12 魔法創造
「その腕輪は魔法を創造できる」
秋斗はニヤリと笑みを浮かべる。
マナマシンを作り、魔法すらも作る魔工師たる力。リリの腕に装着されているのは魔工師の力の一部。
秋斗の言葉を聞いたリリはその力が宿った第3世代型マナデバイスをしばらく見つめ、秋斗へと視線を戻す。
「魔法を創造?」
「そうだ。リリが想像できる魔法ならば、創造できない魔法なんてない。風も水も炎も土も、リリが思い描ける魔法であれば、ありとあらゆる魔法を創造できる」
秋斗の考えた術式という未発表の理論。それが可能にする魔法の自由度。
「秋斗が戦いで使っていたのも『創造』したの?」
「そうだよ。第2世代型は決まった魔法しか即時使えないが、俺の生体マナデバイスやリリの腕輪は魔法を創造しておけばいつでも使える」
「な、なんかスゴイのをもらった気がする……」
リリは秋斗が作り出したマナデバイスの性能に震えだした。杖が最上だと思っていたら、それ以上にヤバイ物が自分の腕に嵌っているのだから。
「よし、じゃあ魔法作るぞー」
秋斗は震えるリリの体を立ち上がらせ、腕輪の説明に移る。
「とりあえず、自由に作る前にプリセットから選ぶか。リリ、エディタって言ってみて」
「え、えでぃた」
リリが言われるがままに呟けば、腕輪の宝石が光だして空中にメニュー画面が表示される。
メニュー表示されたのは、腕輪に秋斗がインストールした『魔法エディタ:初心者版』である。
突然空中に飛び出てきた画面にリリは驚いて後ずさるが、秋斗がリリの後ろに回って転ぶのを阻止する。
そのまま後ろから抱きかかえるようにリリの体を支え、説明を続ける。
「これが魔法創造のエディタ画面ね。画面の下半分に色々単語が出ているのがわかる?」
表示されたエディタ画面は携帯電話のメール画面のような見栄え。下半分には予測変換のように無数の単語が並んでいた。
「例えば、水の弾を撃ちだす魔法を作るとしたら……。まずはこの『水』の単語を指で触る」
秋斗はリリの後ろから、リリの手を持ってエディタ画面を操作する。
「上の画面に『水』の単語が表示されただろう? 次はこの『水』をどうしたいかを選ぶんだ」
秋斗は次に、画面右側に表示されている『事象』と表示された単語を触れると下半分の画面が変化する。
「ここを押すと画面が変わって、水をどうしたいかが表示される。今回は水の撃つ魔法だから『撃つ』を選択」
選択すると上半分の画面には『水 撃つ』 と表示される。
「次に威力」
事象の時と同じように右側に表示された『出力』に触れると下画面が変化し、並んでいた単語が消えて『大・中・小』と表示された。
「じゃあ今回は『中』で」
中を選択すると、上画面には『水 撃つ 威力:中』と表示される。そして、下画面には『魔法の編集を完了しますか? はい:いいえ 』の文字。
「これで『はい』を選択すれば魔法が完成する」
はい を選択するとマナデバイスの宝石の光が強くなり、画面には『魔法の名称を決めて下さい』の文字が表示された。
ここまでの説明で、リリの口は終始半開きだった。
「リリ、今作った魔法の名前を決めてくれ」
「あ……。じゃあウォーターアロー?」
リリが名称を呟くと、ピコンという音が鳴り『創造完了』の文字が表示される。
「これで完成。じゃあ、あの木に撃ってみよう」
秋斗は目の前にあった木に指差す。
「音声認識で魔法が発動するから、先に腕輪を装着した腕を木に向けて。さっき決めた魔法の名前を言うんだ」
秋斗はリリの背後から彼女の腕を取り、腕を木の方向へ向けさせる。
「う、うぉーたーあろー」
リリが魔法の銘を呟くと一瞬で宝石の光が強くなり、リリの手の先端に水玉が顕現し、勢いよく射出される。
射出された水は凄まじい速度で木に衝突すると、木は爆音を鳴らしてメキメキと地面に向けて倒れた。
「こんな感じだ」
「………」
発動された魔法を見たリリは、しばらく口を半開きにしたまま微動だにしなかった。
水の魔法を発動させてから数分後。
復活したリリは腕輪の使い方について秋斗を質問攻めにし、ポチポチとエディタ画面を弄っては魔法を作っていた。
「すごい。こんな簡単に魔法を作れて、しかも魔力切れを起こさないなんて」
リリは秋斗の作ったマナデバイスに感動が止まらなかった。
目をキラキラさせながら画面を弄り、出来上がった魔法の試し撃ちを繰り返す。
「因みに、第3世代型を持っているのはこの世でリリさんただ1人のみ」
「ふぉおおおおおお!!!」
自分専用。世界に1人。リリにとってクリティカルな言葉だったのだろうか。限定品という響きは男女共に虜になる者がどの時代にもいるらしい。
リリのテンションは天井を突き抜けていた。
「エディタ以外にも魔法創造機能があるが、それはまた次回にしよう。まずはエディタでプリセット魔法から慣れよう」
腕輪に搭載されているエディタは秋斗が魔法を作り出す作業を簡易化し、編集機能を加えたソフトウェア。
秋斗が今までに作り出した火や水などの基本的な術式を選択方式で選んで事象や威力を接続式で結び、魔法として完成させる。
本人が右目の機能で新規術式を作り出す際はもっと複雑かつ自由度があるが、腕輪にインストールされたエディタは初心者版なので限定的な術式のみを使用し、空中投影されたタッチパネルで初心者用でも直感的操作で簡単に出来るように構成した機能である。
エディタで作った簡単な魔法に慣れ、マナデバイスという物を使っての魔法行使に慣れた次は本当の『魔法創造』機能を使うステップへ移る。
そちらもエディタを使うが本人が発動したい魔法を術式化させて、新規作成した術式を複数組み合わせたりし、作製する魔法の自由度を上げる。
自由度を上げる代わりに作業内容や操作説明が多いので時間を見て教える事にした。
リリが楽しそうにエディタを弄っているのを見ていれば、周りは茜色に染まり夕方になっていた。
「そろそろ夕飯にするか。昨日の肉の残り食べよう」
「うん。今日はロース肉にする」
リリはそう言うと、保管してあった肉を取り出して包丁を片手に夕食の準備を始める。
「じゃあフライパンとか用意しとく」
2人で喋りながら夕食の準備を進めていると、秋斗の右目が異常を知らせる。
AR情報が表示され、内容はこちらに近付くモノを感知したというものだった。
「リリ。何かがこちらに近付いている」
秋斗はAR上に表示された感知方向に視線を向けながらリリに告げる。
「人? 獣? 前に言ってたケビンって人かも」
「わからんな。一応、戦闘の準備しておいてくれ」
秋斗とリリは崩れた壁に身を隠し体勢を低くして、いつでも飛び出せるよう備える。
2人が無言で周囲を警戒していると、サアアアアという風が木々の葉を揺らす。
次第に聞こえてくる草を踏む音は複数。
1人が先行し、奥に複数人が固まって移動している。
秋斗は警戒をさらに強め、拳を握り締める。草を踏む音は徐々に近付き、ガサガサと木と茂みを掻き分けて現れたのは見知った人物だった。
「賢者様ー! 来たッスよー!」
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賢者発見の報告を受け、騎士団が賢者を迎えに行く準備を始めてから2時間経過。
王城の城門には2台の馬車と馬を連れた騎士団が20名待機していた。
エルフ王国首都から報告された遺跡までは2日。
賢者は食料を欲していたという報告を受け、騎士団員は超特急で王城の食料庫から馬車に食料を積み込む。
もう1台の馬車は王族専用の豪華な馬車。そして、護衛の騎士団員は馬で向かう。
「姫様。本当に行かれるのですか? 比較的近場とはいえ、道中は魔獣も出る可能性があります。出来れば王城でお待ち頂いた方が……」
王家専用の馬車を近衛騎士団が囲む中、近衛騎士と同じ白い鎧を装着したソフィアの専属護衛騎士隊隊長である女性――ジェシカが、大きなトランクケースを持ったメイドから荷物を受け取りながら危険性を彼女に説く。
「ダメです。私も行きます。王家である者がお迎えしなくては失礼でしょう?」
ソフィアはもっともらしい理由を並べるが、顔には早く憧れの人物に会いたいと書かれているのがバレバレだった。
「はぁ……。わかりました。途中は野営もしますからね。目的地までは2日…いえ、3日でしょうか」
ジェシカは食料を積んだ馬車。さらには王国のお姫様が乗る馬車もいるので、道中は多めに休憩を取るだろう。成人が1人で歩きで向かうのとほぼ変わらない速度の行軍になるだろうと時間を試算した。
だが、それは目の前にいるお姫様が否定する。
「いえ、1日で行きますよ」
「へ?」
ジェシカは目の前にいるお姫様が何を言っているのか理解が追いつかなかった。
「賢者様がお腹を空かせていたら大変です! 危険の無いギリギリの最高速度を出して向かいます。私を気遣っての途中休憩も不要です。全速力で向かいます」
ソフィアはいいですね? と言い残し、自らの手で馬車の扉を開けて中へ入って行った。
それを見ながらジェシカは思う。
早く寿退職したい、と。
そしてソフィアの発言通り、全速力で遺跡へと向かった。
途中休憩無しでその日の野営までノンストップ。
斥候役の騎士団員3名が馬で先行。森の中を切り開いた街道を進んで魔獣を発見次第、後方の本隊からの応援と共に処理する。
そういった騎士団の並々ならぬ努力によって開かれた道を爆走し、目的地の遺跡までは翌日の夕方には到着できるだろうという位置まで来ていた。
そして、夜の野営地では護衛隊隊長のジェシカとソフィア、そして宮廷魔法使い2名による会議が開かれていた。
「姫様。賢者様と最初に接触するのはケビンがよろしいかと」
会議内容は遺跡に到着した後、最初に賢者に話しかけるのは誰? という内容だった。
「そうッスね。自分が話しかけて皆さんを紹介した方が良さそうッス」
アランの提案にケビンは同意する。
「姫様の護衛もありますので、彼に呼ばれてから団員数名と共に行く方が良いでしょう。不用意に多くの兵を連れて行けば賢者様が誤解してしまう可能性があります」
ジェシカも提案に異論は無い、と頷きながら同意を示す。
「そうね。わかったわ。早く呼んでね? 早くね?」
「わ、わかりましたッス……」
もうすぐ目的地という事もあり、ソフィアのテンションはアゲアゲだった。
ケビンが引く程、ウズウズして目をキラキラで片手には魔工師の伝説を描いた本を握り締めている。
「今夜はもう休むわ。お会いになる前にもう一度本を読み直して復習しなくちゃ!」
ソフィアは席を立ち、本を胸元に抱きしめながらスキップで天幕から出て行った。
「賢者様の前で暴走しなければ良いのですが…」
ソフィアの様子を見送った後、アランは溜め息をつきながら疲れた顔を晒す。
「まぁあと1日です。お会いした後はゆっくりと王都へ帰れますよ」
ジェシカも苦笑いを浮かべながら、アランの心中を察していた。
「そうですな。まぁ姫様のお気持ちも理解できます。私も早くお会いしたいのは一緒ですから」
残った3人はしばらく話してから就寝する。
そして夜は過ぎ去り、日が昇ると野営地を片付けて出発となる。
前日と同じく斥候役が先行しながら進む。
森の中を進む馬車の中でソフィアは本を読みながら賢者との邂逅を妄想する。
(ああ……。自己紹介をして……。お腹が空いている秋斗様と一緒にお食事をして……)
ふへへと笑いを漏らしながら、これから始まる物語に思いを馳せる。
(王都に向かう途中は馬車の中で秋斗様とお話をして……。そうだ! お食事は私の手料理を振舞えば完璧だわ!)
嫁入り修行の一環として王宮でやらされた家事全般の授業も無駄ではなかったとソフィアは思う。
自分は姫なのだから家事は頻繁にしないだろうと思っていたが、相手が誰であったとしても将来の旦那様に手料理を振舞うのは妻としてやるべき事の1つだと考えていたソフィアは料理の授業は熱心に取り組んでいた。
その努力が実る時が来たのだ。しかも、最高の形で。
幼い時から憧れ、数々の物語で活躍する賢者の1人である秋斗にその努力の成果を示せる。
ソフィアの心の中は綺麗な花びらが舞うような春爛漫状態だった。
あはは、あはは と心の中で花畑を駆けるソフィアだったが、馬車が停止して扉がノックされることで現実へ引き戻された。
馬車に設置された窓を開けると、ジェシカが告げる。
「姫様。目的地付近に到着しました。これからケビン殿が向かいます。」
「わかりました。私達も近くまでは向かいましょう」
そう言ってソフィアは馬車を降りる。
ソフィアが馬車を降りると、ジェシカが馬車を囲う隊員へ指示を出す。
「これよりケビン殿が賢者様の下へ向かう! 姫様とアラン殿の護衛に、私の他に4名ついてきなさい! 他の者はこの場で馬車を守備せよ!」
彼女が指示を出すと、団員達はキビキビと動き出す。
ケビンに準備完了を告げ、ケビンが向かった後をついていく。
(もうすぐ。もうすぐお会いできる!)
ソフィア・エルフニア 207歳。
この先に広がる春に向かって歩きだすのだった。