138 ジーベル要塞防衛戦1
ジーベル要塞にて
「軍将閣下。お待ちしておりました」
ヴェルダ侵略の兆しあり、と報告を受けたグレンはフリッツとセリオと共にジーベル要塞へと赴いていた。
3人はジーベル伯爵によって迎えられ、到着してすぐに要塞内にある司令室でヴェルダに対しての対策会議を始めた。
グレンは早速ジーベル伯爵に現状報告を求める事にした。
「状況はどうなっている?」
「ハッ。現在、ヴェルダはここの対面にある砦に戦力を集めている様子は変わりません。また、エルフニア区とガートゥナ区側も偵察を行っておりますが、例年通り中央に戦力を集めて一点突破しようとする考えは変わらないようですね」
エルフニア区、ガートゥナ区というのは東側が統一された後の地名である。
元々エルフニアだった領土はアークエル王国エルフニア区とされ、エルフニア王都がエルフニア区中央都と呼ばれている。東街や西街はエルフニア区東街と名を変えた。
「なんで奴等はジーベル要塞を狙うんだ? 確かにジーベル要塞が一番大きな規模だし、ここを落とせば戦果が大きいのは理解できるがリスクも大きいだろうに」
グレンはヴェルダが執拗にジーベル要塞を狙うのが不思議でならなかった。
確かに今は秋斗の作った壁が起動しており、エルフニア区側もガートゥナ区側も簡単には攻められる状況ではないのだが。
「元々東側の戦力はレオンガルドが一番でしたからね。レオンガルドを落とせれば、他の国を落とすのは容易いと思っているのでしょう」
「そうか……。まぁ、3箇所同時に攻められるよりはマシだ。相手に感謝しておくとしよう」
グレンはフリッツが述べた理由を聞き終えると、早速とばかりに今回の戦争について話し始めた。
「今回は防衛戦だ。いや、今後とも東側は全力を出さずに防衛のみ行う」
「承知しております。秋斗様を隠すためですね?」
グレンの宣言にセリオが答えると、グレンは力強く頷いた。
「西側――黒幕はリンドアースと推測しているが、敵が誰であろうとアークマスターが存命している事は隠しておきたい。それ故に、秋斗の作ったマナマシンも全力投入はせず、相手に見られても良い技術だけを出して勝利しなければいけない」
グレゴリーの見た未来。350年後の未来が訪れるまで、相手にはこちらの力を極力隠し続ける。
秋斗謹製の大型戦闘用マナマシンを投入などは以ての外。
見られても良い、盗まれても良い技術だけを露見させている間に、こちら側も相手のレベルを探るというのがグレンの考えである。
そして、約束の時が訪れた際に――油断している相手を確実に葬り去るのだ。
「今回、まずは相手の出方を窺う。防御関連は正式採用装備を使うが、攻撃に関しては相手を見てから投入する物を選ぼうと思う」
防御に関しては戦う兵士の命が関わっている以上、出し惜しみはしない。
正式採用されている『盾』を投入するのは確定事項だ。
攻撃に関しては、実際に物を配置するが使うかどうかは相手の出方次第になるだろう。
ここでヴェルダを蹂躙してしまっては、奥にいるリンドアースを抑える国が失われてしまう。
こちらの被害を抑えつつ、相手も滅ぼさないように加減しなければならない。
なんとも面倒な状況であるが仕方なし。
「全く。東に手を出さずに西に向かえばいいものを。今も昔も面倒な奴等だ」
グレンは今のヴェルダと過去のグーエンドという、いつの時代も面倒な隣国の事を考えるとついつい舌打ちしてしまう。
「とにかく、今は準備を進めよう。同時に他2箇所の砦も警戒を怠らないように伝えて欲しい」
「了解しました」
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グレン達がジーベル要塞に到着してから4日後、遂にヴェルダ側の砦の門が開かれてヴェルダ軍が侵攻し始める。
敵の数は大よそ2万。ヴェルダ軍のほとんどが歩兵で構成されているが、彼らの年齢層は10代の青年と呼べるような歳から50代くらいの大人まで様々であり、身なりは私服の上に皮鎧と鉄の兜を被って剣と盾を持っていた。
ヴェルダ軍の1/4くらいを占める騎兵は誰もが軍服を身に纏い、歩兵へ指示を飛ばしている事から騎兵がヴェルダの正規軍兵なのだろうと東側は推測していた。
「指揮官クラスがヴェルダの正規兵で、身なりの違う歩兵はヴェルダが侵略して滅ぼした周辺小国の民でしょうな」
グレンとフリッツはジーベル要塞の城壁から双眼鏡で相手の様子を覗き見る。
フリッツの言う通り、歩兵として参加している者達は皆揃って顔色が悪い。
初めて戦争に参加する新人兵のような……生きる事を諦めたような表情を浮かべる者がほとんどだ。
逆に軍服を着ている者達の表情には余裕が見られる。彼らは歩兵の者達に馬上から怒鳴りながら指示を飛ばしていた。
「あれは歩兵を使い捨てにして数で押すつもりに見えるな」
「でしょうなぁ」
歩兵がヴェルダが侵攻して潰した周辺小国の人間であるならば、彼らは生粋のヴェルダ人ではないという事。
つまり、自国民よりも位が低く命の価値も低い。ヴェルダにとってはいくら死んでも痛くも痒くもない、といったところか。
「こちらにしてみれば、軍服のヤツを狙えばいいんだ。楽で良い」
軍服組が指揮官ならば指揮官を優先して倒せば良い。彼らを倒せば歩兵を指揮する者がいなくなって瓦解するのは容易に想像できるだろう。
グレンは双眼鏡を覗くのを止めて、城壁に並ぶ魔法部隊の指揮官を務めるオレールを呼ぶ。
「オレール。魔砲は無しだ。一応、スタンバイはするが指示を出すまで使用は禁止。簡易マナデバイスによる一斉魔法攻撃のみにする」
「承知しました」
魔砲とは魔石カートリッジ式で稼動する遠距離攻撃用の魔法弾を放つ大砲の事である。
グレンが秋斗へ発注していた固定砲台であり、ジーベル要塞の城壁左右に6門ずつ配置されている。
相手が突っ込んで来るだけならば、こちらは遠距離攻撃主体で魔砲を敵陣に撃ち込んでやれば話は早い。
しかし、それで快勝してしまうと東側が益々脅威であると知らしめてしまう。それは避けたい。
「グレン様。私とセリオで前線をかき混ぜましょう。その間、側面から周りこんで後方を叩いて下され」
どうしてくれようか、とグレンが頭の中で戦略を考えているとフリッツがグレンへ提案してきた。
「私とセリオが前線で派手に暴れれば敵の注目は我等だけになります。目立つのを最小限に抑えられましょう」
いつの世も注目されるのは派手な事をした者だ。
戦争で言えば誰が何人殺した、殺された、というモノである。
鬼人の異名を持つフリッツと最強の名を持つセリオが前線で暴れてヴェルダ兵の注目を引きつけ、その間に目立たぬよう側面から後方を叩く。
そうしてヴェルダ軍を撃退すれば、逃げ帰ったヴェルダ兵達がフリッツとセリオの話を国に流すだろう。
帝都へ撤退した者がヴェルダ上層部に『東側の最大戦力はフリッツ王とセリオ王だ』とでも話してくれれば、秋斗の作った装備類への注目が薄れる可能性は高い。
「ついでに軍服を着ている将の首でも3つ、4つ獲れば奴等が臆してしばらく侵攻して来なくなるかもしれませんしな」
そう言うフリッツの顔は笑ってはいるが、彼の目だけは獰猛な獣のようにギラギラしていた。
「了解した。では、私は側面から強襲する部隊の選出に入ろう」
「ええ。こちらも準備します。まぁ、いつも通りならば奴等はまず宣戦布告してくるでしょうから慌てなくても良いですぞ」
侵略を受ける側だというのに、2人は随分と余裕の様子を見せる。
それは偏に自軍の兵達と秋斗の作った新型装備を心から信頼しているからであった。
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