118 ラドールへ 出発当日
ラドールへ出発する当日。
秋斗の屋敷前にはラドール騎士団所属のケンタウロス馬車が5台停まっていて、騎士団の者達や執事達が荷物の積み込みを行っていた。
その横で自分の私物を入れたトランクケースを荷馬車の荷台に載せ、忘れ物が無いかを最終確認する秋斗とリリ。
秋斗とリリはエリザベスの作ったお揃いの黒いトレンチコートに身を包みながら私物の数を一緒に数えている。
オリビアは旅の間に魔獣狩りの指揮官役を父セリオから任命されているので、自分用の馬を王城へ取りに行っている最中であった。
「よし。大丈夫だな。おやつも持ったか?」
「ん。バッチリ」
秋斗はリリへ問いかける。
昼に出発し、本日は野営の予定だ。
ラドール騎士団によって道中のスケジュールは細かく組まれているので寄り道は出来ないし、そもそも行きの途中に街が存在しない。
寄るのはラドールへの船が出ているレオンガルド王国領土の東街のみだ。
しかも到着は明日の夜の予定。
途中で小腹が空いても良いように、保存の利くクッキーなどは多めに購入して積み込んでいた。
「にいさーん!」
王城のある方向から子供らしい声が聞こえてきた。
声の方向へ振り返れば、そこには笑顔を取り戻したダリオが手を振りながら走ってやって来る様子が見える。
ついこの間までは、感情の抜け落ちた顔で書類を処理していた子には到底見えない純粋無垢な笑顔だ。
いつもはあまり感情を表に出さないクールビューティー代表のリリですら「うっ」と短く声を出して目尻の涙を指で拭っていた。
良かった。本当に良かった。
もう感情の抜け落ちた顔で淡々と目玉焼きに醤油をドバドバかける獣人の子供はいないんだ。
「兄さん! お待たせしました!」
輝くような笑顔と千切れるんじゃないかというくらいに尻尾を揺らすダリオ。
彼もこの日の為に用意した毛糸のマフラーと手袋、それに賢者時代復刻デザインのダッフルコートで寒さ対策を完璧に済ませている。
「出発までに時間はある。そんなに焦らなくても良いんだぞ?」
「いえ! 出掛けるのを楽しみにしていたんで! 早く王城から離れたいんです!」
ダリオの言葉を聞いた秋斗が彼の頭をそっと撫で、彼の荷物を持って一緒にやって来ていた獣人の執事も「ダリオ殿下……」と言いながら涙を流していた。
ダリオがやって来てから数分後。
次にやって来たのはエリオット夫婦だ。
エリオット夫婦はお揃いのデザインで作られたトレンチコートでエリオットが黒、カーラが白色の物を着用している。
エリオットの首に巻かれるマフラーはカーラが手編みで作った愛情タップリの毛糸マフラー。
「にいたま~」
そして、カーラの腕に抱かれるクラリッサは白いもこもこで作られた羊さん防寒洋服。
フードを被れば、彼女の頭に生える角も合わさって可愛らしい羊さんの出来上がり、といった具合であった。
「クラリッサ。とっても可愛いよ」
「うん。可愛い」
「あい~」
もこもこ羊さんモードになりながら、寒さで少しばかり頬を赤くするクラリッサの可愛らしさを見れば誰もがほんわかしてしまう。
「ふふ。当然だよ。僕のエンジェルだからね!」
エリオットは胸を張り、ドヤ顔を決めた。
彼が自慢したくなるのも十分に理解できる可愛さと言えるだろう。
「クラリッサ。おやつはいっぱい持ったか?」
秋斗がそう問いかけると、クラリッサはチラリと母親であるカーラを見上げる。
「いえ、まだ買ってないのです。荷物を積み込んだら買いに行こうと思ってまして」
「そっか。じゃあクラリッサ、俺が買ってあげよう。ダリオもおいで。好きなのを買っていいぞ!」
秋斗は甥っ子姪っ子に弱い親戚の叔父さんの如く宣言する。
魔道具の権利費が最近払われたので秋斗の懐は温かい。
因みに支払われた額は1年分で、御影家の会計を取り纏めるソフィアとエルザ曰く貴族の屋敷をポンと買えるくらいの額だそうな。
それ故に資金管理係のソフィアとエルザから毎月出される、秋斗が1月で使えるお小遣いも結構な額だ。
「いく~!」
「やったぁー!」
「私も追加で買う」
クラリッサとダリオは両手を上げて喜び、リリもどさくさに紛れて追加で買う気満々だった。
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秋斗はクラリッサを抱っこし、ダリオとリリを引き連れて一般街を訪れた。
「よし。好きな物買っていいぞ。クラリッサはパパとママの分も選んでね」
「あい!」
賢者と王家が普通に大通りを歩いているが住民達が騒ぎになる事はない。
半年前であれば大騒ぎになっていただろうが、既に住民達にも普通の光景として馴染んでおり、道行くおばちゃんも秋斗に抱かれるクラリッサを見て「可愛いわね~」と笑顔を浮かべるくらいだ。
「あそこのタルトとシュークリーム食べたい」
「いいですね。ジャムクッキー食べたいです」
保存が利く物を選ぶのかと思いきや普通にケーキを選ぶリリ。彼女は恐らく馬車が走り出したら早速食べる気なのだろう……。
ケーキ系のデザートが評判になっているカフェに入り、リリは5種類のフルーツタルトとシュークリームを注文。
「そんなに食えるのか?」
「オリビアのもある」
秋斗は「なるほど」と頷くが、秋斗がクラリッサとメニュー表を見ている間にリリは5種類全て1切れだけでなく丸いホールで注文していた。
「僕はイチゴジャムのクッキーをお願いします」
ダリオは20個入りのジャムクッキーを注文。
「こえがいい~」
クラリッサはビスケットを選び、そのビッケットを店員から試食品として1枚貰って美味しそうに頬張る。
店員もカフェの客もクラリッサの食べる姿に癒されまくっていた。
エリオットとカーラには前に食べていた、という理由で2人には小瓶に入ったハチミツを付けて食べるクッキーを選んだ。
商品を家から持ってきた紙袋――現代だと高級品で王家や貴族が主に使う使い回しの買い物袋――に入れてもらい、会計を済ませて外へ出る。
外に出ると時間は昼時の少し前。
大通り沿いの屋台が昼飯客を捕まえるべく、いい匂いを漂わせて道行く人々の食欲を刺激し始めていた。
「串焼き食いたいな」
屋台の戦略に嵌ってしまうのは賢者も例外ではなかった。
秋斗はジュウジュウと音を立てて口の中に唾液を量産させてしまう匂いを漂わせる串焼き屋台に吸い込まれてしまう。
「おう! 賢者様! らっしゃい!」
最早常連と化している屋台の亭主が近寄ってきた秋斗を見つけるなり威勢の良い声を張り上げる。
「食べる人~?」
「「「は~い」」」
秋斗が串焼きを食べるか問うと、全員が手を上げた。
クラリッサは食べられるのか不安だったので、一本買ってカーラに聞いてから食べさせる事に決めた。
「木皿付きで10本お願いします」
「あいよっ!」
テイクアウト用の木皿は注文すれば店側が用意してくれるが基本的に買取制だ。
基本的に屋台で買う人は一本や二本しか買わないので木皿を注文するのは稀であるが。
「へいお待ち! ありがとうよ!」
木皿に乗った串焼肉をリリが受け取る。
「冷めないうちに戻ろう」
気温が低い中、テイクアウトすればどうしても冷めてしまうのだが秋斗達は急ぎ足で屋敷へと戻った。
案の定屋敷に着いた頃には少し冷たくなってしまっていたが、それでも串焼きを咥えながらラドールへ向けて出発していくのであった。