127 計画4
グレゴリーの計画をアドリアーナとヘリオンに話したところまで聞き終えた秋斗は、険しい表情を浮かべながらアドリアーナを見つめる。
「じゃあ、今生きている異種族はアンタが作ったって事か?」
氷河期をやり過ごす為に睡眠カプセルで眠り、目覚めた今の時代で知り合った異種族達。
秋斗は確かに彼らの出生の秘密を知りたい、と思っていた。
だが実際はどうだ。
2000年も経った世界で自然現象が生み出した、人間が進化存在なのかと思っていたが真実は人によって生み出された新たなる種。
人が人の遺伝子を弄くりまわして、禁忌を犯して作った新たな種だ。
しかも、悪い言い方をすれば敵を打倒する為に作られたモノだ。
愛し合って、祝福されて生まれてきた存在じゃない。敵への憎悪と復讐が生み出した人工の種。
人が神に対抗する為に、1段階進化する為に、その材料となるような存在とも言える。
「そうよ。私が……私達が作ったの。未来で神と戦う為に。私達の国を、人を殺した悪を駆逐する為に。貴方とケリーを生かす為にね」
全ては未来で生きる秋斗達の為に。
「異種族の作られた経緯は話した通りよ。でも、彼らの誕生は目的を成す為だけじゃない。誕生が祝福されなかったわけじゃない」
アドリアーナと研究員達が異種族を作る目的は神を殺す為。
「初めて生まれた異種族は3日で死んでしまった。お腹を痛めて生んだ子じゃなかったとしても、私達が生んだ事には違いない。最初の子が死んだ時、みんな泣いたわ」
人の手で人工的に作られた生命。研究や技術の果てに生まれたモノだとしても、彼らにとっては子に違いなかった。
5歳児程度の体で生まれた最初の異種族は褐色の肌を持ったエルフの女の子。
データ上は安定となり、培養槽から子を取り出して腕に抱いた時はその場にいた誰もが歓喜の声を挙げた。
私達の子だと。理不尽な悪意を跳ね除ける、強く長く生きてくれる子が出来たと。
生まれた子が異種族であろうと、人のように生きて、子を成して、この子の歩む人生に続く子孫ができるのだと思っていた。
しかし、結果は3日で命は消えた。
アドリアーナも研究員達も、誰もがその子の亡骸を抱いて涙を流したのだ。
自分達に泣く権利などありはしないのかもしれない。
それでも、初めて抱いた時に愛を感じたのは事実だった。
「それからはね。皆、必死になって研究を続けたわ。死んだ子を無意味にしないように。私達が生んだ子が未来でちゃんと生き続けられるように」
こうして出来上がったのが伝承に伝わる最初の5人。
その最初の5人の成長データを素にして更に進歩し、生まれたのが今を生きる異種族の祖先達。
グレゴリーに選ばれた13人の遺伝子を操作して生まれた対寄生耐性を持った人族が10人。
魔人族、獣人、エルフも10人ずつ生まれた後に地上へ送られた。
彼らはアークエルだった土地で生活を始める。
最初の5人と生き残りの13人、アドリアーナ達に見守られて。
「こんな話聞いても、あいつ等には話せねえよ……」
現代を生きる異種族達は皆良い人ばかりだ。
奴隷になった同胞達に心を痛め、積極的に手助けようとしている現代人達。
彼らを救った自分の事も尊敬してくれているのがわかるし、皆気さくに声を掛けてくれて笑顔で接してくれる。
そんな彼らのルーツを正直に打ち明けるなど、秋斗には出来なかった。
「ええ。話さない方が良いわ。私も、アルフレッドも貴方だから話したのよ」
アルフレッドが頑なに秋斗以外には話さず、しかも人目の無い所で話したのはこれが理由であった。
「現代に暮らす異種族はどう?」
「……皆、良い奴等だよ。俺の事を賢者なんて呼んで敬ってくれる。何年も前だっていうのに、ケリーや最初の5人に未だに恩義を感じてるんだ」
秋斗は俯きながら現代で自分が受けてきた待遇をアドリアーナへ話した。
彼らの笑顔を思い出す度に秋斗は過去文明の出身である自分が嫌になる。
「私がこの時代まで生き残ったのは、私達が作り出した異種族へ責任を持つためよ」
「責任?」
「ええ。彼らが交じれば進化したヒトへとなる。だけど、作って終わりという気にはなれなかった。私は外に出て積極的に医療技術の継承をするわ。それと……貴方の子孫がやり遂げる事も見届ける」
「俺の子孫が神を殺すのを見届けるのか? あと何百年も先の話だろう? というか、今は俺達の時代が滅んでから正確に何年経っているのか把握できていないんだ」
アドリアーナはアルフレッドへ視線を向ける。
すると、彼は腕にしていた腕時計へ目をやった。
「現在はアークマスターの皆様が生きていた時代から2350年です。正確に過程を申し上げますと――」
アルフレッドは賢者時代が滅びを迎えてから、正確にはグレゴリーの計画が始まってから訪れた節目の年数を説明し始める。
2700年計画。
賢者時代が滅んでから50年、アークエルには地上に誰もいない地下生活の時代があった。
人間と異種族が地上に送られてから100年の間は最初の5人が地上の人々を見守り、西側や魔獣の脅威を退けながら安定期に突入。
安定期に入ってから1200年後にケリーが目覚め、そこから更に1000年後に秋斗が目覚めて今に至る。
つまり、今は賢者時代が滅んでから2350年となる。
という事は、秋斗の子孫――今から350年後に生きている秋斗の子が神を討つのだ。
「350年後だぞ? 生きてられるのか?」
秋斗は当然、普通の人間だ。
寿命は延命処置を続けても100歳程度だろう。それ以上伸ばすことも出来るが、寝たきりの状態になるのは確実。
それは同じ人間であるアドリアーナも当て嵌まるのだが、彼女の体は若返っている。
そこに350年の時を生き残る秘密が隠されているのだろう。
「ええ。今の私の体はアルフレッド達に近いの。私の体の半分以上は生体マナマシンで構成されているわ。これ以上成長しない代わりに、メンテナンスをすれば永遠に生きられる」
正確に言えばボディと脳は生体マナマシン化しており、臓器はクローン技術で作った物だと彼女は語る。
生体マナマシンの異常がみられたり、臓器が劣化を始めたら再び培養槽で体を生成すれば良い。
第1素体は正確には存在しない。あるとすればアドリアーナ本来の体を指す。
全身を生体マナマシンで人工的に体を作り上げる技術『素体換装技術』と名付けられた技術を用いて彼女は『人』を捨てた。
現在の彼女、第2素体はレイチェルと名付けられた由来は彼女達が最初に生んだ異種族の子――3日で亡くなった子の名だ。
素体に子の名を付けたのは生体創造も素体換装技術も、全ての技術が最初の子から始まった技術だからだ。
作った命1つ1つに番号だけでなく、名を付け続けるのは生体創造技術の封印を解いたアドリアーナと研究員達が己に刻んだ『罰』だ。
自らの手で翻弄した生命体全てへ名を付けて、自分達の行った罪を一生忘れる事を許さないという罰。
「貴方がここに来るまで培養槽の中にいたのは、この素体も完璧じゃないからなの。培養槽の中なら劣化しないのだけど……活動開始から劣化していく素体をメンテナンスする機材が壊れてしまってね。私は作れないから、貴方に作って貰おうと考えてたわ」
「隣の部屋にあった培養槽は『保管用』です。私のような初期ロットと造りが違う素体なので再生成ができません。培養液の保管期限がギリギリで……御影様に急いでお越し頂いたのは、その期限が差し迫っていたからでした」
アドリアーナが困ったように言った後、アルフレッドが付け足すように告げる。
補足してくれたアルフレッドに微笑むアドリアーナは、再び顔を戻して秋斗の目を見つめながら言葉を続けた。
「私は異種族を生んだ。何人もの命を翻弄し、死なせた。だから秋斗が目覚めたら――私は人を捨てて、異種族達を見守り続けると決めたわ」
それが自分に課した罰だと彼女は言った。