11 第3世代型マナデバイス
肉祭りを開催した翌日。
秋斗はゴタゴタ続きですっかり忘れていた地下から持ってきた試作品や材料類の分類しつつ、いらない物は処理してしまおう、とリリが見つめる傍で作業していた。
「これはいらない。これは材料で……これは何かわからないヤツ」
「ほとんどいらない物なんだね」
リリは取っておく物エリアに指定された地面に何も置かれないのを確認しつつ、いらない物エリアに積まれたマナマシンを手に取って、ポチポチとボタンを押してみたりして動かないマナマシンを弄くっていた。
「まぁ、覚えてない試作品だとか途中で作るのをやめた物ばかりだからなぁ」
秋斗は分類しながらこの時代でのマナマシンという物についてリリに質問する事にした。
「今の時代でマナマシン――いや、魔道具ってどういう扱いなんだ?」
「ちょっと便利な物? でも買うと高いし、大体は魔法で補えるからあんまり買う人はいない」
秋斗はリリの言葉の中に出てきた、魔法で補えるというところに引っかかりを覚えた。
「魔法で補える? どんな物が売り出されてるんだ?」
「水を出したり焚き火する時に火を出したりするのはよく売り出されてる。でも何回も使ってると使えなくなっちゃう」
秋斗は『使えなくなっちゃう』という部分を疑問に思いながらも、その程度の物なら確かにいらないな、と思う。
「移動用の魔道具とか物を作ったり、物を保管する為の魔道具は無いのか?」
過去の時代に存在していた車や冷蔵庫などの各家庭に1つはあった物を聞いてみる。
「移動用? 馬車とか? 保管する用……?」
リリは存在すらも知らない様子で首を傾げる。
「無いのか……」
秋斗がこの時代の技術レベルがどの程度のモノなのか考えていると、首を傾げていたリリが思い出したように話し始めた。
「すごい魔道具は王城にあるけど、作るんじゃなくて遺跡から発掘する」
「遺跡っていうとこんな感じの?」
秋斗は後ろにある朽ちた元自宅を指差す。
「うん。大崩壊前に存在していた建物とかの遺跡。そこからたまに魔道具が見つかる。でも、大体は壊れてたりして使えない」
リリの言っている事は、秋斗の元自宅のように地下倉庫を併設させた建物から見つかるのだろう、と解釈した。
「壊れてるのを修理して使っていないのか?」
「見つけた物は国で保管されたりするけど直せたって話は聞かない」
直せないという事は、現在存在している技師のレベルはとんでもなく低い。技術の継承は秋斗が寝ている時間のどこかで途絶えてしまったのだろう。
だが、ふと数日前に現れたエルフを思い出す。
「でも魔法は杖を使っているんだよな?」
ケビンの持っていた第1世代型マナデバイスを思い出す。杖タイプは第1世代型でも初期の物でもっとも売れたタイプだ。復刻版なども出てかなりの数が量産されていた。
構造自体も記憶装置が無い為に第2世代型とは違ってかなり簡単な物なので、杖を作れるのならば発掘した物の中にも修理できる物があったんじゃないかと考えた。
「杖? 魔法使いの杖は発掘された物。使える状態の物はかなりレア。しかも持てるのは宮廷魔法使いのみだから、普通の人は使ってない」
「マジか……」
あのレベルの構造でも修理できないのか、と秋斗は頭を抱えた。
「あの杖が作れたら売れるのか」
「超売れる。1本で億万長者」
リリの言葉を聞いて再び頭を抱えた。
「あ、だから帝国にいる賢者は強いだとかスゴイだとか言われるのか。この時代は魔法の対抗手段があんまり無いんだな」
炎という4元素の1つを使うと言われている帝国の賢者の話を思い出す。
帝国にいる賢者が第2世代型マナデバイスを持っていたとしたら、魔法発動の為の魔素を集束させるという工程はいらないし、カートリッジがあればイメージする時間もいらないので発動は一瞬。
さらにはマナデバイスの現物が限られ、第1世代型しか持っていないのであれば明確な差が生まれる。
第1世代型を持った魔法使いが防御魔法をイメージしている間に相手は発動してくるので、防御すらも不可能。
発動時間に差がある上に、魔素貯蔵量や充填時間も段違いの差があるので長期戦でも第1世代型を上回り、現代の戦争では1人でも戦果を挙げられてしまうのだろう。
「杖、作れるの?」
秋斗が脳内で考察していると、リリが秋斗を見つめながら問いかける。
「作れるよ。杖よりスゴイの作れる。この山を分類したらリリ専用のを作ってやるよ」
秋斗が地面に山積みされたマナマシンを指差すと、リリはキラキラした目で秋斗に迫る。
「ホント!? 杖よりスゴイの!?」
「ああ、魔法を発動する為の魔素集束時間はいらんし杖なんかより速く魔法が発動できるぞ」
秋斗は迫ってきたリリを受け止めながら、製作予定の内容を話す。
「よくわからないけどスゴイ。 秋斗スゴイ。さすが賢者!」
自分専用という物を作って貰える為なのか、秋斗に作ってもらえるからなのか、テンションが上がったリリは秋斗の胸に顔を埋めてフガフガと匂いを嗅ぎ始めた。
「お前匂いフェチなの?」
秋斗は自分の胸に埋まっているリリの頭を撫でながら呟いた。
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「結局ほとんどバラして材料だな」
秋斗は分別が終わったマナマシンを見下ろして呟く。
本人も分別しながら感じてはいたが、ガラクタと呼んだ方が良い物が大半を占めていた。
「とりあえず、リリのマナデバイスを作って残ったのは地下に戻すか……」
リリのマナデバイスを作ったとしても、手持ちのリュックやキャリーバックには納まりきらない程の材料が残るくらいにはガラクタばかり。
残った材料はいくつか手持ちで持って、持てない分は地下に戻してまた取りにくれば良いやくらいの気持ちだった。
気持ちを新たに、リリ専用マナデバイスの製作に取り掛かる。
作るマナデバイスは秋斗の右目マナデバイスの簡易版。
第3世代型マナデバイスとも呼べる、過去も現代にも存在しえない物。
氷河期が来てしまって秋斗が発表できなかった術式という新理論を備えた量産向けマナデバイスの第1号使用者はリリとなった。
「じゃあ、作り始めるぞ」
リリが見守る中、秋斗は使い慣れた技術系の術式を使って材料を加工していく。
第3世代型マナデバイスの形状は腕輪型。
外装の材質は魔素と親和性の高いミスリルと、強度に優れたオリハルコンを組み合わせた魔法合金製。
地下にあった魔法合金製の試作品の外装を形状変化の魔法で粘土のように柔らかくして、手馴れた手つきで腕輪型に形状を変化させる。
ゴツく大きさは違うが腕時計のように外装中央部には丸い埋め込みスペースがあり、後に作るマナデバイスのコアユニットと基盤を埋め込むスペースを確保するようにして外装の作業は終了。
外装の出来をクルクルと手の中で回しながら確認し、次はコアユニットに着手する。
コアユニットはICチップのような薄くて小さい正方形の板状の物で、秋斗が独自で開発したコアユニットは全てこの形をしている。
ハッキング防止機能に優れ、緊急停止等の不測の事態に対する保険もしっかり搭載されているので過去の時代に各企業が使っていた物よりも単純に性能も軽量化も上がっている上位互換品。
今回は試作品を分解した際に使える秋斗謹製の正式採用したコアユニットが残っていたのでそれを流用する。
試作品から外したコアユニットの状態を改めて確認する為に、右目の機能であるコンソールを起動してコアユニットにアクセスする。アクセス後はコアユニット内部の機能に不備が無いかを確認し、最後はエラーチェックをして安全確認を終える。
同じく、記憶媒体と魔素充填貯蔵ユニットも試作品から流用した。
各部品が確保できたら、腕輪の中央部に収まるように部品を取り付ける為の基盤である魔法基盤を作り始める。
魔法基盤は腕輪の埋め込みスペースのサイズに合わせて新規で作成。
基盤には魔素との親和性の高いミスリルを使う。基盤にミスリルを使うのはコストが高くなるが、ミスリルは基盤全体に行き渡る魔素の浸透性が他の材質よりも段違いで、他の材質を採用すると魔素充填性能には差が明確に出てしまう。
さらに基盤上には魔銅・魔銀・魔金という部品同士を繋いで魔素を伝導させる為の回路を通す際にも魔素の浸透性というモノが伝導率に影響が出る。
過去の時代でミスリルという加工のし辛さと、ミスリルという材質の生産性を考慮するとコスト的に見て高くなるのでミスリル製基盤の採用率は悪かったが、今回は特別製ともいえる物なので出し惜しみをする気は無かった。
出来上がった基盤の上に各部品を置いて回路を形成する。回路には伝導効率が一番高い魔金を使用。
全ての部品と回路を繋いだ後に、右目のコンソールでコアユニットを初期起動させる。
コアユニットを初期起動させると、コアユニットが接続された各部品を認識し、魔素の充填が始まる。
充填が問題なく始まると、充填貯蔵ユニットが淡く光りだす。光りだせば、充填と貯蔵が始まった証拠。
一定量の貯蔵が終われば、部品全体に魔素が伝導し始める。
伝導が始まり、記憶媒体が起動できるようになったら、コンソールで記憶媒体内に術式で作られたマナデバイスソフトウェアをインストールさせる。
今回は秋斗の作った圧縮術式・基本編と初心者向けコンソール機能をインストールする。
術式とコンソールさえあればマナデバイスを使って、自分の使用したい魔法を作り、保存できる。
魔法の自由な作製と編集機能。これが秋斗の考える第3世代マナデバイス。
術式を使う事により、第1世代型の記憶媒体の容量問題と第2世代型のカートリッジ方式という制約を取り払った、使用者の考える『自由で応用の利く素早い魔法行使』を実現する。
出来上がった基盤を腕輪の中央部に収め、魔法宝石と呼ばれる材質で蓋をする。
通常の宝石を魔素を含んだ特殊な水溶液に宝石を浸して人工的に作られた魔法宝石という物も、空気中の魔素を吸収する際に効率の良い材質。
さらに、魔素水溶液が染み込んだことによって性質が変化して作られる魔法宝石は、魔素を自然に蓄える性質もあり補助的な魔素貯蔵ユニットとして機能するので内部のエネルギー切れを少しでも起こさない為の物でもある。
今回使った魔法宝石は、リリの瞳の色と同じ青色のマナサファイヤ。
特に魔法宝石以外の物で蓋をしても問題は無いのだが、充填効率としても見た目としても、装飾品タイプのマナデバイスという事で魔法宝石を使用した。
秋斗はここまであっという間に作業し終える。
問題無く各部品の初期起動とソフトウェアのインストールを終えた秋斗は、一旦マナデバイスの起動を終了させて、外装部分に装飾品用の腕輪らしく模様を彫って美しさの向上を図る。
秋斗の作業をじっと見ていたリリは、魔工師としての洗練された作業効率の高さと、見た事もない魔法を使って作業をする秋斗に釘付けになっていた。
リリから見たらとんでもない速さで魔道具を作り、さらには腕輪に模様を彫って装飾品としての質を高めている秋斗はまさに魔法使いそのものに見えた。
「よっし。完成! ほら、リリ」
未だに口を半開きで秋斗を見つめていたリリに出来上がったマナデバイスを手渡す。
手渡された事で正気に戻ったリリは両手で包むようにマナデバイスを受け取り、今度は手の中にあるマナデバイスを見つめだした。
「どうした? 使い方を教えるから付けてみろよ」
「う、うん……」
秋斗はリリの腕輪に装着するのを手伝い、無事にマナデバイスはリリの腕に装着される。
「これはマナデバイスって名前だ。王都にいる宮廷魔法使いとやらが使っている杖のように魔法を使用するのをサポートする物。まずはリリのみが使えるように設定する」
秋斗は腕輪に付けられた魔法宝石をトントンと叩くと、取り付けられたサファイヤは綺麗な青い光を帯びる。
次に、右目の機能で腕輪にリンクを繋いでroot権限でシステムにアクセスする。
右目から表示されるAR上にはroot権限でシステムにアクセスした際に表示される専用コンソールが映し出される。
使用者認証機能を起動させ、リリ専用にするべく準備を整える。
「よし、リリ。腕輪の宝石に触れながら自分の名前をフルネームで言ってくれ」
秋斗の言葉を聞いて、リリは恐る恐る宝石に触れながら自分の名前を呟く。
「リリ・エルフィード」
リリが自分のフルネームを呟くと、宝石が放つ綺麗な青色の光は宝石内部で集束して点となる。点となった光は宝石の外で浮き出ていくつもの数字を描き出す。
空中に描かれた無数の数字は端から徐々に形を変え、魔法陣へと変化する。
時計の文字盤のような円形の魔法陣が複数重なり、全ての魔法陣が顕現すると第3世代型マナデバイスのユーザー認証と全機能の起動を完了する。
空中に描かれた魔法陣は宝石内部へと沈み、宝石には淡く光る美しい青が戻った。
リリは自分の名前を呟いて以降、幻想的とも言える現象に終始口が半開きだった。
「これでこのマナデバイスはリリか俺にしか使えなくなった。じゃあ、さっそく魔法を使うぞ」
秋斗はリリの頭を軽く撫でて、次の機能説明へと移行する。
「魔法を使うにはどうやってる? 魔法を撃つ前に頭の中でイメージしてないか?」
「うん、魔法を頭の中でイメージしたらそれが発動する」
「それって大変だよな? 毎回毎回、頭の中で何度もイメージするのって疲れないか? 何回もやってると上手くイメージできなくて魔法が撃てなくならない?」
「疲れて発動しなくなる。でもそれが魔力切れだよね? 杖があると撃てる回数が増えるみたいだけど」
リリから出た秋斗にとって新しい言葉。
「魔力切れ? 魔法が撃てないのを魔力切れって言ってるのか?」
「うん。何回も魔法を撃つと頭がクラクラしてきて、無理に撃とうとすると気絶する人もいる」
秋斗はリリの説明を聞いて、なるほどと頷く。
「リリ。それは正確には魔力切れじゃない。精神的に疲労して、空気中の魔素を集められなくなっただけだ。つまりは集中力が切れただけ。ただの精神的疲労だ」
無手で魔法を撃つ際のプロセスである『空中にある魔素を集中して溜め、脳内で発動する魔法のイメージする』を何度も何度も繰り返してたら精神的な負担はマッハだろう。考えすぎて頭から煙が出るアレだ。
そりゃあ疲労を通り越して気絶するよと、秋斗も無手での魔法発動などしたくないと首を振る。
「ええ……。じゃあ魔力って自分達の体の中にあるんじゃないの? 心臓に魔力が蓄えられているって言われているけど……」
「無いよ。魔法の素である魔素――リリが言う魔力は空気と一緒に漂っている。自分達の中にあるわけじゃない。だから無くならない。という事は魔力切れという現象は無いんだ」
秋斗は空中に漂っているだろう魔素を空気と共に掴む。もちろん空気のように無色透明で見えないので手の中には何も無いように見える。
「じゃあ杖はどういう役割なのか。それは空中に漂う魔素を自動で集めてくれる。魔法を発動するために必要な魔素を集める為の作業がいらなくなるんだ」
リリには魔素充填率や充填ユニットの件はここでは説明しない。
きっと多くを語ったとしても理解しきれるかわからないので、秋斗は一先ず簡単に説明する事にした。難しい事は追々教えればいい。
「杖を持っていたら頭の中で発動したい魔法のイメージをするだけでいいの?」
「そう。杖があれば発動したい魔法のイメージするだけで良くなる。という事はさっき言った精神的な疲労も少し軽減されるよな?」
秋斗の説明を聞いて、リリはハッと何かを思い出す。
「あ! だから杖持ちの宮廷魔法使いは戦いで普通の人より魔法が撃てるんだ」
「そうそう。じゃあ帝国にいる賢者らしき奴の話だ。ソイツが本当に俺と同じ時代に生まれていた者だとしたら、杖よりもスゴイ物を持っている」
それを聞いたリリはゴクリと喉を鳴らし、秋斗の言葉の続きを待つ。
「杖の上位互換である第2世代型マナデバイスは魔法をイメージするという作業を必要としない。つまり、杖持ちが魔法をイメージしている間に相手は魔法を撃って相手を攻撃できる」
カートリッジ方式を採用した第2世代型ならば、予めセットされたカートリッジ内に収まっている魔法を対象に向けてスイッチを押すだけだ。使える魔法は限定されるが、ファンタジー小説風に言えば無詠唱で魔法を使えるという事。
そんなマナデバイスを武器として使ったとしたら、この時代の人間が出会ったら最後。防御魔法を使う前に蹂躙されるだけだろう。
「その代わり、使える魔法は限定されるんだけどな。杖よりもスゴイだろ?」
そう言って秋斗はリリを見ると、リリはふるふると震えていた。
「そんな……。そんなのが攻めてきたら……」
リリは戦争で蹂躙される様子を想像してしまったのか、恐怖に顔を染める。
だが、秋斗はそんなリリを安心させるべく次の言葉を放つ。
「安心しろ。リリの持っている腕輪はその賢者が持つ物よりもスゴイ」
「え?」
秋斗はニヤリと笑みを浮かべながら、リリに告げる。
「その腕輪は魔法を創造できる」