120 ラドール到着
ラドールへ向かう船上。
冷たい潮風を体に受けながら甲板で海を眺める秋斗とリリ。
「リリ、あれは……?」
口元を引き攣らせながら海を眺める秋斗の目には衝撃的な光景が映っていた。
秋斗の見つめる先に映っているのは魚。
魚だが――成人男性と同等の大きさ。さらには人のような手足が生えていて、アスリート選手のように手足を動かしながら秋斗達の乗る船と同等スピードで海上を疾走する魚魔獣であった。
「あれは海の魔獣でブリ。今が旬で脂が乗って美味しい」
リリは秋斗の顔を不思議そうに見つめ、こてんと首を傾げながらブリを指差して説明してくれる。
「えぇ……?」
秋斗の知るブリには手足は生えていない。
しかし、海を疾走する目の前のアレは確かに冬の魚を代表するブリ。本体はブリの見た目そのままだ。手足が生えていなければ。
「昨日、領主邸の夕飯でも出たよ。秋斗が美味しいって言ってた魚の切り身がそう」
「て、手足はどうするんだ……? ま、まさか食うのか!?」
秋斗の脳内にはヤバイ映像が浮かぶ。
まさか昨晩の夕飯で食べてしまったのでは? と想像すると喉の奥から熱い物が込み上げてきそうだ。
だが、リリは首をふるふると振って否定を表す。
「手足は切って捨てる。硬くて美味しくない」
「そ、そうか……。いいか、リリ。俺には絶対食わせるなよ。もしも出された料理に入ってたら教えてくれ」
「うん。わかった」
そんなやり取りをしながら海上を疾走するブリ魚人を見ていると、視界の端からヒュッと高速で飛来してくる黒い影が見えた。
黒い影の正体は銛。持ち手の先端にロープが取り付けられた銛だった。
その銛はブリの体を貫く。
銛で貫かれたブリはバタバタと手足を暴れさせて銛を抜こうとするが、すぐに追加の銛が飛来してブリを串刺しにする。
合計3本の銛で貫かれたブリは絶命し、プカリと海に浮かびながら水面をロープで引きづられる。
「やったぞ! 旦那様!」
オリビアの声が聞こえ、声の方に顔を向ければ彼女とアリーチェがロープをぐいぐいと引っ張りながらブリを船上へ回収している最中であった。
「姫様。刺身にゃ。刺身で食うにゃ」
「おーい! 料理人連れて来てくれ! オリビア姫様がブリ仕留めたぞ!」
オリビアが仕留めたブリを甲板まで引き上げると、それに群がる船乗り達やメイド達。
ワイワイと盛り上がってブリパーティーが始まる寸前であった。
「賢者様も食べますか?」
御影家のメイドの1人が皿を持って秋斗に問うが、秋斗はふるふると首を振った。
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多くの魔人族が集まって暮らす国。ラドール魔人王国。
ラドール魔人王国のある島『ラドール島』の大きさは80,000平方キロメートルと中々に大きい島だ。
大きく広い平地でなる島であるが2/3は深い森林で覆われており、森林部分は凶暴な魔獣の棲家となっている。
レオンガルド等の国は昔から西の人族と争っているが、ラドールは人族と争う代わりに長年魔獣と争ってきた歴史がある国だ。
故に、ラドールといえば魔獣の生態研究を専門とする研究所があったりと魔獣関連の知識に深い学者や傭兵が多く存在する。
前に秋斗のペットである聖獣ハナコのマーキングが魔獣避けになっている、という成果を見つけたのもラドール出身の学者であり、ラドール魔人王国王立魔獣生態研究所ではハナコの件が現在一番のHOTワードらしい。
他にも魔獣の素材や魔石が主な交易品となっていて、エリザベスのような魔獣の素材で物を生産する職人にとっては天国のような国である。
秋斗の作り出した魔石カートリッジの魔石も70%が魔人王国産であり、秋斗が目覚めてから一番潤っている国といえば魔人王国だろう。
そんなラドール島であるが秋斗とグレンがシェオールの衛星画像を調べるに、賢者時代に存在していたアークエルの東にあった陸地が何かしらの原因で千切れて分離したのがラドール島の正体であると結論付けた。
「そろそろ船を止めますので、皆様揺れにお気をつけ下さい」
船長の言葉通り、秋斗達を乗せた船はラドール島の西端にある王都ラドールの港に到着していた。
王都ラドールはラドール島西端にある大きな港街。
街の中央には王家の住まう王城が聳え立ち、王城の周りは円形に石畳の道路で舗装されている。
その円形道路から上下左右斜めに4本の大通りが伸びて、王城を囲むように民家や商店が並ぶという区画が作られているのだ。
王都には2つの港があり南側は海産物を獲る漁船の停泊所や、港に水揚げされた海産物を取り扱う漁師組合が経営する市場が存在する。
今現在船が停泊しようとしているのは王都ラドールにある西側の港で、こちらはレオンガルド王国領に渡る為の船が専用に使う。
秋斗達の乗る船もその西側の港に停泊。
港には男女の老人と彼等を挟むようにラドール魔人王国所属の騎士団が整列していた。
船と港を繋ぐタラップが下ろされ、エリオット夫婦が先頭になって港へ降りて行く。
「父上。母上。ただいま戻りました」
港で秋斗達を待っていた老人2人はエリオットの父と母。
ラドール魔人王国の先王ライオットと第一王妃のマリンダであった。
「うむ。無事で何より」
先王ライオットはエリオット夫婦と孫のクラリッサを見て笑顔で頷く。
「父上。母上。こちらが偉大なる賢者にして魔工師である御影秋斗様です」
エリオットが背後にいた秋斗を紹介すると、その場にいたラドールの者達は膝をつき頭を下げた。
「偉大なる賢者様。お会いできた事、光栄にございます」
「いえいえ、こちらこそ。どうぞ、お立ち下さい」
もう何回目だ、というくらいお馴染みのやり取りに、さすがの秋斗も慣れた様子。
その場に跪いた皆を立たせた後にエリオットの父と母2人と笑顔で握手を交わす。
「長旅でお疲れでしょう。城へご案内致します。どうぞ、馬車にお乗り下さい」
住民達が秋斗を一目見ようと群がっている中、ラドール騎士団に護衛されながら、ライオットと共に秋斗達は王家専用の馬車へ乗り込む。
「………」
秋斗の姿を見ようと押し寄せたラドール国民の中には、ラドール王家の生やす悪魔角と全く同じモノを頭に生やす魔人が1人紛れていた。
彼は秋斗を乗せた馬車が王城へと向かって走り出すと、彼も同じく王城へ向かって静かに歩き出すのだった。