132 未来に向けて
レオンガルドへ帰還した秋斗とアドリアーナは王城で4人の王と賢者教の大司祭であるエミルに迎えられた。
再び恭しい歓迎を受けた後に、秋斗とアドリアーナは国の主要メンバー全員を会議室へ集めるよう伝えた。
その中でもグレンは会議の前に秋斗とアドリアーナの待機する客室に案内するよう伝えてもらう。
「秋斗、言われた通り来たが……そちらがアドリアーナ博士なのか?」
メイドにグレンの件を伝えてから15分程でグレンは部屋へやって来た。
秋斗の急な帰還とアドリアーナが目覚めたという報告を受けていたグレンは大急ぎで部屋までやって来てくれた様子。
「ええ。初めましてかしら?」
「はい。お見かけする事はありましたが、直接お話しするのは初めてです」
アドリアーナとグレンは握手を交わしてからソファーへ座る。
「まぁ、アドリアーナがこんな外見になったのは後で皆と一緒に説明するとしてだな。その前にやる事がある」
秋斗はそう言って、横に座るアドリアーナへ視線を向ける。
彼女は持って来ていたジュラルミンケースから一本の無針注射器を取り出してグレンへ見せた。
「私達、賢者時代に生きていた者達は寄生虫に寄生されているわ。それを除去する薬よ」
「き、寄生虫!?」
いきなり告げられた事実にグレンは驚きを隠せない。
本当なのか、と意味を込めて秋斗へ視線を向け、秋斗は頷いた後にグレンへ訳を話した。
「前に俺が頭痛で倒れただろう? その理由は寄生虫だった。これは賢者時代の人間、全員が寄生されているようだ」
だから薬を投与した方が良い、と説得する。
「わ、わかった。信じよう」
全面的に信頼している秋斗が真剣な様子に事態の危うさを理解したグレンは頷く。
アドリアーナが彼の首筋に注射器を押し当てて中に入っている薬を投与すると、グレンは秋斗と同様に眩暈を感じてソファーの背もたれに身を沈めた。
「ああ、これは……」
眩暈を感じながらも頭がクリアになっていく感覚を感じたようで、自分が何かしらの病に犯されていたのは真実だったかと納得する。
「理由は後で皆と一緒に話すから。今はリラックスして待ってくれ」
グレンが落ち着いた後に、他のメンバーが集められている大会議室へ3人で向かった。
レオンガルド王城大会議室に集められたメンバーは4人の王に加えてヨーゼフと大司祭エミル、秋斗の婚約者達。
彼らには異種族の件は伏せ、その他は全て話すと秋斗とアドリアーナは事前に決めていた。
秋斗とアドリアーナは彼女が生きている理由――再現不可能の技術を使って体を若返らせたと説明――を話し、賢者時代を滅ぼした存在の事について語る。
そして、最後には秋斗の子孫がその敵を打ち破る件を語って話を締め括った。
「つまり、私達の時代を滅ぼしたのは人工の神を作った宗教組織の人間で……秋斗の子孫がその組織と戦うのか……?」
だいぶ現実離れした話にグレンを含め全員が困惑を隠せない。
「そうよ。私がここにいる理由はグレゴリーが見た未来を実現するため。未来で台頭してくるであろう組織の国を倒さなければ、アークエルに住む者達に未来は無いでしょう」
未来で東側の脅威となる国。それを倒さなければ賢者時代の二の舞になるのは確実。
そして、その国の名は――
リンドアース。
人間至上主義を掲げ、異種族を敵と見なしてきた国。
もしかしたら人間至上主義を掲げた理由はアークエル人の生き残りが環境によって変異・進化して異種族となった、と思っているからかもしれない。
何にせよ、干渉を受けない異種族と人族を邪魔な存在だと思っているのは確実だろう、というのが秋斗とアドリアーナの共通認識であった。
もちろん、これは異種族の件は伏せて王達へも伝えた。
「確かに国の立地的にもオーソン側か。オーソン大陸に母体があって、先発隊のような者達が大陸へやって来て拠点を作り、国となった可能性は高い」
「ああ。シェオールの衛星画像でオーソン大陸を確認したが、国のような人の住む大きな街があった。それが母体になっている国なのかもしれない」
秋斗とグレンが推測を語り合う中、衝撃から立ち直った他の者達の中から代表でフリッツが挙手して質問をする。
「つまり、我々は来るべき日の為にこれから準備を行うのですよね?」
「そうだ。350年後――俺達は死んでいる。だが、その頃を生きる者達の為にも技術水準は賢者時代と同等くらいに成長させなければ対抗は難しいと考えている」
秋斗はフリッツの質問に答えた。
350年後の未来では、この場にいるアドリアーナ、エルフ種を除いた全員が死亡してこの世にはいないだろう。
だが、その頃に生きている子孫達が敵に滅ぼされないように今から準備を始めていなかければならない。
「マナマシン技術、医療技術、戦術……。あらゆる分野を成長させなければ滅ぼされる」
繁栄を極めた賢者時代ですら滅んだのだ。
人工神に干渉されない体を得たが、それだけでは勝てないのはグレゴリーがアドリアーナへ語っている。
グレゴリーの見た未来の通り、進化した人類がいなければ対抗できないのだろう。
「350年後ですか……。私は微妙ですが、ソフィアとリリは何か事故が起きなければ生きているでしょうね」
ルクスがソフィアとリリへ視線を送る。
「私が医療技術を教えるわ。2人に何かあった場合も対処しましょう。もちろん、秋斗の子も」
「350年後というと、私達の子か孫の世代でしょうか? それともエルザとオリビアの系譜かしら?」
ソフィアは誰の子が進化した人類になるのか気になる様子。
「ああ。グレゴリーの見た未来によれば、人工神を倒す秋斗の子は4人組だそうよ。つまりは貴方達全員の子なのでしょう。子なのか孫なのか、ひ孫なのかはわからないけどね」
異種族の出生を話せない為、人類の進化については詳しく話せていない。
だが、同種族同士で交わるのではなく別種族と交わると優秀な子が産まれるとは既に話しているので、孫くらいの世代だろうとアドリアーナはソフィアへ返答した。
「なるほど。別種族間の婚姻を推奨した方が良いですかね?」
アドリアーナの返答にエリオットが今後国としての政策として議論に挙げる。
「そういうもの、として人々に認識してもらうのは悪くないわ。まぁ、恋愛ごとは本人の自由意志だからそれを妨げない、強制しなければ良いんじゃないかしら?」
「では賢者教からアドリアーナ様より授かった叡智として発表しましょう。国としての発表よりは受け入れやすくなると思います」
国の言葉よりも賢者達の言葉の方が重く取られる時代だ。
賢者教から発表されたらどうなってしまうのだろうか。逆に心配な秋斗とグレンであった。
「技術水準を上げるとなれば、技術学園の設立と技師教育……教育に関連する政策は今からでも最優先事項に入れるべきだろう。350年……ワシは生きておらんが、死ぬまでに押し上げられるだけ押し上げてみせる」
ヨーゼフの瞳に職人の炎が宿る。
「戦術や特殊部隊もだな。騎士団の再編や装備の開発も……やる事が山積みだ」
グレンも防衛力の向上に加え、未来に起こる戦いを据えて今から騎士団を再編せねばならない。
「国もですな。未来へ負債を残さぬようにしなければ」
4人の王も来るべき未来に向けて面倒事を全て片付け、次代へ輝かしい遺産を残さなければならない。
「私達も子供の為に頑張らないとですね」
「うむ。私達の子に剣を教えられるようもっと強くならねばな!」
「ふふ。私達がしっかり孫もひ孫も教育なければいけないわね」
「教育はソフィアにお任せ。私は秋斗のかっこよさを教える」
秋斗の婚約者達も自分の子の為に、という新たな目標が生まれる。
こうして来る未来の為に、グレゴリーの見た350年後の未来の為に全員が動き始める。
読んで下さりありがとうございます。
現状週3投稿していますが、仕事が忙しくなってきたので執筆時間があまり取れてない状況です。
状況によって週2投稿になる可能性があります。申し訳ないです。
次は土曜日投稿です。