129 外へ
「グレゴリーは埋葬したのか……?」
「いえ、貴方がここに来るのはわかっていたから直接埋葬せずに保管してあるわ」
埋葬しようとも考えたが、ここにある地面や畑の土は魔法で作った物で人を埋めた際に何が起こるのか不明だった為に止めたそうだ。
火葬も考えたが、秋斗がこの空間を訪れるのは未来予知でわかっていた。
ならば、その時まで死体を保管しておき故郷であるアークエルに埋葬した方が良いのでは、という考えに至ったとアドリアーナは言う。
グレゴリーを含め、選ばれた13人の研究員達の死体も保管してあるそうで、秋斗はアドリアーナに連れられて屋敷の裏へ向かった。
屋敷の裏にはプレハブ小屋のような建物があり、中には棺が14あった。
「みんな綺麗に保つよう処理してあるわ」
棺の中は白く小さい球体――発泡スチロールのような物が埋め尽くされている。
この白い球体は死体の防腐処理剤でこの技術は昔でもありふれたモノだ。
葬儀が終わるまでは綺麗に保ち、埋葬する際は死体だけ埋めるというのが賢者時代では通常の手順であった。
アドリアーナの作った特別な防腐剤の中に沈むグレゴリー達の顔は白くなっているが綺麗に保たれていた。
「爺さん……」
棺に取り付けてある小窓からグレゴリーの顔を覗き、秋斗は小さく呟いてから目を伏せた。
「技術院にケリーの墓があるんだ。そこに埋めよう」
技術院のあった場所にレオンガルドがあり、秋斗もそこで暮らしているとアドリアーナに説明する。
「そうね。皆、そこに埋葬しましょう」
「アンタはこれからどうするんだ?」
「私も勿論、外に行くわ。ここへの入り口は、あなたの住むレオンガルドへ移しましょう」
秋斗は現在ラドール魔人王国に招かれている件をアドリアーナに話した後、一度洞窟の外で待つ皆の所へ向かう事になったのだが向かう前にやる事がある、と言うアドリアーナの言葉通り再び屋敷へ戻る。
「貴方はまだ干渉を受けているでしょう? 投薬をしてから向かわないとダメよ」
そういえばそうだった、と秋斗もすっかり忘れていた。
異種族の出生やグレゴリー達の死について話されて、それどころでは無かった、というのもあるが。
先程までいた部屋へ戻ると、アドリアーナは別の部屋から無針注射器を持って現れた。
秋斗の首筋に注射器を当ててボタンを押すと「プシュッ」という音と共に内部の薬が秋斗の体へ注射される。
「う、あ……」
「少しの間、眩暈がするわ。ソファーでゆっくりなさい」
ぐわんぐわんと秋斗の視界は回る。たまらなくなって目を閉じ、ソファーへ体を預けた。
目を閉じても視界が回る感覚を感じてしまうが、それと同時に頭が軽くなるような感覚が押し寄せる。
すると、秋斗の脳内にはフラッシュバックするように過去の映像が映し出される。
氷河期が訪れ、解決を諦め、ケリーに睡眠カプセルをおすすめされ……最後に映ったのは、窓の向こうに映る白銀の世界を前にグレゴリーとグラスを当てあう光景。
あの時のグレゴリーの表情が鮮明に浮かび上がる。
どこか悲しそうな、それでいて慈しむような。
あれが子を思う父の表情だと言われれば納得してしまう表情だった。
(ああ、爺さん。あんたは……)
執務室を出る前、最後に秋斗が振り返った時に見たグレゴリーの背中。
それは確かに父の背中と言える、大きな背中だった。
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投薬による眩暈も治まり、アドリアーナによる診察と検査によって干渉が解除されたと確認された。
3人で外に出て、アルフレッドの先導で洞窟内を歩いて行く。
洞窟を抜けると外は夕方になっており、秋斗の姿を見つけたリリが駆け寄ってきた。
他にもエリオットやハナコを抱いたエリザベスも秋斗が無事に戻った事に安堵しつつ、笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる。
「秋斗、おかえり」
駆け寄ってきたリリは秋斗に飛び込み、抱きついてくる。
相変わらずのスキンシップであったが秋斗の背後から見ていたアドリアーナは驚いた顔を見せていた。
そんな驚きの顔を見せるアドリアーナにリリは首をこてんと傾げた後に秋斗へ「誰?」と言わんばかりに視線を送る。
「彼女がアドリアーナだ。俺と同じアークマスターのね」
「え? でも小さい女の子だよ?」
確かにリリの言いたい事もわかる。
アドリアーナ・ヘルグリンデはケリーの監修した英雄譚に登場するのだが、英雄譚の中では『60代の女性』という情報を持って登場する。
今のような10代の可憐な少女じゃない。
だが、生体創造技術や素体換装技術を詳しく話すと異種族の出生について触れてしまうので話したくはない。
秋斗がどう説明しようか、とモゴモゴしていると背後にいたアドリアーナがリリへ歩み寄る。
「あ、貴方。よく顔を見せてくれる?」
アドリアーナの声と体は震えていた。
リリの傍に歩み寄り、彼女の両頬に手を当てて顔をじっと見つめるアドリアーナ。
「そっくりだわ……」
そう呟いて、彼女の瞳からは一筋の涙が流れ落ちる。
ギョッとする秋斗とリリを他所にアドリアーナは流れる涙を気にする事無くリリの頬を撫でた。
「ああ……。みんな、あの子はちゃんと……。私の可愛いレイチェル……」
アドリアーナは皆が見ている前で涙を流し続けた。
嘗てこの世に産み落とし、生を翻弄してしまった子の名を呟きながら。
リリは目の前で涙を流しながら自分の頬へ手を当てる少女をじっと見つめる。
そして、リリは彼女の手に自分の手を重ねた。
「貴方の名前を教えてくれるかしら?」
アドリアーナは涙を流しながらも微笑んでリリへ問う。
「リリ。リリ・エルフィード……です」
名は同じではない。だが、褐色の肌に銀髪。そして長い耳と青い瞳。
あの3日しか生きられなかった子が成長すれば、目の前にいる少女のような容姿になっていただろう。
そう確信できるほどにリリとレイチェルという名の異種族第1子は似ている。
「そう。リリというのね。……貴方は今、幸せかしら?」
アドリアーナの問いにリリは頷いた。
「幸せです。秋斗と出会えて、結婚できるから」
リリの答えを聞いたアドリアーナの目には大粒の涙が浮かび上がる。
彼女はリリの顔を抱き寄せて「ありがとう」と何度も呟いた。