128 計画5
異種族の話を終えた後、アルフレッドの淹れてくれた紅茶を飲んで少しばかりの休憩を取った。
その後に、秋斗は次の質問を投げかける。
「グレゴリーは……どうしたんだ? ヘリオンは?」
秋斗はアドリアーナへ問うが、問われたアドリアーナは少し目を伏せた後に呟いた。
「彼は……グレゴリーはもう死んだわ。ヘリオンも、ここにはいない」
アドリアーナは一度紅茶の注がれたカップに口をつけてから再び語り始めた。
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グレゴリーの計画が開始された後、彼らはすぐに睡眠カプセルで眠っている選ばれた13人を起こした。
突拍子も無い話をグレゴリーからされて最初は混乱していたが、アークマスター3名による説得が続けられて俄かに信じがたいと思いながらも結局は全員が協力すると頷いた。
学院地下に備蓄されている食糧と飲料水の生成マナマシンを頼りにしながらまず行ったのは、寄生虫を除去する新薬の開発だ。
水は魔法で生み出せるので問題は無いが、備蓄されている食糧は2年分。
一先ず半年を目処に何かしらの成果が出なければ食料の確保を最優先にする、と計画を組まれてスタートした。
「未来を見られるのに、新薬の開発過程とかは見られなかったの?」
アドリアーナは未来を覗いて新薬のレシピを手に入れられないのか、とグレゴリーに問うが彼は首を振った。
「見える未来は要所要所というか……写真を連続で見せられているようなモノでな。詳しくは見えないんだ」
グレゴリーが言う未来予知はある一定の出来事(起こった事実)が脳内に浮かび上がる。
新薬を開発している場面、完成した場面、異種族を生み出そうとしている場面、異種族が完成した場面……とその場面を写した写真をスライドショーで見ているような感覚だと説明した。
「そう……。とにかくやらないとね」
魔法を使ってのショートカットは不可とわかると、アドリアーナと研究員達は早速行動に移す。
アドリアーナは全員の生体データを現在の物と5年前の健康診断で採取した生体データを見比べたり、脳のどこに寄生しているのかをレントゲンなど様々な技術を使って調べることから始めた。
そして判明したのは脳の前頭葉付近に極微小の魔素結晶が脳と一体化し、脳の血流を栄養素として活動しているのを発見。
これを厳密に生命体や寄生虫と呼ぶのは少々違うが、確かに人間を宿主として活動するナニカであった。
ただ、これは正体がわかってしまえば除去は簡単だった。
外科的な手術で除去するのは検体が無かった為に躊躇われていたが、魔法技術を用いた当時の医療技術で中和剤を完成させる。
こうして3人のアークマスター達と研究員達は人工神の呪縛から解放された。
ここまでは良かったのだが、生体創造の封印を解いて人の進化を図る方法を確立するのが困難を極めた。
アドリアーナは引き続き生体創造の研究をし、ヘリオンとグレゴリーは食料の生産を行う方法を模索した。
いつまでも技術院の地下で活動するのは無理がある、と考えた2人は拠点を移す方向で検討し始める。
アークエル国内、他国、無人島など軍用マナマシンのイーグルを使用し、外の様子を確認し始めたのもこの時期であった。
「やはり、信者が地上を一掃し始めたか」
モニターに映るのはアークエルの首都にある国会議事堂――避難拠点となっていた場所を破壊する宗教組織の者達。
魔法銃で人を撃ち殺し、火炎放射器で死体を焼いている様子も映っていた。
その様子を見ていたヘリオンはグレゴリーに計画の前倒しを提案した。
「……これは早めに離れないとマズイぞ。ここはアークエルでも有名な場所だ。奴等は絶対に訪れる」
現在は入り口が硬く閉ざされた地下シェルターにいるが、ここを発見されるのも時間の問題かもしれない。
「もしかしたら、安全な場所が作れるかもしれない。ヘリオン、君は外と院内の監視を頼む」
グレゴリーはヘリオンに外の情報収集を任せて、とある魔法の開発に没頭した。
それは転移魔法。
メールにあった時空魔法の術式を参考にして、自身の考えた空間魔法と組み合わせれば任意の場所へ転移できる魔法が生み出せるかもしれないと考えた。
転移魔法が作れれば、グレゴリーが昔から考えていた空間魔法の最たるモノ――隔絶空間を現実にできると思ったからだ。
これはグレゴリーが以前より考えていた魔法で、空間魔法で外と隔たれた空間を作り固定化させて人の居住空間とする魔法だ。
この隔絶空間を作る魔法自体は既に完成している。
完成はしているのだが、そこへ行く方法が無かった。
それを時空魔法――空間転移によって実用化できると考えた。
転移魔法の研究を始めて数ヵ月後、グレゴリーとヘリオンの読み通り、信者達は頻繁に技術院を訪れて何かを探している様子が監視カメラに映し出された。
「また来たぞ。何かを探しているようで院内をウロウロしている。たまに機材や備品を盗んでいるのは見えるんだが」
彼らに見つからぬように外と技術院内を監視しながら研究を続けて半年後、グレゴリーが計画を開始してから1年経った頃には隔絶空間への転移は可能となった。
この間に院内に設置されている監視カメラがいくつか破壊されてしまった。
地下のシェルター入り口も隠蔽してあるが見つかるのも時間の問題だと判断し、隔絶空間への移住を計画し始めた。
マナワーカーや技術院にある資材を使って空間内に家やケリーと秋斗の作った食糧生産用マナマシンを運び込んだりと準備を進めた。
だが、問題は空間へ入る為の入り口の設置だ。
技術院地下に設置すれば、組織の者達に隔絶空間の事がバレてしまう。
「一旦ここから皆を移動させ、私が入り口を破壊してから別の場所に入り口を作ろうと思う」
入り口となる門型の設置用マナマシンを作り、自分とヘリオンに持たせた。
万が一自分が殺された場合、中からも出られるよう措置はされているので彼らが閉じ込められる心配はない。
「大丈夫なのか? もし外で奴等と出くわしたら……」
ヘリオンは閉じ込められる心配よりも、ここでグレゴリーを失う方の心配をしていたのだが、グレゴリーはヘリオンの制止も聞かずに彼らを隔絶空間へ押し込み入り口を壊した。
その後、隔絶空間に移住したヘリオン達はグレゴリーの安否を気にしながら、異種族を生む為の研究を続け2週間の時を過ごす。
他にも空間内にマナワーカーで家を大きく拡張したり、ケリーの残した教科書を参考にして畑を作ってみたりと、仕事をしながら気を紛らわしていた。
「ヘリオン先生! 入り口が!」
家の中に駆け込んできた研究員の言葉を受け、ようやく戻って来たか、グレゴリーは無事だったか、と安堵しながら空間内に現れた門へ走る。
だが、門は設置されど一向にグレゴリーの姿は現れなかった。
不審に思ったヘリオンが意を決して設置された門の外へ出ると、真っ暗な場所に出た。
門を出て一歩踏み出そうとした瞬間にヘリオンの足が、足元にある何かに触れる。よく目を凝らして見れば地面に横たわるグレゴリーの体だった。
「グレゴリー!」
ヘリオンは急いでグレゴリーの体を引っ張りながら空間の中へ戻った。
擬似的な太陽によって照らされる空間の中に戻ると、グレゴリーは服が血まみれの状態であった。
「おい! 誰か来てくれ! グレゴリーが怪我をしている!」
ヘリオンの叫びに気付いたアドリアーナ達は素早く担架を持って駆け寄り、グレゴリーを家の中へ収容する。
家の中で彼の血まみれになった服を脱がすと、体には魔法銃で撃たれた跡があった。
「すまん……。組織に追われてな……。応戦もしたが、秋斗のようにはいかんな……」
グレゴリーは組織の者達に見つかって銃撃され、致命傷を負いながらも移動を続けてアークエル東端まで逃げ遂せたと言う。
「入り口は洞窟の中に設置した……。ゴホ、ゴホ! 恐らくバレてはいないだろう……」
グレゴリーは吐血しながらも力を振り絞るように告げて、ヘリオンにポケットから取り出したキューブ型のマナデバイスを渡す。
「これは秋斗と作った試作型の第3世代マナデバイスだ。この中に、私の、全ての魔法が術式化されて入っている。これを使って計画通りに進めてくれ……」
「何言っているのよ! 培養液の用意をして! 少しでも時間を稼げば――」
グレゴリーが最後の別れのように告げ、それを聞いたアドリアーナが死なせまいと研究成果を使ってでも延命しようとするが、グレゴリーに腕を捕まれて制止させられる。
「いいんだ。私はここで死ぬ運命にある。この場面は、見たんだ。これも未来に繋ぐ布石となるんだ」
「未来予知で見たとしても、助かったのかもしれないだろう!」
ヘリオンもグレゴリーの傷口を塞ぐガーゼを押さえながら叫ぶが、当の本人は首を振って否定した。
「いいや、わ、私の姿は、これ以降で、出て来ない……。つまりは……」
グレゴリーの見た未来で、アドリアーナとヘリオン達は手を尽くしたのか、それともこのまま彼を逝かせたのか。
どちらにしてもグレゴリーは死ぬ、と本人が口にした。
「秋斗を、頼む。私の、む、息子を……」
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「その後、彼は息を引き取ったわ。これも未来の為だ、秋斗を頼むと言ってね」
もちろんアドリアーナも手を尽くしたがグレゴリーの出血は激しく、まだ試作段階だった培養槽を使おうにも間に合わず死亡してしまった。
グレゴリーの死後、ヘリオンが外に出て外の調査をすると山の中にあった洞窟――島として分離する前のラドール島洞窟内に入り口が設置してあった。
洞窟の外からしばらく歩いた所にはマナカーが停まっており、銃撃で穴だらけになっていたと言う。
グレゴリーは途中でマナカーを捨て、追っ手から逃げる為に山の中を彷徨ったと推測された。
その後、門のある洞窟がバレた形跡も無い。もちろん、空間内に組織の人間が入り込んできた事も無かったそうだ。
アドリアーナから話の続き……グレゴリーの最後を聞いた秋斗は納得できるような話ではなかった。
「なんで、そんな事をしてまで俺を生かそうとしたんだ? 俺じゃなくても良かったじゃないか! マナマシン技術を生き残りに受け継がせて、俺が生き残らなくても良い未来を作るのも可能だったはずだ! 俺を起こしてくれればッ!」
秋斗は何故そこまでしてグレゴリー達が自分を生かそうとしたのか理解できなかった。
確かに自分はグレゴリーの弟子だ。復讐を誓い合った同士でもある。
しかし、自分を生かすよりも、自分達が未来へ生き残った方が良いじゃないか、と。
グレゴリーもまだまだやり残した事があっただろう。
人生の最後まで、未来に向けて足掻いたのは苦痛だったんじゃないだろうか?
彼も最後は穏やかな余生を過ごしたかったんじゃないだろうか?
自分を起こしてくれれば。
グレゴリーと別れた日、計画を話してくれれば、呼び止めてくれれば。
自分が生かされる未来だけじゃなく、他の誰かが人工神を打ち破る未来だってあったかもしれない。
それなのに、何故グレゴリーは自分を生かす為に人生の残り全てを捧げたのだろうか。
「そんなの、決まっているでしょう?」
アドリアーナはソファーを立ち上がり、秋斗の横へ座りなおすと秋斗の頭を抱えて胸に抱きしめた。
「親は誰だって子の未来を……幸せを願うわ。グレゴリーは貴方に幸せになって欲しかったのよ。貴方の……過去の人生は苦しみに満ちたモノだった」
彼は最後にアドリアーナ達へ確かに言ったのだ。息子を頼む、と。
血の繋がりは無い。
それどころか、復讐によって結ばれた縁だ。
しかし、復讐の為だけに生きていた秋斗の姿を見続けてきたグレゴリーは思い悩んだ。
戦争によって人生を壊された青年。
彼の人生を更に壊しているのは自分なんじゃないか、と。
彼に復讐以外の――人としての幸せを教え、与えるのが自分の本当の役目なのではないか、と。
グレゴリーや他の者達が秋斗へ接し続け、彼がようやく人並みの感情を取り戻して、これからという時に。
再び他人の身勝手な悪意、理不尽によって奪われる。
「確かに貴方じゃなくても良かったのかもしれない。それでも、グレゴリーは貴方に生き残って欲しかった。血の繋がりなんて無い、言葉だけの、一方的に思っていただけの親心かもしれないけれど、彼は貴方に復讐以外の人生を与えたかった」
それは信頼する弟子だったから。
子がいない老人だったグレゴリーが、一番信頼する、期待を寄せていた者だったから。
嘗て愛した養子の親友。同じ悲しみを抱く若者。
何より、自分に出来た第二の息子のような感情を秋斗に持っていたからだ。
「貴方は幸せになりなさい。グレゴリーの望んだ未来で。貴方は人の幸せを手に入れなさい」
読んで下さりありがとうございます。
明日は昼に投稿します。