117 ラドールへ 準備
11月下旬。
秋斗は研究所をマナワーカーで建設し、グレンの依頼であった魔法剣などの新装備の調整も落ち着いたところで魔王国であるラドールへ向かう準備をしていた。
自宅で荷造りをしているとアレクサが客人が来たと知らせにきた。
客人の正体はエリザベスで、彼女は木箱を持ってリビングへやって来た。
「アキト~? 頼まれていたコートが出来たわよ~ン」
「おお、サンキュ」
既に季節は冬ど真ん中。
雪はまだ降っていないが、外に吹く風は冷たく街の屋台で売られるメニューも温かい物がライナップされていた。
「行き先はラドールでしょン? 道中は魔獣が冬眠前だから気をつけた方が良いわよン?」
現在は魔獣の冬眠前――12月から3月までが冬眠期間――で冬眠前の食い溜め用のエサを求めて活発化している。
ラドールに行くにはレオンガルド王国東端にある港町から船に乗って、孤島であるラドールへ向かうのだが港街までは馬車で1週間も掛かる道のりだ。
エリザベスが心配するのは港町までの道中に遭遇するであろう魔獣の数。
この時期は騎士団も傭兵も魔獣狩りに街道などを巡回しているようだが、それでも遭遇する機会は増える。
高速輸送をするフォンテージュ商会もこの時期はどうしても納期に時間が掛かって困ると漏らしていた。
「まぁ、年末はこっちで過ごす予定だし。いざとなったらマナカー使うから大丈夫だろう」
「……そうねン。アキトが魔獣に食われている場面なんて想像できないわン」
マナカーで街道を爆走し、現れた魔獣は手当たり次第に轢いて行く様を想像したエリザベスは首を振って脳内の映像を消し去った。
「今回行くメンツは誰なのン?」
「んー。リリとオリビア、エリオット一家、あとはハナコとダリオかな」
秋斗の告げたメンバーを聞いたエリザベスは珍しい人物が加わっている事にへぇ、と声を上げた。
「ダリオ様がいるのは珍しいわねン」
エリザベスの言葉に秋斗も頷く。
「ああ、ダリオはラドールに行った事が無いみたいだから連れてってくれってセリオ王に言われてな。あと、アイツは王城に軟禁されてるから……」
秋斗はフッと目を反らした。
頭脳明晰なガートゥナの王子であるダリオは書類仕事で全く戦力にならないセリオの代わりに書類の処理をこなしているのだが、その様子は悲惨の一言に尽きる状態であった。
母であるイネスの横でイスに縛り付けられ、延々と届けられるガートゥナ担当の書類を処理しているのだ。
随分前に廊下で見かけた時は目が死んでいたし、最近は何かを悟ったかのように真顔で過ごしている様子が見られる。
まだ13歳で遊び盛り。
同年代として扱われるソフィアの弟であるリゲルは王立学園に通って勉学に励み、最近は学園のクラスメイトと共に街でリア充生活を謳歌しているにも拘らず、ダリオは王城で延々と書類の処理。
しかも父と姉は脳筋の象徴である。
助けて欲しい、遊びたいので代わりにやってと言いたくとも全く期待できない。
そりゃあ悟って真顔にもなる。
秋斗がラドールへ一緒に行こう、と言った時に真顔のダリオが涙を流す顔は一生忘れられないだろう。
「た、大変なのねぇン……」
ダリオの現状を聞いたエリザベスはドン引きしていた。
「そうそう、それでねン、私も同行したいんだけど良いかしらン?」
「大丈夫だぞ。魔獣の素材か?」
「そうそう。この時期に現れやすいホーンラビットとかスノウバードの素材は寝具にも服にも使えて良いのよ~ン。高値で買い取るわ~ン」
「オッケー。魔石はこっちで」
「オッケェよン」
ガシッと握手を交わす2人。
契約成立だ。
「まぁ、倒すのはオリビアと騎士達だろう。俺の出る幕は無さそうだ」
「オリビアちゃんがいればそうなるわねン……」
脳筋ワンコは嬉々として斬りかかりに行くだろう。
ハナコは魔獣を黒コゲにして毛がダメになりそうだから待機だな、と考えながら荷物を入れた木箱を閉めた。
「出発は3日後だけど店は大丈夫なのか?」
「大丈夫よン。依頼されてた物は全部納品したしねン」
その後、何点か旅の概要について確認するとエリザベスは帰って行った。
リビングのソファーに座り、暖炉の前でコーヒーを飲みながら買い物に行った婚約者達を待っていると再び来客がやって来る。
リビングにやって来たのはグレンだった。
挨拶もそこそこに用件を聞くと、どうやら訓練中の部隊を同行させて欲しいという話であった。
「魔獣が活発化しているだろ? 実戦訓練として新装備を持たせて同行させたい」
本人達の訓練と新装備の扱いが深まるし、秋斗が同行しているので壊れても現場で治せる利点がある。
秋斗も現場で使用感を見れるし改善点の考察が行えるだろう。
「そうだな。連れて行こうか。グレンは来ないのか?」
「私は行けないんだ。部隊の留守中は騎士団の訓練をして欲しいと頼まれてしまった。あとは、屋敷の建設が……」
「ああ~」
遂にグレンの住む屋敷の建設が始まるのだが、王家にお任せ状態でいたら1人で住む予定なのに秋斗の屋敷並に大豪邸で使用人も既に採用面接が始まっていた。
「ま、良いんじゃないの? どうせ誰かさんと一緒に住む事になるだろう」
「ブフォォッ!」
アレクサが用意してくれたコーヒーを口にしていたグレンだが、秋斗の口から飛び出した言葉を聞いてコーヒーを吹き出した。
「ごほ、ごほ、お前……どこまで知っている?」
グレンの焦る顔を見る秋斗はニヤニヤが止まらない。
「さぁ? 相手は秘書官で~? 執務室でコソコソとしてるそうじゃないか」
職場でイチャついてはダメだな~とわかりやすくグレンをからかう秋斗。
完全にバレていると判断したグレンは顔を真っ赤にしながら更に焦りだした。
「ま、待て。本当にどこまで知っている? いや、誰が知っている!?」
「ん? 王家一同とうちの婚約者全員だな」
「もうダメじゃないか!!」
グレンはドン、と机に拳を叩きつけて絶望する。
「もう結婚式の計画も始まってるってソフィアが――」
「頼む!! 止めてくれ!!」
グレンは秋斗へ祈りを捧げるように懇願して、頼むから派手にしないでくれと叫び続けた。
(仲がよろしいですね。現在計画されているお二人の活躍を描く演劇は、仲の良さを強く演出せねばなりませんね)
少しだけ開いたドアの隙間から覗くアレクサは2人の様子をメモ帳に記入して胸の間に仕舞いこんだ。