126 計画3
「秋斗の子孫……?」
「そうだ。先ほどの選択肢を追加し続けた結果、今から2700年後に秋斗の子孫が人工神を破壊する」
グレゴリーは現代で人工神の破壊は出来ないと諦めた。
次に考えたのが宗教組織に人類を殺し尽くされないようにする方法。
人類の避難場所の1つである宇宙ステーションを破壊させないようにする、睡眠カプセルで眠った人々を大型シェルターに移動する等、様々な事を考えたがどれもダメであった。
ならば、救える人数を搾ったらどうか。
1万人が無理なら1千人。1千人が無理なら100人。
徐々に規模を少なくし、最終的に未来の結果が変わった人数は15人だった。
選ばれた15人はグレゴリーの中でも救いたい、優先順位の高い者達。
その15人の中でも特に未来を左右する人物はグレゴリーの弟子である御影秋斗とケリー・オルソンの2人。
秋斗とケリーが生存する未来を優先させ、それを軸に考え始めると未来が少しずつ変わっている事に気付いた。
だが、彼等が生き残る前提条件は寄生虫の除去が必須であった。
「まず、第1条件として我々が干渉を受けていると我々が殺される未来が見えるんだ。志半ばで倒れて秋斗とケリーを救えず、組織の人間の子孫が世界に拡散されていく未来しか見えなかった」
干渉を妨げる空間魔法は人そのものには使用できず、部屋にしか使えない。
現在はグレゴリーの執務室に魔法を掛けているので外に出れば再び干渉を受けてしまう。
「故に、まずは魔法科学技術院の地下に空間魔法を使う。ここの地下で眠る13人を起こして計画に協力してもらおう」
グレゴリーが言うには組織の信者達は粗方地上の人間を殺した後、軌道エレベータの破壊に計画を移行させる。
軌道エレベータを破壊した後にオーソン大陸に戻って、そこで組織が頂点となる新たな国を作り始めるらしい。
「彼等が地上で暴れている間、我々は空間魔法で隔離した地下に潜る。そこで寄生虫を除去する技術を作って欲しい。選んだ13人はアドリアーナの研究所に所属する研究員だ」
グレゴリーが選んだ13人はアドリアーナと共に研究を行っていた研究員の中から選んだ上位13名。
彼らにはアドリアーナと共に寄生虫除去の研究と共に他にもやって貰いたい事がある、とグレゴリーは選んだ理由を話した。
「秋斗とケリーはどうするんだ? 既に自宅の地下シェルターで眠ると言って出て行ったが」
「外には出られんからな。そのまま眠らせる。今から1週間後、2人の自宅から離れた場所に遠隔操作で軍用マナマシンを墜落させ、墜落の余波で2人の家が土に埋もれるようにして地下の入り口を隠蔽するんだ」
2人の家に備わっているシェルターの強度ならば土に埋もれたところで潰れない、とグレゴリーは言う。
彼等の家のシェルターを設計したのはヘリオンだ。
彼もグレゴリーの口から緻密に計算された軍用マナマシン墜落の詳細を聞くと「これならば大丈夫」と頷くが……。
「あの2人は生き残るだろう。だが、周囲の民家は……」
「ああ。跡形も無く消し飛ぶ。墜落地点にある民家に地下シェルターで眠っている者がいたとしたら……死ぬだろう」
グレゴリーは身内を生かす為に顔も知らぬ一般市民を犠牲にすると言い切った。
「そこまでして2人を生かすのか? 他に方法は無いのか?」
「無い……とは言い切れない。他にも最善の方法があるかもしれない。だが、秋斗とケリーが生き残らなければ未来は変わらない。これは絶対だ。2人には未来に生きる人類に今の技術を継承させる役割がある」
グレゴリーは未来予知で見た未来を語る。
グレゴリーに選ばれて生き残る13人。この13人の子孫が未来に生きるアークエル人、未来のアークエル大陸最初の人類となるだろう。
彼らが生きる未来で秋斗とケリーが目覚め、滅んだ文明の技術を復活させる。
最初はケリーが目覚めて何もかもを失ったアークエル人の食糧事情を解決させ、食料生産の技術を教える。
食料生産が安定すれば人口は増えていくだろう。
だが、組織の人間達はいつかアークエルで復活した人間を見過ごしはしない。
そうなれば、次は侵略に対抗する力だ。
ケリーの次に目覚めた秋斗が現地人にマナマシン技術を教える。
食料事情が安定して人口増加、技術を得た者達は侵略に対抗しながら秋斗の技術を昇華していく。
「そして秋斗の子孫が組織の国を打倒し、人工神を破壊する。これが私の見た未来だ」
「待て待て。ケリーが目覚めた段階で組織の国が潰しに来る可能性は? あいつらだって現代の生き残りからマナマシン技術を継承するんじゃないか?」
「ああ、その点も問題無い。奴等はオーソン大陸で国を作った後、グーエンド西端に上陸してくる。そこを足掛かりに、こちらの大陸に侵略するようなんだがな」
そこまで言った後に、グレゴリーは薄く笑みを浮かべて言葉を続ける。
「グーエンドの連中だ。奴等はこの混乱をしぶとく生き残るんだ。蛮族のようになって組織の末裔と戦いだすんだぞ? 未来を見た時はさすがに笑ってしまったよ」
まさかアークエルにとって一番うっとおしい国が我々の計画を助けてくれるとは思わなかった、とグレゴリーは笑う。
ヘリオンとアドリアーナもポカンと口を開けたまま笑うグレゴリーを見つめた。
「まさかグーエンドが……」
「ある意味凄いのかしら?」
グレゴリー達のように誰も手助けせずに生き残るグーエンド人。
ある意味で生命力が強く、人類の救世主のような存在なのかもしれない。
「ただ、野蛮なグーエンドの思想はそのまま受け継がれているようでな。相手から奪って大きくなるのは変わらない。アークエル人はグーエンド人と組織の人間の国、2つの国に侵略される」
そこで、とグレゴリーは次の段階を話し始めた。
「人に対して敵性生物を作る。遺伝子を組み替えた動物をメインに人を襲う外敵を作って大陸にバラ撒く。これでグーエンド人も組織の末裔もアークエル人を狙うだけ、というのは出来なくなるだろう」
ケリーが目覚める前に大陸中に人を襲う凶暴な動物をバラ撒き、侵略を遅れさせる。
グーエンド人と組織の末裔による侵略を足踏みさせ、時間を稼いでいるうちにこちらも体勢を整えるつもりであった。
「その間にだ。残された13人のアークエル人から寄生虫を除去。さらには今後寄生されないようにしなければいけないし、凶暴な動物からも身を守れるようにしなければいけない」
人を襲う外敵に晒されるのはアークエル人も同じだ。
グレゴリーはこれを現代技術を駆使して対処しようとしていた。
「秋斗の子孫が人工神を破壊するには、人間が強くならねばならない。寄生されない体、如何なる環境にも適応する体、病気になりにくい体。神をも打倒できる、より強力な人間――新たなる人類へ進化させる」
「進化させって……。まさか、遺伝子操作と生体創造?」
恐らくその部分を担当する事になるだろう、アドリアーナがグレゴリーに問う。
人の遺伝子操作によるデザイナーベイビーや人を1から作り上げる生体創造技術は既に確立している。
「そうだ。封印を解く」
だが、それらは国の法律や倫理感などを考慮してアドリアーナ自身が封印した技術だ。
グレゴリーは計画の為にそれらを解禁しようとしていた。
「でもホムンクルスは寿命が短く、培養槽を出たら自壊してしまうわ」
「秋斗の子孫は人間ではない。遺伝子操作と生体創造によって作られた人の形で人を超えた存在――異種との子だ」
人間のまま人間を超越しようとすると何からの欠陥が出て、極端に寿命が短くなって体が自壊してしまう。
ならば自壊しないように、人の形をした別の『種』にすれば良い。
人を襲う外敵を作る、というのもこれを達成させる為の前段階に相当する。
それに現文明は滅ぶ。故に、地上に倫理感や法律を気にする人間はいなくなるのだ。
ならば倫理感や法を気にする必要がない。
秋斗とケリーの血を受け継いだ子孫を残すのが目的なのだから、人間との繁殖が可能で人の見た目をしていれば良い。
人間という枠組みがダメならば、人間ではなく別の種として人間よりも優良人種を生み出せば良い。それこそ、ファンタジー小説に出て来るエルフや獣人のように。
「この形ならば成功するはずだ。獣の遺伝子を組み込んだり、極端に老化しないような遺伝子を組んでも良いだろう。とにかく人間から1段階上げる。最初から完璧を目指さず、長所を1つずつ持った種を何種類も作るんだ。それらが交わり、子を成せばゆくゆくは完璧になる」
生き残れる13人が子孫を残そうにも、血が濃くなって途中で行き詰るのは目に見えている。
ならば残された13人の遺伝子や自分達の遺伝子をサンプルに使って新たな種を誕生させる。
新たな種同士で繁殖可能にしてやって、最終的には秋斗やケリーの血を未来で混ぜれば良い。
「残された13人は地下生活になる。その間に13人の子孫を増やしながら新たな種を作り、一定数が生まれたら教育を施して地上に放つ。その後、彼らは地上で生活しながら新たな文化を築いて行くだろう」
最初は滅ばないよう監視役も必要だ、とグレゴリーは付け足した。
「貴方は神を殺す為に悪魔になるの?」
常識というものを捨てて封印した禁忌の技術の復活。
それに加えて秋斗とケリーを生かすために、顔も知らぬ一般人が死ぬのも厭わないと宣言したグレゴリー。
13人を選んで残す、というのも政府が行った人類の選別と変わらない。
それでも。
彼の目には全ての罪を背負ってでも成し遂げたい目的があった。
「ああ。そうだとも。神を殺す為に……。息子を、弟子を生かす為に。秋斗とケリーが未来で幸せになれるように。私は悪魔になろう」
彼は養子を戦争で失った。
戦場で失った養子と戦友になった青年、復讐に燃えて己と同じ目的を持った秋斗を弟子にした。
いつしかグレゴリーは秋斗を息子のように感じていた。
ケリーも同じだ。若い2人のアークマスターは優秀な息子のような存在になっていた。
息子をまた失うなど、グレゴリーには許し難い。
嘗て養子であるグレイを失ったように、理不尽な他人の悪意で再び息子達を失うくらいならば。
「私はまた失うなど御免だ」
ならば悪魔になろう。
2人を救えるならば安いものだ。
「……わかった。協力しよう。私も2人には生きて欲しい」
「わかったわよ……。それ以外、2人を生き残らせる道は無いのでしょう? 正直、思うところは多々あるけど……アークエル人が少しでも生き残れるなら……」
ヘリオンとアドリアーナはグレゴリーの計画に賛同した。
彼らも秋斗とケリーは大切な子のような存在だった。
復讐する為に技術を自分達から学び、アークマスターまで登り詰めた戦争の被害者。
ひたすら自分の夢の為に技術を学び、秋斗の閉ざされた心を開いたケリー。
極端に違う2人であったが、ヘリオンとアドリアーナにとって熱心な生徒であり子であった。
2人の境遇は違えどアークエルの暗黒時代を経て自分達と肩を並べるまでに至った2人は希望の象徴のように思えていたのだ。
「では、始めよう」
この日より、アークマスター3人による『2700年後計画』はスタートしたのだ。