスは敗戦の報告が皇帝の耳に入るなり、怒り狂った皇帝の手自らで命を絶たれて既にこの世にはいない。
彼を殺しただけでは気が済まなかった皇帝は「この結果になった事に対し、まだ責任を取らなければならないヤツがいる」と口にした。
脳が正常な者が聞けば誰もが「お前だよ」と返すだろうが、そんな者はこの帝国には存在しない。
居たとしても言えば自分の首が胴とお別れする結果は見えているので、言えないのが現実なのだが。
ともあれ、そんな短気でイカれた皇帝の命令を忠実に守る軍上層部は1週間の間、責任の押し付けあいのみ。
自分の発言が招いた結果だというのに、上層部の状況に苛立ちを募らせる身勝手な皇帝カイゼル・グーエンズ・ヴェルダはいつぞやのローブ男から謁見の申し込みを受け、それを承諾していた。
皇帝はいつも通りの豚のような腹を呼吸する度にぶるぶると震わせながら、床よりも高い位置にある玉座に座って目の前にいるローブの男を見下ろしながら叫ぶ。
「一体、何の用だッ!」
家畜と呼ぶ東側に敗戦した事が余程気に食わないのだろう、と容易に見て取れる皇帝の態度と機嫌に、ローブの男はフードの中にある顔に心底馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「ククク。家畜に負けたそうじゃないか。だから機嫌が悪いのだろう?」
ローブの男は目の前の帝国最高権力者へ容赦ない一言を告げる。
「貴様!! そんな事を言いに来たのか!!」
当然、皇帝のこめかみには青筋が浮かび上がり、臭い口から大量の唾を撒き散らしながら怒声を発した。
「まさか。私はお前達が無能だと知っているが、お前達は大事なお客様だ。見捨てたりしないさ」
手を差し伸べているのか馬鹿にしているのか、どっちなのかわからない発言だが皇帝は『無能』と呼ばれて再び怒鳴り散らした。
首を斬る、殺してやる等のセリフを一通り言い終わった皇帝へローブの男は先程と変わらない声色で告げる。
「いいのか? 折角、遺跡の情報を持って来てやったのに」
その発言を聞いた皇帝はピクリと反応して、口から飛び出していた唾と罵声が鳴り止む。
「欲しいのだろう? 旧時代にあった強力な武器が」
嘗て帝国は『世界を変える一撃』を求めた。
その正体は賢者時代にあった軍事兵器であったが、秋斗とグレンによって阻止されてしまう。
「まぁ、見つけただけで調査していないからな。中に存在しているかどうかは確約できんがね」
しかし、ローブの男は帝国が得られなかった兵器が眠る可能性がある遺跡を見つけたと言う。
東側にこっ酷く敗戦した帝国軍は砦と多くの兵を失った。
砦が破壊され、帝都に戻って来た兵士の数は派兵した兵の1/4以下。
東側は砦を破壊するのみで領土内への追撃はしなかった、と聞いていた皇帝は東側が攻めて来る可能性は低いと考えた。
軍の再編成をするにも時間や金は掛かる。
ならば、一時東への侵攻は取り止めて遺跡調査へと派兵し、強力な武器を発掘してから再度攻めるのが良い。
その間にもう一度吸収した小国の民から徴兵をかけて訓練させれば良いだろう、と。
「何が欲しいのだ?」
だが、問題はローブの男が求める対価であった。
1日も掛からず敗戦した戦争へ注ぎ込んだ金――火で燃やされた物資や兵士に与えた装備類、それに加えて砦の再建費用の追加――は莫大であった為、現在の帝国にはとにかく金が無い。
かといって自分のポケットマネーから出すのは絶対に嫌で、部屋の調度品等を売って金を作るなんて行為も皇帝には耐えられない。
「ああ、対価は魔石。それと遺跡内部に私達の求める物があれば譲ってくれれば良い。先に言っておくが、遺跡内にあるかもしれないと言う我々が求める物は武器じゃないからな」
見つけた武器は全てそちらで良いから安心しろ、とローブの男は告げる。
「貴様の求める物とは何だ?」
「旧時代にあった書物や研究データさ。内容も武器に関してじゃない」
ローブの男がしつこく武器関連じゃない、と言うと皇帝は話を信じたのかローブの男が求める物への興味を失ったようだ。
「よかろう。こちらにも準備がある。1週間後にまた訪ねて来い」
「ああ。その時に魔石は用意しておけよ」
ローブの男と皇帝は契約を交わすと、謁見は終了となった。
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「どうであった?」
「当然、食いついたさ」
帝国帝都内にある屋敷の地下室に戻ったローブの男は屋敷の主である老人に皇帝の様子を語る。
「まぁ、あれだけやられたのだ。あの愚かな皇帝であれば食いつくのは当たり前だな」
「これで人手は確保できたが、今回で見つかるだろうか?」
「それはわからんが……本国の指示だ。アタリは付けているのだろう」
老人は懐から掌サイズのデバイス――マナデバイスと一体化している携帯端末を取り出して本国より送られてきた内容を再び確認する。
「ゼウス神と要塞の建造に必要な動力炉……。嘗てのヴェルダ国籍研究員が研究していたリアクターか。本国では製造できなかったのか?」
老人の言うリアクターとは、御影秋斗というアークマスターが開発・使用していた大型マナマシン用リアクターの模造品だ。
嘗てのアークエル最高技術者に苦しめられたグーエンドが、その対策と対抗手段として研究を進めていたが実現はできなかった。
しかし、研究資料や試作品でも残っていれば本国の技術者が改良して使えるようにするので、それを探して来いという内容だ。
「あっちは強化人間の研究で手が一杯なのだろう。マグリエッタ達もアルデマに招集されているし、そちらが片付けばこっちにも支援は寄越してくれるだろう」
「うむ。アルデマへ魔石を送る手筈は整っておる」
老人は机の引き出しから一枚の紙を取り出し、男へ渡す。
紙には魔法都市アルデマへの輸送馬車が手配された旨が書かれていた。
「仕事が早いものだな」
「地下の神託増幅魔法陣も準備は終えてしまったしな。これでいつでもヴェルダ帝都民に神の声を聞かせて我等が手足に出来る」
「ふふ。出来ればあの皇帝が生きている時に使用の指示を下して欲しいモノだ。ヤツの頭の中にある結晶が弾ける所を見たい」
頭の中に寄生されているとも知らず暢気なモノだな、とローブの男は皇帝の怒り具合を思い出して笑う。
「所詮、我等ゼウス教に見逃されている下級市民だからな。どの道、奴に神と教祖様の崇高な考えは理解できんだろう」
憐れな者よ、と老人は首を振る。
「この仕事が終わったら、一度オーソンでゆっくりしたいな」
「それには同意だ。こうも穢れた地に長くいると、アルカディアが恋しくなってくる」
ローブの男も「全くだ」と同意しながら、故郷であるオーソン大陸のアルカディアへ思いを馳せた。
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