114 現場の様子
「あいいいああああいいい!!!」
レオンガルド王城の一室。
城の1階にある『魔工師 臨時研究所』と金で出来たプレートが扉に打たれた、2部屋吹き抜けの大部屋の中より人が発した奇声が木霊する。
「おい! テッドのヤツが限界を迎えた!!」
「馬鹿野郎!! さっさと正気に戻せ!!」
大部屋の中にいるのはヨーナスを筆頭に魔道具製作に励むドワーフ達。
奇声を上げたのも彼らのうちの1人だったが、最早このメンバーの中では「ああ、またか」と溜息を漏らすくらいには見慣れた状況であった。
「もういやだああああ!!」
そう叫んで泣き崩れるのはティムと呼ばれたドワーフ。
泣き崩れた彼も、彼の傍に駆け寄る者も目の下には濃い隈を作っているのが共通点であった。
「増員されるまでの我慢……学園ができるまでの我慢……次の技師が増員されるまでの我慢……」
泣き崩れたティムとは別の場所で作業を続けるドワーフの1人はブツブツと独り言を繰り返しながら魔道具の外装を組み立てる。
ここは生活用魔道具の生産現場。
そして全国販売に向けて日夜魔道具製作に励む技術者のデスマーチが続く場所。
魔工師より齎された技術は革命的であったが習得が難しく、未だ完全に理解できている者は少ない。
故に王や技師全体と会議して計画した生産作業工程に大幅な遅れが見られ、その遅れを埋めるべく徹夜続き。
生活用魔道具の生産現場責任者に就くヨーナスは既に1週間以上休む事無く働き続け、気がつけば意識を失うように眠っては起きるを繰り返していた。
頼れる父親ヨーゼフは「賢者様と武器作るからこっち頼むわ」と息子に仕事を押し付け、本人は賢者の傍で最新技術を学んでいる始末。
秋斗も彼らの様子を見て申し訳なく思っていたが、グレンから依頼のあった新装備の設計と開発で忙しい。
さらにはデスマーチこそが最大の学び場となるのだ、とヨーゼフからありがたい言葉を告げられて放置を推奨されていた。
「ヨーナス主任! エルフの技師は来ないんですか!?」
現場責任者となったヨーナスの役職は主任。
秋斗が研究所所長で父親のヨーゼフは副所長だ。
最初は主任という立場を与えられて嬉しかったものの、こんなデスマーチを経験していると投げ出したくなるから不思議だ。
「5兄弟はエルフニアで先行販売された魔石カートリッジの取り扱い説明会をやっている。来年まで来ないぞ」
エルフニアの製作室メンバーだったエルフ5兄弟は各街の魔道具商会に赴き、魔石カートリッジの取り扱いについて説明する巡業中である。
チャージ方法からチャージ用の充填装置の使い方まで教えなければいけないので、そちらも大変なのだがデスマーチよりはマシだろう。
「ヨーナスさん! 制御チップ終わりましたよ!」
制御女子、制御の化身、制御の申し子と様々な異名を付けられたエルフのエリーナはレオンガルドに招聘されて、相変わらずの制御装置作りに携わっていた。
彼女はドワーフ達が与えられた仕事をこなす時間の2倍の速さで制御関連の仕事を終わらせる。
臨時研究所内で一番の化物だった。
「相変わらずはえぇよ……」
「もう。さっさと終わらせないと。今週までに残り500ですよ」
んもー、と腰に手を当てるエリーナ。
「あああああ!! もういやだあああああ!!」
「はぁ……」
ヨーゼフは溜息を吐きながら部下に正気に戻すよう指示を出す。
そしてその2時間後、また1人デスマーチに沈んだ者が増えた。
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「はぁ~。つっかれたニャアァ……」
グレンが訓練する特殊部隊専用の兵舎。
その兵舎内の食堂で机に上半身をベタリとくっつけながら、疲れた疲れたと連呼するアリーチェ。
ぐったりする彼女のテーブルに隊長に任命されたアンソニーが本日の日替わり昼定食のトレーを持ってやって来た。
「アリーチェ。飯は食べないのか?」
「食べるニャ。カイが持ってくるニャ」
そう言うアリーチェの言葉を聞いたアンソニーは訓練中に彼女がカイと模擬戦で勝った方が昼を奢るとかなんとか言って騒いでいたな、とその様子を思い出す。
「そんな疲れるほど訓練していないだろう?」
自分も同じメニューの訓練をこなしたアンソニーには特に疲労感は無い。
午前訓練の最後に模擬戦をしたが、連続で模擬戦をしたわけではなくメンバーとペアになって1戦ずつしただけだ。
「そっちじゃないニャ。試作品の方ニャ」
「ああ……」
試作品、という単語を聞いたアンソニーはそっちか、と思いながらも苦笑いを浮かべる。
「賢者様が作った試作品だしな。壊さないように扱うのは精神的にキツイか」
「そうだニャ。皆はまだ良いニャ。アタシのは特にデリケートだって言われてからビクビクしてるニャ」
彼らが話題にしているのは午前訓練最後の模擬戦……の前に行っていた新装備の使用テストだ。
アリーチェ達は賢者時代の高い技術力によって作られたマナマシンを運用する為に集められたのだが、そのプランは技師達の問題で白紙に戻った。
その結果、新たに組まれた計画の中には賢者が作った新装備の運用テストというものが加えられる。
つまり、先日秋斗の作った試作型の魔法剣と簡易型マナデバイス等のテストを彼女達が行っているのだ。
『まだ代えが無いからなるべく壊さないように』
そうグレンに言われた彼女達は神経を張り詰めながらテストしている。
賢者が時間を割いて作った、世界にただ1つの武器、などという話も技師達から聞いているので恐れ多いという気持ちも彼女達の中には含まれている。
万が一壊してしまったら自分はどうなるのだろうか、始末書で済むのだろうか。
そんな思いを抱きながら貴重な物を壊さないように使うとなれば、アリーチェの精神的な疲れも伺える。
更には他の騎士団達より寄せられる「羨ましい」という目線と言葉。
代わってくれるなら代わって欲しい、だがそんな事は推薦された身としては口が裂けても言えないのだ。
「アリーチェのはすないぱーらいふる? とかいう銘だったか」
「そうニャ。新機構を搭載したモノだからまだまだ改善がいるって話だニャ」
アリーチェの得意とする武器は弓。
彼女は魔法銃を運用しようと考えていた時の訓練で、魔法銃の命中率が一番高かった。
新装備のテストで割り振られた装備も魔法銃タイプの物なのだが、魔石カートリッジを動力にする新機構式であり未だ完成とは言いがたい秋斗も試行錯誤している最中の物。
使用感のレポート作成と訓練で使い終わった後の点検を秋斗自らが行う事もアリーチェの精神力をガリガリと削る要因であった。
「そんな物壊したら……」
「やめてニャ。壊したら全力で国に帰るニャ」
「帰ってどうするんだ?」
「婚活するニャ。結婚して一生引き篭もるニャ」
アリーチェも結婚適齢期だ。
逃げるのはともかく、彼女も女性としての幸せを掴めば除隊するだろう。
そうなった際、次の犠牲者は誰なんだろうかとアンソニーは脳内で弓の名手を検索し始めた。
「婚活と言えばニャ。閣下とジェシカ秘書官はどうなんニャ? まだあれでバレてないと思っているのかニャ?」
「あー……。それな」
2人の関係は怪しい。
というか、ほぼ付き合っているのは確実なのだが本人達が隠そうとしているので誰も追及していない状態と言うべきだろう。
「きっと賢者様にバレたら~とか思ってるニャ」
「だろうな~。でも、もうバレてんだよなぁ……」
特殊部隊のメンツは知っている。
ソフィアが2人が交際しているという情報を掴み、研究所にいた秋斗に教えていた事を。
アリーチェとアンソニーはたまたま新装備のレポートを提出しに行った際に、室内でソフィアと秋斗が話しているのを廊下で聞いてしまっていたのだ。
「賢者様、めちゃくちゃ高笑いした後に陛下に伝えようとか言ってたよな」
「2人が結婚する時は街を3周くらいパレードするとか言ってたニャ」
王城では既にグレンとジェシカの恥ずかしい地獄パレードが企画されていたが、本人達は知らずに執務室でイチャコラしているのであった。