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140 ジーベル要塞防衛戦3


 敵の気を引きつける、と言って出陣したフリッツとセリオ。

 その2人の戦いぶりを双眼鏡で見ていたグレンと魔法隊の指揮官であるオレールであったが――


「………」


「………」


 彼ら2人は双眼鏡の向こう側に映る光景に絶句していた。

 グレンは2人が実際に戦う姿を見たのは初めてだ。オレールは噂では聞いていたが、元々はラドール騎士団所属であった為に防衛戦に参加するのはこれが初めて。


 2人が共通して内心に抱く感想は「もうあの2人だけいればよくない?」だ。


 元々は彼らが敵の注意を引きつけ、敵側面より動きが早く小回りの効くゴリブン族で構成された強襲部隊である『ゴブリン隊』が一気に接敵して乱戦の合間を縫って個別撃破したり、後方にある野営地へ火矢を放つ予定であったのだが……。


「もう一騎当千の域じゃん……」


「ええ……」


 双眼鏡を覗き込む2人の目に映るのはフリッツとセリオが雄叫びを上げながら敵の陣へと食い込み、どんどんと敵を殺害していく様であった。


(これがアドリアーナ博士の齎した結果か……?)


 グレンは極秘に秋斗とアドリアーナより異種族の出生について聞き及んでいるので異種族が人と見た目が異なり、特徴を持っているのは理解できている。


 セリオは異種族なので人間(・・)よりも強いのは理解できる。

 フリッツは先祖がどこかのタイミングで異種族の血が混じったのか、それとも遺伝子操作によるモノなのかは不明であるが、そう思えば自分や秋斗とは違う体の創りであり武の達人のような動きが出来るのも理解できた。

 

 最早、いつの間にか敵の数は半数を下回っており、側面からの奇襲が必要か? と問われればNOである。


 フリッツとセリオが暴れる敵陣から少し離れた場所で地面と同じ色のカモフラージュマントに体を包みながら待機しているゴブリン隊に双眼鏡を向ければ、ゴブリン隊の隊長が困ったような表情でグレンのいる方向をチラチラと見ていた。


「毎回こんな感じだったのか……?」


 今までの防衛戦争の事を王家に問えば、返ってきた答えは「防衛するのみで、こちらから攻めるには余力が足りない」というものであった。

 だが、いざ開戦してみれば目の前にあるのは力の差があり過ぎる蹂躙劇だ。


 むしろ、あの2人がいれば対面にあるヴェルダの砦を破壊するのも占拠するのも容易だろう。 

 グレンが首を傾げていると丁度よいタイミングでジーベル伯爵が城壁へ登ってきたので問う事にした。


「御二方の英雄っぷりは以前も変わりませんよ。先代の陛下方もあのように先頭に立ちながら戦ってヴェルダを追い払っていた、と父から聞かされております。攻める余力が無い、と仰る理由は切り取った土地の運営に関してでしょう。元々切り取った土地に住むヴェルダ民と我等の民や兵との衝突も避けられないでしょうしね」


 東の民は家畜である、と教育されているヴェルダ民と仲良く暮らすなど無理だろう。

 そんな国の土地を切り取って暮らすとばれば元々住むヴェルダ民を追い出すか殺すかしなければならない。


 共に街で共生すればお互いにいがみ合い、差別による殺人等の事件が100% と断言しても良い程に起きる。

 国としての体面的には『敵に勝って土地を得た自分達は強国』と胸を張れるかもしれないが、その裏で不幸を受けるのは自国の民達なのだ。

 

 そんな事を良しとしない4ヶ国の王達は問題が起きるくらいならば追っ払い続ける、という選択肢を代々選び続けてきた。


「なるほど。戦力的には問題ないが、問題は政治や治安の面か」


 グレンにも住民の安全優先する王達の考えは十分に理解できる。

 しかし、防衛のみで攻める姿勢や侵略するしないに拘らず強気な姿を見せないのも相手に舐められる原因となるだろう。現に、たった今侵略を受けているのはその姿勢や国の方針が原因とも言える。


「今回は追い返しつつ、頬をぶん殴るくらいはしようじゃないか」


 アークエルの技術力は迂闊に見せられない。 

 だが、追い返しただけではまたヴェルダは攻めて来るだろう。


 今回はヴェルダを追い返すのみではなく、相手の持つ東側の印象を変えようとグレンは考えた。

 アークエルは強いから迂闊に攻められない。じゃあ、西側に目を向けようと思ってくれれば御の字だ。


「野営地を焼いた後にヴェルダ砦前まで侵攻する。魔法隊全戦力でヴェルダの砦に魔法を撃ち込め。マナデバイス使用は許可するが、魔法使用までの時間偽装は忘れるな」


 オレールとジーベル伯爵にそう伝えたグレンはゴブリン隊に旗による合図を送る。

 事前に取り決めておいた合図で『敵野営地に火を放て』という意味のモノだ。


「最前線へ伝達。後方野営地まで追い返し、火が付くまで一時的に侵攻中止せよ、と。その後は砦まで敵を追い立てるぞ」


 グレンは待機していた伝令係に最前線にいるフリッツとセリオへの伝言を頼み、自身も城壁の上にいた魔法隊と共に侵攻の準備を開始した。



-----



 ヴェルダ軍に対し、無双状態と言える活躍をしたフリッツとセリオは後方にあった敵の野営地前までアークエル軍を進ませる事に成功。

 フリッツとセリオの実力を知り、ヴェルダ軍正規兵の顔を真っ青に染めながら退却させた後に一度進軍を停止。


 これは後から敵陣に火を放つ為に潜んでいたゴブリン部隊より聞いた話になるが、アークエル軍の侵攻が一時停止するのを見るなり彼らは露骨に安心したようであった。


『いつもと同じように追い払うだけ。こちらには本格的に侵攻して来ない』


 東側との戦争を何度か経験したヴェルダ軍の上級将校はそのような思いを抱いたから安心したのだろう。

 いつも通りだ。いつも通り、位の低い者達が犠牲になるだけ。いつも通り、相手は攻める気の無い臆病な家畜である。


 そう思っていたはずだ。


「撃て」


 地に伏せながらカモフラージュマントで体を隠したゴブリンの握る魔法銃のライフルで自分の頭が吹き飛ぶまでは。


「火を放て!」


 20名で構成されたゴブリン部隊は敵陣の側面――500mほど離れた位置から魔法銃を持ったゴブリン族が敵将校らしき者を数名射殺した後に、次は火矢を放つ担当のゴブリン族がカモフラージュマントを素早く脱ぎ捨ててから敵陣へ火矢を放った。

 

 謎の攻撃を受けて将校が死亡し、次は火の矢が降り注いで天幕や食べ物などの補給物資を収めていた木箱がどんどんと燃えてゆく。

 ゴブリン部隊の放つ火矢を見たアークエル軍本隊は油の入った小樽を敵陣へと投げて火が燃え広がるのを手助けした。


「退け! 退けぇッ!」


 設置された天幕などがゴウゴウと燃える中、退却の指示を出しながらも我先にと馬に乗って砦へ引き返して行くヴェルダ軍の上級将校。

 彼のようなヴェルダ軍の上位幹部ほど今の状況に焦りを抱いている事だろう。


 今までの東側は戦線中央を越えてヴェルダ側へ歩みを進める事など無かった。

 ジーベル要塞前に展開するヴェルダ軍が引き返せば追ってくる事など一度も無かったのだ。


 今回もそうだ、とタカを括っていた彼らは裏切られたような気持ちで砦へと引き返して行く。

 砦の門から内部に入り、ようやく一息つく。


 自分達は全員砦に引き返したのだ。これで今回の戦争は終了。

 と、安堵しながら外を見ればアークエル軍が砦の前まで迫って来ているのだ。


 嘘だろ、いつもと違う、などと勝手な事を言いながら慌てる者や怒り狂う者で砦の中は溢れていた。


 一方でアークエル側を指揮するグレンは先頭のフリッツとセリオを下がらせた後に魔法隊へ指示を出す。


「砦を破壊する。今までやらなかった分、徹底的にやるといい」


「こちらを警戒されませんかね?」


 オレールは砦を破壊する事で東側に秋斗がいる事がバレないか心配していたが、グレンは首を振って否定した。


「まさか。普通に魔法を撃つだけだ。2人のおかげで賢者時代の技術は特に見せてないし、問題無いだろう」


 技術的な面は展開式の盾しか見せていないが、あれよりもフリッツとセリオが大暴れした場面の方が印象に残っているはず。

 故に、後は砦を破壊して『東側の実力について再検討させる』という課題をクリアすればヴェルダからの侵攻が足踏み状態となり、防衛によって時間が取られる事が減るだろう。

 

 グレゴリーの見た未来まで残り350年しかない。 

 時間というモノは何よりも貴重であり、自分が生きている時代で少しだけでも時間稼ぎはしておきたいとグレンは思っていた。


「壊してさっさと帰ろう」


 そう言ってグレンは部隊に魔法の発動を命令する。

 各魔法隊総勢1000名による一斉射によってヴェルダの砦は崩壊。


 崩れ落ちる砦の向こう側――ヴェルダ領土内の景色が綺麗に映し出されたが、自軍の強さというモノを見せ付けて目的を達したアークエル軍はジーベル要塞の方向へ全軍揃って体を向けて帰還して行った。


読んで下さりありがとうございます。


次回は水曜日に投稿します。

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