139 ジーベル要塞防衛戦2
ヴェルダ軍はヴェルダとジーベル要塞との丁度中間地点で侵攻を一度止めると、彼らは陣を作り始める。
予想通り歩兵隊からかなり離れた後方の位置に軍服を着た者達が集う天幕が設置されていた。恐らく司令室みたいなモノなのだろう。
その指令室付近には休憩場のような、非戦闘状態の時に引き返す陣地が作られている。
遮蔽物などが無く、夜襲してくれと言わんばかりの丸見え状態なのにも拘らず陣地を構成するのはどう考えて東側を舐めているのだろう。
彼らは1度目の衝突でカタをつける気なのかもしれない。
落ち着きがないようにソワソワと動きっぱなしの革鎧歩兵の後ろに軍服を纏った正規兵の歩兵と騎兵が並ぶと陣は完成のようだ。
全ての準備を終えると馬に乗った一人の正規兵がジーベル要塞へ駆ける。
彼は軍服の懐から紙を取り出すとこちらに聞こえるよう大声で紙に書かれる内容を読み始めた。
「我等ヴェルダ帝国はこの大陸全ての正当なる土地の所有者であり、貴国等の不当なる占拠は――」
と、まぁ。読まれた書状の内容を要約すれば『大陸全てはヴェルダ帝国のモノだから東側に住む人々は不法占拠しているんだ! 特に王家は人々を率いて不法占拠を行う者達の筆頭だから降伏しなきゃぶっ殺す!』というやつだ。
ヴェルダ的にはあくまでも侵略ではなく正当な持ち主だから奪還に来た、という体らしい。
その言い訳が何の意味があるのかグレンもフリッツもセリオも不明であるが、攻めて来るという事実は変わらない。
書状を読んだ者が自陣へと引き返していくのを見送りながら、このタイミングでアークエル側もジーベル要塞の門を開いて部隊を展開させる。
「では、手筈通りに」
「お任せあれ」
「承知した」
グレンはケンタウロス族の背に跨るフリッツと大剣を背に持って歩いて行くセリオを見送ってから城壁へ登る。
「あの後方にある天幕、狙えるか?」
グレンは城壁の上で魔法部隊を指揮するオレールに問う。
「簡易マナデバイスで狙うには射程外ですね。アリーチェの魔法銃なら余裕でしょう」
「そうか。どさくさに紛れて撃ち込ませてみるか」
「前線がぶつかって乱戦状態になったらバレなさそうですね」
「確かに。アリーチェ。用意しておいてくれ」
「わかったニャ」
アリーチェはグレンとオレールの横で座り込み、アタッシュケースから分解された魔法銃のパーツを取り出して組み立て始める。
その瞬間、相手側の陣からラッパの音が鳴り響く。
グレンが双眼鏡を覗き込むと軍服の歩兵――ヴェルダの魔法兵が魔法を撃つ準備をしていた。
「まずは相手に撃たせる。相手が撃ち、こちらが防御してから撃ち返すぞ」
「ハッ! 魔法部隊全隊! 魔法を発射待機!」
グレンの注文に応えたオレールが魔法部隊へ指示を出すと、彼らは杖型の簡易マナデバイスを握り締めて攻撃魔法の術式を展開して自身の傍に待機させた。
この時点で相手は未だ魔法の準備中。こちらは既に撃てる体勢だ。
グレンはこの時点で既に自軍の勝ちを確信していた。
それから5分後、相手の陣より攻撃魔法が放たれた。
放たれた4元素攻撃魔法は高い波のように空を覆いつくし、アークエル軍最前線にいる部隊へ降り注ごうとしていた。
「防御隊!! 大盾展開せよ!!」
ヴェルダ軍と対峙しながら最前線で横並びになっているアークエル軍の部隊へフリッツが指示を叫ぶ。
オーガ族やオーク族という体格の大きい種族で構成された防御部隊は両手で抱えていた2m程の筒を地面に刺した後、取り付けられている持ち手を横に捻ると筒が横に広がって四角い大盾へと可変。
可変した大盾をやや斜めに構えながら魔法の着弾を待ち、着弾すると大きな爆発音を鳴らしながら土煙が空に舞った。
魔法の着弾を確認し、派手に爆発した様子を見たヴェルダ軍からは大きな歓声が上がり、正規兵らしき者の「突撃!」という指示が大声で発せられた。
革鎧を着た歩兵達が顔を見合わせてから雄叫びを上げて、未だ土煙の舞うアークエル軍側へと走って行く。
突っ込んで行く彼らと軍服達は魔法でアークエル軍最前線の部隊が崩壊したと信じて疑っていない。だが、それは否だ。
「なっ!?」
土煙が晴れると、そこにあったのは展開した大盾を少々黒く焦がしただけで無傷のアークエル軍防御部隊。
歩兵部隊の後ろからその様子を眺めていたヴェルダ軍正規兵は驚きを隠しきれなかった。
さらに、無傷の防御部隊を見た革鎧の歩兵達は相手にぶつかるわけでもなく、中途半端な位置で突撃を緩めてしまった。
それはアークエル軍魔法部隊にとって恰好の餌食となる。
「放て」
城壁でその様子を見ていたグレンは術式待機状態の魔法部隊へ腕を振り下ろしながら合図を出す。
待機中だった術式は解放され、ジーベル要塞の城壁からは無数の4元素魔法弾が敵へと降り注ぐ。
アークエル軍のように対物理・魔法用の大盾を持たないヴェルダ軍の革鎧歩兵部隊は成す術も無く数を大きく減らした。
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大きく減らした、と言っても犠牲になったのは一般人から徴兵した兵士達だ。
一応巻き込む形で何人かの正規兵である騎兵は倒したが、それで軍服を纏う正規兵は未だ健在。歩兵も6割弱は生き残っている。
しかし、アークエル側の一撃は軍の士気差という面で顕著に表れた。
一撃で4割程度を屠ったアークエル軍は、セリオの掛け声と共に展開式大盾を構える防御隊を先頭にして相手へ歩を進める。
防御隊による圧倒的な面防御と彼らの後ろに並ぶ魔道具式のクロスボウを構えた中衛部隊が隙間から相手へ容赦無く魔法矢を放ち続ける。
一方で少なくない打撃を受けたヴェルダ軍。
最前線にいる歩兵達は一撃で多くの仲間が死ぬのを見た事で完全に腰が引けてしまい、剣を構える手はブルブルと震えている。
彼らの後方より正規兵の怒声が響くが効果は無い。
むしろ、前からはアークエル軍が大盾を構えながら迫り、後ろは逃げ出せばヴェルダ正規兵に殺される、という恐怖の板ばさみにされて戦いに慣れてない者は震える事しか出来ない状況になっていた。
「あああああ!!!」
思考が恐怖に染まった者は雄叫びを上げながら剣を振り上げアークエル軍へ斬り込む。
だが、結果は大盾に防がれたうえに隙間から差し込まれた槍に串刺しにされて死亡するだけだ。
敵に圧迫を与えながら進軍するアークエル軍は、ザ、ザ、ザ、と足音を規則正しく鳴らす。
この相手から攻撃されようと、乱れぬ規律と足並みはグレンの指導力の高さが窺える。
大盾を構える防御部隊、槍や長剣を持つ近接部隊、クロスボウを持った中衛部隊の順番で敵へ進軍する最後尾には大剣を持ち指揮するセリオ。
そんな彼に声を掛けるのはケンタウロス族専用甲冑を装備したケンタウロスに跨るフリッツであった。
「セリオ。そろそろ気を引きに行って来る」
肩に秋斗より贈られた魔槍『レオンガルド』を担ぎ、敵陣を見つめる目はギラギラと好戦的な瞳をしていた。
「うむ。我も続けて向かう。気をつけよ」
セリオもフリッツへ言葉を返しながら、背中から魔剣『ガートゥナ』を抜いた。
フリッツは頷きで返した後に跨るケンタウロス族のジークへ声を掛けた。
「応。ジーク、行くぞ!」
「ハッ!」
フリッツが跨るのはレオンガルド騎士団所属のケンタウロス族の中でも一番の体格の良さ、速さ、バランス、戦闘時の強さと全て優秀とされた者だ。
ケンタウロス族の中で定期的に格付けが行われ、一番の者は主君であるフリッツを乗せて戦場を駆けるという大役を任される。
その格付けを行うのは王であるフリッツと先任のケンタウロス族の者であるが、長年戦場で相手国の侵略を防いできたレオンガルド王国の格付け審査に妥協は一切無い。
格付けを終えた後もフリッツを乗せて十分に力を発揮できるかどうかの試験もあるのだ。
そんな格付けと試験をパスしたジークがフリッツの足となって今年で10年となる。
戦場に限ればフリッツの心を読むように理解できているのはジーク以外に存在しないと言える程だ。
最早、人馬一体。
意志を持ち、手に槍を持つ愛馬に跨る鬼人は魔槍の柄に取り付けられたトリガーを握り締めて魔槍に風の刃を纏わせながらヴェルダ軍へと単騎で突っ込んだ。
「ハアアアッ!!」
馬上から全てを切り裂く魔槍を振るい、時には突き刺しながらヴェルダ軍の騎兵を次々と屠る。
足となるジークも槍を構えながら敵へと突っ込み、敵を突き刺し、轢き殺しながらフリッツの戦果へ華を添える。
2人が単騎突入を行って騎兵を薙ぎ倒し始めてから数分。
ジークは背後からチリチリとした気配を感じると、敵陣を横一直線に横断してから自陣へと体を向ける。
「陛下!! 切り替えします!!」
「応ッ!!」
ジークの判断は正確であった。
馬上のフリッツが背後にあった自陣へ視線を向ければ、大盾を構える防御部隊の前には大剣を抜いて歩を進めるセリオの姿が。
セリオから放たれる殺気と覇気を感じ、ジークは彼の邪魔にならぬよう切り返しを図ったのだ。
彼の意図を理解したフリッツはますますジークの恐ろしいまでの優秀さを認識した。
アークエル軍の側面を通り過ぎて行くフリッツ達を横目で確認したセリオは大剣を斜め下、下段の構えで敵陣を睨みつける。
「我が名はセリオ・ガートゥナ! 死にたい者からかかってこい!!」
セリオがそう叫ぶと、フリッツによって既にボロボロ状態のヴェルダ軍から正規兵による怒声が響いた。
「ヤツが敵の将だ!! 討ち取れ!! 首を持ってきた者は褒美をやるぞ!!」
その怒声に応えた者達の背景は様々だ。
命令されたから、逆らうと反逆罪で殺されるから、ヤケになった、度重なる仲間の死を見続けて頭がイカれた……など。
だが共通して言える事は1つ。
「我が剣。止められるのであれば、止めてみよ」
獣人らしい犬歯を見せ付けながら獰猛に吼えるセリオが剣を振るう度に、彼へ迫り来る一切合切が両断されるという事だ。
魔剣ガートゥナ。柄に取り付けられたトリガーを握ると、刀身が赤く赤熱する。
高温の刀身を振るえば敵兵の纏う防具類を容易く断ち、その勢いのまま相手の体も両断してしまう。
セリオが1度大剣を振るえば2人以上を巻き込み、ヴェルダ軍の死体が次々と量産されていった。
「な、なんなんだ!? 何なんだよォー!?」
子供が積み木の塔を払うかの如く、簡単に死んで行く歩兵の姿を見続けた正規兵から遂に悲鳴があがった。
だが、それで終わりではない。
セリオが最前線で大剣を振るうだけでなく、フリッツも再びヴェルダ軍への突撃を開始した。
「あの2人は何なんだ!? 他と明らかに違いすぎる!」
「あいつらを止めろ!! 魔法でも何でもいいから止めろォォォッ!!」
ヴェルダ軍の正規兵達の眼前には2人の悪魔――後にヴェルダ帝国で恐れられ、帝国が滅ぶその時まで語り続けられる2人の魔将と魔将が率いる悪魔の軍勢が彼らを睨みつけながら、味方を肉の塊へと変え続けていた。
読んで下さりありがとうございます。
次は土曜日に投稿します。