115 印刷機
秋斗とヨーゼフ、ケリーの子孫であるカールの3人は魔法科学技術院跡地の敷地内に立っていた。
敷地内の位置的には元々秋斗の研究所があった場所で、敷地内では奥の方に位置する。
「ここに研究所を立てようと思うんだよね」
カールを連れてきたのは敷地内の整備や花畑の世話をしているのが、オルソン家の管轄だからだ。
勝手に建てても良いらしいが管理しているのがオルソン家な以上、知らせないとマズイだろう。
「良いと思います。ここまでの道は、うちで雇っている庭師と新たに雇う庭師に整備させましょう」
「うむ。ここならば遺跡を壊さずに済むしな。ここの瓦礫はどうする?」
ヨーゼフは足元にある瓦礫――恐らく元秋斗の研究所の残骸を指差して問う。
「周辺の瓦礫撤去と建物の建築はマナマシンでやるよ」
屋敷と技術学園の件は大工の親方にお任せするが、研究所だけは秋斗自らが建てると前々から伝えていた。
理由としては賢者時代にマナマシンを開発する際に設定されていた安全基準を確保する為だ。
危険な実験などは行わないが、発明に爆発は付き物だ。
速やかに消火できるように室内スプリンクラーなどの設置をしておきたい。
「ふむ。研究所が出来たら技師を移動させるか?」
「研究室や作業場はすぐに使えるけど、技師以外の人手はまだ雇ってないぞ?」
現在の臨時研究室は王城内なので王城メイドチームがゴミ捨てや掃除などから食事の準備までを行ってくれるが、新しい研究所になれば新たに人を雇わなければいけない。
雇わなくても本人達が当番制などで行えば良いのだが、こういった事で雇用を生み出して仕事枠を増やすのも上に立つ者の勤めだと婚約者達に説明されているので秋斗は人を雇うつもりでいる。
「ううむ。奴等を放っておけば室内が酷い有様になりそうじゃわい……」
主に原因は計画のズレから生まれたデスマーチなのだが。
疲労と睡眠不足で部屋の片付けまで手が回らない現状を清潔感ある元の部屋通りに保っているのは王城メイドチームのおかげである。
「とりあえず、うちの庭師の募集と合わせて世話係の募集も出しておきましょうか」
「そうしてくれると助かるよ」
カールの提案に申し訳無さそうに頷く秋斗。
「完成はいつ頃なのですか? 募集期間と面接もあるので……」
「うーん。作ろうと思えば1週間もあれば完成するかな?」
シールドタワーの設置時と同じように作業するのはシェオールから呼び寄せるマナワーカー達だ。
マナワーカーに研究所の図面を読み込ませて材料を用意すれば、不眠不休で作業してくれる。
「1週間ですか……」
「とりあえず建てるだけ建てて秋斗殿が先に使えばどうだ? 技師の移動は世話係が決まってからでも良かろうよ」
秋斗だけが使うとなれば、一先ずアレクサの教育した屋敷のメイドを数名連れてくれば良い。
既にスーパーメイドであるアレクサの教育を受けた新人メイド達も、まるでAIの如く先読みして動いているのだ。さすがアレクサ。
「では、募集と面接をして……そうですね。1ヶ月後に移動というのはどうでしょう?」
「うん。そうしよう。12月にはラドールへ行くからそれまでには済ませておきたいな」
「承知しました。お任せ下さい」
カールは手持ちの紙に秋斗の告げた予定を書き込んだ。
「研究所の建材はどうするのだ?」
「フォンテージュ商会に発注してる。納品予定は5日後だったかな」
発注したのは2日前なのだが全て揃えて納品するまでに1週間以内というのは、さすが東側最速を謳う商会なだけはあるだろう。
輸送手段が人力(ケンタウロス族)なのに。
「さて、そろそろ昼だし戻るか」
そう言って秋斗達は家に戻って行った。
-----
秋斗は屋敷に戻った後にソフィアの手料理を楽しんでいた――のだが、ここで人生何度目かのピンチを迎える。
「秋斗様。何でも印刷機という魔道具が見つかったとの話を耳にしたのですが?」
ソフィアが口にした話題に、秋斗はピクリと反応してから固まる。
印刷機。
紙に文字や絵を印刷するマナマシン。そして、秋斗が最も知られたくなかった存在。
そう、このマナマシンが現代人に知られてしまえば恥ずかしい自身の過去を書かれた本が大量印刷されてしまうのだ。
印刷機を見つけた際に居合わせたのはグレンとリリ。
グレンは自分の英雄譚なんてモノが世に出る事を良しとしない。彼は自分の首を絞めるような事はしないだろう。
残りはリリなわけだが、彼女に視線を向けると小さくふるふると首を振って否定。
つまり、別のルートからバレたのだ。
「な、なんのこと?」
とりあえず誤魔化すという選択肢を選んだ秋斗。
そんな秋斗の顔を見て、ソフィアはふぅと小さく溜息を零す。
「夫に嘘をつかれるというのは悲しいですね……」
ソフィアは大げさにふぅ、ふぅ、と何度も溜息をついて分かりやすく落胆してみせる。
「………」
それでも秋斗は黙秘して逃げようと試みるが、ソフィアは嘘の溜息をやめてハッキリと告げる。
「秋斗様。印刷機というのが見つかったのです。修理と使い方を教えてくれませんか? 製本を行う商会にもバレているので逃げ道はありませんよ?」
「なんということだ……」
どうしてバレた。どこからバレた。
「印刷機を回収した際に王城の兵を使ったでしょう? 彼らがフリッツ陛下に伝え、陛下が酒の勢いでメアリー王妃にポロリと零したのが切っ掛けです」
印刷機を見つけた当日、秋斗は頭痛に襲われてしまっていた。
どうにか頭痛が治まった日の翌日に王城の兵に手伝ってもらいながら崩れた部屋から印刷機を回収。
その際に回収しているマナマシンの詳細を話したのは秋斗本人。つまり、自業自得である。
因みに製本を行う商会にバラしたのは、印刷機を知ったソフィアなのだが。
「英雄譚の新刊は誰もが熱望していますので諦めて下さい。それに、印刷機があれば民が気軽に本を読めるようになるでしょう? 学園の授業でも役立つはずです」
結局のところ、本を読む文化の成長、民への教育の重要性を説いて攻めるソフィアに秋斗は降参した。
「原本はできているので、後は印刷して販売するだけですね」
「グレンの話も入ってる?」
「ええ。グレン様との関係性、再会も描かれていますよ」
自分だけでなく、グレンも巻き添えにできるならまだ良いか、と考える秋斗であった。