121 訪問者
ケンタウロス馬車でラドール王城へ行き、その日は先王と夕食を共にして就寝。
翌日の朝より同行者達はそれぞれの予定していた事をやり始めた。
まず、エリザベスはラドール王都に行って魔獣素材の買い付けと旅の途中で狩った魔獣の素材を整理しに。
ダリオは専属執事や騎士と共にラドールの観光だ。
秋斗とリリはエリオットとアラン、先王ライオットと一緒に件の石碑調査を行う事に。
その石碑は王城の中庭、歴代王の眠る墓にあるという事で秋斗達は中庭へ集合していた。
「これが王家――魔人王国を作った初代魔人王が持っていたと言われる石碑です」
所々石が削れ、歪な形になりながらも中庭の中央に立つ石碑。
秋斗がその石碑へ近づいて刻まれた内容を調査し始めると、アランがエルフニアで教えてくれた通りの事が書かれていた。
「確かに前言っていた通りだ」
碑石の上段部分に刻まれていた内容は碑石自体が破損していて消失。
中段には『我ら異なる姿』と文字が書かれ、続きは碑石の表面が削れてしまって文字が消えている。
最後に下段部分に『極東より来たれり』とあるのだが、その続きも掠れて読めなくなっていた。
秋斗は碑石を触りながら目を近づけて文字が残っていないか探るが、特に何も見つからない。
「うーん……。他にこれと同じようなのは無い?」
「昔からあるのはこれだけですな。実は王国を築く時に、魔獣の群れが集落を襲ったようで。その時に集落が半壊するほど激しい戦闘が起きたと残っています。その際に無くなってしまったのかもしれません」
ライオットが秋斗の質問に答える。
「ううむ。やはりヒントは極東ですかな?」
「だろうなぁ」
アランと話し合いながらも、秋斗はシェオールのカメラでラドールの東を探る。
シェオールから送られてくる衛星写真には小さな島がポツポツと存在していて、無人島のように自然で覆われた島が映されている。
人が住んでいるような建物や自然を切り開いた痕跡は見つからなかった。
「一応、城の宝物庫を探してみますか? 宝物庫の中には古い物もありますので――」
「それには及びません」
エリオットが宝物庫の調査を提案した時、背後から声が掛けられる。
秋斗達の後ろには騎士団が数名待機していたのだが、その騎士団の背後に1人の魔人族が立っていた。
歳は50台くらい、髪は白髪で口元に生えている髭も白い。服は賢者時代にあったスーツとネクタイを着用。
そして何より、頭から生える角はラドール王家であるエリオット――純魔族と呼ばれる種族と同じ角が生えていた。
突然現れたスーツ姿の魔人族に騎士団は全員抜刀して構える。
「何者だ!? そ、その角は……!」
ライオットが酷く動揺していた。
それもそのはず。彼はどう見てもラドール王家と同じ種族である純魔族。
純魔族は王家にしか存在しない種族だ。
「突然失礼した。私は賢者様――御影秋斗様にお伝えすべき事があったこの場にやって来たのだ」
「俺に?」
秋斗が反応すると、スーツ姿の純魔族は「はい」と言って頷く。
「私と一緒にある場所へ行って頂きたいのです。それが我等の母――アドリアーナ様の望みです」
「なに……?」
アドリアーナ。
秋斗はその名を聞いて思い当たるのは1人しかいない。
賢者時代に共にアークマスターをしていた1人。
医療分野のスペシャリスト。アークマスター。聖母と呼ばれた女性。アドリアーナ・ヘルグリンデ。
「アドリアーナが……? ま、まさか、アドリアーナは生きているのか!?」
秋斗は驚愕の表情を浮かべながら問いかける。
「はい。秋斗様をお待ちになっております」
そして、スーツ姿の純魔族は秋斗の言葉を肯定する。
秋斗は「まさか」と想像していなかった事態に頭が真っ白になってしまった。
「ま、待て! お主は何者だ!?」
突然の事態に、その場にいた全員が驚愕していたが何とかアランが口を開いて問いかけた。
「私は……最初の5人。賢者であるアドリアーナ様に仕えていた5人の従者の1人だ」
秋斗達へ追い討ちとばかりに圧し掛かる衝撃的な事実。
同僚であり同じアークマスターであるアドリアーナが生きていて、さらに目の前には伝承に出て来る最初の5人の1人が現れた。
「ほ、本当ですか? 我々を騙しているのでは?」
エリオットが動揺しながら問うとスーツの純魔族は懐から何かを取り出す。
「御影様。これを見て頂ければ信用して下さるでしょう」
彼が懐から取り出した物を受け取ると、それは1枚の写真だった。
「これは……」
写真に写っているのはアークマスター達。
5人になったアークマスターによる初めて集合写真だ。
「御影様。アドリアーナ様から、これで証明しなさいと言われ渡されました。それは御影様が魔工師を拝命した際に撮影した写真でしょう?」
「ああ。そうだ……」
秋斗が魔工師と認められた日の夜。
魔法科学技術院の食堂で行ったパーティでグレゴリーの秘書に撮影してもらった写真だ。
「どうか信じて頂きたい。そして――」
彼は深々と頭を下げて告げる。
「どうか我等が母。アドリアーナ様をお救い下さい」
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ガタゴト、と揺れる馬車の中で秋斗はスーツの純魔族――アルフレッドと名乗った彼の対面に座っていた。
行き先はラドール王都より北東にある山の中。
そこにアドリアーナのいる屋敷があると彼は言う。
もちろん、秋斗と一緒に来ていた同行者達やラドール王家の者達だけでなく城中が大騒ぎになった。
アークマスターであるアドリアーナが生きているという情報に加え、やって来たのは伝承にある最初の5人の1人だ。
彼等は2000年前、ケリーが目覚めるよりも1000年前に生きていた者。
どうやって2000年もの間生きていたのか、という疑問は当然誰もが思いつくだろう。
だが、彼は一言「賢者にしか言えない」と言って話すことを拒否した。
唯一その疑問について問える資格を持った秋斗が聞くとアドリアーナのもとへ向かう途中に話す、と言われて今に至る。
「我々最初の5人と呼ばれる者達……既に私1人しか生き残っていませんが、我々が2000年の間生きたのはアドリアーナ様の技術を使ったからです」
「アドリアーナの?」
「はい。アドリアーナ様の技術……生体創造。我々は正しく言えば人ではありません。ホムンクルスです」
ホムンクルス――ホムンクルスと言えばファンタジー小説にある錬金術で作り出す人造人間、人工生命体というものを思い浮かべるだろう。
だが、アドリアーナの生体創造技術というのはどちらかというとクローン技術に近い。
元々生きている人の細胞や遺伝子を使って『ヒト』を作り出す技術だ。
しかし、研究の末に辿り着いたこの技術では元となった同一人物と全く同じ人物が出来上がる、という事は無かった。
というのも、人の脳を完全に創造する事ができず創造したとしても数日で自壊してしまうという結果に終わった。
「生体創造は封印されたはずじゃ?」
そもそも当時の倫理感などでこの実験や技術は完全なヒトを作り出す前に、他ならぬアドリアーナの手で封印されてしまった。
しかし、技術の流用で体の一部のみをクローン再生させるというモノは認められ、現在の秋斗の右腕や右目となっている生体マナマシン用の『素体』として使われるようになった技術だ。
「はい。アドリアーナ様が封印した技術を再び掘り起こし、その技術を完成させて我々を作りました。しかし、初期ロットである我々は完全ではなかった」
初期段階で作られた彼等は謂わば試作品や試験型と呼ばれるようなモノであった。
アルフレッドは受精卵から少しずつ成長してヒトになるのではなく、培養槽内で体を成人段階の状態まで急速に成長するタイプのホムンクルスだそうだ。
このホムンクルスの作り方は秋斗も知っている封印された生体創造の工程であった。
だが、封印を解いたアドリアーナは生体創造を発展させて完全なる『人』を作り上げたようだ。
しかし、一番の疑問であるのは彼らが2000年も生きている、という事実だ。厳密に体の造りがヒトとは違うホムンクルスは当然寿命も長くなるよう作れる。
が、それでも2000年という時は長い。
「我々は完全なヒトではない。しかし、利点はありました。ホムンクルスとして作られた我々は意識は別であれど、体は全てが一緒です。我々は弱った体をお互いに専用の培養槽の中で分子レベルまで分解させ、再び結合させて体を再生しました」
簡単に言えば、ニコイチだ。
弱った体1つだけでは完全に再生できない。では、2つあったら?
弱った2つの体を分解し、培養槽の中に満たされている液体の中で体を構成する物質をニコイチ再生する。
そして、再び新品状態の1体として体を再生する。
「我々の記憶は――脳は生体マナマシンです。記憶をマナマシン内のメモリーに保存しておき、再移植すれば記憶は引き継がれる」
「君達は……」
秋斗はアルフレッドの『答え』を聞いて驚愕した。
何故そこまで、と。 何故そこまでするのか、と。
アドリアーナの命令なのかもしれないが、仲間の体を使いながら生き延びて時を待つなど――気が狂ってしまうような所業だ。
何故、アドリアーナは彼等にこのような運命を背負わせたのか。
それが気になって仕方なかった。
「何故、と思っているでしょう? その答えはもうすぐわかります」
アルフレッドはそう言って馬車の小窓から外の景色を覗き見る。
すると、目的の場所に着いたのか御者をしているラドール騎士団の者に馬車を止めるよう伝えた。
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